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夜間飛行  作者: 鈴木美月
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エースの意味

「……どういうことですか」

 聞きながらも答えが頭に浮かんだ。聞かずともわかる。これは……。

「この飛行機には、武器が搭載されているのは知っているね? もしも星の残骸に衝突しそうになったときは破壊できるように」

 ああ、ということはやはり自分の考えは正しい。そして、この光は雷ではないのだ。

「それはたしかに正しい。けれど、本当の理由はこの任務のためだ。もうわかるね?」

「侵略、ですね?」

「そのとおり」

 心臓の音が、アラームがうるさい。

「……途中で機体の残骸を見ました」

「自殺者だよ。侵略というか、戦争をしかけているからね。嫌気がさす人間も多い。ただでさえ孤独と戦ってきたのに、待っているのはこれだ」

 近づいてきた飛行機は、目の前の星に吸い込まれていく。光へと。

「……あなたは?」

「割り切った」

 簡潔な言葉が返ってくる。そう、夜間飛行を無事に終わらせるには割り切るしかない。そうしなければ、自分が生きていられない。

「きみがこうして事実を知るのはよかったのかもしれない。わたしが候補生のときには、自分で気づけなかった。戦争を仕掛けている最中ではなかったから」

「……あの、もしかして第二の惑星や第三の惑星って」

 いやな予感がした。これも聞かなくても最初から答えがわかっているものではないか。

「きみは察しがいいね。その通り。侵略によって手に入れた星だよ。あそこまで完全に侵略する必要があったのかは疑問だがね」

 ああ、最後の希望がなくなった。

「つまりぼくたちの本当の仕事は、違う星を支配することだったんですね」

 確認するだけの問い。そして、頭のなかである情報を思い出した。

 第二惑星は放射能に汚染されている。安全が確認されたら実行される移住計画。

 そもそも、なぜ放射能がある?

 思わずため息をつく。つながる情報。放射能は、侵略したときのものだ。完全な侵略。それが意味する言葉は、口にするのもおそろしく、おぞましいことだ。

「そうだ。それが夜間飛行の真実だよ。すべては母星の人間が、安全に移住できる星を探すためだ」

 予想通り、肯定の言葉が返ってくる。

「これが、目的」

 山積みになっている問題から目をそらし、宇宙へ進出している理由。

「その通り。……任務に戻るから、きみも戻るといい。無事の飛行を祈っている」

「……あなたも無事の飛行を」

 この言葉を本気で使う日がくるとは。

 習慣となり、儀式になった言葉。だれも本気で言っていない言葉。

 くすりと無線の向こうで笑う気配がして、途絶えた。名も知らないエースも同じことを考えたのだろうか。それとも皮肉だと思ったのだろうか。

 ため息をついて、しばし目の前の光を見つめた。

 広範囲に広がる光。たったいま笑った彼は、もう星に到着するのだろうか。そして、その手でだれかを撃つのだ。

 暗い宇宙に広がる塵。星の屑。ぼくらもそのひとつにすぎない。それなのに、ぼくらはだれかを殺すために飛行している。殺される危険がある任務。

 侵略するための任務。

 いままでふつうに流れていた日常。それが崩れていく。

 いや、流されていた日常。自分はこれまで環境に順応するために流されてきた。その結果がこれだ。同期が原因不明の死をとげても、後輩たちが何人も失踪していくなか生き抜いてきた。感情を殺して。

 感情を失くしたふりをして。

 馬鹿だ。こんなことを繰り返してなにになるというのだ。激しい怒りがこみ上げてくる。

 侵略。それも完全な侵略。

 星の監視。新しい惑星の発見、および開拓。多くの人が住める環境になるまで整えてから移住をする。本当は、先住民を殺してから移住させる計画。

「くそっ」

 悪態をついてから前方を見つめる。

 光っているのは、自然現象ではない。あの光の下で、何千何万人もの命が消えている。そしてぼくもいずれはあの光のなかに加わるのだ。

 エース。

 聞こえはいいけれど、人殺し集団ではないか。何度も自殺したい思いを振り切って、自分をだまして、周囲もだましてきた結果。

 これが目指していた場所。

「……たしかに、これは戻りたくなくなるな。コウさん」

 彼の言葉が理解できた。

 夜間飛行はいつも自分との戦いだった。だけど、こんな戦いに変わる日がくるとは思ってはいなかった。

「……くそっ」

 何度目かの悪態をつく。そしてふと燃料のメーターが目に入ってきた。

 移動しなければ。いつまでもここでホバーリングしているわけにもいかない。燃料が切れたらそれでおしまいだ。

 おしまい。

 おしまいにしてはいけない理由がどこにある?

 こんな世界にしがみついていたって行き着く先はここだ。だったらいっそのこと。

「あの飛行機、本当に自殺だったんだな」

 来る途中で見た飛行機の残骸。頭のなかで映像が再生されて、つぶやいた。

ここ最近の事故。目の前の星の攻略がいつから始まっているのかは知らないが、そう簡単に終わるものでもないだろう。六年間一度も見なかった機体の残骸がこの辺りに二機もある説明がつく。嫌気がさしたのだ。この生活に。

 真実に。

 地図に印をつける。セン、と星の上に書く。戦争のセン。

 この報告をコウは待っているだろうか。それとも、自分で説明したいのだろうか。

戻るか、戻らないか。

エースになるかどうか。

 ああ、馬鹿だ。飛行に耐えようと努力した結果。これがぼくらの世界。

 ぼくらの世界の裏。

「……とにかく、移動しないと」

 震える手で操縦する。

 本当に、なんだっていうんだ。こんなことばかり繰り返して。

 この手ですること。

 人殺し。

 ぐるぐるめぐる思考。だんだん自分でもよくわからなくなってきた。同じことばかり考えているような気がする。そうしてどうなるというのだ。

 戻るか戻らないか。

 人殺しというエースになるか、拒否するか。拒否するなら、ただではすまないだろう。口を封じられる。殺される、という可能性も大いにある。

「それくらいなら自殺する」

 ぼそりとつぶやいた声が意外にも低くて驚く。

 仕事に関しては、なにも考えないようにしていた。そうしなければ生きていけないからだ。

「……流せない」

これが仕事なのだと流されてきた。けれど、もう流すことはできない。

 吐き捨てるように口に出せば、さきほどよりかは落ち着いてきた。

 コウと話がしたい。飛行が終わるまで担当すると彼は言っていた。本当は彼と話して、彼の口からあの真実を聞かなくてはいけなかったのだろう。

 息を吐く。気持ちを鎮める努力をしてから、無線に手を伸ばした。

「管制室です。ナンバーは」

 事務的な声が聞こえる。こちらもできるだけ事務的に返す。

「010089。ハヤトです」

 お待ちくださいと返され、すぐにコウが出てきた。相変わらず対応が早い。

「ハヤトです」

「コウだ。……どうした?」

 コウの声が緊張している。すべてを知ったいまでは、その理由がわかる。

 ぼくがなにを言い出すのか、身構えているのだ。

「……教えてください。コウさんにとって、エースとはなんですか?」

 どんな意味があるのか。

 「割り切った」とさきほどの人物は言っていた。そう、自分だって割り切っていた。あれを知るまでは。


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