表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/25

第三話:決意とかなんとか

「さて、とりあえず、現状把握しとかないと」


 暗い闇で、ユリは呟く。

 突発的で不確定な事象が起きた場合、必要なのは、まさにそれ。

 何はともあれ、自分が置かれた状況を理解するべきなのだ。


 机の上にある電子時計を見る。


「日付は。……五月二十日。西暦は、ふん、変わってない、か」


 自分が『何月何日』にあちらへ行ったか、なんて、最早思い出せない。

 だけど、西暦ぐらいは何とか覚えていた。


 一年と半年。

 それが、向こうに居た時間。

 だが。


「……召喚された時間に、戻ったんだ」


 時間は午前二時。

 確か、かつての自分は寝ている間に呼び出された筈だ、とユリは思い出した。

 ちなみに、その時の格好はピンクのパジャマだった。やたら恥ずかしかったのを嫌に覚えている。

 とにかく、この時間は、自分が『キロウ』に召喚された時間と思って問題はないだろう、と結論付けた。


「……ニュクス」


 そこでユリは、己の半身でもある、漆黒の剣、ニュクスに呼びかけた。

 カタカタ、と刀身が不気味に揺れる。

 彼女にしか聞こえない声で、ニュクスが言う。


『その』『かんがえ』『で』『まちがい』『ない』

「……モエさんとダイキさん、は?」

『おそらく』『おまえ』『と』『おなじ』

「……どこに居るかは、解からない?」

『さすが』『に』『むり』『そんな』『ちから』『は』『ない』

「……そう、だよね、ん。ありがと」

『んい』


 言って、少し顔を俯かせてユリはニュクスを『鞘』に戻した。

 少女の腹部に、黒い剣がズプズプと埋もれて行く。


「ふぅ……」


 ニュクスを『鞘』、つまり、『自分自身』に入れて、ユリは一息吐いた。

 そして、考えを纏める。



 ・ここは自分の部屋。

 ・つまり、地球。

 ・時間は、召喚される前のもの。

 ・つまり、時間もあの時と変化していない。

 ・恐らく、ダイキとモエも還って来ている。

 ・しかし、どこに居るかは解からない。

 ・おっぱい揉みたい。



「こんなところか……」



 おい、最後。







「さて、どうしよう、これから」


 ベッドの上で仰向けになりながら、ユリは考える。

 そのベッドのあまりに柔らかい感触にビックリしてしまった。

 枕があるところでこうも無防備に寝転がるのは、久しぶりだった。


 白い天井を見て思うは、大切な仲間。


「モエさん、不憫……。あそこで戻すとか、ないよ……」


 先程まで目をキラッキラさせながら、大好きな姉貴分が大切な兄貴分に一世一代の告白をするのを見ていたのに、気づいたらベッドの上である。とりあえず、続きが凄い気になった。



 ――最悪の世界、『キロウ』。



 一寸先は闇、と言う次元ではない。

 油断しようものなら、現状、最高レベルのユリでさえ、足元を掬われかねない様な世界なのだ。

 そんな世界から、この『地球』にまさかの帰還。


 ありえないと思っていた。

 諦めていた。

 戦いも血も死も何もかも遠いこの世界に戻れたのは、僥倖と言ったほうがいいのだろう。


 だけど。


「今更って感じだよね……」


 ポツリと一言。



 レベル285。

 世界最悪の夜。

 深淵。



 剣を振れば、大体の生物を殺せ、そもそも剣がなくても、滅茶苦茶な身体能力のスペックを持っている。

 そして、ふと、彼女は気付いた。





 暗闇なのに、あまりに物をハッキリと見えすぎている。





 それはそうだ。彼女は、最早『夜』そのものなのだから。こんな闇は彼女にとっては昼と同じだ。

 それが、彼女の普通。

 だけど、それが、『中学三年生の女子』の普通なのだろうか。



 そんな訳、ある筈もない。



 あの『キロウ』でさえも、恐れられていたのに。

 こんな平和な世界で、果たして何をすればいいのだろうか?

 何をしたら、いいのだろうか?



「とりあえず」


 ユリはノソッと上半身を上げた。


 ――彼女は思う。

 もし、自分がこの世界不相応なスペックを持って、だけど精神は召喚される前のものだったら。

 彼女は、泣いて、喚いて、世界の理不尽さを嘆くであろう。



 なんで? どうして? 私が、私だけが。



 しかし、変わったのは肉体的なものだけではない。


「ふふふ。この程度の理不尽、三対二千の、『デトゲロス戦』に比べれば」


 今も、思い出せる、思い出せてしまう、あの悪夢。

 自分達三人を殺そうとする、二千の殺意。

 相手は蜘蛛を形どった魔物、『デトゲロス』。

 『タナトス』も『ヒュプノス』も打ち止めで、ユリはただがむしゃらに剣を振った。

 剣を振って、振って、返り血に濡れて。

 最後は、ダイキとモエと三人揃って、歪に笑いながら血飛沫を浴びていた。


 そこには、死しかなかった。

 

 二千のデドゲロスを全滅させても、彼らは喜びを感じていなかった

 感じていたのは、理不尽。

 自分達がこんなに死に塗れているのに、幸せに暮らしている人たちも、また居る。当たり前のように。

 自分達が狂気に哂う一方で、幸福に笑う人が居る。当然のように。



 なんで自分達が、こんな目に――

 


 でも、ユリは、彼らは、知っていた。



 『世界』はいつも理不尽で。

 どうしようもないことに溢れているのだ。




 ――だからこそ、抗い甲斐がある。




 その結果が人類最高到達レベル、285だ。

 苦難は上等。鍛え抜かれた鉄の精神。

 抗いこそが、彼女達の旅。



 そして、それはまだ終わっていない。



「先ず、モエさんとダイキさんを探そう。続きも気になるし」



 今回の『旅』の目標は、先ず仲間を見つけること。

 再び、三人が集まること。

 苦楽を共にした『家族』と、一緒に居ること。






 そして、これは個人的なユリの目標だが――








「……彼氏がほしい」





 ユリにとって何が理不尽かと言えば、あの『世界』でマトモな恋愛の動きがなかったことである。他の二人はそうでもないのに。

 モエはダイキのことが好きだし、モエ自身も、実はどこぞの騎士に求婚されていた。結局断ったが。

 ダイキだって、偶然助けた村の少女に熱い目線を送られていた。本人は気付いていなかったが。


 ユリには、そんなストロベリーは一切なかった。

 ラブなんて一つもなく、あるとすれば羅武だけである。ああ、巣徒炉部裏ー。

 一年と半年。世界を歩いて、彼女に言い寄ってくる異性は碌な奴がいなかった。




 狂戦士。

 狂剣士。

 狂格闘家。

 狂魔法使い。

 狂盗賊。

 狂商人。

 狂村長。



 狂ってばっかりである。何でも、『ニュクス』の狂気に当てられて、トチ狂った奴が引き寄せられるらしい。

 狂村長とか、もうその村を心配してしまったぐらいだ。




 彼女達は、確かに忌み嫌われていた。

 圧倒的なレベル。暴力的な武器。自分たち以外の事は割かし楽に切り捨てる精神性。

 だけど、『そんな事、どうでもいい』と言う人達も、存在するのだ。



 例えば、魔族に支配され、苦渋を舐め苦難の毎日を送っている国があるとする。

 そんな彼らに、『遠くの正義』が果たして役にたつだろうか?

 否。

 そんなものは、何の価値もない。

 彼らは、助けてくれる人を求めていたのだ。

 正義や悪とか、そんなものはどうでもいい。

 手段や動機もどうでもいいし、たとえ気紛れであっても、それでいい。

 とにもかくにも、今ある苦しみから開放されたい、それが彼らの望みだった。


 そんな彼らからすれば、『賞金首』『人外』『夜の権化』。そんなものは、ただの記号でしかない。

 詰まるところ、一部ではユリ達は『英雄』の様な扱いを受けていた。



(……なのに)


 ユリは思い出す。

 気紛れで、何の気もなしに、とある国に巣食っていた魔族を根絶やしにした事を。



『おおお! あの方は正しく最速の剣士ではないか! ぜひ、この国の騎士に……!』



『ありがとうございます戦士様! よ、よろしければ、私と、共に……』



『きひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃぎゃ! 勇者様ぁあああああ! 回復ボトルぅ、イッポォーん……いかがすかぁあああああああああ!』



 これはひどい。



「なんで私だけ……」



 ちなみにその『狂商人』は、テンションはアレだったが、割と良心的な価格で品物を提供してくれた。



 とにかく、である。

 ユリは少女だ。乙女だ。

 レベル285だとか、楽に一国を滅ぼせる戦闘力だとか、腹から剣をズプッと出せるとか、その剣を振った分だけ人が死ぬとか、おっぱいが好きだとか、まぁ色々あるが、彼女は乙女なのだ。


 素敵な恋人が欲しいし、健全な恋愛にも興味がある。

 ラブロマンスにも憧れるし、白馬に乗った王子様を夢見ているものだ。



「ま、王子様には会ったけど。槍を持ってたけど。『勇者、覚悟!』とか言ってたけど」



 ちなみに、その王子様は、『ヒュプノス』で丁重に眠ってもらった。



 寝転がって、ユリは思う。

 もし、ダイキとモエがくっ付いたら、それはそれで彼女は祝福するだろう。

 何時も一緒に居た、大好きな二人がツガイになるのは、とても嬉しい。

 だけどなんとなく、自分がハブられる様な気が、しないでもない。

 二人がイチャついているのを、指を咥えて見る自分。死にたくなる。

 だから、ユリは決心する。



 彼氏が、ほしい!

 この平和な世界なら、きっと、狂った奴はそうそう居ない筈だ。


 なんて、コメディチックに締めたのだが。

 彼女は。ユリが奥底で思うのは。



 『受け入れて欲しい』『こんな私を』『この世界で』

 それは、終わってしまった彼女に微かに残った弱さだった。

 だけど、それを彼女が気づくのは、もう少し先の話。



「贅沢は言わないよ……ただ、カッコ良くて、優しくて、金持ちであれば」



 それは十分贅沢だ。



「あと、私よりも強くて守ってくれる人」


 そんな奴はいない。

 強いて言えばダイキがなんとか該当するが、そんなことになったら、モエの奥義が炸裂すること請け合いである。



「ま、ダイキさんは好きだけど、正直好みじゃないし」



 もうなんかゲスである。ゲスユリである。



「ああ、あと、おっぱいが大きければ言うことないね」



 お前は男に何を求めているんだ。




「……ねむい」


 フカフカのベッドで、欠伸を一つ。

 眠気が彼女を襲い、そして彼女はあっさりとそれを受け入れた。

 ウトウトと心地よい睡魔に身を任せながら、なんとなく、考える。






 ――明日は、学校か。






 ――一応、行ったほうがいいよね。





 ――モエさんとダイキさんの情報が、あるかもしれないし。




 ――勉強、全然覚えてないなぁ……





 ――あれ、そう言えば。
















 ――私、引篭もりじゃなかったっけ?





 そして少女は眠った。












 つまり、最強系少女学園コメディ。

 主人公、ユリは『天然ゲス』です。

 どこか抜けているけど、なんかゲスい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ