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第十四話:フラグメント・フラグ


『……あんたの話は、さっぱり解らん』

『まぁ未だ時期尚早と言うことさ。解らなくてもいい。どうせ、起きたら忘れる。これ以上は、何か切っ掛けが必要みたいだ』

『……切っ掛け?』

『そう、切っ掛け。私と君の差異を少なくする切っ掛けさ』





 少年がふと目を覚ますと、教室が妙にざわついているのに気付いた。

 何故か異様に思考が霞掛かっている頭を振って、少年は周囲に耳を傾けた。


「おいおい、湯久世がついに職員室から呼び出しを喰らったみたいだぞ」

「……まぁ今日なんか挑んできた不良をダース単位で吹っ飛ばしてたからな」

「あいつらも懲りないよな」

「負けられない戦いがそこにはある、とか言ってるらしいぜ」

「ねぇよ、そんなん。ってか負けてばっかりじゃん」

「そもそも戦いにすらなってないよね」

「……でも大丈夫かな。いや、湯久世さんじゃなくて、職員室が」

「大丈夫、じゃねぇだろ。ヤバイだろ」

「あれが二秒後の職員室の姿になるかもね」

「ところであの真っ二つの机、いつ片付けるのかしら?」


 詰まるところ、ただ今話題沸騰中の少女、ユリが教員に呼び出しを受けた、という事。

 その教員の命掛けのパフォーマンスを受けて、隣席の少年は。


(……ねみー)


 眠かった。

 正直言って、割とどうでも良かった。

 ユリが呼び出されようが、職員室が真っ二つになろうが、知ったことではなかった。

 そんなことよりも、頭がスッキリしないのだ。

 何か『夢』を見ていた様な気がしたが、その内容も思い出せない。

 解っていることは、ひたすら眠い、ということだけだ。

 よって、彼はまたしても机に突っ伏して、再び寝る体勢を取る。


 と、そこで。


「……」


 教室のドアが開き、一人の少女が中に入った。

 その少女、ユリは肩口まである黒髪を僅かに揺らし、若干悪い目つきを殊更に強調しながら、ぶすっとした顔で己の席に着いた。


 教室中が彼女に注目し、次いで隣に座る少年を見る。


(ああ、これは俺に聞けってことか)


 クラス全員がユリに何があったのか気になってはいたが、お世辞にも機嫌が良くない彼女に、誰が話しかけることが出来ようか。

 出来るとしたら、最早サッカー部で超絶エースになったヤナギか、最近ユリと話していることが多いサクラ、そして、隣席の少年のみ。

 だがそんなヤナギとサクラも、この様な不機嫌な少女に話しかけるのを躊躇っているようで、ただじっと少年を見ていた。


 そんな目線をひしひしと感じた少年は、一つ嘆息し、ユリに話しかける。


「……なんか、あったのか?」


(プリンス凄ぇえええええええええええ! 行きやがったあああああああ!)

(地雷原を裸足で駆け上がる所業……! プリンスさんマジパネェっす!)

(流石は王子……!)

(やるなプリンス……! あんな師匠に躊躇なく声を掛けるとは……!)

(正直、少し見直した……ま、タイプじゃないけど)


 クラスメートが小声でざわめいている。

 そしてさり気に呟いたサクラの言葉に、ほんのちょっぴりショックを受けた。

 それはともかく、少年はそんなクラスの反応をどこか不思議そうに見ていた。


(……そんなおっかなびっくりになる必要があるかね)


 確かにユリはとんでもない人智を超えた身体能力を発揮するし、意味不明な『恐怖』を撒き散らすことも出来る。あと、何故か異様におっぱいに執着している。

 だけど、それでも少年は、最早そこまでユリのことを恐れてはいなかった。

 狂気に満たされているのではなく、ユリの事を嘗めている訳でもない。

 彼はあくまでもフラットな心境でその場に居た。


 ――だって、彼女はこんなに魅力的で、美しい漆黒の輝きを放って――――


(……ん?)


 何か奇妙なノイズが少年の頭を過ぎる。

 が、それを彼がきちんと認識するよりも早く、ユリが不機嫌なままで、しかし少し弱気な顔にもなり、口を開く。


「……しゅ、……った」

「あ?」



「補習喰らった、って言ったの!」



 その瞬間、ユリの体からちょびっとだけ、黒い靄が噴出した。それは刹那の『天鎧』だったが、その出力は70パーセント。教室中に、得体の知れない恐怖が蔓延った。

 本人と、とある三人を除くクラス全員が、見事に腰を抜かした。




 

―――――――――――――――





 中学三年・とあるクラス

 種族:人間

 レベルアベレージ:5→7

 備考:ただし、レベル10以上の者はこれに含まれない。




―――――――――――――――



「……あ、ちょっと漏れちゃった」

「はーい、皆ー。今のは湯久世のマジックだそうだー。だから落ち着いてー。死にはしないから」


 ガクガクと震えるクラスメートを見て、少年は、なんだか妙にこなれてしまったな、と思った。






「……んで、なに、補習? お前、補習受けんの? またなんで」


 腰を抜かしていた生徒たちがなんとか持ち直すのを横目で見ながら、少年はユリに問うた。 

 少年の記憶では、この少女は勉学においてはそれなりの優等生だったのでは、と思ったが、不登校から復帰した最近の彼女のうんうん唸っている様子を見ていれば、それも仕方ないか、と思い直した。


「……補習って言うか、正確に言えば課題のプリントをやれって。……今日返された数学の小テスト、私、ボロクソだっから……」

「ああ、あの50点満点のか。何点だったんだ?」

「2点」

「OH……」


 あまりにもあんまりな点数に、思わずアメリカナイズな返しをしてしまう少年。

 それは確かに呼び出されるぐらいはあった。


 ユリが深刻な顔をして、言う。


「今ちょっとプリントを見たけど、さっぱり解らない……明日までやらないと行けないのに……誰か、誰か手伝って!」


 その切羽詰った少女の様子に、クラスメート達が顔を見合わせた。

 最近いやに連携が取れているこのクラスだったが、先ほどの謎の『黒』を見て、及び腰になってしまっていた。加え、件の小テストは中々に難しく、その補習的な役割を持つプリントを、ユリが満足できるような内容で教えられる自信がなかったからだ。しかし断りでもしたら……一歩間違えたら、教室の端にあるオブジェと化してしまう、と彼らは考えていた。真偽はどうあれ、彼らは本気でそう思っていた。


 クラスの一人が、言う。


「……確か、あのテスト、二人だけ満点が居る、とか言ってたな」

「ああ、言ってた! ってことは……」

「その二人が教えればいい、ってことね?」

「誰だあああああああ! 出て来おおおおおおおい!」

「まぁぶっちゃけ一人は確定しているけどな」

「え!? だれ!?」


 ユリがそう言うと、クラスの視線が一斉に一人の少女に集まった。

 そこには、白々しい顔で茶髪の少女、サクラが口笛を吹いていた。

 その思わぬ人物に、ユリは目を見開く。


「え……さっちん……?」

「な、なんのことかな……?」

「惚けるなよ『学年一位』」

「ネタは上がってんだよ」

「お前が満点取れなきゃ、誰が取れるんだ」

「違うと言うのなら、テストを見せなさいよ」

「……いやー、テスト、どこにやったかなー」

「ならば! ここだぁ! ブラックぅうう! 机漁りぃいいいい!」

「出たー! ヤナギの意味不明な必殺技だー!」

「だが凄いぞ! マジでテストを取りやがった!」

「ちょ、ちょっ、待って……!」

「どうぞ、師匠!」


 ヤナギが恭しくサクラのテストをユリに渡すと、それを見た彼女はわなわなと体を振るわせた。

 もちろん、そのテストの右上には『50点』と輝かしく表記されていた。

 ポツリ、と少女が言う。


「……ズルイ」

「……な、なにが?」

「さっちん、ズルイよ! おっぱいがデカくて頭も良くておっぱいがデカいなんて! ずるいずるいズルイ!」

「……確かに、さっちんは隙とかないよな」

「そう言えば、さっちん、運動も出来るしな」

「さっちん、美人だしな」

「もう解ったから……勘弁するから……さっちんは止めて……」


 弱弱しい声でそう懇願するさっちんであった。






「じゃあ一人はさっちんとして、もう一人は?」


 サクラの胸を鷲掴みながら、ユリが言う。

 この様な状況になってしまったのは、ユリが『私にはおっぱいを揉む権利がある』と意味不明な主張をし、クラスが満場一致で可決したからだ。生徒たちも、才能溢れる少女に嫉妬を隠せなかったのである。サクラは数の暴力と、今胸をむにむにと揉んでいる少女の純粋な圧力に屈服せざるを得なかった。

 

 さて置き、今度はもう一人の満点者を探すために、再びクラスがざわめく。


「……もう一人は……誰だろうな」

「ってかあのテスト結構難しかったからな。本当にさっちん以外で居るのかね?」

「心当たりはないよね」

「でも、先生は確かに言ったわよね。満点が二人居る、って」


 むむむ、とクラス全員が唸った。

 正直、状況は頭打ちである。

 しかしそこで、ひらり、と彼らの前に例のテストが舞った。

 その右上にある数字は、50。満点である。

 そのテストを見た生徒達は、思わず瞠目してしまう。



「……隠しても仕方ないから言うけどさ」


 眠たげで、やる気のない声が響く。


「プリンス……? まさか……?」


 ユリがまた驚いたように目を瞠った。

  


「俺、満点だったわ。そう言えば」



 クラスが数瞬、静寂とそして驚愕に包まれた。

 思わずユリがサクラの胸から手を離した程、その驚きは大きかった。


 次いで、絶叫。





『空気読めプリンス!』





 まさしく魂の叫びだった。


「……なぜだ」

「いやいやいや、ねーよ、お前だけはねーよ!」

「そう言うキャラじゃねーだろお前!」

「そ、そもそもプリンス君、授業中寝てばっかりじゃん!」

「……数学は、割と得意だし」

「なんだよそれえええええええ!」

「あのテストを、授業中爆睡して満点取るとか……」

「しかも、そう言えば、と言ったってことは、本人は本気で覚えてなかったようね」

「うっわ。ひくわー。私ならあのテストで満点取ったら自慢するわよ」

「ま、でもこれで決まりだな。湯久世に数学を教えるのは、さっちんとプリンスな訳だ」

「はぁ……マジなのね」


 クラス中がほっとした雰囲気になり、サクラも不承不承ながらもそれを受け入れた。

 しかし。


「あ。俺、今日無理」

 

 少年が、またもや爆弾を投下してくれやがった。

 再び、火がつく教室。


「だからプリンスお前空気読めえええええええええええ!」

「理由を説明しろ理由をおおおおおおお!」

「いや、今日、すぐ帰って家の手伝いをしなきゃ行けないんだよ」

「え?」


 その少年の真っ当な事情に、クラスメート達が困惑をした。

 彼らは『どうせ眠いとか言うんだろ』などと思っていたからだ。


「あ、そうか。お前んち、ラーメン屋だったな」

「そう言うことだ」


 少年と友人のヤナギがフォローする様にそう言った。

 確かに、その様な家庭の事情では、あるいは致し方ない。

 問題は、ユリがどういう反応を見せるかである。

 クラスが彼女の動きを見ようと視線を移したが、先ほどまでサクラの近くに居たユリはもうそこにはいなかった。


「……プリンス」


 少年を含むクラスメートがその声に息をのんだ。

 何時の間にか、ユリが少年の目の前に居たからだ。

 彼女は自分より背が高い少年を見上げた。


「……家の手伝い、するの?」


 ユリの声は、感情が見えなかった。

 少なくとも、少年は彼女がどう言う風に考えているか全く解らなかった。

 だけれども、自分を見る真っ直ぐな黒い瞳に、何か良く解らない情念が彼の心を奔った。

 多少声を詰まらせながらも、少年ははっきりと言う。


「あ、ああ。そうだ。だから、今日は無理だ」

「そっか……」



 少年が言った途端、ユリは優しげな声色になり、そして笑った。



「にひひひひ。それじゃあ仕方ないね! 手伝い、頑張ってね!」



 その、ユリの純粋な笑顔を間近で見て。

 心からそう思っている、綺麗な笑みを見て。



 ――ドクン。



 と、少年は不規則な胸の高まりを聞いた。



(あ、あれ……?)



 妙に心臓が高鳴る。だけどそれは不快なものではない。

 心なしか、顔も熱を帯びている様な気がする。

 無性に喉が渇いた。少女の顔を直視出来ない。どころか、声も出せない。

 だがしかし、そんな少年の想いは微塵も知らず、ユリはくるりと体を回転させサクラを見た。



「まぁさっちんが教えてくれれば、問題ないよね。さっちん、よろしくね!」

「……あ、そうだ。あたしも実は家の手伝いが……」

「…………」

「解ったわよ……だから無言であの机を指差すのは止めてよ……もう誰かあれ片付けろよ……」


 サクラの受難は、当たり前の様にまだまだ続くようだ。





(なんか、勿体無いこと、しちまったかな……)


 ふと、少年がそう思う。

 が、瞬時に大きく頭を振った。

 勿体無い、なんてことは欠片もない。

 家の手伝いをしければいけないのは本当のことであるし、そもそもユリに勉強を教えて彼に来るメリットはまるでない。


 それは解っていた。

 解っていたが。



(なんでだ……?)


 彼女のあの優しい笑みが、脳裏に焼きついて離れなかった。

 未だに高鳴る鼓動。

 熱い頬。

 そして。




『ふふふふふ。相変わらず、彼女は美しいな……』




 何処からかそんな声が聞こえた、様な気がした。




―――――――――――――――



 学生・プリンス

 種族:人間

 性別:男

 年齢:14

 レベル:12→16

 通称:『プリンス』

 備考:並列魂融合率10%。レベル+4



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