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インタールード:魔王戦


 古城、と言うに相応しい厳かな雰囲気を醸す城の屋上部分に、風が吹いた。

 その風は優しく、穏やかで、いつもと何も変わらない、温かい風だった。

 四つの人影が、風を受ける。内の一人の女性が、その風に気持ち良さそうに身を任せる。

 オレンジ色に輝くドーム状の結界の中にあっても、その風は感じられる。

 最後ぐらいは、この好きな風を感じて居たかったら、彼女は結界をその様に設定したのだ。


「ま、諦めた訳ではないんだけどね」


 と、女性がそう言った。

 すらっとした体型に、長いオレンジの髪。

 そして、顔を覆う真っ白な仮面を着けていた。


「聞きたいんですけど」


 その場に居た、黒髪の少女が口を開いた。丁寧な言葉遣いだったが、それは上っ面だけのもだった。敵意を込めている訳ではないが、敬意はない。なんとなく年上に見えたから敬語を使った、と言うものだ。

 その少女の両隣に居る彼女の仲間が、その少女を見た。


「なんで、仮面を着けているんですか?」

「私の顔が平凡だからだよ。ホント、どこにでも居るような顔をしているからね」

「魔王なのに?」

「ああ、魔王なのにね。威厳とか全然ないから、こう言う仮面を着けているのさ」


 そう言って、魔王・マリティマは長い髪をサラリと靡かせた。

 相変わらず、緩やかな風が吹いていた。




―――――――――――――――



 魔王・マリティマ

 種族:魔族

 性別:女

 年齢:不明

 レベル:317

 通称:『世界最強の魔』

 備考:現段階で全世界最高レベル



―――――――――――――――



「こっちも聞きたいんだけどさ」


 マリティマが言った。

 目の前の三人を見る。

 小柄な少女。細身の少年。気だるげな少女。

 どこにでも居るような、普通の人間に見える。表向きには。

 だが、マリティマは知っていた。


 彼らが、この世界の住人では無い事を。

 そして、世界最強と謳われた自分を倒しうる人間だと言うことを。


「君たちは、どうして私を倒そうと言うのかな?」


 あるいは、この質問は愚問なのかもしれない。

 彼女は魔王で、そして彼らは人間で。

 所謂敵対関係にあるのだ。

 なぜ、という質問をしたら、「人間の為」、と言うのが普通であろう。

 だが、彼女はどことなく察していた。

 彼らが、そんな崇高で、あるいは独善的な薄っぺらい理由で自分に挑む様なやつらではない、と言うことに。


「……どうして、と言われると」


 小柄な少女が、隣に居る少年に目を向けた。

 少年は肩を竦めて言う。


「なんとなく、だな。諸々理由はあるけど、これが一番しっくり来る」


 その言葉を受けて、二人の少女もうんうんと頷いた。

 彼の表情には何の気負いもなく、だけど、自信に溢れていた。

 必ず勝つ、そんな自信に。


「そんなことだろうとは、思っていたけどね」


 少しだけ、マリティマは笑みを浮かべた。と言っても、仮面越しでは彼らには解らなかっただろうが。


「理由なんてどうでもいいけど、私は負けないよ。こう見えて魔王だしね。面倒見なきゃいけない子が沢山いるし」

「そんなの、アタシ達の知ったことじゃない」

「つーか、この城にお前しかいないのはなんでだ?」

「……退避させたんだよ。君たちに勝てるのは、私しかいないからね。無駄な犠牲は避けたい。結界を張ったのも、その為さ。忠義に厚い子が乱入してくるかも知れないから、さ」

「それで私たちに勝てるんですか? 一人で?」

 

 小柄な少女が言った。

 侮っている訳でもなく、油断している訳でもなく、驕っている訳でもなかった。

 ただ単に、興味本位でそう言っているだけだ。

 彼女達から見れば不思議なのだろう。魔王の部下を総動員しない理由を。そうすれば、彼女達は窮地に立たされるだろう。それでも負ける気はしないが、苦戦は強いられる。ただ、その分部下の命は保障しない。だから魔王は部下を退け、だから彼女達は不思議だった。

 ――使えるものは何でも使ってきた、使わざるを得なかった、彼女達には。

 しかしマリティマはその疑問には答えず、挑発するような口調で言う。


「君たちこそ、私に勝てると思っているの? こう見えて、レベル300を超えているんだよ、私」

「……アタシ達は、勝算の無い戦いはしない」

「僕達には切り札があるからな。最近出来る様になったんだけど」

「へー。それはそれは。でも、切り札なら私もあるよ。私は複数の形態を持っている」

「形態?」

「うん。十六形態まであるよ」

「多っ」

「限度ってものがあるでしょ……」

「魔王だからね」


 そこまで言い、マリティマは両手を広げた。

 話はこれで終わりだ。緊張感の無い、緩い会話。しかしそれは、今後の複線にしか過ぎない。後は、壮絶な殺し合いが待っている。


 ――自分は死ぬのだろうか。負けるのだろうか。それとも、生きるのだろうか。勝つのだろうか。


 だがマリティマにとって、そんなことは些事にしか過ぎない。

 彼女にとっては、愛する部下を死なせなかっただけで十分なのだ。

 そもそも、彼女が魔王になったのも、そう言う理由だった。

 数と言う利を活かす人間に、魔族や魔獣が虐げられるのを見たくなかったから。

 だからこそ、立ち上がった。そして、それは成功した。

 今、この世界のパワーバランスは魔族に傾いている。

 自分のような高レベルな魔族や魔獣は稀だが、それでも人間を圧倒出来ている。

 だが、その過ぎたる力が。

 結局は、レベル200後半と言う、人間よりもむしろ自分に近い彼らを引き寄せてしまったのかも知れない。


(だから、もう十分だ)


 この三人は、基本的には無害だ。

 魔王の軍勢でも可也の強者、獣王・リ=アジューを撃破したと言う彼らを、マリティマは調査した。

 結果、彼らは牙を剥かれない限り、手を出すことは殆どない。

 あの神竜に金欲しさに挑んだ、と言うのを聞いた時は思わず噴出してしまったが、その様なイレギュラー以外では彼らは無駄な争いはしない。

 と言っても、彼ら自体に莫大な懸賞金が懸けられている為、どうしても火花が散ってしまうのだが。



 ともかく。


 恐らく、彼らは自分を倒すことが「なんとなく」目的なだけで、全ての魔を滅ぼす、なんてことはないだろう。

 それは「なんとなく」では済まされない途方もない作業だからだ。


 負ける気はない。死ぬ気もない。

 リ=アジューや、彼らに討たれた他の部下達の仇だって、取ってやりたい。


 だが。


(もう、私は十分やった。……アイビー、後は頼む)


 最後まで自分に付いて行く、と駄々を捏ねていた一番の腹心を想い、彼女は薄く笑った。

 思えば、彼とはよくこの屋上で一緒に風に吹かれていた。

 マリティマは、唯一、彼にだけ仮面を取った素顔を見せていた。

 彼は彼女を好いており、もしかしたら、彼女も。


(もう、いいか。そんなことは)


 万が一の後の事は、もう彼に託した。

 彼に抱く気持ちは、それだけでいい。


 それだけ、の筈なのに。

 どうしても思い出してしまう。捨てるべき感情が、亡者のように、足元から這い寄って来てしまう。


『私は魔王様の素顔、好きですよ』

『……こんな平凡な顔なのに?』

『平凡だろうが、なんだろうが、魔王様は魔王様です。だから、私は好きです』

『理に適ってないね』

『じゃあその理とやらが間違っているのです』



 だから。




(ああ、なんだ)



 願わくば彼と再び。



(十分、とかカッコ付けて思ったけど)




 この風を受けたかった。




(私、死にたくないのか)




 今更気づいても、もう遅いのだけれど。



 不意に浮かんでしまった感傷を捨てる様に、息を一つ吸い、言う。


「天鎧」


 彼女の体を覆うオレンジ色の靄。

 世界最高峰の、魂の鎧。

 レベル300を超えたそれを見ても、だけど三人は身じろぎ一つしなかった。


「プラス、エーテルドライブ・アクセラレーション」


 途端、マリティマの周囲に、同じくオレンジ色の球体が舞う。

 その球体は見る見る数を増やし、やがては無数のそれが、辺り一面を覆った。


「……無限魔球。初っ端から本気で行かせて貰うよ。手加減して勝てる相手じゃないからね」


 これが、彼女の魔法。彼女の本気。

 圧倒的なレベル。圧倒的な魔力。

 これが、マリティマが魔王たる所以なのだ。


 その幻想的ともいえる、オレンジ色の圧力を受けて、彼らは。


「はんっ」

「ふふっ」

「あはははは」


 笑っていた。

 恐怖に怯えているのではない。自棄になってもいない。

 彼らは、自然体で笑っていた。


「それが本気だと言うのなら」

「やっぱり、僕達の勝ちだ」

「貴女には、出来ないみたいですね」

「何……?」


 マリティマは眉を顰めた。

 天鎧も、魔法も、これが全力だ。これ以上はない。そして、最高レベルの彼女の限界は、誰にも超えられない。


 その筈だった。


「私達、魔法とか使えないですけど」

「その代わり、天鎧に特化しているのよね」

「これやるとすげぇ疲れるけどな。ま、回復ボトルは山ほどあるし」



 そう言い、三人は各々構え、そして。


「行きますよ、モエさん、ダイキさん」

「ええ、ユリ」

「さ、魔王退治と行きましょうかね」


 ――彼らに背負う物は何もない。

 この世界で、彼らは彼ら達自身が全てだった。守るものも、救うものも、何もない。空っぽなのではない、入れる余地がないのだ。余計なものなんて。

 彼らは常に命を賭け続け、そしては勝ち続けた。

 命を懸ける覚悟だとか、余計な被害を出さないだとか、そう言う物を抱え込むのはこの世界では意味がない。

 必要なのは、勝つ意思だけ。

 何があっても生き抜いて、自由に泥沼を駆け抜ける醜い戦意こそが、最も重要で。

 彼らは勝つしか道がなかった。負ければ死ぬ。逃げても死ぬ。戦わなくては死んでしまう。

 だから、勝つしかなかった。だから、勝ってきた。だから、彼らは今ここに居る。


 そして、これが彼らの集大成。行き着いた答え。

 何があっても死なない為。生きる為。そして自由で居る為に求めた極地。

 自身の身を守り、同時に自身の敵を滅ぼす為の、切り札。




 ――――天鎧出力限界突破。





 心地よい風が打ち消されるように、全てをなぎ払う轟音が響き、三人の体から黒い靄が迸った。

 その出力はマリティマの天鎧を遥かに上回り、まるで濁流のごとく、彼らを包み込んでいた。



「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「があああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 聴くに堪えないおぞましい絶叫が、結界内に反響する。

 彼らは腕を大きく広げて、体を仰け反らせた。

 その、適当過ぎる理由からは想像出来ない、純粋なまでの戦意。

 マリティマは、自身の顔に汗が垂れるのを感じた。


「夜に染めろっ、ニュクス!」

「刻めっ、獄星神楽!」

「潰せっ、グロングメッサー!」


 彼らの腹部から、それぞれが抱える神器が飛び出す。

 黒い剣。白刃の刀。巨大な槌。


 それらをマリティマに突きつけた彼らは、馬鹿馬鹿しい程に黒い天鎧を纏いながら、笑った。


「出力200パーセントで固定。さ、何時も通りに行きましょう」

「僕が叩いて、モエが斬って、ユリが仕留める、か」

「そーね。いつも通りに、勝つ」


 彼らには何もない。

 彼女には部下が居る。


 出来れば負けたくない彼女。

 勝つことしか考えていない彼ら。




 ――この戦いにおいて勝敗を分けたのは、戦力ではなく、心構えだ。

 このキロウにおいて、センチメンタルな感情は足を引っ張ることしかない。

 つまり、そう言うことだ。



「……これはもう駄目かも知れないね」


 相変わらず緊張感のないその言葉は、オレンジと黒が入り乱れる結界に沈んで、やがては消えた。










―――――――――――――――






「言い残すことがあるのならば、聞いておきますよ」

「……勝利宣言には、まだ早いんじゃないか? まだ五形態も残っているよ?」

「だから、ですよ。こっからは更に本気モードで行きますから。もう、終わりにしましょう」

「アンタ、うざったいくらいにしぶといからね。……アサルトステップ、4速から5速に」

「君、まだ速くなるのかい」

「じゃあ僕も。天鎧操作、耐久力上昇」

「君はまだ堅くなるのか」

「では私も。……天鎧出力、250パーセント」

「もはや私の天鎧が紙に思えてきたよ」

「……で、言い残すことは?」

「そうだな…………」



『魔王様!』


『魔王様、私は、私は……!』


『……解りました。貴女がそう言うのなら、私が後を継ぎましょう。……ですが、そうならないよう私が想うのを、どうかお許し下さい』




「……私が死んでも、何れ第二、第三の魔王が出るよ。きっと、きっとね」

「どうでもいいですね」

「そーね」

「まったくだ」

「……聞いておいてそれはないだろう」

「聞くだけ聞いただけですよ。……では、この辺りで一発かましておきましょうか!」



 小柄な少女が笑った。

 



「終わりだ、魔王っ! ……ここで死ねっ!」




 風はもう、止んでいた。



 キロウの人間にアンケートをとりました! 

 魔王と勇者一行、どっちに勝って欲しいですか?


 魔王…………3パーセント

 勇者一行……5パーセント

 出来ることなら相討ちして欲しい……92パーセント


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