エースパイロット
「ガツンと言ってやればいい。おまえらの上司、ハヤトさまだってな」
六年。六年いれば、エースと呼ばれるようになる。短いようで長い六年。こんな生きているのか死んでいるのかわからない人間がエース。
エース。エースになれば、もうゴミではなくなるのだろうか。それならなってもよいかもしれない。
「……でも、波に飲まれるのもわかります。あんな闇のなかをひとりでいたら、だれだってよけいなことを考える」
へえ、と横から意外そうな声が聞こえる。
どこからどこまでが現実なのか。あの冬の日も実はぼくの夢だったのかもしれない。そうするといまは?
本当はわかっている。どこまでが現実で、どこからが妄想なのかも。ただ、あの闇のなかに行くとそれがわからなくなる。正常な神経の持ち主なら、とっくの昔に死んでいる。
あの星の海のなかで。
「え、コウさんは考えないんですか?」
「いや、ハヤトでさえそう思うってことは、今年の新人たち危ないぜ。あいつらロマンチストの集団だ」
彼はぼくを買い被っている。かつての担任のように、「真面目な人間」だの「しっかりしている」という印象を持っているのかもしれない。
ぼくはいつまでも大人になりきれていない子どもだ。家を出て行った日から時間が止まっている。冬の寒さに身を縮める子ども。寒くない場所に来ても、思い出しては凍えている。
バカなやつ。暖かい場所にいるのだから、もう平気なはずなのに。それなのにどうしてだか、寒さを思い出す。思い出さなくてよいことを思い出しては、自分の首を絞めている。そんな人間。コウは知らないだけだ。
ぼくは過去に囚われている。思い出に足をとられて、いつの日か飲み込まれそうな気がしている。
誰だって思い出したくない過去のひとつやふたつあるだろう。おそらくコウにも。宇宙のなかで衝動的に死にたくなるほどなのかはよくわからないが。
こうして自分の闇をわかっている人間は意外と死なないのかもしれない。実際、消えていくのはロマンチストたちばかりだ。
ばかなやつらだ。あこがれだけでここに来るのは、死を意味する。
そもそも、なぜ失踪率が高い連中をパイロットにする理由がわからない。
本人にとっても組織にとってもよくない。上はなぜわからないのだろう。
データだけを見ているのか。人さえ集まればよい。そんな風に考えているのだろうか。
まったくもって馬鹿げている。応募する人間も、採用する人間も。
ケンカに発展しそうな言い合いを横目で見ながら考える。今年は何人消えるのだろう。
いや、むしろ何人残るのだろう。消えた人間よりも、残った人間を数えたほうが早い。頭数で数えられる世界。個人としては扱われない。
「……それにしても意外だな。おまえ、まだ気づいてなかったのか。おれは五年目に気がついたけどな」
「なにが」
不機嫌を隠すことなく言うと、彼は急に顔を引きしめて声をひそめた。
「夜間飛行の本当の目的」
どういうことだ?
「そのぶんだとエースになれないかもな」
眉根を寄せて疑問を投げかけても、答えは返ってこなかった。
「ま、期待しているぜ。最年少エース」
ポンと肩をたたかれる。
その言葉の意味を、裏の意味を読み取ろうと頭を働かせた。
エース。夜間飛行はパトロールではない?
では、エースはいったいなんのために存在するんだ?