第十七話:交わる世界
「さっちーーーーん! お早う!」
「……また随分元気ね」
「うん! 朝からニュクスのかーわいい泣き声と怨嗟の言葉を聞いたからね! もう元気いっぱい! ニュクスね、『うぐぅ』『うぐぅ』って泣くんだよ! 『わたし』『の』『からだ』『もどして』『よぉ』って! ぎゃははははは! いーねーいーねー楽しいねー!」
「魔王か。あんたは」
「いいえ、勇者です」
「嘘吐けよ。なんでそれで元気になるっつーのよ」
「ああ、私、そう言うスキルを持ってるんだ。相手の絶望や嘆きを自分の糧にするスキル。便利だよ?」
「魔王じゃねーか」
「勇者です。そしてそのスキルが今日完成した様な気がする」
「ああ、なるほど。これで魔王になるのか」
「勇者だよ?」
「あたしか? あたしがおかしいのか? ……いや、こいつがおかしいんだ」
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勇者・ユリ
種族:人間(改)
性別:女
年齢:15歳
武器:夜剣『ニュクス』(ただいまボロクズ)
レベル:285
通称:『世界最悪の夜』
備考:後天技能『アッパーグリーフ』がレベル4から5(最高値)に。彼氏募集中。
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「でもさ、私のことをおかしいって言うけど、さっちんも人のこと言えないよね」
「な、なによ」
「昨日メイドさんを助けてさ、お礼に、って事でメイドさんが働いているメイドカフェに招待されたとき」
「う、わ、わー! わああああああああ! やめてっ! やめろぉっ!」
「すっごいロリなメイドさんのことを、さっちんがガン見して」
「やめろって言ってんだろおおおお! このっ!」
「あ、それ残像。『ご主人様とかお嬢様とかじゃなくて、おねえちゃん、って呼んでください』って言って」
「う、うわあああああああああああああああああああ!」
「んで『おねぇちゃん!』と呼ばれて鼻血吹いてたじゃん。あはっ、今時鼻血って」
「ああああああああああああああああああああああああ!」
「ねぇ、さっちん、あの人は確かにロリだけど、23歳らしいよ」
「いっそ殺せええええええええええええええええええええええ!」
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学生・サクラ
種族:人間
性別:女
年齢:14
レベル:20
通称:『さっちん』
備考:『レヴォリューション・エゴイスト』が発動。狂気耐性レベル1が消去。
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「違う、違うの。何と言うか、ほら、あたし、姉さんしかいないから、そう言う妹とか、下の姉妹に憧れがあるの。うん。良くあること。普通普通。それに、あれ、昨日は何かタガが外れた感じにテンション上がっちゃってさ。いや、ホント、あたしはマトモだから。何も、おかしい、ことは、ない」
頭を抱えながらぶつぶつと念じるように呟くサクラ。
誰に対して言っているかというと、壁に向って言っていた。お世辞にもマトモとは言えない。
ついでに言うと、ここは教室である。よって、クラスメート全員がサクラの隠れた性癖を見事に見てしまったのだが、それぐらいでは彼らは動じなかった。このクラスは一番ユリと近いところに居るのだ。つまり、そう言うことである。おかしいのは何もサクラだけではないのだ。
面白いぐらいに狼狽しているサクラを見て、ユリは意地悪い笑みを浮かべた。
「だとしても、鼻血はないよ」
「そ、それはあれよ。あの時食べたチョコレートパフェが……」
「鼻血吹いたのは、それ食べる前だよね?」
「ぬわぁ」
言い訳を重ねようとするサクラに、ユリがカウンターパンチ。
墓穴を掘ってしまったサクラは奇妙なうめき声を上げた。
ユリはそれを見て、またニヤニヤと笑った。
「いやー、でも、さっちん、そう言う人だったのかー。私も気をつけないとなー」
「は?」
「や、だって、さっちん、言っちゃうとロリコンなんでしょ? 自分で言うのもなんだけど、私、結構……」
と、ユリが自虐的なネタで更にサクラを追い詰めようとすると、サクラは意に反し、その顔つきを無駄に真剣なものにした。
「一緒にすんじゃないわよ」
「へ?」
「あんたとミカンちゃんを一緒にすんなって言ったの! いい、良く聴け。あんたはハッキリ言って確かにお子様体型よ。ロリータよ。だけど、あたしが求めて居るのはそんな上っ面なものじゃないの。ミカンちゃんを思い出してみなさい。あの柔らかな笑み! 触れれば折れそうな華奢な身体! 保護欲をそそられる甘い声! あああああああん! ミカンちゃーん! おねぇちゃんだよおおおおおおお!」
静寂。サクラの叫びに、教室が静まった。
しん、とするクラスに、サクラははっ、と正気に戻った。
ジトっ、と出る汗が止まらなかった。
「い、い、い、いや、違うの。これはね、そう……」
「さっちん、もういいよ」
ユリは、かつてないほどに優しい顔をしていた。
だけど、2、3歩、サクラから距離を取っていた。
「さっちんがどんな性癖でも、私に矛先が向かない限りは、受け止めるから」
つまるところ、それはサクラがユリから変態認定を受けたということだ。おっぱいを揉みまくる、この少女から。屈辱だった。だったが、それを否定出来なかった。正直、サクラも解っていた。14歳の自分が目覚めるにしては、確かに狂っている性癖だ。下手をしたら、まだユリの性癖の方が可愛げがあるし、もっと下手をしたら、あのパンティのことも言えないかもしれない。
サクラがズーンと沈んでいると。
「いや、君の言うことは正しい」
と、何処からかそんな同意の声が聞こえてきた。
その方向をサクラとユリが見ると、何時も机につっぷしている少年が、珍しく眼をはっきりと見開いて、彼の声で、だけど、彼らしくない口調で、ゆっくりと語り始めた。
「私は思うのだが、やはり幼子というものは……ぬっほぉ!?」
嫌に厳かに語り始めたと思ったら、途端に奇声を上げる少年。
その頬には、右拳が突き刺さっていた。しかもそれは、少年自身の物だった。
サクラとユリが、自分を自分で殴る、と言う奇行(どうでもいいが、このクラスは先ほどから奇行ばっかりだ)に走った少年を驚いた様に見ると、少年は「引っ込んでろ」とか何とかぶつぶつと一頻り呟いた後に、またいつもの様に眼を眠たげなものにした。
「……すまん、寝ぼけてた」
口調も、元に戻っていた。
「だ、ダイナミックな寝ぼけ方だね……」
ユリのその言葉は、もしかしたらフォローの様なものだったのかもしれない。
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学生・プリンス
種族:人間
性別:男
年齢:14
レベル:16→24
通称:『プリンス』
備考:並列魂融合率25%。レベル+8。並列魂技能『ロイヤルクオリティ』が限定解除。並列魂技能『アサルトステップ』が限定解除。並列魂技能『アッパーイディオシンクラシィ・レベル1』が限定解除。並列魂技能『魔法』が限定解除。
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――ところ代わって。
「ふぅ-……」
とある世界のとある山奥の湖のほとりで、一つの巨体がため息を吐いた。
かつてならば、その尖った口からは牙が剥き出しになり、湖すら蒸発させる炎のブレスが出たものだが、今は陰鬱としたため息しかでない。
ふと、その巨体は、湖面に映る自身の姿を見た。血よりも赤い真紅の身体。どんな物も切り裂く穿った爪。あらゆる物を弾く無敵の鱗。睨み付けたら如何なる者も怯ませる、高貴な紅い眼。
神竜・レウコトリカ。それが、その巨体の名前だった。
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神竜・レウコトリカ
種族:竜
性別:不明
年齢:不明
レベル:256
通称:『世界最古の竜』
備考:全ての竜の母。
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そんなレウコトリカの心情を一言で現すと、
「マジ退屈……」
数え切れないくらい歴史を刻んでいる癖に妙に今時な言葉を使ったのは、数ヶ月前に殺し合いをした、とある三人組に教えてもらったからだ。彼らの『世界』では、本気、をマジと言うらしい。レウコトリカはその語感が気に入ってしまい、こうして良く口にしてしまう。
口にしたはいいが、誰もそれには答えない。レウコトリカは、言ってしまえば孤独だった。
孤独はまだいい。問題は、暇だった。
かつて世界を荒らしに荒らし、30年前程はこの世界を恐怖のどん底に陥れたものだ。
だが、それも何れは飽きてしまった。結局、圧倒的な力を振るったところで、虚しいだけだった。――何も得るものはない。
そしてこうして人どころか獣や魔族も近寄らない山奥の湖に引っ込んで、隠居生活を送っていた。
世界が恐れる『神竜』を尋ねる愚か者は、誰も居なかった。10年前迄は。
10年前、一人の魔族がレウコトリカの元を訪れた。
その時、レウコトリカは「ほぅ」と感嘆の声を上げたものだ。
――レベル317。後に『魔王』と名乗るこの魔族は、レウコトリカをスカウトしに来たのだ。
だが、レウコトリカは断わった。
確かにその時には既に退屈していた。暇で死にそうだった。
だが、誰かの下に付くのは、如何に暇でも、如何に自分よりレベルが上でも、プライドが許さなかった。結果、魔族の機嫌を損ねて死んだとしても、それはあるいはそれで良かった。生や死よりも優先するものが、永い時を生きてきたこの竜にはあったのだ。
だが、予想に反し、魔族は「それなら仕方ないねー」と威厳もへったくれもない口調で、あっさりと踵を返した。
ぽかん、としたレウコトリカにその魔族は「無理強いしても、意味がないからね」と言い、山奥から去って言った。
その辺りの器の広さと、強大な魔力が、圧倒的に数が多い人間達を苦しめる『魔王』になった所以であろう、とレウコトリカは考えていた。
魔王は、最強だった。
この世界においても、圧倒的なレベル。そして、世界の壁に影響を及ぼすほどの、絶対的な魔力。そして、カリスマ。
だが、魔王は死んだ。
レウコトリカは、世界を覆う魔力が消えたのを、肌で感じていた。
そして、それを成したのが、あの異世界から来た三人組であろう、と言うのも、なんとなく解っていた。
「ふふふ……」
あの三人組のことを思い出すと、自然に笑い声が出てしまう。
あの瞬間、レウコトリカは永い生の中で、もしかしたら一番充実していた。
身の丈程ある槌を持った戦士が言った。
『つーか、あんたに何か恨みがあるわけじゃないんだよな』
白刃が輝く刀を持った剣士が言った。
『そーね。アタシ達、アンタの鱗と爪が欲しいの』
黒の剣を持った、『ユウシャ』とやらが言った。
『いやー、ちょっと、おっパブ行きまくった所為でお金がなくて……高く売れるんでしょ? それ』
レウコトリカは絶句したものだった。
確かに、己の鱗や爪は高く売れるだろう。それこそ、伝説級の代物だ。
が、未だにそれを狙う奴が居るとは露とも思わなかった。この世界のレベルアベレージを200近く超えている自分を狙うとは。しかも、その理由が風俗に金を使った所為だと言う。
憤りを感じる前に、呆れてしまった。
だが。
『……ユリ、こいつのレベルは?』
『えーと、……おお! レベル256です! 凄い!』
『マジで? つーか、それヤバくないか?』
『そーね。ま、でも、何とかなるでしょ』
『これは久々に本気でやる必要がありますね!』
レウコトリカは、彼らを『視た』。
戦士はレベル197だった。
剣士はレベル195だった。
『ユウシャ』はレベル202だった。
レウコトリカは、またも絶句した。
「あの時は、楽しかった……マジで」
遠い空を見上げ、ポツリと呟く竜。
この世界の人間の限界をあっさりと超えた彼らは、馬鹿みたいな身体能力と、無茶苦茶な武器と、回復魔法なんて使えないから交代交代に回復ボトルを呷る、と言う訳が解らない戦法を取り、レウコトリカを追い詰めたものだ。
だが、『神竜』も負けてはいなかった。
生半可な攻撃は鱗で跳ね返し、近づけば爪で迎撃、距離を取ろうとしたらブレスを放つ。
かつてないほどの怒号が静謐に満ち満ちていた山を揺らした。
――結果は、引き分けと言うことになった。
レウコトリカは、楽しくて楽しくてしょうがなかった。
己の実力と拮抗した、あの戦い。
天秤にはどちら側にも死があり、それを如何に相手に側へ傾けるか必死だった。
あの時、あの瞬間、レウコトリカは満たされていた。幸福だった。
命を懸けると言う快感。
それを、レウコトリカは永い生で初めて知りえた。
互いに息絶え絶えになった後、レウコトリカは思った。
――この、自分にこの時間を与えてくれた者のことを、もっと知りたいと。
だから、申し出た。
――引き分け、と言うことにしよう。鱗はやれんが、爪はやる。また生えるからな。その代わり、貴様らの話が聞きたい。
そして、彼ら三人はそれを受け入れて、自らの身の上を語った。
それは、またしてもレウコトリカを楽しませた。
異世界。召喚。レベル5。放逐。当てのない旅。死なない為、生きる為の旅――。
レベル5から、200まで上り詰め、そして自由気侭に旅をし続ける彼らに、レウコトリカは賞賛の念を抱き、そしてほんの少しだけ、嫉妬した。
――自分も、あんな風に生きれたら。
その考えは何もかも今更で。だけど、彼らと別れて、レウコトリカはあれから空を見上げることが多くなった。
――彼らは今どこに居るのだろうか。そして、何をしているのだろうか。
「ん……?」
ふと、レウコトリカはあることに気づいた。
異なる世界と世界を繋げる『無限回廊』が接続している、ということに。
それは、人ならざる竜の、しかも神竜であるレウコトリカだからこそ解りうる、この事象。
無限回廊が接続している、と言うのは、まだいい。
強大な魔力で阻害していた魔王が死んだのだ、繋がることもあるだろう。
問題は、それが繋がりっぱなしなのだ。
これでは、時空間が異なる世界のはずなのに、かの世界とこの世界が時系列的に固定されてしまう。
何ゆえその様なことを、とレウコトリカが疑問に思うと、あることに思い至った。
そして、笑った。
「ふ、ふふふふふ! 成程! あやつら、還されたのか! ふははははは! 全く、何と言うかあやつららしいな! マジで!」
叫びとも取れる笑い声が、湖面を揺らす。
つまり、召喚主が、魔王が死んだのをいいことに無限回廊を接続させることで、無理やりかの三人組を元の世界に還したのだ。魔王も倒したと言うのに、何とまぁ世界に振舞わされ続ける彼らであろうか。
しかし、その様なことは、最早レウコトリカはどうでも良かった。
自分を死に至らしめてしまうであろう、終りの見えない暇から、開放されるかもしれないのだから。
「礼を言うぞ、『夜』達よ。貴様らのお陰で、多少面白いものが見れそうだ」
そう空に向けて言った後、レウコトリカは湖面をじっと見た。
世界は繋がった。高魔力で覆われた壁は、最早ないも同然。
ならば。
「無限回廊よ。我が声に傾けよ。我は個。真なる個。繋げ繋げ繋げ。世界は同一なり」
湖面を見ながら、紅い眼を不気味に輝かすレウコトリカ。
久しく使ってない『技能』だが、問題はないだろう。
この技能は、通常、自分と近い存在、つまり「竜」の眼を借りるものだ。全ての竜の母、レウコトリカこそが出来る、『竜眼』。
あの世界に自分に近い存在が居るとは限らないが、なに、世界は繋がったのだ。必ずしや、自分と近い魂の存在が居る、とレウコトリカは根拠もなしに思った。
レウコトリカは、見たかった。別世界を。ここではない、あのイカれた三人組が育った、あの世界を。
根拠は要らない。必要なのは、意思だけ。どうしようもない退屈から抜け出す、『本気』の意思だけなのだ。
「竜眼、発動!」
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『……成功したか?』
「え、えええ! い、今の、何? な、何の声!?」
『お、おお!? 何と、貴様、人間か!?』
「えええ!? この声、何!? 何なの!?」
『ふ、ふふふふふふふふふふふ! これは面白い! まさか、人間で我と近しい魂を持つ者が居るとは! マジで!』
「なに、なんなの、これぇ……ひぐ、ぅぅ、ぐす、……」
『む……流石に行き成りではこうなるか……しょうがないな、おい人間、名前は?』
「ひぐ、ぅえ、え? な、なまえ?」
『そうだ。貴様、名は何と言う?』
「……ナズナ」




