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第十九話:ナイトパーティー

 突然のやたら金属音を響かす闖入者に、アズサは眉を顰めた。

 あまりの理解不能な事態に、先程まで変態から感じていた嫌悪感は、どういう訳か薄れていた。

 夜の帳から突然現れた男。しかも、なんか炎を出すし。

 アズサは男を胡乱気な瞳で見て、訊ねる。


「……あなた、誰?」

「カイザーだ」

「…………さっきの炎は?」

「カイザーインフェルノだ」

「………………何しに来たの?」

「闇を感じに闊歩しているところ、面白そうな決闘<<ディアハ>>を見掛けたものでな。くくく、右手が疼いてしまったよ」

「………………………………何者なの、あなた」


 加速度的に増える三点リーダー。

 会話は成り立っているが成り立ってない。片一方が理解できていないから。

 うんざりした様なアズサの問いに、男は表情を無駄に引き締める。

 ジャキン、と無駄に腕に付けられた無駄なシルバーなアクセサリーが無駄に音を発する。無駄ばかりである。

 男はサッと右手で己の片目を押さえた。


「高貴なる闇の申し子、カイザー・オブ・ダークネスだっ!」

「あ、ヤバイこいつ。とにかくヤバイやつだ」


 お前が言うな、その一である。







「いきなりで申し訳ないとは思うが」


 アズサがイタイタしい男に気を取られていると、その存在を忘れかけていたパンティがそう言った。

 何時の間にか、その手には柄も刀身までもが全て黒い両刃の剣が握られていた。



「俺は夜騎士として負ける訳には行かないし、正直、この状況が上手く理解できない」



 この平和な国に相応しくない、物々しい剣。どこからか現れたかも分からない、黒い剣。

 だが、アズサも、未だ無意味に片目を押さえている男も、そんな情景に戸惑いは覚えなかった。いや、覚えられなかったと言うべきか。

 そんな余裕は二人にはなかった。

 ――あれは、マズイ。

 状況は不明。正体も不明。だが、二人は咄嗟に身構えた。本能が告げていた。警鐘を鳴らしていた。

 ここから離れろと。


「よって」


 しかし、それより早く。より速く。


「さっさと終わらす」


 パンティは剣を上段に構えていた。


「妄れろっ! アーテー!」


 そして、その場に振り下ろす。


 途端剣より這い出る、夜でさえも視認出来るおぞましい程に黒い霧。

 霧は、そのまま真っ直ぐに二人に向かって行く。

 


「ぅわっ!?」


 男は、その霧には呑まれなかった。

 反応が速く、ジャキンジャキンと音を立ててその場から飛び抜いたお陰でもあるが、位置取りが良かったと言うのもある。

 ともかく、男は比較的容易に霧の射程外に行くことが出来た。

 しかし。


「っぐ!?」


 ――アズサは逃れられなかった。

 丁度、パンティが振り下ろした剣の軌道の直線上に居たのが仇になってしまった。

 黒い霧に捕らわれたアズサを見て、パンティは天鎧を解いた。

 いや、解かざるを得なかったのだ。天鎧は発動しているだけで体力を消耗する。

 『妄剣アーテー』が持つ大技を使用したパンティには、それを維持する体力は残っていなかったのだ。

 ボソリとパンティは呟いた。


「……トワイライト・マニアクス」

 





「な、に……ここ……?」


 何もなく、どこまでも黒い空間。

 そこに、アズサは居た。

 戸惑い気味に周囲を見渡しても、何もない、見つからない。

 と、そこで、不意に人の気配を感じた。

 アズサが後ろを振り向くと。


『アズサ』

「お、お兄ちゃんっ!?」


 そこには、最愛の兄の姿があった。

 全てが黒い空間の中にあって、何故かその姿はくっきりとアズサの瞳に映っていた。

 アズサは、今家に居るはずの兄の登場に狼狽した。

 そんな中、ダイキはいつもの顔で、いつもの声で、アズサに言う。


『愛してる』

「……え、ふぇ、え、え、え、ええええええええっ!?」

『愛してる、アズサ、愛してるあいしてるアイシテル』

「お、にい、ちゃん……?」


 同じ言葉を茫洋として繰り返すダイキに、アズサは懐疑的な目線を向ける。

 姿形や声は全く兄と同一の物だ。

 しかし、何故ここに居るのか。何故急にそんなことを言うのか。アズサには理解できなかった。

 だが、その異常さをきちんと理解する前に、ダイキはキザったらしく指をパチンと鳴らした。

 途端、黒い空間に現れる、なんか今にも回りそうな丸いピンクなベット。

 そして、ダイキが口を開く。


『アズサ』

「……」

『Let's go to bed with me!』

「yeah!」


 それはそれはネイティブな発音だった。






「はぁ、はぁ、はぁ……ちっ、やはり、消耗が激しいな。だが、これで一人…………ちっ!」

「……外したか」


 パンティが息も絶え絶えに肩を揺らしていると、またしてもその足元に赤い円が現れた。

 すぐさま反応し円から離れると、直後、先程と同じ炎柱が垂直に奔った。

 見ると、男がカッコつけたポーズを取りながら、パンティに手を翳していた。


「貴様、あいつに何をした」


 と男が言った。


「……我が神より授けられた『アーテー』が担いしは『妄想による破滅』。……霧に捕らわれた者は自身が望む妄想に囚われ、やがてその精神を壊す。……まぁ今回はそこまでしないが、今頃気絶ぐらいはしているだろう」

「なにその『神』とか言う設定。イタいんだけど」

「おいコラ。お前には言われたくないぞ。それに設定じゃない。お前こそあの炎は何なんだ」

「カイザーインフェルノだ」

「あ、駄目だなこれは。なんか分かる。これは駄目だ」


 お前が言うな、その二である。



「許せない」

「……っ!?」


 ――――黒い霧が、晴れる。

 その向こうには、アズサが居た。

 しかし、パンティが言った様な状況ではなく、きちとんと意識があった。

 ……まぁ顔が赤く、衣服が乱れ、足元にはちょっと描写が出来ない水溜りがあったが、ともかく彼女は立っていた。Bボタンも勃っていた。

 その目を凶悪な色に染めて、アズサが言う。


「お兄ちゃんを汚すなんて、許せない。お兄ちゃんはそんなことしない。お兄ちゃんは私を大事にしてくれる。私のお兄ちゃんに、あ、あんな、あんな……ねぇ、もう一回やって?」

「すまん。あれは一日一回しか出来ないんだ」

「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 アズサの叫びが夜に響く。




―――――――――――――――



 学生・アズサ

 種族:人間

 性別:女

 年齢:16

 レベル:40→49

 通称:『狂犬』

 備考:『マッドネスレセプション』の限界値に到達。レベル+9。狂気受容によるレベルアップが終了。




―――――――――――――――





「ぐちゃぐちゃになれぇ! もうお前ぐっちゃぐちゃになれよぉ! 変に期待持たせないでよぉ! わ、わかってるもん! お兄ちゃんはこんなことしないって! 分かってるもん! それでも好きなの! 愛してるの! でもお兄ちゃんは私のお兄ちゃんでおにいちゃんだからオニイチャンなんだよぉ! ううううううううううううううわあああああああああああああああああああああ!」


 正に狂気の咆哮。

 体を仰け反らせて叫ぶその姿は、狂気そのものである。

 パンティも「おおぅ」とか言って少し引いている。

 ジャキンジャキンと五月蝿い男はポツリと零す。


「あ、ヤバイ。ガイアが俺に囁いている。とにかくこいつはヤバイ、と」


 お前が言うな、その三である。




「うっっっっっさいわぁ!」


 そこで、変人集う夜に、甲高い声が響いた。

 場に居た全員がその方向見ると、一人の女性が仁王立ちしていた。

 その女性を見て、男が言った。


「……ゴリラ?」

「違ぇ」


 女性は、顔がアレだった。

 男のあまりに無礼な言葉を聞いて、アズサが憤慨する。


「失礼なこと言わないで! ごっちゃんは確かにこんな顔だけど、それでも優しいゴリラなんだよ!?」

「ゴリラベースで私を語るな」

「ふむ、闇の呪いか……難儀な」

「勝手に変な設定を付けるんじゃねぇ。生れ付きだから。これ生れ付きだからぁ!」


 初対面の癖に究極に失礼な男と、友人の癖に至高に無礼なアズサ。

 その二人に、女は声を荒げた。


「ゴリラちゃん、どうしてここに?」

「せめてごっちゃんって呼べよ! アズサ私の名前知っているよな? ショウだぞ? 甘宮 蕉だぞ!? 流石の私も怒るぞ!」

「ご、ごめん……私、昔から友達がいなかったから、こう言うの、良く分からなくて……」

「き、急に重い話を出すのはズルイって! だ、大丈夫! 私は友達だから!」


 そう言って、女、ショウは安心させる様にアズサの肩を優しく叩いた。

 アズサは「ありがとうっ!」と目を輝かせて、ショウは「なんで自分が慰めているんだろう?」と疑問符を上げた。

 


「……ところでごっちゃん、話を戻すけど、なんでここに? 怖いから何とかして、って引き篭もってたじゃん」

「……窓から様子見てたけど、剣を持っている変態と炎出すイタイやつと変態がウチの前で非常識なことやってたら、むしろ恐怖心が引き篭もったわ」

「もーごっちゃんったらー! 変態が重複してるぞっ!」

「いや、お前も数に入っているからな?」

「えっ……」

「信じられない、って顔しているお前の感性が信じられないよ、私は。……それよりそこの変態さん」

「ん?」


 以外にも紳士なのか、それともあまり体力がないのか、何をする訳でもなくジッとショウを見ていたパンティ。

 そんな彼に、ショウが言う。

 自嘲の笑みを浮かべて。 


「もうなんか早く寝たいから、こうして出てきたっす。あなたは私の下着が目的みたいっすけど……」


 ショウは笑っていた。

 その笑いは、彼女にとって慣れ親しんだものだった。

 自身のコンプレックスを引き合いに出すときの、哀しい笑み。

 好き好んでそう言う笑いをしたい訳ではないが、今までの人生で、彼女は知っていた。

 物事をスムーズに送らせるとき、そうする必要がある、という事に。

 だから、彼女は言う。だから、彼女は笑う。


「……私、顔こんなんっすよ? あなただって、もっと美人の下着の方が……」

「女は顔じゃない」


 ショウの言葉を遮って、パンティが口を開いた。

 その口から出た言葉は、あまりにも使い古された言葉だったが、この後に来た二の句は彼女にとって一度も聞いたことがない言葉だった。



「女はパンティだ」


 そう言ったパンティの顔は、今世紀最大のドヤ顔だった。頭にパンティを被っているが。


「君のパンティは、良いパンティだ。だから、私は君のパンティを狙っている。私は全てのパンティを愛しているが、それでも好みはあるのだよ。そして、君のパンティはドンピシャだ。でなければ、二度も来ない」


 パンティはドヤ顔だった。

 アズサと男はドン引きで、ショウは唖然とし口をポカンと開けていた。


 ひそひそと、アズサと男が言う。


「おい、パンツに良いも悪いもあるのか?」

「知らないわよ」

「あの変態の好みって何だ?」

「知りたくもないわよ」


 無論、二人はげんなりした顔をしていた。

 そんな二人は眼中にないのか、ショウはパンティを真っ直ぐに見ている。


「……あなた、名前はなんて言うんすか?」

「パンティ。夜騎士パンティ。それ以外の名はない」

「そっすか……パンティさん」


 ショウは息を深く吸い、殊更顔を真剣なものにした。


「結婚を前提に付き合って下さい」





―――――――――――――――



 学生・ショウ

 種族:ゴリラではない

 性別:雌

 年齢:16

 レベル:5→8

 通称:『ごっちゃん』

 備考:蔓延する狂気と衝撃的な出会いにより先天技能『マッドネスレセプション』が限定解除。レベル+3。




―――――――――――――――




『ぶぅううううううううううううううう!』


 突然のプロポーズに、アズサと男は噴出した。特に何か口に入れた訳ではないが、とにかく噴出した。


「ご、ごごごごご、ごっちゃん!? 正気!?」

「ど、どどど、どうしたと言うのだ!? 狂ったか!?」

「お前らには言われたくない」


 ご尤もである。


「……いや、私、こんな男の人に全肯定されたの初めてだから……この機を逃すと、もうこんなことはないかな、なんて……この人、外面で判断してないし」

「冷静に考えて、ごっちゃん! 肯定してるのはパンツだけだよ!?」

「それに外面で判断してない、って、パンツで判断してんじゃねぇか! 確かに内側に履くものだけども!」


 今回ばかりは二人が正論だった。

 しかし、慌てる二人を他所にパンティは落ち着いていた。

 腕を組み、暫し目を瞑って、開けた。そして一言。


「いいぞ」

『ぬぅぁああああああああああああにぃいいいいいいいいいいいいいいい!?』

「ま、マジッすか!?」


 ユニゾンで仲良く絶叫す二人に、嬉しそうに目を見開くショウ。

 だが、パンティは「しかし」と前置きを付けて、ショウに言う。


「俺は君のことを知らない。そして、君も俺のことを知らない。先ずは友達から始めようじゃないか」

「は、はいっ。よろしくお願いしますっ!」

「ああ、こちらこそ」


 パンティはにっこりと笑った。勿論、頭に装着したパンティはそのままに。

 ショウもまた、笑った。それは自虐的ではない、極めて自然な笑みだった。


「と、ところで、あの、趣味は……?」

「パンティを集めることだ。君は?」

「あ、ウォーキングっす」

「ほう……ナックルウォーキングか」

「違うっす。散歩っす。類人猿特有の歩行方法じゃないっす」


 きゃっきゃうふふ。

 と擬音が付きそうな雰囲気を出す二人。

 そんな二人を、男とアズサは呆然と見ることしか出来なかった。


「なんだこれ……」

「私も知りたいよ……」


 殆ど偶発的にここに来た男とは違い、アズサは元々パンティを撃退しに来たのである。

 それが、守るべき友人が倒すべき下着泥棒に惚れるとは。

 今日一番割りを食ったのは、間違いなくアズサだった。だったが、ちょっと良いものを見せて貰ったので、そのことは不問にした。結局アレはどう言う原理かは分からなかったが。まぁ彼女はそんなことはどうでもいいのだ。大事なのは結果である。


 と、そこでアズサが隣で未だ呆然としている男に言う。


「……ねぇ」

「ん?」

「あんた、名前は?」

「……だからカイザーだ。カイザー・オブ……」

「いや、そっちじゃなくて、ちゃんとしたの」

「俺はカイザーだ。それ以外の……」

「名前は?」

「いや、だから」

「名前は」

「いや」

「名前」

「………………侘助」

「そ。私はアズサ。よろしく、ワビスケ」

「…………ぐす」


 ワビスケは洟を啜った。しかし、泣いてはいない。だってカイザーだもの。闇の申し子だもの。



―――――――――――――――



 学生・ワビスケ

 種族:人間

 性別:男

 年齢:16

 レベル:25→27

 通称:『カイザー』

 備考:実は地味に『マッドネスレセプション』が発動。レベル+2。



―――――――――――――――






 ――――翌日の夜。



「あ」

「あ」


 アズサとワビスケが同時に声を上げた。

 ここはショウが住むアパートの前。

 そこで、彼らはまたしても鉢合わせたのだ。アズサは手ぶらで、ワビスケは相変わらずジャキンジャキンと鳴らしながら、右手に白いビニール袋を持っていた。



「何しに来たの、ワビスケ」

「カイザーだ。……闇を感じていたところだ」

「あー、成るほどね。コンビニの帰り道か。と言う事は昨日は『行き』だったんだ」

「……や、闇を感じに…………」

「違うの?」

「正解だよちくしょう!」


 完全無欠に見透かされたワビスケ。

 やり場のないその怒りを何とか押さえ、今度は彼が訊ねる。


「お前は何しに来たの? お前んちもこの辺なのか?」

「……口調変わってない?」

「もういい。なんか面倒臭い」

「まぁどうでもいいけど。私の家は少し離れているけど、なんか今日あの変態がまたごっちゃんの家に来るんだって。メールで誘ったらしいよ。んで、フォローの為に私も来てって」

「……なんか、一気に進んでいるな。ってか、お前も付き合いいいな」

「……ま、友達だからね。ホントはお兄ちゃんとラブラブランデブーしたかったんだけど、ごっちゃんがどうしてもって言うから、さ」

「案外マトモなんだな、お前」

「そっちこそ。以外に普通じゃない、ワビスケ」

「俺はカイザーだ」

「そこは譲れないのか……」


 闇がどうたら、とか、お兄ちゃんとらぶちゅっちゅ、だとか相手のことを極めてイカれていると思っていた彼らだったが、改めて会話すると、存外普通の存在だということを認識し合った。まぁあくまで彼と彼女基準の普通であるが。



 と、そこで。



「うぐぅ! うぐぅうぐぅ! ひっく、ぅえ、うぇええ、うぐぅうう!」

「あああ、そんなに泣かないで下さい、ほらもうすぐ……」


 夜の帳から声と共に人影が現れた。

 一人は、紛れもなくパンティだった。今日も頭に女性用下着を被っている。が、どこか困惑した様子が見て取れる。

 そして、そのパンティの背には一人の少女が背負われていた。

 幼く見えるその少女はパンティの首元から顔を出し、盛大にベソをかいている。


 その様子を見た二人はまるで能面の様に無表情になり、ヒットマンがターゲットをヒットする程度の冷酷な瞳でパンティを見ていた。


「おい」

「おお! お前たちか! 丁度良かった!」


 そんな二人の心情は分からず、パンティは声を明るくし、背負っていた少女を丁重に降ろした。

 降ろされた少女は、しかし尚も泣き続けていた。右手で涙を拭いながら、左手でパンティの上着の裾を掴んでいる。

 その少女を、二人は改めて見る。幼い顔つき。未発達な身体。黒い髪の毛に、真っ黒いワンピース。ソックスや靴までもが真っ黒だった。

 が、二人にとって重要なのは、『幼い少女が』『泣いていて』『変態と一緒にいる』と言うことだけが、問題だった。

 地獄の底から滲み出るようなおどろおどろしい声で、アズサが言う。


「おいコラ変態」

「違う。パンティだ」

「結局変態だ馬鹿野郎。……その子はなんだ?」

「あー、この方は……」


 ワビスケの問いに、パンティが逡巡した。

 その刹那の時間は、パンティにとっては『なんて説明するか考えを纏める為』のものだったが、アズサ達は。 


「この子、小学生か中学生でしょ。しかも泣いているじゃない。警察……駄目だ。こいつは荷が重過ぎる。……ワビスケ」

「俺はカイザーだが……まぁいい。承知している」


 その間を『言えないコトを仕出かしてお持ち帰りしやがった為』と結論を決めた。

 アズサは僅かに腰を落とし拳を構え、ワビスケは右手を翳した。


「ふぅー……!」

「突き抜けろ、地獄の業火。カイザー……!」

「ちょっ、まっ!」


 文句なしの臨戦態勢に入った二人を見て、パンティは手を突き出して慌ててそれを静止する。


「ま、待て! 違う! 誤解だ!」

「知っているか? 犯罪者は皆そう言う」

「俺は犯罪者じゃない!」

「鏡見て自分が今何を頭に被っているか確かめろ」

「……あー、すまん。言い換えよう。……俺はそう言う類の犯罪者じゃない」


 結局、犯罪者だった。

 ちなみに、連続下着泥棒として警察に追われていたりする。

 と、そこで。


「なんか騒がしいと思ったら」


 頭をポリポリと掻いて、ウホッ、と……もとい、ヒョコッ、とショウが自宅であるアパートから出てきた。彼女はパンティ、アズサ、ワビスケ、そして少女と次々に目線を動かす。


「さっきから見てたけど……アズサも、ワビスケもあんまりだぞ? パンティさんを信じようぜ?」

「いや、俺はカイ」

「ごっちゃん、ちょっと盲目過ぎ」

「まぁそれもお前に言われたくはないが……どうせアレっすよね? 『知り合いの女の子が何か困ったことになって自分を頼って来たが、何故こうまで泣いているか分からず、どりあえず同性である私を訪ねた』って感じっすよね?」

「だから俺はカ」

「……微塵も隙がない程大正解だ」

「ごっちゃんすげぇ……」

「俺はカイザーだ……」

「うぐぅうぐぅ! ぅええええええん……」


 確かに、言われてみればあの少女は未だ変態の裾を掴んで話さない。

 アズサとワビスケは『変態』と『泣いている幼い少女』と言う組み合わせでパンティをロリータ的なコンプレックスを持つ犯罪者だと決め付けたが、そうならば、あそこまでパンティを慕っているものではないだろう。


 


「……つっても、急に来られてもねー、私たちに何をしろと」

「……いや、正直すまない。俺は今とても混乱している。知り合って間もない君、いや、君達を頼ってしまう程に。それと、何故かここに連れて来て、君達に会わせることが良いような気がしたんだ」

「なぜっすか?」

「勘」

「……って言うか、『君達』って、私とワビスケも?」

「そうなるな」

「カイザーな俺の意見だが、アズサはともかく、俺は偶然ここに来たんだぞ? 知ってたのか?」

「勘だ」

「……すげぇ勘してるっすね」


 ショウが感心したような呆れた様な口調で言うと、追随するようにアズサがパンティに問い掛ける。


「そこまで良い勘持ってんのに、泣いている原因も分からないの?」

「いや、それも気にはなっているが……」


 言われたパンティは泣いている少女をチラリと見て、そして頭をゆっくりと撫でた。それは優しく、まるで高貴なものに触れているかの様な恭しさがあった。


「確かになぜこのお方が泣いているか、良く分からない。悲しんでいる気持ちは『伝わって』いるが。だがそれ以上に」

「うぐぅ、うぐぅ……ううううううううううう!」



 少女は未だに泣いている。拭い切れない零れた涙がアスファルトに零れた。それを受けて、パンティはポケットから『布』を取り出し、少女の目元を拭ってやりながら、こう言った。


「なぜ、『我が神』が『女神』の姿をしているかが謎なんだ」

『は?』


 少女とパンティ以外の三人が同時に疑問符を上げた。

 我が神。

 女神。

 変態の口から飛び出したトンデモワードに目を丸くする三人。

 そしてその三人が何かを言う前に、泣いていた少女がポツリと言う。



「……の、……か…………」

「うん?」


 初めて少女が言った意味があると思われるその言葉は、しかし小さすぎて誰にも通じなかった。

 改めてその意味を取ろうと、四人がそれぞれ少女に近づく。

 少女は目元を拭いながら、顔を夜天に向け大声を上げた。




「ユリの、ばかぁああああああああああああああああああ! うわあああああああああああああああああああああああああああああああん!」


 途端、少女から出る三条の黒い光。

 そしてそれは。



「あ?」

「は?」

「へ?」



 間抜けな声を上げたワビスケ、ショウ、アズサの額に、それぞれ吸い込まれて行った。





―――――――――――――――



 夜騎士・アズサ

 種族:人間

 性別:女

 年齢:16

 武器:非剣『モーモス』

 レベル:49→99

 通称:『狂犬』

 備考:夜騎士が弐の剣。■■■■の加護を受け、非剣『モーモス』を授けられる。レベル+50。先天技能『マッドネスレセプション』が後天技能『夜騎士』に昇華。レベル50の壁を突破。技能『天鎧』が限定解除。




 夜騎士・ワビスケ

 種族:人間

 性別:男

 年齢:16

 武器:義剣『ネメシス』

 レベル:27→77

 通称:『カイザー』

 備考:夜騎士が参の剣。■■■■の加護を受け、義剣『ネメシス』を授けられる。レベル+50。先天技能『マッドネスレセプション』が後天技能『夜騎士』に昇華。レベル50の壁を突破。技能『天鎧』が限定解除。



 夜騎士・ショウ

 種族:ゴリラではない

 性別:雌

 年齢:16

 武器:悩剣『オイジュス』

 レベル:8→58

 通称:『ごっちゃん』

 備考:夜騎士が四の剣。■■■■の加護を受け、悩剣『オイジュス』を授けられる。レベル+50。先天技能『マッドネスレセプション』が後天技能『夜騎士』に昇華。レベル50の壁を突破。技能『天鎧』が限定解除。


 

 少女・■■■■

 種族:人間

 性別:女

 肉体年齢:14

 武器:欲剣『ピロテース』老剣『ゲーラス』争剣『エリス』苦剣『ポノス』忘剣『レーテー』嘆剣『アルゴス』抗剣『デュスノミア』

 レベル:4

 通称:『夜剣』

 備考:夜騎士の主。『鞘』である■■の奥底にあった人間体を押し付けられる。夜としての一部を■■に奪われ、死剣『タナトス』睡剣『ヒュプノス』を失う。コントラクトシステムと夜騎士システムは健在。と言うか、奪われなかった。



―――――――――――――――




「ふふふ、く、くくくくくく」


 とある部屋で、一人の少女が笑っていた。

 薄暗い部屋の中で、正真正銘の一人で、高らかに笑っていた。

 その顔にはどうしようもない喜悦が浮かんでいる。


「くくくくく! あはははははははははははははははははは!」


 一際響く、狂った様な笑い声。

 いや、事実、彼女は狂っているのかもしれない。壊れているのかもしれない。

 何もかも捨てて。

 捨てて。

 捨てて。

 捨てて。

 得て。

 それも捨てる。


 そんな虚無すら感じられる過程を経ても、彼女に後悔はなかった。

 大事な仲間を守る為、未来を捨てて。

 自身を守る為、罪悪感を捨てて。

 自由でいる為、モラルを捨てて。

 だけど他に守るものが出来て。

 でも、それを手に持っていては壊れてしまう。壊してしまう。

 だから、捨てた。


 守りきれないから、『友達』を捨てた。

 うざったいから、『愛剣』と共に『弱い自分』を捨てた。


 彼女は思う。

 油断、ではないが、少し、たるんでいた。

 『こうなるかもしれない可能性』を考えてもいなかった。

 自分は慕われていた『魔王』を殺したのだ。報復なんて、あり得るに決まっている。

 それが、例え別の世界であったとしても、『あの女』が言うには来る可能性は、ある。

 そして、それは相当な練達者だろう。『魔王の腹心』と言うぐらいなんだから。

 ――――邪魔だった。なにかと自分に関わる『あの子』。勝手に邪魔者を増やす『あいつ』。想い人に気を取られて『あの女』の正体に気づかない『姉貴分』。何処に居るとも分からない『兄貴分』。

 本当なら一緒に暮らしている『父親』も危ういが……『父親』は家を空けることが多い。関係性さえ気取られなければ問題はないだろう。

 

 これでいい。自分は一人でいい。


 『あの子』はもう自分と関わらないだろうし、『あいつ』は多分、どこかで適当に暮らすだろう。『あいつ』を守るシステムの権利は譲渡した。変態も居ることだし、大丈夫だろう。そもそもあのシステムは邪魔だったのだ。守られる必要は自分にはないのだから。良い厄介払いになった。

 そして、こんな選択を取った自分を『仲間達』は見限ってしまうかもしれない。『仲間達』は自分に人間らしさを求めている節がある。しかし、それを自分は手放したのだ。誰でもない、自分の意思によって。これで、自分は一人になる。

 だけど。

 それでも、残ったものがある。 

 確かなことが、一つだけある。



「私は、強い!」


 暗闇に、咆哮一つ。

 内にある感情は、彼女自身にも分からない。

 

「私は強い! 強いんだ! 必要なのは、それだけでいいっ!」


 ただ、それは自分に言い聞かせる様な、そんな響きが乗っていた。




―――――――――――――――




 勇者・■■

 種族:夜

 性別:女

 年齢:15歳

 武器:死剣『タナトス』睡剣『ヒュプノス』

 レベル:285→300

 通称:『世界最悪の夜』

 備考:自身の全てを夜に捧げ、そして自身の弱所を捨て去ることで完全体に変化。レベル+15。最終奥義『ナイトメア』が限定解除。彼氏は要らない。





―――――――――――――――





 ――――時は、少し遡る。



 次回→メイドカフェ




多分これほど意味のない伏字はそうないと思う。

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