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第十八話:オムニバス

 ・マッドドッグ


「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん! 朝だよ朝だよ超朝だよ! 起きて起きて! ……いやむしろ起きなくていいなこれ。ペロペロ出来ちゃうなこれ。お兄ちゃんの顔をペロペロ出来ちゃうなこれえ! ぺ、ペロペロしちゃうよ? お兄ちゃんペロペロしちゃうよぉおお! い、いいよね、こ、こんな寝顔を見せ、ら、れ、て……正気でなんて、い、いられないよおおおおおお! あああああああん! レッツ、ダイブ!」


「お兄ちゃんチョップ(弱)」

「ぬぅえあ!?」

「……お早う、アズサ」

「あ、頭が、わ、割れる……!」

「……あー、手加減し損ねた。悪い」

「その言葉が聞きたかった! お兄ちゃんの謝罪により私の何かがバーニングっ! お早う、お兄ちゃん!」



 これが、最近の犬上兄妹の平均的な朝の風景である。



―――――――――――――――



 学生・アズサ

 性別:女

 年齢:16

 レベル:18→32

 通称:『狂犬』『犬上妹』

 備考:バーニングっ! 『マッドネスレセプション』が発動。レベル+14。お兄ちゃんの顔をペロペロしたい。別に顔じゃなくてもペロペロしたい。



―――――――――――――――――



 朝。

 とてもマトモとは言えない毎日のお約束を果たした二人の兄妹は、しかしマトモに朝食を食べていた。

 向かい合ってトーストを食べるその様子は、極々普通の兄妹に見える。


「あ、お兄ちゃん、私、今日も遅くなるから」

「……別にいいけど、何してるんだ? 昨日もそうだったな」


 兄、ダイキがそう言うと、妹、アズサは租借していたトーストを飲み込んで、口を開く。 



「いや、ごっちゃん、いるじゃない?」

「ああ、あの……」


 ゴリラみたいなヤツね、とダイキは口から出そうになった言葉を飲み込んだ。

 ごっちゃん、とは彼、及び彼女のクラスメートで、アズサの友人だ。

 そもそも、彼らの学校は共学ではあるものの、女性比が圧倒的に少ない。

 ダイキのクラスに置いても、女の子はアズサとそのごっちゃんしかいないのだ。

 そんなアズサの貴重な友達を、如何に見た目がゴリラに似ているとは言え、無闇に揶揄するのは拙い、とダイキは判断したのだ。

 言いよどむダイキを一瞥して、トーストを口に運びながら、アズサが言う。


「うん。ゴリラみたいな子」

「おい」

「でね、そのゴリラちゃんが」

「おいおい」


 ダイキの気遣いは儚くも散ってしまった。

 ちなみに、ゴリラに似ているごっちゃんは、優しく、気が利いて、料理も美味い女性である。

 だが見た目がアレなので、彼らのクラスでは「犬上妹の見た目に、ごっちゃんの中身があったら」と常に嘆かれたりしている。




「下着泥棒?」

「そーなんだよ。最近話題になっている変態男に目を付けられたんだよね。あ、私のパンツいる?」

「いらん」

「んもぅ……んで、ほら、ごっちゃん、一人暮らしで、しかも臆病じゃない? もう怯えちゃってさ」

「……ゴリラなのに?」

「ゴリラなのに」


 一応、彼女たちの友情はちゃんとある。これでも。


「それで、お前が護衛しているわけか。……つーか、大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないんだよ、これが……」


 アズサは、若干不貞腐れた表情を出し、すっと息を吸った。


「あの変態男ぉ! やたら速いし、やたら強いんだよ! この私を! お兄ちゃんの妹であるこの私をぉ! 軽く足蹴にしてぇ! 許せない許せない許せない! このままでは妹の沽券に関わるよ!」

「なにその沽券……」


 良く分からない物が自分の与り知らぬところで掛けられているのに、ダイキは戦慄を覚えた。


 さて置き。


「つーか、手伝うか? 僕も」


 正直な話、何やら最近加速的に強くなっている気がするこの妹を足蹴にした、と言う謎の変態にダイキは首を傾げた。

 レベルを視ることが出来ないダイキでは、アズサのレベルは解らない。

 だが、戦士としての勘が。世界最高峰の強度を誇る、嘆きと叫びの戦場を駆けた経験が、目の前の妹が生半可な実力ではないと告げている。

 ――まぁ、『なぜそうなったか』と言う過程に一切興味がないのは、その辺りの弊害でもあるのだが。あの『世界』は結果が全てなのだ。

 しかし、そんな妹を、容易く退ける変態。

 話を聞いている限りでは、危機感のない緩い戦いの様だが、それでも、ダイキにとってアズサは大事な妹だ。

 それに、自分が出張れば、その変態の正体はなんであれ、あっさりと解決するだろう。

 その考えからの、上記のダイキのセリフ。

 

 しかし、アズサはゆっくりと首を横に降り、


「……ううん」


 と言った。

 神妙な顔つきで、何か覚悟を持って。 

 普段のイカれた狂気を微塵に感じさせず、アズサは言う。


「お兄ちゃんが助けてくれるのは、ありがたいし、すごい嬉しいし、私の色んな所が濡れちゃう勢いだけど……これは、私のやることだから。ごっちゃんが、私の親友が、私を頼ってくれたことだから。……私がやりたいんだ」

「アズサ……」


 ダイキは多少なりとも驚いた。

 ちょいちょい狂気が見え隠れしているアズサの台詞だったが、彼女の表情は真剣で、彼女なりに、友人を想っている様子が覗える。

 この少女が。

 自分だけを盲信していた少女が。

 ダイキは思う。

 アズサはちゃんと、自分以外のコミュニティを築くことが出来ている。

 自分が必要な点は未だ変わりないが、それでも。

 もしかしたら、そう遠くない未来――


(その時は。モエ……僕は)


 目を逸らして、告白してきた少女の接触を避けている自分に、果たして想いを受け止める資格があるのだろうか、彼はそう思う。

 だけど、泥臭い戦場を巡った中で芽生えた絆は。

 仲間を大事に想っている気持ちは。

 ――――彼女の心に答えたいと言う感情は。

 確かに、ダイキの中にあった。 


 不意に浮かんだ感傷は見せず、ダイキが口を開く。

 

「そう言うことなら、僕は何も言わない。……気を付けろよ」

「うん! あ、お兄ちゃんコーヒー飲む? 飲むでしょ? 飲んでぇ!」

「……お前、それにお前の唾液を入れたの、きっちり見ているからな」


 ダイキは頭を抱えたくなった。 




 ・モエさんの萌え萌えきゅん!


「…………ぬぐぐぐぐぐぐぐ」



 とある高校。

 一人の女子高生が、金色に染色した頭を抱え唸っていた。

 普段は気だるげにしているその目は、しかし焦燥の色で満ちていた。

 彼女の名前は佐倉萌。

 異世界帰りだとか、巨乳だとか、レベル278だとか、巨乳だとか、腹から刀を出せるとか、巨乳だとか、色々と抱えるものが多い彼女であるが、今、彼女を悩ませているのは。



(……ダイキ、どこにいるの……?)


 想い人が見つからないことだった。

 犬上大樹。

 彼女の大切な仲間。

 そして、それ以上の関係に成りたい少年。

 


「うぐ、ぐぐぐっぐぐぐっぐぐぐ!」


 普段の彼女らしからぬ、焦燥した声。

 しかし、唸っていても、何も解決しない。


(ダイキ、ダイキぃ……)


 恋焦がれる。

 と言う言葉があるが、正しくそれだった。

 元々、最近まで彼女は彼と常に一緒だった。

 それが、いざ想いを伝えて離れ離れ、なんてどんな拷問だろうか。

 しかし、見つからないものは、どうしようもない。


 そして、このにっちもさっちも行かない状況が、彼女の背中を押してしまった。



「そう言えば」


 ふと、思う。彼の台詞。


『お前、モエって名前の割りに何の萌えもないよな』


 それは、戯れの言葉だった。

 ダイキは特に何かを意識して言った訳ではなく、冗談めかして言っただけだ。

 しかし、人は他人の言葉を十全に額縁通り受け止める生き物ではないのだ。


 つまり。


(アタシには、萌えがない……?)


 気にしてしまうのだ。考えてしまうのだ。

 特に想い人の言葉は。


 思考する。深みに嵌る。

 彼女だって、ネジがぶっとんだ人間。超えてしまった人間なのだ。

 マトモな思考過程を気にしても、何も意味がない。


 萌え、と言えば。

 その辺りの知識は、彼女は疎い。

 だが昨今、萌えと言う言葉に明るくない人でも、その言葉の代名詞的役割を持った「とある場所」を知っているものだ。

 そして、モエもまた、知っていた。



 ――メイドカフェ。




「そうだ、バイトしよう」


 ――『萌え』を極めて、ダイキと再開する為に。



 本人は至って真面目である。

 それに、現状、もう彼を探しようがなかったし。 




 ・闇よ……!


「な、なんか佐倉が唸っているけど、だ、大丈夫なのか?」

「さ、さぁ……?」

「と言うか、それよりも……」


 クラスメートが目を向けると、そこには。


「くくく、やはりあいつは『選ばれし者』。まさか、カオティックミラージュを発現させるとは……!」


 片目を押さえてブツブツと呟く男がいた。

 かつて、ちゃらちゃらしていたその男は、今やむしろそこらかしこにシルバーのアクセサリーを付けて、ちゃらちゃらどころかジャキンジャキンと傍迷惑な騒音を出している。


「……こいつの方がヤバくね?」

「あー、こいつ佐倉に振られてからおかしいんだよ」


 その台詞に、ジャキンジャキンと音を鳴らす男が、ビクリと反応した。


「振られては、おらん」

「そう言えば、自分探しの旅に出たらしいな。振られてから」

「振られては、いない」

「んで、その『自分』とやらは見つかったか?」


 クラスメートがそう言うと、男は待ってましたと言わんばかりに、バッと腕を広げた。


「くくくくく! いいだろう、凡百な有象無象どもに教えてやる。我が名は闇の申し子、闇を駆ける孤高の帝王! カイザー・オブ・ダークネスなり! ちなみに俺は千を超える軍団を率いて数々の王国を蹂躙してきた。しかしそれを表沙汰にしてしまう訳には行かない。闇の帝王だから。必殺技はカイザーインフェルノ。一兆度の炎を出す。相手は死ぬ。これは古来より受け継がれし闇の邪法であり、適正がない人間が使うとすぐさま邪神の怒りを買ってしまい自らが出した業火に焼かれてしまうのだ。俺の輝くガイアで太陽さえも嫉妬する」


 クラスが静まった。


「……お前はラーメン屋の申し子だろ」

「イタイとかもうそんな次元じゃないぞそれ」

「振られたからって妄想に逃げちゃ駄目だよ、カイザー」

「元気だせよ、カイザー」

「……振られては、い、いない……」


 ちなみに、夜に無意味に出歩いてたりする。

 だって、カイザーだもん。カッコよくない? 夜中に歩く俺カッコよくない?



―――――――――――――――



 カイザー・オブ・ダークネス

 種族:人間

 性別:男

 年齢:16

 レベル:5→25

 通称:『カイザー』

 備考:『マッドネスレセプション』が発動。レベル+20。先天技能『詠唱省略式単一魔法』が限定解除。




―――――――――――――――



 ・竜


「はぁ……」


 陰鬱とした溜息が、朝靄に輝く通路に響く。

 とある少女は、短く纏めた髪を靡かせて、ゆっくりとその歩を進めていた。


(溜息など吐いて、どうした?)


 不意に頭に響く、声なき声。

 しかし、そんな異常な事態に少女は平然とし、


(吐きたくもなるよ……」


 そう心中に返した。

 少女が前を見る。

 そこには、己が通う学校の校門があった。

 そして、毎日の恒例もあった。


「お姉さまぁああああああああああ!」

「ああ、ナズナ様……! 今日もお美しい……」

「ナズナ様ハァハァ……」

「ナズナ様ー! 私だー! 結婚してくれー!」


 少女を褒め称えているのも、ハァハァ言っているのも、求婚したのでさえも、同性である少女である。

 あんまりなこの状況に、少女、ナズナはまたしても心中に語りかけた。


(これで女学院なんだから、笑えないよね。なにこのモラルの低さ)

(そんなものなのか?)


 ナズナの心中に居る『それ』は、良く理解出来なかった。

 『それ』は、人ではなかったからだ。

 ただ。


(最近はヤナギ君に会えないし……やんなるよ……)

(苦労、しておるのだな……)


 ナズナが大変な目に合っている、と言うのはいくらなんでも理解できた。

 それくらいなら、人間でなくとも、『神竜・レウコトリカ』であろうとも、暗い溜息を見れば、解るのだった。


 そう言えば、とナズナは群がる雌どもを蹴散らしながら、自分を通して『地球』を見ている竜に告げる。


(レウコトリカ)

(なんだ?)

(ありがとうね)

(は?)


 急に感謝の言葉を告げられたレウコトリカは、遠く離れた『キロウ』で目を丸くした。


(……何故、礼を言う?)

(いや、始めは凄いビックリしたし、怖かったけど、でも、なんだかんだで愚痴を聞いてくれるから。そのお礼)

(……お主は『竜』の因子を持っているからな。全ての竜を司る我を、無条件で受け入れているのだろう)

(それでも、私は感謝している。……ヤナギ君にもあんまり相談できないし、ウチの両親にもこんなこと言えないし……誰かに話すだけで、ストレスって減るんだね)

(人間は分からないな。……マジで)


 不可解そうにするレウコトリカは、だけど悪い気はしなかった。

 レウコトリカは今、退屈ではなかった。



―――――――――――――――


 リア充・ナズナ

 種族:人間

 性別:女

 年齢:14

 レベル:7

 通称:『ナズナ様』

 備考:竜の因子持ち。良いとこのお嬢様。素で強い。



―――――――――――――――




 ・彼と彼のロイヤリティ


「ヤナギぃ、お前の彼女、あの女学院の生徒なんだろう? ツテで誰か紹介してくれよ!」

「ナズナの話だと9割レズらしいけど、それでもいいのなら」

「え、なにそれこわい」

「ヤナギン、おっぱいの大きい子はいる?」

「ウワー! 湯久世がアップを始めたぞー!」

「保護欲をそそりそうなちっちゃい女の子は?」

「最近タガが外れた佐倉も参戦だー!」



 わいのわいの、と何時も通りに騒がしいクラスで、一人の少年が机に突っ伏して寝ていた。

 少年は、夢を見ていた。




「あんたは、それでいいのか?」


 どこまでも真っ白い空間で、少年が言う。

 その言葉の先には、少年と同じ顔の男性が居た。

 男性は、ふっと微笑んだ。


「いいも何も、ここに居るだけで私は幸せだ。彼女をずっと見ていられる」

「……」

「それに、前も言ったろう? 私には選択の余地がない」


 何の気負いもなしに、男性が言った。

 後悔も。反省も。慙愧も何もなく。

 ただあるがままを受け入れて、男性は言う。





「あの世界の私は、もう死んでいるのだから」




―――――――――――――――


 王子・サルヴィス=プレセンズ

 種族:人間

 性別:男

 年齢:25

 武器:標槍『キングダム』

 レベル:92

 通称:『風切り』

 備考:死亡。精神体。別に変な性癖は持っていなかったが、うっかりユリに惚れてしまった所為で何かに目覚めた残念な王子。



―――――――――――――――





「運が良かった。私が殺された時に、無限回廊が接続していた。そして、私とほぼ同一の魂を持つ君が居てくれたから、私はこうして居られることが出来ている」

「簡単に説明してくれ」

「超似ている魂を持った君がいたから、死んだ私は超ラッキー」

「はしょっただけで何も分からねぇよ」


 少年はサルヴィスの言葉にげんなりした表情をした。

 サルヴィスと明確な繋がりを持つ様になって幾日。

 少年は彼から齎せる様々な情報を受け取ったが、それでも、納得出来ていないこともある。


「あんた、国はいいのか?」

「……気にならない、と言うのなら嘘になるけどね。生まれ育った国で、私は仮にも王子だ」


 少年の問いに、サルヴィスは僅かに眉を顰めた。

 しかしそれは一瞬のことで、すぐさま平素の表情に戻る。


「だが、気にしては意味がないだろう? 私が死んだ理由は、分からない。寝ていたからね。しかし、状況的に考えればライバル国の所為だろうな。バローグか、モリブデンか。どちらにせよ、可也の大国だ。そして、無意味な蹂躙する国でもない。……狙いは王族だけの筈。王国の民は、無事だろう」


 想うように、念じる様に言ったサルヴィスは、次いで、上を見上げた。

 その先には、何もない。ただ真っ白な空間が広がるだけ。


「それに」


 未だ上を見続けるサルヴィス。

 相変わらず、何もない。

 何もないが、彼には、彼だけの何かが、きっと見えていた。


「彼女がいない世界に、未練などない」


 国。

 家族。

 自分。

 世界。

 何もかもを気にしない。

 気にすることは、ただ、一つだけ。

 『彼女』だけ。

 サルヴィスにとっては、それが全てだった。

 彼女に出会ってから、そして眠りに堕ちるまで。



「そっか……」


 純粋な狂気による、純粋な想い。

 それを目にして、少年は一言、そう呟いた。

 納得は出来ないが、それでも誰かの想いを否定するのは、彼の矜持に反する。

 少年はそう言う人間だった。


「……君はいいのかい?」


 サルヴィスが少年にそう問う。


「こんな訳の解からないヤツが精神に宿って、さぞかし迷惑だろう?」

「そう思うのなら、出て行ってくれないか?」

「無理だ」

「だろ?」


 少年は薄く笑った。

 

「じゃあ、いいよ、別に。あんたも言ったろう? 『気にしても意味がない』って。諦めとか、寛容とか。そんな考えが一番大事なんだ。だから、もう気にしない」


 それが少年の生き方だった。

 誰かを否定しない。何かを受け止める。

 サルヴィスが語ったことは、何かも信じられないようなことばかりだ。

 異世界。レベル。王子。眠り。勇者。召喚。――湯久世由里。

 だけど、それを気にして、否定して、どうなると言うのか。

 あるがままを、なすがまま受け止める姿勢。それが、彼だった。


 少年が笑って言う様を見て、サルヴィスもまた笑った。


「ふふふ、やはり、君と私は同一だ。……では勇者とにゃんにゃんを……」

「いや、それは……」

「な、何故だ! あんな美しく、可憐で、にゃんにゃんしたいと思う女性なんていないだろう?」

「さっきから思っていたけど、『仮にも王子』なんだからにゃんにゃん言うなよ……」

「何故だ、何故なんだ!?」


 先ほどの様子とは打って変わり、途端に取り乱すサルヴィス。

 対する少年は困った様に頬を掻いた。


「いやさ、俺の好みは元々大人の女性なんだよ。……そりゃ、湯久世の事が気にはなるけど、でもなぁ……」


 ――あるがままを受け入れてはいるが、それでも、これはまた別の問題だった。

 確かに、少年はユリのことを気にはなっているし、そもそも、彼がサルヴィスと繋がりを持てる様になったのは、少年とサルヴィスの想いが一致したからだ。

 だけど、それでも、だ。

 愛だの恋だの。惚れたの腫れたの。そんな甘酸っぱい感情には、未だ遠かった。

 彼にとって、ユリは『気になるクラスメート』にしか過ぎないのである。



「なんだい!? ではどうしたらいいのかい!? あれかい!? もっと私と同一になったらいいのかい!? とうっ!」

「うぉ!?」


 サルヴィスが光った。

 少年も光った。


―――――――――――――――



 学生・プリンス

 種族:人間

 性別:男

 年齢:14

 レベル:24→42

 通称:『プリンス』

 備考:並列魂融合率50%。レベル+18。魂融合の限界値に到達。



―――――――――――――――




「ええええ、こう言うのは少しずつやるもんじゃねぇの……」


 何だか妙に力が沸いてきたのを感じ、少年はまたもげんなりした。

 こうまで意味のないパワーアップをして、果たして何だと言うのか。


「どうだい!? にゃんにゃんしたいかい!?」

「いや、あんたも言ってたじゃん。『魂を融合しても、考え方や精神は別物だ』って。だから、何にも変わんねぇよ」

「なんだい!? これでも駄目かい!? よし、ほら、これ上げるから!」


 変わらず高いテンションのまま、サルヴィスは己の腹部に手を入れた。

 ずちゅ、と歪な音を立てて、そこから一振りの槍が現れた。

 全体が青白く輝く、不思議な槍だった。


「な、なんだこれ……槍?」

「私が持つ神器、『キングダム』さ! 神器はユーザーと同体だからね! 精神だけになっても、この通りさ! ほらぁっ、これをやるから! ユリたんとにゃんにゃんを……!」


 槍をぶんぶんと振り回して、サルヴィスは少年に近づく。

 少年は首を全力に振りながら後ずさりをした。


「い、いらねぇよ! それを貰って俺はどうすればいいんだよ! ってかさり気にたんって呼ぶんじゃ……おい待て、やめろ、やめろってえええええええええええええええ!」



 

 むくり、と少年は体を起こした。


「お、起きたかプリンス。……どうした?」

「……今なら、ゴジラとかにも勝てそうな気がする」

「は?」




―――――――――――――――



 学生・プリンス

 種族:人間

 性別:男

 年齢:14

 武器:標槍『キングダム』

 レベル:42→92

 通称:『プリンス』

 備考:並列魂融合率50%(限界値)。神器を身に宿したことにより、レベル+50。だけど本人の気持ちは変わりません。レベル50の壁を突破。技能『天鎧』が限定解除。



―――――――――――――――








 ・激変する利己主義者


「ところでさ」

「ん、なぁに?」

「あんたさ、ニュクスがなくても負けない、って言ってたけど、どうやって戦うの?」


 放課後、屋上に二人の女生徒がいた。

 ユリとサクラ。

 彼女たちは最近良く一緒に居ることが多く、そして、こうして屋上で何の気もなしに会話している。

 サクラは、なぜかユリを気にしていた。

 話が聞きたかった。興味があった。

 異世界の、と言うよりは、『ユリ』に。

 それがなぜだか、本人にも分からないけど。

 

 サクラの問いに、ユリはフェンスに背を預けて、言う。


「……ああ。そもそもニュクスはね、攻撃用の武器じゃないんだよ。ニュクスの中に秘められている多彩な秘術。これが最大の利点な訳。んで、私のぐらいのレベルになると、そんなのあまり必要がないんだよね。殴り合い蹴り合いのガチンコ戦闘で十分」

「ガチンコって……」

「いや、実際そうなんだよ? 『あっち』ではニュクスを持っていることもそうだけど、アッパー系スキルの多様さでも恐れられていたんだから」

「やっぱ恐れられているんだ」

「まぁ勇者だからね」

「……勇者?」

「うん、勇者」


 サクラは勇者の定義が分からなくなった。

 まぁユリの場合は自称なのだから、仕方がないのだが。



「……アッパー系って?」

「特定の感情や状況に応じて自分の身体能力を底上げするスキルだよ」


 サクラが尋ねると、ユリはぐっ、と背伸びをした。

 小柄な体が、少し伸びる。

 暖かい陽気に、ユリは目を細めた。


「んー。えーと、私の持っているので言えば、相手の絶望や悲鳴、嘆きを糧にする『アッパーグリーフ』、辺りが暗くなればなるほど強くなる『アッパーブラック』、そして」


 とユリは隣のサクラに手を伸ばした。


「えいっ」


 揉んだ。

 もにゅもにゅ。


「えっへへへへへへ。自分の欲望を満たして発動する『アッパーイディオシンクラシィ』。三つもアッパー系スキルを持っているのは、そうそうないんだよおっぱいでけぇ柔らけぇ」

「やめろこのゲス」

「つまり、光がない暗闇でおっぱいの大きい人が泣き叫んでいる状況だと、私は最強になるね」

「凄まじ過ぎるよ、あんた……」


 と言うことは、ユリは今、そのスキルを無意味に発動しているのだろうか。

 サクラは、ユリに出会ってもう何度目か分からない溜息を吐いた。



 ――感知。


 ふと、サクラに奔る違和感。


(……ん?)


 ――変革。



―――――――――――――――



 学生・サクラ

 種族:人間

 性別:女

 年齢:14

 レベル:20

 通称:『さっちん』

 備考:『レヴォリューション・エゴイスト』が発動。『アッパーイディオシンクラシィ・レベル4』を入手。



―――――――――――――――



「あ、そうだ」

「なに、さっちん」

「あ、あのメイドカフェ……い、何時行く?」

「さっちん……」

「だ、だって! ミカンちゃんと約束したんだもん! また行くって!」

「良い感じに搾取されてるね」

「ミカンちゃんはそんな子じゃないやい! それにあたし達、無料券貰ったじゃん。メイドさん助けたお礼として。……そ、それでさ、ミカンちゃんのシフト、抑えといて欲しいんだよね」

「……なんで私に?」

「だって、あんた、あそこの店長さんと知り合いなんでしょ? なんか話してたじゃん」

「……あー、うん、知り合い、知り合いと言えば、そうだね。一応は」

「……?」


(流石、と言ったところだよね……まさか『乗っ取る』とは)



―――――――――――――――



 店長・ナデシコ

 種族:人間

 性別:女

 年齢:27

 レベル:5

 通称:『店長』

 備考:とあるメイド喫茶の店長。特徴のない平凡な顔が特徴。精神寄生。



―――――――――――――――



 ・変態時々変態。ところにより中二病


 夜。肌寒い風が吹いた。

 だから、ではないが、男はパンティを被った。頭に。


「装着」


 ――2125枚。

 それが、夜騎士パンティが手に入れたパンティの数である。

 だが、まだだ。まだ足りない。

 もっとパンティを。新品の、履いていないパンティではない、誰かの温もりに触れたパンティを。もっと。もっと!


 そんな訳で、今日もパンティはパンティを頭に被ってパンティを狩るのだった。

 今日の狙いは、とあるアパートの一室。

 昨日もそこに狙いを定めたのだが、とある事情があり断念したのだ。


 パンティがそのアパートの前に赴くと、そこには一人の少女が居た。

 昨日、パンティの邪魔をした少女だった。


「……またか、JKよ」

「またよ、変態」


 長い黒髪を靡かして、仁王立ちを披露する少女。

 パンティはそれを見て、やれやれと首を振った。


「……パンティを差し出すのなら、お前を見逃してやる。昨日はもう手にいっぱい他のパンティを持っていたから見逃したが……次は、ない。勝てんぞ、お前では」

「やらない。ごっちゃんのパンティも。私のも。私のはお兄ちゃんのものだ」

「ならば、会話なぞ要らないな……夜騎士が壱の剣、推して参るっ!」


 そう言うと、パンティは体勢を低くし、まるで弾丸のごとき速度で少女に向かう。

 人智の超えたその速度を前にして、しかし少女は、あろうことか目を瞑った。

 少女が想うは、変態ではなく。一人の男性。


(お兄ちゃん……)


 最愛の兄。


(お兄ちゃんみたいに、なれるかな。なれた、かな)


 変態が迫る刹那の間隙。

 そこに、少女、アズサは浸っていた。

 兄の思い出に。輝かしく、美しい、兄との思い出に。


(お兄ちゃんおにいちゃんオニイチャン! 私に力をちょうだい! あの日のお兄ちゃんの様に! あの時のお兄ちゃんの様に! お兄ちゃん、お兄ちゃん!)


 兄が好きだ。

 兄を愛している。

 だがそれ以上に。

 憧れだった。

 あの日、あの時の兄の様に。

 何かを捨てて、意地を貫いて、マトモとは言えない高校に入学が決まっても、それでも笑っていた、兄の様に。


 変態に負けたくない。

 ごっちゃんの下着を守りたい。

 だが、それ以上に。


「大好きだよっ、お兄ちゃん!」


 溢れるのは、純粋な愛。

 そして、生粋の狂気。


「ぐ、ぐぅううう!?」


 迫りくる変態の速度を超えた突きが、変態の顔を捉えた。



―――――――――――――――



 学生・アズサ

 性別:女

 年齢:16

 レベル:32→40

 通称:『狂犬』

 備考:『マッドネスレセプション』が発動。レベル+8。後天技能『アッパーラブ』がレベル3で発動。



―――――――――――――――



 レベルが全てではない。

 自分よりレベルが高いから、と言って、負けるわけではない。


「はぁ!」


 想い。それに後押しされる、スキル。

 アズサの突きが、パンティの鳩尾に沈む。


「ぐっ」


 だが、浅い。

 されど、効いている。

 呻き声を上げ、パンティはアズサから瞬時に距離を取った。


「ど、どうだ、この変態! パンツは諦めな!」


 拳を突きつけ、叫ぶアズサ。

 ――アズサのレベルは現状40。対するパンティは、66。

 それでもアズサが優勢だった。

 それは、アズサが発動したスキルがパンティとのレベルの差を埋めた、と言うのもあれば。

 アズサは全力を出していた、と言うのもある。

 しかし、一番決定的だったのは――――



「……すまなかった」


 ――――パンティが本気でなかったからだ。


「……なに、急に」


 突然謝罪の言葉を口にした変態に、アズサは訝しげな表情を浮かべた。

 それを受け、パンティは構えを解いて、だらんと、腕をぶら下げる。

 頭に被ったパンティから覗き出るその瞳からは、闘志の色がありありと浮かんでいた。


「お前を、甘く見ていた様だ。……素晴らしい力を手に入れて、俺は図に乗っていたらしい。……悪いが、本気で行かせて貰う」


 息を吸う。深く吸う。

 吐く。浅く吐く。

 吐く。

 吐く。

 吐く。

 ――――呟く。


「天鎧」


 直後パンティの体より吹き出る、黒い靄。


「な、ぅ、ぇ……」


 それ見たアズサは、現象の不可解さよりも先ず、嫌悪を感じた。

 いや、今までも嫌悪感はあった。そりゃ、パンツを被った変態が襲ってくるのだ。当たり前だ。

 だが、これは。この『黒』は。

 吐き気さえ誘発する『嫌悪感』を、はっきりと出していた。


「くっ、はっ……」


 短く息を吐くアズサ。

 自然、汗が額からポタリと垂れるのを感じる。

 だが、それでもアズサは目を逸らさなかった。


 それを見て、パンティが言う。

 絶えない賞賛を込めて。


「……安心しろ。傷つけはしないさ。ちょっと眠っててもらうだけ。ただ、目が覚めた時にはパンティと言うパンティが根こそぎなくなっているだろうが」


 それがパンティなりの賛美だった。

 強敵には、全力を。それが礼儀だ、とパンティは考えていた。


 ずっ、と腹部に手を入れる。

 中心に黒い穴が出来て、そこにパンティの手が沈んでいく。 


「妄れろっ、『アー……」

「カイザーインフェルノ」



 彼が己の本気の武器を出そうとした、その刹那。

 闇の帳から、声が響いた。

 途端、パンティの足元に赤い円が浮かぶ。


「お、おおおおお!?」


 困惑した叫び声を上げて、それでもパンティは瞬時にその円から離れることが出来た。

 それがどう言うものなのか、パンティは知らない。

 だが、本能が告げていた。これはやばい、と。


 瞬間。


 円がカッ、と赤い光りを放ち、火柱が上がった。

 2m程の、燃え盛る炎の柱。

 しかしそれは刹那の内に終わり、瞬刻には、もう炎は消えていた。


 突然の出来事に、パンティも、アズサも、声を失った。


 静寂。

 後。

 声。


「くくく、混ぜろよ、俺も。その狂乱に」


 声が響く。

 闇夜に舞う、低い声。


「だ、誰だっ!」


 パンティが咄嗟に言うと、一人の男が夜の帳から歩いてきた。

 ジャキンジャキン、と金属音を立てて、傲慢無礼に男が言う。


「通りすがりの、闇の申し子、さ」



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