繰り返す自問自答
さんざんおどされて出た夜間飛行。やや緊張して、思わず手に力が入る。目はあちこち行ったりきたりしていたが、それも疲れた。馬鹿らしくなって、力を抜く。
闇が広がるなか、進路を微調整する。右手に見える赤い星を通り過ぎてしまえば、しばらく何もない。目印の星も、なにもかも。ただ黒い世界があるだけだ。
聞こえるのも、エンジン音だけ。
これから数時間、ずっとこの調子だ。闇と孤独。そしてわからなくなる進路。
最初の夜間飛行で、何人か行方不明者や死亡者が出るのも無理はない。次々と同期は消えていく。
ハヤトの同期ももう数えるほどしかいない。片手の指でも余るほどだ。もっとも、名前は覚えていない。覚えていた人ばかり消えていった。星の海に。
これからも覚える気はない。名前を知らなければならない場面が来るとは思えなかった。
「……それにしたって、病んでるよな」
自分の声がかすれていて、思わず笑う。たまに意図的に声を出さないと、忘れてしまいそうだ。自分の声と、声の出し方を。
病んでいる。こんな仕事も、仕事をしている人間も。どこもかしこも。
あきらめることが、ここで生きていくための条件かもしれない。あるいは受け入れるか。
面倒なことは考えない。深みにはまって抜け出せなくなったら大変だ。
仕事をするからには、すべてが自己責任になる。
仕事で病んだとしても、それは自己責任になるのだろうか。
この星の海に消えていった仲間たちの家族には、なんと説明されたのだろう。事故だろうか。自殺?
金で解決されるのだろうか。
事故死亡率が高いからなのだろう。ここの給料はおどろくほどよい。その金を使って納得させるのだろうか。
人、ひとりの命。それがどれだけの重さがあるかだなんて、わからない。
ましてや、ぼくのようにいらない人間だっている。そんなぼくにも値段がつくのだろうか。
両親は悲しむだろうが、表面だけだ。心のなかでは思わぬ収入によろこび、どう分配するかを考えるだろう。
両親にとってぼくはいらない子供だったが、ここでは違う。
もうすぐエースになれるところまできた。話せる先輩もいる。確実に環境はよくなった。けれど、どうしてだろう。
世界でたったふたりの人間に拒絶されたことが、いつまでも忘れられない。
ぼくの命。命の重さ。そんなもの、だれにだってわからない。
ましてや、地上では人間が増えすぎて困っている。人間を減らすための仕事なのだろうか。ひとりのパイロットが星の海に消えたとしても、どれだけの重さを持つのだろう。
「夜間飛行」担当のパイロットが消えたところで、新しい人間がやってくるだけだ。その人物がエース候補になるかは別だが、自分の代わりはいくらでもいる。補充されていく。
仲間と親しくしていない自分には、悲しんでくれる人がいるとは思えない。
コウなら悲しんでくれるような気がするが、彼もエースパイロット。感情の切り離しは自分よりも長けている。
自分がいまここにいる意味はなんだろう。
この闇のなか、どんな悩みも吸い込まれていく。誰も聞くものがいないなか、ただひたすら繰り返される自問自答。
答えるのは自分しかいない。答えを出すのはぼくしかいない。
エースになるのも、この星のなかに消えるのも、すべてぼくが決めるんだ。
「お疲れさまです」
「お疲れ。燃料補給をお願いしてもいいか? ついでにエンジンも見てくれ。ちょっと変な音がした気がした」
中間地点の星に入ると、あちこちから声が聞こえた。周りの声に負けるまいと聞こえる程度の声を出す。
「了解しました。いつ出発予定ですか?」
「……いまから十二時間後ぐらいの予定。ああ、でも仕事つまっているなら、もうちょっと後でもいいぜ。どうせ急がないから」
急がない。その一言で、メモをしていた整備係がハッとしたように顔をあげた。
「エースパイロットの方ですか?」
「いや、違う」
余計な情報を与えることもない。それにまだ決まっていないことをベラベラとしゃべるのはきらいだ。
「失礼しました。妙に落ち着かれているので」
「エースに会いたいのか?」
「……あこがれはありますよ。やっぱり新人の人より、エースの人の機体を整備する方が緊張します」
そりゃそうだ。
エースの方が長く飛ぶのだから、不備があってはならない。
「エースって言っても、仕事内容よくわからないのに?」
エースになっていないからよくはわからないが、長い飛行を繰り返すだけだ。とくにほかのパイロットとは変わりがない。エースはエースの、新人には新人の仕事がある。
どれがえらいというのもよくわからない。
ただ飛んで、帰ってくるだけだ。エースだと違うのだろうか。
「こうして裏方で働いているやつらは皆パイロットにあこがれていますよ。とくにその上にいるエースは、雲の上の存在です」
「ふうん。……のわりには帰還のあいさつなんて儀式みたいなもんだけどな」
「え? 何か言いました?」
いや、と首を横にふる。
そして彼の顔を見て、納得した。まだ若い。おそらく自分よりも年下だろう。入って数年。新人以上ハヤト未満だろうか。無邪気に言う様子だと、まだ二年目ぐらいかもしれない。
ああ、そうだ。無邪気なやつほど真実を知らない。無邪気なやつほど、ここでは痛いめを見る。もっとも早く消えていく人間。
「エースの人の方がおれらよりも知識あることも多いですし、貫禄ありますよね」
言われてコウの顔を思い出す。たしかに彼はやけにどっしりしている。体格ではなく、性格が。彼に任せておけば大丈夫、そんな安心感がある。
「……ところで、こんな長話していていいのか? 母星じゃ整備係とはあいさつだけで終わるぜ?」
中間地点といっても、普通に暮らせる。別名、第二の惑星。そのため、出発した星を母星と呼ぶことになっている。
母星の他にも酸素があり、水があり、緑がある星がいくつかある。過去の夜間飛行者たちが見つけ、第二の惑星とした。現在は夜間飛行に関係する人間たちが暮らしているが、ゆくゆくは関係のない人間も住ませることになるのだろう。とは言っても、放射能があるということで、基地でしか生活ができない。ここに住んでいる人間は、整備係なのだろう。
あんなに人の置き場に困っているのだ。移住するにはぴったりの星だ。
ここから離れた場所にも中間地点がある。それが第三の星だ。さすがに第三の星はエースしか行かない星になっている。遠い星だから、というのが理由だ。
遠い、遠い星。エースになったら最初に向かうところだ。
「ああ、すみません。あんまりパイロットと話す機会なかったから、ついうれしくて。仕事に戻ります」
あわてて辺りを見回すと、そそくさと仕事に戻っていく。
無邪気なやつほど、知らない。ここがどういうところなのか。
無邪気なやつほど壊れていく。人一倍早く。
「……本当、疲れた」
ため息とともに吐き出した言葉は、周りの音で消される。
自分の声が周りの音で消されるというのも、ひさしぶりの感覚だ。
少なくとも夜間飛行中ではないことだ。
さきほどみたいにだれかと話しこむというのもない。なにせひとりだから。
「……とりあえず、飯食ったら寝るか」
ぶつぶつとつぶやきながら、歩く。ひさしぶりに利用するので勝手を忘れた。エレベーター前の案内板に張りついていると、後ろからどつかれた。
「おーい、そんなところに張りついているなら新人だろ? 燃料足りなくなったんだろ?」
軽快で陽気な口調。癇に障って思わず舌打ちをしそうになり、こらえた。
「おれはこの飛行が終わったらエースになれるかもしれないんだ! そしたら、新人! おまえの面倒も見てやるぜ」
歌うように誇らしげに言うと、やってきたエレベーターのなかに返事も聞かず消えていく。一緒に乗りたくなくて、わざと次のを待つことにした。
やけにテンションが高いやつだった。あの調子で疲れないのだろうか。あまりにテンションが高いと疲れがあとでどっとくる。それがきついということもすでに理解しているだろうに。
「……つーか、成人してるっての」
童顔なのは自覚しているが、あれか?
後ろから見てもぼくは二十歳未満の新人なのか?