決断
「! 後ろか!」
すぐに速度をあげる。
アラームは相変わらずうるさい。こちらは全力で逃げているというのに。
ぐっと、力をこめて後ろに目をやる。
瞬間、息が止まった。
左後方にあるそれ。ハヤトの進路からはそれたようだ。アラームの音も少しずつ小さくなる。
しかし、あの色は。あの白銀の色は。あわてて無線に手をやる。
「こちら010089。応答せよ、応答せよ」
管制室ではない。あの異様な速度の飛行機に向けているのだが、応答する気配がない。
「応答せよ! どうした、おい!」
呼びかけながら、答えはわかっているような気がした。自殺する気なのだ。
ここは宇宙飛行機の墓場だ。
「応答せよ!」
答えはない。くるりと回転させて、飛行機の方に向く。コウからもらった地図に目をやり、どこにぶつかろうとしているのかを知る。
離れているが、もう少し距離をとった方がよいだろう。衝撃がどこまでくるのか予想がつかない。
「……くそっ」
悪態をつきながら、第二惑星に向けて進路をとって速度をあげる。
一度宇宙に出れば、そこはもう個人の戦場だ。だれがなにを言おうと、乗っている本人の意思で決める。星の海に消えることも、戦い続けることも。
距離をとったところで首を後ろに向ける。
白銀はもう遠い。点となって数秒後、激しい光が辺りに散った。
あの飛行機に乗ったパイロットもまた、星とともに散った。
「死を選んだのか……」
生きるか死ぬか。ここでは難しい選択だ。
生きるとしても、上の言いなりになって戦場に放り出される。拒否すれば死。あんなにもあこがれの的となっていたエースは人殺し集団だ。
そこまで考えて、ふと気がつく。もしかして、たったいま散ったパイロットは彼ではないだろうか。
第二で会ったテンションが高いあの彼。
「……まさか」
そう、まさかだ。そんな確率は低いだろう。他にもエース候補はいるはずだし、なにより自殺したのはエースのだれかかもしれない。だが、その考えが頭から離れない。
「生きていたら、まだやれることはあったのかもしれないのに」
パイロットが減っても、人員は補給される。何事もなかったように毎日が流れていく。たとえコウがいなくなっても、ハヤトがいなくなってもどこからか新しい人間がやってくるだろう。繰り返すだけだ。
繰り返すだけ。
終わることのない夜間飛行。終わらせる方法がどこにあるのだろう。
生きていれば、それが探れるだろうか。いや、探らなくてはいけない。
この負の連鎖を断ち切ろう。もう終わりだ。終わらせよう。夜間飛行を。
終わらせることができないのなら、自分が終わらせればよい。
そうだ。従う以外にも選択肢はある。ここではすべて自分が決めるのだ。
そのためにしなくてはならないことがある。
変えよう。この世界を。暗闇に閉ざされた世界を。
この間コウと交わした会話がよみがえる。そう、彼はよいところなんてなにもないと言っていた。
そして、エースのなかのエースになればよいところはあるかもしれないという話。のぼりつめれば、なかから変えることができるだろうか。やらないよりかはマシかもしれない。
「……のぼりつめてやる」
エースのなかでも一番に。そして、上から変える。
それが夜間飛行を終わらせるただひとつの方法。
自分ひとりだけが終わらせてもしかたない。全員終わらせるにはひとつだ。
頂点まで行って、そこで変える。それまでは自分は従うしかない。どんなことでも。
この戦場で生きていくにはそれしかない。
「のぼりつめてやる」
再びつぶやいて、操縦桿を握りしめた。燃料を確認して、もう一度第二惑星に寄る判断をする。速度を出しすぎたのもあって、燃料はいつもより減ってしまった。そういえば、あの機体の細かい残骸がもしかしたら当たっていたかもしれない。整備に見てもらおう。
第二が見えたら、無線でコウに報告しよう。星がひとつ消えたことを、自分のことを。
「かえる」と。帰って、この世界を変える。
コウが担当してくれていて助かった。違う人間だったら、考える時間はなかったかもしれない。自分は幸運だ。コウがいる。戻ったら彼が面倒を見ると約束もしてくれている。しばらくは、コウが守ってくれるだろう。問題はその先だ。
進路を決めて、右手を動かす。一度覚悟を決めてしまえば、頭は冷静だった。
道は決まった。
やっと、終着点が見えた。
いままでの自分の戦いと、これからの戦い。
そのふたつの終着点が、やっと見えた。




