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第九話:天鎧



 ――あの子は、確かにゲスい。性的な意味で。

 ――あの子は、確かに強い。尋常じゃないほどに。

 ――あの子は、確かに『壊れている』。もう、ずっと前から。



 ――だけど。

 ――本当は。



 ――あの子は、あの子は! 壊れたくなんて、なかったんだっ!

 ――本当は、普通で居たかったんだ。異常になんて、なりたくなかったんだ。

 ――でも、でも仕方なくて、選択肢なんて、碌なものがなかった。死ぬか、狂うか。どうしようもない、不毛な二択。



 ……ねぇ、サクラ――――



 昨日、サクラが姉であるモエから聞かされた話は、とても信じられるものではなかった。

 別世界に行っただの、そこで一年以上過ごしていただの、人外の力を手に入れただの。

 だけど、その話を信じるしかないものを、サクラは見た。モエに見せられた。


 姉の腹部から出る、刀。

 そして、姉が纏って見せた黒き『天鎧』。


 とても信じられない、御伽噺のような、モエの話。

 だけど、それこそ御伽噺のような事象を見せられてそれでも否定出来るほど、サクラは図太い性格ではなかった。

 信じられなくても、馬鹿馬鹿しくても、目に映ってしまったものを、どうして否定出来ようか。


 そう思えば、不可解だったユリの変貌も納得は行く。少女の持つ圧倒的なパワーも。


 そして、確かに良く見れば姉の様子も昨日までとは違って見えた。

 どこか大人びていて。達観していて。言われてみれば、顔つきも成長している様な気がした。そう、丁度一年分程度。

 また、その性格も若干の変化が見られた。

 以前のモエは、冷たい、とまではいかないが、あまり表立って感情を見せることはなかった。


 しかし、あの時、ユリの事を話しているモエは――。



「さっちーん!」

「きゃあ!」

「げへへへへ。こ、この弾力! た、堪りませんなぁ!」


 そこでサクラの考えは強制的に中断させられた。

 何故なら、いきなりユリに後ろから胸を揉まれたのだから。

 悲鳴を上げたサクラなんてお構いなしに、ユリはただそのふくよかな胸部を揉みまくる。



「ちょ、や、……んぅ、止め、ろっ! ……んぁ、だ、誰かっ!」

「ふひひひ。助けを呼んでも誰も来ないぜ。ここは屋上だからねっ」


 どこの陵辱系エロゲームの台詞だ。

 と、ツッコミを入れられる人物は居なかった。


 放課後、ユリに無理矢理屋上に連れて来られたサクラは、少女と二人きりだった。

 他の二人、眠たげにしている少年は掃除当番で、ヤナギは部活動の顧問に今日は出れないことを伝えに行くと言うことで、とりあえず屋上で彼らを待つことにしたのだ。


 それがこんな事になるとは。

 

 なんて思いはなかった。正直予想通りの展開である。

 予想通りだからこそ、サクラは未だなんとか冷静だった。

 そして、力じゃ勝てないことも、言葉で押してもユリは全く動じないことも、経験済みだった。

 だが、彼女はある切り札を持っていた。

 それは、昨日、姉に言われた言葉。



 ――サクラ、もし、ユリがまたゲスいことをしそうになったら、こう言いなさい。


「……おしり、ぺんぺん」


 ピタッ、とサクラの胸を揉みしだいていたユリの小さい手の動きが止まった。

 サクラからはユリの姿は見えなかったが、未だ胸に添えられている手が微かに震えているのを見れば、効果は覿面なのは明らかである。


 サクラは、駄目押しの一言を口から発する。


「姉さんからの伝言……『今度は容赦なく、天鎧を纏ってやるからね』」

「ひっ……!」


 薄く悲鳴を上げたユリは、即座にサクラの元から離れた。

 そしてモエからも及第点を貰えるぐらいの速度で、床に手を付き、頭を垂れた。

 微塵も隙がない、見事な土下座だった。


「すいませんでしたああああああああ! こ、この事はどうかご内密に……!」

「ちょ、そ、そこまでしなくても……」

「あれだけは、あれだけはもうやだよぅ……」


 ガタガタと震えながら土下座の体勢を崩さないユリを見て、サクラはふと思った。


 ――こいつは昔なにをしたんだ?


 と。


 姉の言うところの「おしりぺんぺん」は何となく理解できる。

 詳しくは聞かなかったが、恐らく、超スピードでユリの臀部を叩きまくるのだろう、とサクラは当たりを付けていた。

 だが、解からないのは、「なぜそこまでされる様なことをしたか」である。

 姉の語りを聞いて、ユリのことを大事に思っているのは解かった。

 そんな姉が、ユリに土下座を入れさせるほどの『おしりぺんぺん』を何故したのか、それがさっぱり解からなかった。


 モエ曰く。


 ――それだけ洒落にならないことをしたってこと。アタシの口からは、ここまでしか言えない。


 らしい。

 気にはなったが、多分、聞いちゃいけないことなのだろう、とサクラは思った。

 世の中にはそういうことが沢山あるのだ。


 と、そこで。



「すみません! 師匠! 遅くなり、ま、し……?」

「俺、ここに来る意味ある、の、……お?」


 屋上の扉が開いて、二人の男子生徒が現れた。

 二人は、人智を超えた力を発揮したユリが、普通の女子中学生、サクラに土下座している光景を見た。


「……」

「……」

「……」



 奇妙な沈黙の後、眠たげな瞳をした少年が、一言。


「……お前はマトモだと思ったんだが、違うのかそうなのか」

「ち、ちがっ、これは……!」

「だ、大師匠……!」

「黙れヤナギぃ! 大体、あんたそんな奴じゃないでしょ!?」

「ごめんなさいごめんなさいおしりぺんぺんはほんとかんべんしてください」


 ほぅら、カオスだろう。





『げら』『げら』『げら』

『これは』『ひどい』

『いい』『ね』『いい』『ね』『たのしい』『ね』『!』






「……では、修行を始めるっ!」

「はいっ、師匠っ!」

「何事もなかった様に唐突だな……」

「ってかヤナギだけでいいじゃん……なんであたし達まで……」

「なんとなく!」

「言い切ったよこいつ……」


 とりあえず。

 ユリの突然の土下座は『触れてはいけないこと』という事で、気を取り直して振る舞いを正すユリ。

 当のヤナギはやる気満々だが、明らかに居る意味がないと思われる二人は、もう全力で帰りたかった。

 だが勝手に帰ったら何をされるか、どうなるか解からない。

 もしかしたら、明日あたり自分は宙に舞うかも、と思うと、逆に帰る気がなくなる。家に帰っても安心できないから。



「……んでもさ、結局、どうすんだよ。ヤナギは、彼女の親父さんにビビリたくない、っつーことだけどさ、湯久世にどうにか出来んの?」

「任せて! 要は、度胸が付けばいいんでしょ? そのお父さんに気圧されないぐらいの」

「その通りです! 師匠」

「いい返事だ」

「もったいないお言葉……!」

「なんなのこいつら」


 少年の突っ込みは、だけど空しく放課後の屋上に流れる風に、軽やかに乗って、消えた。


「今から私のてん……じゃなくて、……まぁ、マジック? みたいなものを見せるから。それを真正面から見てもビビらないようになれば、もう怖いもんなしだよ」

「おお……!」

「マジックぅー?」


 ユリのそのない胸を張って放つ言葉に、ヤナギは感動の面持ちを見せたが、対称的に少年は懐疑的だった。

 今からその少女が見せるその『マジック』とやらがなんなのかはさっぱり解からなかったが、そんなにビックリドッキリなものなのか。

 と言うより、素手で机を真っ二つにしちゃう少女の存在が、既にビックリドッキリなのだが。



 そこで、ふと、サクラは気づいた。

 ユリが何を見せようとしているのか。


 それは、昨日、『異世界に行ってきた』と言う与太話を信じさせられる為に、モエに見せられた、とある技術。



 ――天鎧。



 それは、レベル50以上の者だけが纏える、魂の鎧。

 高レベルの者が使えば、普通の鎧など必要がない程に絶対な防御力を誇る、基本にして究極の武器。

 そして、それは防御力のみならず、純粋な身体能力や魔力などを底上げする副次効果がある。




 サクラは思う。

 思えば、昨日、モエが見せた天鎧は、威圧感があった。

 触れれば切り刻まれてしまうような、異様な圧迫感。

 姉のそれを見たときは、サクラは腰を抜かしてしまったものだ。

 それを見て、平気に振舞えれば、成る程、たかが一般人の男性の威圧感ぐらい、なんのことはなくなるかも知れない。



「よーし、行くよー!」

「了解です! 師匠!」

「まぁ何でもいいけどよ……」

「……」



 ユリは三人の前に立ち、両手をだらんと下げた。

 息を吐く。

 吐く。

 吐く。

 吐く。


 ――呟く。





「天鎧」







 ――しかし、これはサクラは知らないことだが。

 天鎧は、纏うものによって、その性能に個人差が出る。

 高レベルの者が纏えば、より高度な天鎧が発動するし、それになにより、特筆すべきはそれぞれ副次的に得られる効果が異なる点である。


 例えば。

 モエの天鎧の効果は、『速度上昇』。

 レベル278のそれは、故に『世界最速』。


 例えば。

 ダイキの天鎧の効果は、『耐久力上昇』。

 レベル280のそれは、故に『世界最硬』。



 例えば。

 ユリの天鎧の効果は――。





 小柄な少女がなにやら呟いたとき、彼女の体から黒い何かが溢れた。

 彼女を覆うように吹き出たそれは、どこまでもどす黒くて、だけど覆われている少女の姿ははっきりと見える、不思議な『黒』だった。


 それを見て少年は、ただ思う。



 ――あ、死んだ。

 ――怖い。

 ――これは死んだ。

 ――怖い。

 ――これは駄目だ。だめだ。

 ――怖い。

 ――生きて直視していいものじゃない。

 ――怖い。

 ――いや、むしろ、自分は既に死んでいるのではないか?

 ――怖い。

 ――だから、こんな恐怖の押し売りな光景を見ているのではないか?

 ――なるほど。まぁそんなことはいいとして。

 ――怖い。

 ――怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ!



「ぅぁ……」


 呻き声、一つ上げ、少年は膝を着いた。

 ふと、ゴトンと音がした。

 隣を見ると、そこには突っ伏して倒れるヤナギの姿。



(あー、そうか。そうすればいいのか)


 この暴力的なまでの『黒』から逃げ出す方法。

 少年はそれを悟り、そして意識を手放した。





 例えば。

 ユリの天鎧の効果は、『与える恐怖感の上昇』。

 レベル285のそれは、故に『世界最悪』なのだ。





 Q:ユリは何をして『おしりぺんぺん』されたんですか?

 A:ヒントをあげよう。90分7500。指名料別途。ドリンク飲み放題。触りたい放題。これを1週間連続で。しかもこっそり金を持って。



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