第二十一話:メイド・レイド・ヘブン(中編)
モエが目指したのは一体なんなのか。これではただの電波ちゃんである。
挙動をコピーするスキル、『モビルトレース』は大抵の動きを再現できるが、再現すればいいってもんじゃないのだ。もう少し言葉を選べよ。
だがしかし、モエもこれが正しいメイドで正しい『萌え』の姿とは、流石に思わなかった。
そもそも萌えが何か分からないからこうして学びに来たのだ。
ここで『萌え』を学び、そしてコピーするのが、彼女の目標なのだ。
だからして、当座は店の迷惑にならない様、メディアや己の記憶から『それっぽい動き』を抜き出し再現したのである。
しかし、周囲の様子は絶対零度だった。彼女はもう少し己の見た目を顧みるべきだった。
見た目的にはクールな感じなのに、口からは電波がゆんゆん。ギャップを付ければいいってもんでもない。
だけど、モエはまったく気にしてなかった。
周囲がドン引きだからなんだと言うのだ。
トリンドルの城を真っ二つにした時と比べれば、この程度の周囲の反応は無反応と同じである。
ちなみに、その際のトリンドルの民の反応は、大体が泡を吹いて気絶していた。
モエ、少なくとも周りが気絶しない限り、己の行動を見返さないのである。気絶しても見返すとは限らないのだが。
モエは周囲を見渡した。
――よし、全員起きてるな。
はい、電波入りまーす。
「モエはぁ、立派なメイドさんになる為にぃ、ここに来たのですぅ! ぺろりんちょ! 御主人様方ぁ、モエの教育、宜しくお願いしますナリー! アゲポヨぉー!」
「サゲポヨだよ畜生!」
「ツバキさん落ち着いて!」
ツバキのご乱心を、ファイブキラーズのリーダー、レッドが何とか諌めようとする。
彼女にとって見れば、もうただただガッカリだった。
確かに、最初は冷たい印象を受けた。確かに、見た目はメイドらしくはないかもしれない。
更に言えば高校生と言う社会経験の薄さは、特殊な接客業であるメイド喫茶の店員には不利かもしれない。
だが、ツバキに言わせれば、そんなのどうでも良かった。
金稼ぎ目当て? どうぞどうぞ。きちんと働いてくれさえ居れば、イデオロギーなぞどうでも良かった。マトモなら、それで良かった。
客を椅子にしたり、筋肉をベタベタ触るメイドに比べれば、大歓迎なのだ。
しかし、結果はアレである。クール系統かと思えば、ただの電波だった。
ツバキ、マジつらたん。
「じゃあ、私たちも自己紹介しておきましょー」
ツバキの胃痛をまるで無視して、ランは笑顔でそう言った。
彼女はちょっと天然さんなのだ。
「えっと、私はさっきしたから……ミカンちゃん!」
「あいよー」
言われたミカンは、椅子(人間ではない)から立ち上がり、ツインテールの髪を軽く揺らしながら、ひらひらと手を振る。
「ミカン、23歳。趣味は椅子に座ること……おい」
「はっ!」
ミカンは再びサムライを椅子にすることにした。
淀みなく男が四つんばいになり、洗練された動きでミカンはその背中に腰を下ろした。
一応は気遣ってサムライから降りたのだが、『アレ』がどう見ても普通じゃない。言動もそうだが、気配からしてとんでもないものを感じる。ミカンはそう思い、もうありのままの自分を出すことにした。
「基本、私はこんなんだから、よろしく。まぁ、客の『極一部』にはキャラ作るんだけどさ」
ミカンはさらりと言って、サムライの腹部を蹴った。
「ありがとうございます!」
「しゃべんな」
その様子を見て、モエは。
(仲良いんだな、あの二人は)
とだけ思った。
23歳のロリメイドだとか、まさかのSMプレイだとか、そんなのはどーでもいいのだ。
個人の嗜好はあくまで個人の嗜好。身内なら一考するが、逆にそれほど親しくなければ、他人なんてどーでもいいのだ、彼女は。
なので、モエは特に何も言わず、これから一緒の職場で働く先輩として、敬意を持って挨拶した。
「ミカンさん、よろしくお願いします」
「お、おう……急に素になるなよ……びっくりした……」
流石のミカンもたじろわざるを得なかった。
「じゃあ、次はツバキさん!」
「……はぁ」
ランが変わらず笑顔を絶やさず言うと、ツバキは重苦しい溜息を吐いた。
しかし、それでもツバキはプロであり、ここのメイドたちのリーダーでもあった。
別に上下関係に厳しい訳でもないし、自由の塊なのがこの店でもある。
だが、最低限、きっちりとした自分を見せておかなければ。そうツバキは考える。
更に言えば、ミカンの前で披露したあの真顔から考えるに、どうやら新人の電波はキャラらしい。
それなら、まだ大丈夫だ。なぜよりによってそのキャラをチョイスしたのかは分からなかったが、あくまでキャラとしてなら、それはそれでいい。
ツバキは精一杯自分に言い聞かせて、掛けている眼鏡の縁をくい、と持ち上げた。
「フロアリーダー……の様なものをやっているわ。ツバキよ。よろしくね」
「はぁい! ツバキリーダー、よろしくお願いしまぁす! やばばばばばー! モエちゃん、頑張っちゃうぞぃ、ワンワン!」
「なんでだよ!」
ツバキ、再びキれる。
「さっきミカンの時は素だったろ! なんでまたキャラ作ってんだよ!」
「えーとぉ、こっちの方がぁ、受けが良いかなぁ、なんて、キャピピン!」
「もぉ、もぉおおおおおおお!」
「ツバキさん落ち着いて、落ち着いて!」
「リーダー、激おこぷんぷん丸?」
「うごごごごっごごおごごごごご!」
「うん、えー、モエ、ちょっと黙った方がいいね、あんた」
(ミカン殿が、フォローに回っている……だと……!)
傍若無人の女神の、らしくない行動に、椅子であるサムライは人知れず戦慄していた。
――こいつはまた大物だぜ。
ごくり、とサムライは喉を鳴らした。もちろん声は上げなかった。椅子だから。
「えーと、じゃあ、俺たちもしとくか、自己紹介」
店のいつも以上のカオスっぷり、プラス、ツバキの不憫な様子を見て、空気を換える意味を込めて、レッドがそう言った。
渡りに船と、ミカンがすかさず促す。
「あ、そうね。あんたたち、常連だからね」
「よし、じゃあ行くぞ、お前ら」
『応!』
そう言って、五人は立ち上がり、思い思いのポーズを取った。
「俺は神殺し! キラーレッド!」
「俺は鬼殺し! キラーブルー!」
「俺は熊殺し! キラーグリーン!」
「俺は虎殺し! キラーイエロー!」
「俺は猫殺し! キラーホワイト!」
「この世の悪は俺らが殺す!」
『不良戦隊、ファイブキラーズ!』
ドン、と擬音が聞こえそうなぐらい、息がピッタリで迫力があった。
ランなどは無邪気に拍手している。ツバキはそこらにあるカップを滅茶苦茶に磨いていた。その瞳は濁っていた。
件の新人メイドは、能面の様に無表情だった。そこで素になるのか。
(この五人も大概だった)
ミカンは気づいてしまった。ここ、マトモな奴がいない。自分を含めて。
幼い容姿の23歳は、何はともかく、ツバキの健康を祈った。彼女が倒れたら、たぶんこの店は回らない。
「あれ、そう言えば、ファイブキラーズさんって、髪の色がそれぞれを表しているのは分かるんですけど、ナントカ殺しとかってどう言う意味なんですか?」
止せばいいのに、好奇心のみを持って、ランが彼らに問うた。
すると五人は待ってましたと言わんばかりの勢いで次々に口を開く。
レッドが言う。
「俺は昔、事故に遭って生死を彷徨ったんだ。だが、結果俺は生きた。死神を殺したんだ。だから神殺し」
続いて、ブルー。
「俺は「鬼沢」と言う巷で恐れられた不良を倒した。だから鬼殺し」
続き、グリーン。
「俺は「熊田」と言う巷で恐れられた不良を倒した。だから熊殺し」
続き、イエロー。
「俺の家には虎の毛皮がある。だから虎殺し」
最後、ホワイト。
「俺は、昔猫を飼っていたんだ……三毛猫だ。だけど……ある日、俺が家に帰ったら、あいつは息も絶え絶えだった……病気だったんだ。俺はすぐさま病院に連れて行った。だが、もう手遅れだった。気づくのが、遅かったんだ……あいつが息を引取った時、気付かなかった、気付けなかった己の愚かさを呪った……だから俺は猫殺し。永遠に消えない烙印さ」
『ホワイト……』
「うう、そんな理由があったんですね、ぐすっ」
なんとなく重い空気になるヘブンズリバー。
ランなどはちょっと涙ぐんでおり、ミカンは我関せずとコーヒーを飲んでいた。サムライは椅子である。
ツバキは皿を乱雑に磨いていた。瞳は曇っていた。
「そうなんですかぁ!」
モエはそれしか言えなかった。
レッドに対し「それじゃ神殺しじゃなくて死神殺しだろ」とか、ブルーとグリーンに対し「名前の由来が被ってるじゃん」とかイエローに対し「それただの金持ちだろ」とかホワイトに対し「なんかちょっと切ない感じになっちゃったじゃねーか」とか諸々言いたいことはあったが、モエは黙した。
ご主人様に突っ込むのはメイドの仕事じゃないからだ。
(むしろ突っ込まれるのがメイドの仕事だし……)
おい、誰かこいつにメイドの仕事を教えろ。
と、彼女の想い人、ダイキが居たら言うだろう。まぁ仕方ない。少なくとも『キロウ』のメイドは『そういうもの』だったのだから。
ちなみに、ここでモエがダイキのことを彼らに訪ねかったのが、彼女最大のミスであった。
まさかこんな訳分からない五人組と、見た目だけは普通のダイキに、何か接点があると思わなかったからだ。こうして、彼と彼女の出会いは延期されて行く。
何はともかく、ファイブキラーズの紹介は終わった。
そうして、折角だから、そうミカンは前置きして、サムライに発言の許可を下した。
しかし彼は体勢を変えず、あくまで椅子として、モエと目線を合わせる。
「拙者、サムライでござる。今は椅子ゆえ、この程度の挨拶で失礼致します」
「はぁい、よろしくおねがい申し立て祭るで候ー」
「何語だよ!」
正論の鬼、ツバキ、帰還する。
頑張れツバキ。ヘブンズリバーの平和は、たぶん彼女に掛かっているのだ。
「どんな感じだい?」
そんな中、店長であるナデシコが、店の様子を見にバックヤードより出でる。
無論、彼女はメイドではない為に制服姿ではなく、スーツ姿だ。
「あ、てんちょー! モエはぁ、絶好調ですにゃん! にゃにゃんがにゃん!」
「おお、もう……」
ナデシコはひどい頭痛を覚えた。
バックヤードで帳簿を付けている時、明らかに他のメイドではないキャピキャピ声が聞こえた為、もしや、とは思っていたのだが、そのまさかだった。
しかし、店長はそれでも己を即取り戻した。
今居る客を見渡し、全員が『彼女たち』と会ったことがあることを確認すると、誰に言うわけでもなく、フロアに声を響かせた。
「……そろそろ『あの子達』が来るよ」
「えっ本当ですか!?」
即座に反応したのは、ランだった。
彼女は嬉しそうに、パッチリと丸い瞳を輝かした。
ツバキの瞳は澱んだ。
「あの子達……?」
モエが疑問符を上げていると、ファイブキラーズとサムライが『あの子達』について次々と言葉を交わす。
「おお、遂に来るのか」
「拙者、あの子達は少しだけ苦手でござる……」
「……まぁお前、二人にコテンパンにされたからな」
「いや、それは関係ないでござる。確かに、自業自得とは言え、あれ以来同士達はこの店に来れなくなったでござるが、それは全て拙者達の非。それに、お陰で拙者は真人間の心を取り戻せたでござる。むしろコテンパンの件は御褒美でござる」
サムライは己の眼鏡をきらりと輝かせた。
いつの間にか、背中からミカンが消えていた。彼は今人間だった。真人間ではなかったが。
(……真人間の心、取り戻せてなくない?)
口に出しての突っ込みはしなかった。
ご主人様に突っ込むのはメイドの仕事じゃないから、である。
(突っ込まれるのがメイドの)
それはもういい。
「いやはや、その節はラン殿にご迷惑をお掛けして……」
「いいんですよぉー、もう。ある意味、おかげで『あの子』に会えたんですから」
「そう言って頂ければ……まぁ、それで、問題があると言えば……」
「よし、これでいい!」
サムライが言いかけた時、どこぞに行っていたミカンが再びフロアに顔を出した。
見ると、彼女はツインテールの結び目に可愛らしい赤いリボンを付けていた。
似合っていると言えば似合ってはいるが、それはあまりにも強い幼児性を放っていた。
ぼそり、とサムライが呟く。殊更残念そうに。
彼女のそんな姿、見たくなかった。そう言わんばかりの表情だった。
「……茶髪の子が、ミカン殿を妹にして、独占してしまうのでござる……」
「あー……」
「ガッチリホールド固めてたからな、あの子」
「ミカンのキャラもおかしかったよな」
「ドSの面影ゼロだったな」
そうファイブキラーズが言えば、ミカンは悟った表情で儚く笑う。
「ふっ、私には分かるんだ。逆らったら、死んでいた。私はあの子の従順な妹になるしかなかったんだ」
「ジーザス……」
世界は残酷なのだ。
正しいのが強さではなく、強いものが正しいのだ。
「……何モンだろうな、あの二人」
「もう片方はずっとランさんの胸を揉んでいるからな」
「まぁランさんもあの子の筋肉を触りまくっているから、平等だろ」
「じゃあ、俺の筋肉も触らせるから、ランさん、おっぱい揉ませて下さい」
「イエローさんは上腕二頭筋が今一歩ですね。ダブルバイセップスを綺麗に極められる様になってから出直してきて下さい。先ずはフロントからですよ」
「この屈託のない笑顔」
「知ってた」
「つか、あの子、そんなに凄いの? 意味不明に強いのは見てたから分かるけど、小柄じゃん。小学生かと思ったよ、最初」
「いや! それが! あの子、もう有り得ない筋肉をしてるんですよ! すっごい! すっごいんです! 超細い体なのに、全身に巡る筋肉の鼓動がですね……!」
「あれ? ここ何の店だっけ?」
「たすけて」
「俺たちファイブキラーズは、頑張るツバキさんを応援しています」
そうメイドと客達が話しているのを聞いて、モエは。
「あ、おなかいたい。おなかがいたくなったぞー」
冷や汗を滝の様に流していた。
茶髪の女と小さい女の二人組。
小さい女はおっぱいを揉んでいる。
そして強い(らしい)。
もうこれでお腹一杯だった。
今から来る人間が、瞬殺で分かってしまった。
『今の自分を見られたくない人ランキング』を作ったら、ベスト3に入るだろう、そんな二人がこの店に来る。
それが、モエには分かってしまった。
分かってしまって、衝動的にバックヤードに引っ込もうとした、その刹那。
「メイドどもー! ご主人様が来たぞー! ひれふせー! おっぱい揉ませろー!」
「みみみみみみみみミカンちゃあああああああああん! お、おおおおおお姉ちゃんだよぉおおおおおおおおおお!」
来ちゃった。
その上、目が合ってしまった。
「あ」
「えっ」
「……ふぅ」
モエは口を間抜けに開いた。
茶髪の女は目を丸くした。
小柄な少女は呆れた様な溜息を吐いた。
「は……? え、は? ね、姉、さん?」
「モエさん……」
モエの実妹、佐倉サクラはあまりの出来事に瞳を白黒させ。
モエの仲間、湯久世ユリはじっとりとした瞳でモエを見ていた。




