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夜間飛行  作者: 鈴木美月
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紙一重の選択

「……なにをどこまで知った?」

 正しい疑問で、この場にふさわしい答え。

「侵略」

 短く答えると無線の向こうで沈黙が広がった。ぼくの答えも正しく、かつ簡潔だったはずだ。ひと言でわかる答え。

「……そうか。知ったか」

「ほかの人から、間違い無線が入ったので」

 おそらく彼は同じ任務につく人間と連絡をとりたかったのだ。それがたまたまハヤトにつながった。

「うまいこと言うな。間違い無線か。……そうか。それでか」

 納得したように息を吐く音。いや、タバコの煙を吐き出す音かもしれない。実際に見られないのだからよくわからないが。

 そこまで考えて、自分の頭が冷静になっていることに気がついた。

そう、それでいい。

冷静になれ、気づかなかったふりをしろ。夜間飛行で生き残るための方法。最初に気がつかなくてはならないこと。

「今回の飛行はこれですか? この星を見ることが最大の目的ですか?」

「そうだ」

「……では、これで終わりですね」

 だとしたらもう帰っていいはずだ。あの星に頻繁に出入りしているのだから、付近で異常があればすぐに発見される。

「ハヤト、言っただろ。夜間飛行によいところなんてない」

 ええ、聞きました。でも、あんなことをしているとは思いませんでした。

「……この会話、上の人が聞いているんじゃないですか?」

 やけに冷静な声が出せることにおどろく。そう、こうして感情を切り離す。これがぼくの生き方。

「そこまで上も暇じゃないさ」

 言われて、第二惑星にいたエース候補を思い出す。この会話を聞いているとしたら、あの候補の会話も聞かなくてはならない。すると、けっこう面倒だ。いつ入るかわからない無線を待ち、入ったら連絡する? それとも録音しておくだろうか。

「録音もないんですか?」

「とことん、疑うやつだな」

「これは重要機密ですよね? それぐらい当然だと思います。受け入れられないのなら、秘密を知った人間を生かしているとは思えません」

 すらすらと言葉が出てくる。それを他人事のように感じていると、無線から答えが聞こえた。

「……昔からハヤトは察しがよいというか、勘がするどいというか。そうだな、その通りだ。上は極秘裏に始末することもある」

「自殺に見せかけて? あるいは自殺させる?」

 皮肉を言いつつ、まだ頭の切り替えができていないことをやっと悟る。感情の切り離しに失敗しているらしい。

「ハヤト、それが本当に聞きたいわけじゃないだろ。ああ、録音だがいまはまだ大丈夫だ。まだ録音ボタンを押してない。だからいまのうちに聞きたいことを聞け」

「……そこまでぼくをかまうのはなぜですか?」

「エースになるか、あるいは破滅するか。どっちかの人間だと思った。紙一重の人間だとな」

 紙一重。

自殺するか、上にあがるか。それが紙一重。そもそも、多くの人間が紙一重ではないだろうか。夜間飛行のパイロットならば。生きるか死ぬか。その細い糸の上に立っている。死ぬ理由はいろいろとあるが、自分で死を選ぶ場合もある。

「それはパイロットなら全員当てはまることです」

 そうか、すべては自分で選ぶのだった。自分で決める。

 パイロットを続けるか、星の海に消えるか。

残るか残らないか。残るのならば、どうするのか。感情を殺し、他人とかかわらない。後輩たちの世話を手厚くするのか、無視するのか。

自分は生きるのか死ぬのか。すべて自分で決める。

 エースになるのかそうでないのか。

人を殺すのか。

「そうか? エースになれるのはごく一部だぞ?」

 たしかにエースが簡単にポコポコと出現しては、困るだろう。

「……そういえば昨日。……昨日? 今日? 第二でエース候補を見つけました。適性があるようには思えません」

 時間感覚がないので、いつのことだったのかよくわからない。出発の十二時間前に見たのだから、昨日の出来事かもしれない。

「たまにそういうのもいるけどな。精神力を試されるところで、落とされるかもしれない。これまで以上にきつくなるからな」

 ため息混じりに答える声。苦悩が声に出ている。コウも好きでエースになったのではないのだろう。あの無線の彼のように、割り切ったのかもしれない。これが仕事だと。

 しかし、仕事だとは言え意味のないことだ。誰かを殺してまでこの生活にしがみついているなんて。

 そして一般人には知らされない。星に帰れば、街は人でうめつくされている。

 人、人、人。

 増えすぎた人間がどこに行くのか。簡単だ。違う星に行けばすむ。

 条件がそろう星を見つけるのは至難の業だ。水、緑、空気。すべてがそろう星。

 夜間飛行はそのための仕事。次の星を見つけ、先住民を殺す。それがぼくらの仕事。

 そして、なにも知らない人々が住みはじめる。放射能が人体に影響ないとわかり次第、第二への移住計画が実行されるだろう。四番目の星を見つけたのだから。

 そうして人々はなにも知らずに第二の地を踏む。

 血で汚れ、自分たちが生活するために奪われた人々がいることさえ知らずに。

「……ぼくは? ぼくはまだエース候補の入り口?」

「そうだ。いろいろ訓練が待っている」

 訓練の内容を聞こうとしてやめた。答えはわかっている。

「そう」

 コウが言っていた「賛同しないかもしれない」という意味、さきほど見つけた機体の残骸の意味。

 すべてがつながった。

「……それで、本人への意思確認は?」

「いまでも帰ってきてからでも、どちらでも」

 星の海。暗闇に閉ざされた世界。

「ただ、拒否するなら戻ってこないほうがいい」

 そうだろうな。ここまで知った人間を世間に戻すとは思えない。

 ああ、ここはどこまでも戦場だ。見渡しても逃げ場がない戦場。

 いなくなっていく人間。新しくやってくる人間。

 自分との戦いに勝てば、待っているのは他人との戦い。

 それに勝てば、次はどんな戦いが待っているのだろう。最終的にはどこに行くのだろう。

 終着点が見えない。

 終わらせ方がわからない夜間飛行。

「……また、連絡をいれます。どちらを選んでも必ず」

 コウは自分を心底心配しているのだろう。安心させるように言うと、コウは息を吐いた。安心したのかよくわからない息の吐き方だ。

「待っている」

「それじゃまた」

 相手の返事を待たずに勝手に通信を終わらせる。

 肩越しにふり返ると、すでにあの星は遠い光になっていた。

 遠くから見ると、平和なのに。あそこでは多くの命が消えている。自分勝手な理由で突然侵略され、奪われる。なにもかも。

 逃げ場などない。だれにも逃げられない。先住民たちも、侵略するパイロットたちも。

 選ばなくてはいけない。自分が逃げて死を選ぶのか、それとも従うのか。従っても、その先は? 結局生き残ったとしても、同じ任務しか与えられない。繰り返される飛行。

 そこまで考えて、ため息をつく。少し冷静になった方がよい。

 母星だってなにも知らなければ平和だ。少なくとも、あの星よりは。

 頭を切り替えるために携帯食に手をのばした。封を切ってシリアルバーを食べる。

 この携帯食にもいろいろ工夫がされているらしい。片手で食べられて、口のなかが乾かないような工夫が。

 無心で食べる。歯がかみくだく音。エンジンが回る音。

眼下に広がる闇、闇、闇。いつかこの闇のなかに消えると思っていた。それがこんなところまで来てしまった。

 エース候補。侵略。

 それしか道はないのだろうか。こんなにも馬鹿げていて、自分本位な作戦。

 いなくなったら補給される人間。ここでは命すら消耗品だ。終わりのない戦争。

 くだらない。くだらないことはもうたくさんだ。

 コウや無線の彼はどう割り切った? 夜間飛行を、侵略を、人殺しを。

 彼らは、過酷な任務を微塵も感じさせない。それどころか、後輩の面倒もよく見ている。そんな彼らはどう割り切ったのだろう。

 自由などどこにもない。ただ戦場に放り出されて、あとはそのまま。

 闇との戦い。何年かすれば、生き残ったものたちには人殺しの任務が待っている。本物の戦場。

 突如アラームが響いて、全身の神経を緊張させる。口の中にあったシリアルバーをかまずに飲み込む。

 なんだ?

 目の前、左右、後方。視線をせわしなく移動させる。肉眼ではまだ見えない。

宇宙飛行機か? 流れ星か?

「ちっ!」

 盛大に舌打ちをして、操縦桿に手をやる。

 流れ星だとしたら、そうとうな速度がある可能性がある。衝突したら一発でアウトだ。

 遠くから眺めるぶんにはきれいで無害だが、実際に遭遇すると危険だ。

 この場から離れた方がよいのか、それとも逆に動かない方がよいのか。

 一瞬の判断が命取りになる。もう一度首を回して後ろを見る。きらり、となにかが光った。

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