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第二十話:メイド・レイド・ヘブン(前編)

(無言の土下座)

 ――時系列的には変態と変態と中二病とナックルウォーカーが最初の邂逅を果たした、翌日。


 とある喫茶店に、一人の高校生が訪れていた。

 彼女の名前は佐倉萌。

 金髪に染色した髪に、気ダルそうな表情。

 瞳は大きく、だけど覇気はない。疲れている訳ではなく、生来そう言う目つきなのだ。

 女性として恵まれた体型を持ち、尚且つ顔も整っている。

 そんな彼女は、喫茶店の奥の部屋でバイトの面接を受けていた。 



「志望の動機は?」

「はい。萌えの真髄を学びたくて」



 ――メイド喫茶『ヘブンズリバー』

 最近評判を上げている、ちょっとアレな喫茶店である。



「……ん。ごめん。もう一回言ってくれないかい?」

「萌えとは何かを知りたくてここに来ました」


 モエの見た目から繰り出された明らかに『そう』とは思えない答えに、面接を担当をしている店長は、真顔でもう一度聞き返した。

 対してモエは、同じく真顔で答えを繰り返す。

 モエは至極真面目だった。

 想い人であるダイキは、彼女のコミュニティ内では探知出来ない。

 なら、それを広げるのが見つけ出す道になる。

 加え、かつて『お前には萌えがない』とダイキに言われたことも、この奇行に拍車を掛けていた。

 萌えがあれば、ダイキは自分と付き合うかも知れない。元々それなりの好意は持たれていると思ってはいるが、いかんせん、告白の返事を聞いていないのだ。

 可能性は、高いほうが良い。

 萌えと言えば、メイドだ。

 メイドになる為には、メイド喫茶。



「と言うわけです」

「……」


 みたいな説明を店長に語った。無論、異世界だのなんだの電波な事実は避けて、『想い人が萌えを求めているかも知れないからメイドになりたい』と言う頭が沸いているとしか思えない自論で。

 見た目今時の女子高生の、純愛なんだか天然なんだか良く分からない激白を聞いた店長は、こめかみを押さえた。

 が、件の店長が頭痛を覚えたのは、もう少し複雑な事情故なのだが。


「私は……こんな奴らに……」

「……え?」

「いや、なんでもない」  


 メイド喫茶の店長、新島ナデシコは軽く頭を振った。

 その様子にモエは疑問符を浮かべる。

 そう言えば、この見た目地味な女店長はどこかで聞いたことのある様な声をしていた。

 無論、面識はない筈だ。長い黒髪をポニーテールにしているその店長は、キッチリと女性用のスーツを身に付けており、ストッキングに包まれている長い足を組んでいる。それがまた様になっていた。見た目、如何にも仕事ができる女性だ、モエはそう思った。逆に言えば、声以外はそれ以上のことは何も頭には浮かばなかった。


(気のせいかな)


 己にメイド喫茶の店長をしている知り合いなど居はしない。

 頭に浮かんだ疑念を一刀の元に斬り捨てて、モエは改めて向き直った。


「……どうですか? 基本、シフトは何時でも行けますよ」

「……」


 モエの問いに、ナデシコは逡巡した。

 ナデシコにとって、思うところはそれこそ無限にあった。

 あったのだが。


「……まぁ、今は人が足りてないし……とりあえず、今日行ける? 一回やってみよう」

「あざっす!」


 モエは右手をぐっと握った。

 結局、店長は店の利益やシフトの回転を重視したのだ。

 『かつて』のナデシコの想いは、この際捨て置くとして、とりあえずは、『現状』を重視することにした。


(『最悪』は気づいたのに、『最速』は気づかないのか)


 ナデシコは色々な思いを馳せながら、店員であるメイドの一人を呼び、モエの服の合わせや仕事内容などの教授を彼女に任せた。


「さて、と」


 それを見送った後、一息付いたナデシコは座っている椅子にもたれ掛かる。

 ギシリと鈍い金属が聞こえて、彼女は少しうろたえた。


(……太ったか?)


 あまりにも『こちら』の食事が美味すぎて、もはや暴食の域になっていたのかもしれない。

 ちょっと自制しないとな、そう嘆息し、彼女は己のポケットを探る。

 そこから携帯を取り出して、ナデシコはメールを送った。



―――――――――――――――


 送信メール

 To:最悪の夜

 Title:無題

 本文:ウチの店に最速が来たんだけど。雇って欲しいと言って来たんだけど。雇っちゃったんだけど。あの子私に気付いてないんだけど。



 受信メール

 From:最悪の夜

 Title:Re:

 本文:は?



 送信メール

 To:最悪の夜

 Title:Re:Re:

 本文:今日店来る? 後、最速の妹も。それと君に話しておきたいことがある。



 受信メール

 From:最悪の夜

 Title:Re:Re:Re:

 本文:よく分かりませんが、分かりました。行きます。



―――――――――――――――


「いやぁ……メイドっていいなぁ」


 メイド喫茶、ヘブンズリバー。

 ここに、五人の客が居た。

 高校生のその五人組は、赤、青、緑、黄、白と、とにかく派手な髪色をしていた。

 彼等は不良だ。

 その名もファイブキラーズ。泣く子も『お、おう』と愛想笑いする、と名高い不良集団だ。趣味はボランティア。

 男女比率、33:2と言うクラスに居る彼等は、普段の生活にはない癒しを求めてこの場に居るのであった。 

 少し狭い店内をゆっくりと見渡し、彼らは口々に会話する。


「まぁウチのクラスには……女子が、なぁ」

「うむ、『ごっちゃん』と『狂犬』がいるんだがな」

「ごっちゃんはなぁ……」

「良い子、なんだよなー」

「気も利くしなー」

「今年のバレンタイン、クラス全員にチョコくれたしなー」

「それがまた美味かったしなー」

「でも」


 そこで彼らは会話を切り、一斉に顔を見渡し、一斉に溜息を吐いた。


『ゴリラなんだよなぁ……』


 女は顔じゃない。

 そうは言ったとしても、年頃の男子高校生としては、やっぱり着眼点は顔なのだ。

 更に言えば、件のクラスメートは内面的な器量が良いだけに余計に残念だった。

 男たちは、とりあえず彼女に代わり神様を恨むことにした。

 まぁその彼女に言わせれば『余計なお世話』なのだが。


「まぁ、ごっちゃんはまだいいんだよ。狂犬だ、狂犬」

「アレはガチで保健所が動くべきレベル。とても女子には見えない。顔は可愛いけど」

「誰か注射打ってくんねーかな。あいつに」

「兄の方に頼めよ」

「駄目だ。あいつ、さり気にシスコンだから」

「妹は兄を好き過ぎだけど、兄の方も大概だからな」


 ずーん、と空気が落ち込むのが分かった。

 もう犬上兄妹の、特に妹の話はやめよう、コンビネーション抜群の彼らは言葉を交わさずとも互いの心情を理解した。

 あの『机を割っちゃう系狂気の塊女子』の話は、間違いなく楽しいものではない。


「フ、フヒヒ」


 と、そこで一人の男がヘブンズリバーに入店して来る。

 小太り、メガネ、チェックのシャツをボトムズ入れているその男は、ファイブキラーズを見つけると、顔に和やかな笑みを浮かべながら彼らに近づいた。


「おお、ファイブキラーズ殿ではありませんか! 奇遇ですなぁ! フヒヒ」

「お、サムライ。相変わらず気持ち悪いな」

「レッド殿。ストレートな言葉は人を傷つけるナイフになるのでござるよ?」

「や」

「せ」

「ろ」

「デブ」

「ブルー殿、グリーン殿、イエロー殿、ホワイト殿。もう拙者のライフは0でござる」


 五人の絶え間ない連続攻撃に、男、サムライの精神はボロボロだった。

 しかし、そんな孤独な男の前に、一人の女神が現れた。それは、サムライにとっての最愛の女神だった。

 その女神はフリルが多い白さが光るメイド服を身に纏い、まるで小学生の様に幼い養子をしていた。

 黒い髪をツインテールにした彼女は、両房を軽やかに揺らして、嬉しそうにサムライに駆け寄った。


「お帰りなさいませ消えろ、キモオタ! お前洗ってない犬の臭いがすんだよ! キャハハッ!」

「ぶひぃいい! ロリメイドミカン殿の毒舌キタコレ! ありがとうございます!」

「ライフ満タンじゃねーか」


 女神はドSであり、彼はドMだった。



―――――――――――――――




 不良戦隊・ファイブキラーズ

 種族:五人戦隊

 性別:男

 年齢:16、17

 レベル:全員7

 通称:それぞれ『神殺しレッド』『鬼殺しブルー』『熊殺しグリーン』『虎殺しイエロー』『猫殺しホワイト』

 備考:街を守る不良集団。趣味はボランティア。




 オタク・サムライ

 種族:人間

 性別:男

 年齢:25

 レベル:5

 通称:サムライ

 備考:プログラマー。ズボンINシャツ。ロリコンじゃないんだ、好きになった子がロリだっただけなんだ。あ、ドMです。


 ロリメイド・ミカン

 種族:人間

 性別:女

 年齢:23

 レベル:5

 通称:ミカン

 備考:ドS。下僕は誰でもウェルカム。


―――――――――――――――



「そういやさ」


 サムライ『に』座りながら、メイド・ミカンがそう言った。

 それはあまりにもいつもの光景だったので、五人組はそれを無視した。サムライは床に四つんばいで、とても良い笑顔だった。

 手が空いている場合、ミカンの仕事は「サムライに座ること」であり、ファイブキラーズはそれを生温い目で見守るのである。

 無論、この状況になった場合、ミカンはメイドとしての仕事を放棄している。

 客にもタメ口で、今なぞ五人組の机の上のお菓子をポリポリと貪っていた。

 メイド喫茶に五人の不良。働かないロリメイド。行く店を間違っている(今は)椅子。

 どう見ても無法地帯だった。


「今日新しい子が入ったみたいなんだよねー」

「新人さん?」

「うん、高校生」


 五人組のリーダー、レッドがそう言うと、ミカンは頷きながら、白いソックスが眩しい脚で、サムライの腹部を軽く蹴った。サムライは身動ぎ一つしなかった。ただ、その笑みを深くした。


「ありがとうございます!」

「オイコラ、椅子はしゃべんなや……まぁ、実はあたしもさっき来たばかりだから、まだ会ってないんだけどね。今奥でランが制服を合わせながら軽く内容を教えているとこ」

「あー、だからランさんがいなくて、ツバキさんだけなのか」

「ん。店長は裏で料理担当だしね」

「なるほど、じゃあ今日出るのか? あ、ツバキさんコーヒーお願いしまーす」

「うん、その予定らしいよ。ツバキー、私もコーヒー飲みたーい」

「働けよ」



 今この場に居る(働いている)唯一のメイド、ツバキが的確な突込みをミカンに入れた。

 ツバキは掛けている黒縁のメガネを苛立ち気味に持ち上げてから、ポットを持って、空いているカップにコーヒーを注いだ。

 ファイブキラーズは元より、椅子になったサムライや、そもそも客でないミカンのカップにまで注ぐその様は、まさしくメイドの鏡だった。

 しかし、その働く様を見ても、ロリメイドな女王は何の感慨も得なかったらしい。


「働いてんじゃん、なぁ、椅子?」

「左様でござる」

「喋んなっつーの、このっ!」

「ありがとうございます!」

「そう言う店行けよ、お前ら」


 正論は常に力を持つとは限らない。

 世界の理不尽の一旦がここにあった。



 と、そこに。


「はいはーい。ご主人様こんにちはー……ってファイブキラーズさんとサムライさんだけですか」


 茶色の髪を腰まで伸ばし、穏やかな雰囲気を纏った女性が、混沌渦巻くここのフロアに現れた。

 彼女はラン。メイドの一人である。

 ファイブキラーズは彼女の登場に手を振って、サムライは椅子だった。


「ちーっす、ランさーん」

「んい、あれ? 新人さんは?」

「今後ろに居ますよー。行けそうなご主人様達だったら、もうフロアに出そうかと思って」

「俺たちは大丈夫っすよー」

「……ミカン殿」

「うむ、素人にはちょっとこの光景はレベルが高いね。降りよう。発言を許す」

「ははっ有難き幸せ」

「……で、ラン、どうなの、新しい子は?」


 ツバキは主従コンビはスルーして、ランに問うた。

 するとランは。


「筋肉が凄いです!」


 鼻息荒く、興奮気味にそう言った。


「ああああ、この病気さえなければ、マトモなのに……」


 ツバキは胃が痛くなった。こうなったらここのメイド達のマトモと狂気のパワーバランスが逆転してしまう。

 メイドは三人。普段はランは極普通で、ミカンは平素からあんなのである。

 だから、ツバキがマトモである限りは、このメイド喫茶はマトモなのだ。

 しかし、ランはミカンと同じように、困った性癖を持っていた。

 彼女は、筋肉フェチなのだ。男女問わず。


「メイドなのに筋肉が凄い……?」


 ファイブキラーズは己のとあるクラスメートの女子を思い浮かべ、その子にメイド服を照らし合わせ、即座に首を振った。

 精神衛生上、これ以上考えるのは拙い。そう判断した。



 そんな五人組を見もせず、いや、それどころか他の誰も視界に映ってないが如く、ランはうっとりとした表情で口を開く。


「いやね、体は細身なんだけどね、なんと言うか密度が凄いんですよ! 詰まってるんですよ、筋肉、と言うか、よくわからない力の源みたいなやつが! そしてあの収縮率! あれは恐らく凄まじい瞬発力を実現できますよ! ああ、最近の若い子は凄いなぁ、『あの子』もよく分からない筋肉だったけど、そんな子がまた現れるとは!」

「……ストップ。まぁわかったから、とりあえず、出てきて貰って」


 ツバキは胃痛に耐えながら、それでも懸命に場の流れを手繰っていた。

 頑張れツバキ。ヘブンズリバーの明日は、貴女に掛かっているのだ。


「あ、そうですね! じゃあ、モエちゃーん、来ていいよー」


 ランが手をメガホンの様に構えて呼びかけると、バックヤードからゆっくりとメイドが出てきた。

 格好こそ、このメイド喫茶の制服である清潔感のあるフリルが多い服だが、その見た目はと言うと、肩口まである金髪に、やる気がなさそうな瞳。パーツの一つ一つは整ってはいるが、なんとなく、冷たさを感じる顔であり、全体的に女性らしい体格をしてはいるが、メイドらしい、かと言われれば誰もが口を閉ざす、そんな女性だった。



 ファイブキラーズとラン、それにサムライは一斉にテーブルの中央に迄顔を寄せ合い、小さな声で語り合った。


(パツキンメイド……しかしおっぱいでけぇな)

(……クール系か。ツバキさんと被っちゃうぜ。しかしおっぱいでけぇな)

(いやいや、ダウナー系かも分からんぞ。しかしおっぱいでけぇな)

(どちらにしても、見た目からはメイドっぽい感じはしないな。しかしおっぱいでけぇな)

(今時の女子、って感じだからな。しかしおっぱいでけぇな)

(まーウチは給料いいからねー。しかしおっぱいでけぇな)

(恐らく、金を稼ぐに為だけに来た高校生と言うところでござろうな。しかしおっぱいでけぇな)


 残念ながらツッコミ担当のツバキさんは彼らのテーブルから距離をとり、件の新人を観察している。

 これこそが無法地帯なのである。



「ささ、自己紹介しちゃって!」


 ランが笑顔でそう言うと、件の新人メイドは一歩前に出て、口を開く。




 さて、このメイドは勿論、佐倉モエである。

 ところで。

 ――『モビルトレース』と言うスキルをモエは持っている。

 それは、対象の挙動を観察することで、その動きを再現できると言うスキルだ。

 何を隠そう、モエの剣技『白銀輝閃』も、元々はこのスキルを使用して、キロウのとある流派から盗み学んだものなのだ。


 圧倒的なレベル、凶悪な刀、速度重視の天鎧。

 彼女を評価する点は多々あるが、彼女が最高峰の剣士として名を馳せていたのは、このスキルによる恩恵が強い。

 つまり、何が言いたいかというと。







「お初に御目に掛かります、ご主人様ぁ! アタシぃ、『もえ』って言いまぁす! 始めましてっ、にゃんにゃん! てへぺろりん!」






 そのスキルを、よりによって『テレビで見たテンプレートなメイド』を再現する為だけに使用しているのだ、この女は。

 これでは、彼女に斬られたキロウの剣豪達も成仏できないこと必至である。




『なん……だと……』



 無論、見た目からは有り得ないぶりっ子ヴォイスに、ヘブンズリバーはかつてない程の一体感に包まれていた。




―――――――――――――――



 新人メイド・モエ

 種族・人間

 性別:女

 年齢:17歳

 武器:鬼刀『獄星神楽』

 レベル:278

 通称:『世界最速の刃』

 備考:ご主人様を冥土に連れてくにゃん! にゃんにゃん!



 正統派メイド・ラン

 種族:人間

 性別:女

 年齢:21

 レベル:5

 通称:ラン

 備考:男女問わず筋肉フェチ。正統派とは一体。


 クールメイド・ツバキ

 種族:人間

 性別:女

 年齢:23

 レベル:6

 通称:ツバキ

 備考:最近店の未来が心配で仕方ない。狂気耐性をレベル3で持っているんだ、これが。


―――――――――――――――




ちょっと投稿おくれました(二年振り)

ぼちぼち頑張ります。

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