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第十二話:夜を越えるのはとっても難関


 月曜日を考えた奴は死ねばいいのに、と少年は思う。


(いや、もう死んでいるか)


 何はともかく、本日は月曜日。

 大多数の学生や社会人を絶望の淵に立たせる、魔の曜日である。

 そんな中、一人の中学三年生の少年が、寝惚け眼を最早擦ろうともせず、ねみぃ、だりぃ、と学校に登校していた。正しい学生の姿である。


 そう、これが学生のあるべき姿なのである。

 何の役に立つのか解らない授業に時間を拘束されると言う拷問を、連続で受け続ける地獄。

 それが学校生活で、それを受けるのが、学生。

 彼はそう思っていて、そしてそれは全部が全部とは言わないが、殆どの学生が経なければならない苦行なのだ。


(……なのに)


 やる気がまるで感じ取れない歩調で学校近くまで赴いた彼は、目を擦った。

 別に目やにを取るためだとか、そう言うことじゃなくて、単純に目の前の光景が信じられなかったからだ。


「ああ!? お前チョーシこいてんじゃねーぞおおおおお! MONOのどこが糞なんだよこの糞がぁ!」

「お前こそふざけんじゃねーぞ! あんなんただ名前が売れてるだけの消しゴムじゃねーか糞がぁ!」

「俺のA4ノートが火を噴くぜぇえええええええ!」

「ふいひひひひっひひ! ヒヒ? ひひひひひ! ぅううううう三権分立ぅうううううううううう!」

「フォッサマグナぁあああああああああああああああああああああ!」

「俺の因数分解に勝てるわけねーだろおおおおおおおおおおお!」

「やってみやがれこのおおおおおおおおおおおおおおお! be動詞ぃいいいいいいいいいいいいい!」



 あら不思議。不良たちが文房具と教科書もって雄たけびをあげてるじゃないか。校門の前で。


(ええー……)


 少年はドン引きだった。

 正直意味が解らなかった。

 必殺技っぽく叫ばれる学業の言葉が、イヤに耳に付いた。

 『俺の因数分解』など、いつお前のモノになったのかと問いかけたかったが、止めた。マトモな答えなんて帰ってくる筈がないから。


 しかも、だ。

 髪の毛を派手な色に染めてたりピアスを開けていたりする不良たちが意味不明な雄たけびを上げているにも関わらず、周囲の生徒は気にしないのだ。

 いや、何も『こんな変な現象に関わりたくない』といった風ではない。

 『月曜日YEAAAAAAAAAAAAAAAH!』とか、『今日は体育だあああああああああああああああッポォオオオオゥ!』だとか、『私の漢文詩を聞けぇええええええ!』だとか、……要は、不良たちと似たようなもんである。



(……なんだ、これ)


 お前らのそのテンションはなんだ。

 もう少し絶望しろよ。今日は月曜日だぞ。

 等と心中でツッコむ少年。


 だけどそれでも、いくらか少年は冷静だった。

 明らかに尋常でないこの様子を見ても、取り乱しはしなかった。

 それは、彼が鈍いから、ではない。

 いくら鈍い彼でも、この異常さはいくらなんでも解かる。


 彼が平静を保てているのは、こんな予兆が数日前から見えていたからだ。


 金曜日、とある少女からビックリドッキリなマジック(仮)を披露させられて、それでもその日はそれでお終い。

 少年は、土曜日曜と至福の休みを堪能し、全力でベッドに沈んでいた。

 のだが。


 ――少年の家は、ラーメン屋をやっている。

 それはまぁいいのだ。家が飲食店を経営していると言っても、それは一つの『よくある事』。普通のことだ。


 だが、何故かこの二日、家族が普通じゃなくなっていた。


 寡黙な父親が。


『俺のトンコツはぁああああああ! 宇宙一だぁああああああああああ!』


 同じく大人しめの母親が。


『秘儀ぃ! ドンブリ5枚洗いいいいいいいいいいいいい!』


 チャラい高校生の兄が。


『日曜、暇になっちまったな…………。そうだ、旅に出よう。自分探しの旅に』


 正直、兄が一番意味が解からなかった。きちんと日曜の夜には家に帰ってきたのも意味が解からなかった。果たして『自分』は見つかったのだろうか。もはやどうでも良かったが。


 日曜、彼は店を手伝った。

 これもまぁ良くあることだ。

 貴重な睡眠を削るのは彼にとって本意ではなかったが、家の手伝いぐらいはする甲斐性はある。

 だが、店に来る客が尋常じゃなかった。


 ド派手な髪の色の、如何にも不良です、と言った五人組が。


『くくく、今日はどの老人ホームに行く?』

『あのジジイ達の笑顔……! 最高だなっ!』

『まぁ、待て。たまには、ゴミ拾いなんてどうだ?』

『ああいいな。ふふふ、チリ一つ逃さん!』

『決まりだな……』


 などと言っていたり。


 女物のパンツを頭にかぶった男が店に来たり(ちなみに警察に追われていた。男はすぐ店を出た。あの男は逃げられたのだろうか。いや、出来れば捕まって欲しいが)


 

 おかしい。おかしすぎる。

 それを何とも思わない街の人も。



 ――『狂っている』。


 

 今のこの街の現状を解かりやすく言えば、これに尽きる。

 異様にテンションが高いこの現象を狂っている、と言えるかは微妙なラインではある。

 だが、少年は、『狂っている』と言うワードが、妙にしっくりと馴染む様な気がした。



(おかしいと言えば)


 少年が、足元に転がっている石に気づき、それを拾った。

 掌に収まる程度の、ごく普通の石。

 少年はその石を握り締めた。若干の力を込めて。


(よっ、と)


 途端、鈍い音が彼の掌に響いた。

 手を開けると、そこには粉々になった石があった。


「なんだこれ」


 今度は口にだして、その異常さを確認する少年。

 金曜日の夜あたりから気づいていた、この体に溢れる活力。

 そして、『石を粉々に出来る異常を、当然と思う異常』。



 ――おかしいのは、自分もだ。



 漠然とそう思う少年。

 だけど。

 今、この異常を見て、改めて出る思い。

 それは。



(どうでもいい。眠い)



 家族が家族、街が街、学校が学校、自分が自分、人生が人生。

 全部が全部、何もかもどうでもいい、とはいくら少年も思っていない。

 だが、そんなことよりも、眠いのだ。とにもかくにも眠いのだ。

 今までもそうだったが、彼はなによりも眠りを愛している。近頃は、特に。

 何もかも投げ出して寝たい、とは思ってはいない。それでは人生は成り立たない。

 だが、それ以外の、例えば小さな暇でさえも、彼は睡眠に充てていたいのだ。


 こう思う自分は、やっぱり狂っているのだろうか。


 だけどそう思う少年は、それでもやっぱり眠かった。



 なぜそうまで眠りに執着しているのか。

 その理由は彼には解からないし、どうでもいい。

 眠いものは眠いし、寝たいものは寝たい。

 それだけ。ただそれだけなのだ。


 ――だから彼は睡眠に全力を尽くし、その時に見る『夢』なんて、欠片も覚えていない。

 ――自分とそっくりな男が現れる、その『夢』を。



―――――――――――――――



 学生・プリンス

 種族:人間

 性別:男

 年齢:14

 レベル:12

 通称:『プリンス』

 備考:並列魂融合率3%




―――――――――――――――





「ヒャッハー湯久世、この問題を解けヒャッハー」

「………………………………61!」

「頑張って考えたのは解かるが、今は国語の授業だヒャッハー」



 少年はどっから突っ込んでいいのか解からなかったので、寝た。








「ブラックぅううううううううう! シュゥウウウウウウウウッ!」

「ぎゃー! ゴールネットを突き破りやがったぁああああああああ!」

「ヤナギすげぇええええええええええええええ!」





「……ま、13じゃ、そうなるか」


 放課後、相も変わらず緩い風が満ちている屋上で、一人の少女が茶色の髪の毛を靡かしながら、フェンスに両腕を乗せて、グラウンドで叫びながらボールを蹴りまくっている少年を見ていた。



「この世界で10を超えている人は殆どいないからね。詳しい数値は解からないけど、アベレージは5か6ってとことかな」


 後ろでそんな言葉が聞こえても、少女、サクラは振り向かなかった。

 誰が来たか解かっていたから。

 その闖入者、ユリは、サクラの隣に並び、フェンスに背を向けて青い空を見上げた。


「ヤナギン、彼女さんのお父さんに無事挨拶出来たらしいよ」

「……そう。ま、あんたの『アレ』を見たら、なんてことはないわよね」

「うん、なんか『娘さんを僕に下さい!』って言ったみたいだよ」

「重っ。いきなりプロポーズって」

「んで、お父さんは『……お前になら娘を任せてもよさそうだ。……よろしく頼む』だって」

「いいのかよ。娘を溺愛してるんじゃなかったの?」

「そんで彼女さんは『ふ、ふつつかものですが……!』ってさ。今度はヤナギンの家に挨拶に行くんだって」

「あたしらまだ中学生だぞ……?」


 早熟過ぎる彼らの付き合いを聞いて、サクラは戦慄を隠せなかった。

 が、今はそんなことよりも、少女に聞きたいことがあった。だから、サクラはユリを屋上に呼んだのだ。


「……姉さんとはこの二日、碌に会えなかった」

「ああ、うん。朝早くから夜遅くまでダイキさんを探しているからねー。私も二日間一緒に探したけど、中々見つからないんだよね。まったく、どこにいるんだか」

「……だから、あんたに聞く。……この眼は、なに? 正直、大体予想付くけど」


 そう言って、サクラはユリを『視た』。

 その見透かすような視線を受けたユリは、だけど青く広がる空から目を逸らさずに、言う。


「黎眼……。凄いね、さっちん。それ出来る人、中々いないんだよ?」

「れい、がん?」

「そ。相手の『レベル』が解かる眼。鍛えて身につくものじゃなくて、その才能がある人しか使えないスキル。多分、私の天鎧を見てレベルアップしたから、スキルが開放されたんじゃないかな。私も使える様になったのは、レベルアップしてからだし」

「なるほどね……」


 合点が言ったかのように頷くサクラ。その言葉は非常落ち着いたもので、ゆるりと風に流れた。

 そして、今までずっと青空を眺めていたユリが、初めてその視線をサクラに動かす。


「こっちからも、聞いていい?」

「……なに?」

「さっちんは、レベルが解かるんでしょ? なら、今の自分のレベルも、鏡かなんかで見れば解かる筈。……レベル15。おそらく、この地球において最高クラスのレベル」

「……」

「13のヤナギンはあんな風にはっちゃけている。12のプリンスは……興味がないみたいだね。ああ言うタイプは珍しいけど、さっちんは、そう言うのじゃないよね?」

「……」


 沈黙。

 サクラは答えなかった。代わりに、ユリが言うであろう次の問いに耳を傾ける姿勢を取る。

 その表情は、やはり落ち着いていた。


 

「……すんごい力を持っていて、しかも周りが弱いのも解かるのに、『何か』しようともしない。……何で?」

「何か……って、……なによ?」

「いやー、色々あるけど、例えば力を見せ付ける、とかさ」

「しないわよ、そんなん」

「だから、なんで?」

「なんで、って……」


 そこまで言って、ユリを視るサクラ。

 ――ユリが言うところの「何かをする」、これは、確かにサクラの脳裏を過ぎった考えではある。

 溢れる活力。漲る力。そして、明らかに自分とは見劣りする周囲に視得る「数字」。

 そう言った思いも、確かにあった。


 この力さえあれば、何でも出来る。そんな欲望。

 事実、今日学校へ来るまで、そんな薄暗い自信がサクラを満たしていた。

 だけど。


「……285を視たら、そんな気もなくすわよ」


 だけど、そんな考えは、この少女を視たことですっかり何処かへ行ってしまった。

 285。あまりにも、桁が違う。違いすぎる。

 これは適わないな、と笑みさえも浮かべてしまった。

 上がっていたテンションが、下がった気がする。満ちていた狂気が薄まるのを感じていた。


「あんたも、さ」

「うん?」

「……必要以上に「力」を見せるつもりはないんでしょ? ……まぁ机を割ったり、あたしの胸を揉んだり、面白半分にレベルアップさせたり色々やりたい放題だけどさ……」

「……必要以上の力、なんて意味がないよ。この世界ではさ。私には特に目的がないからね。強いて言えば、ダイキさんを見つけることかな。あ、あと素敵な彼氏を見つけること」

「彼氏…………無理じゃね?」

「なんで私の胸を見て言うの?」


 結局のところ、そう言うことだ。

 戦い。傷。血。そして死。

 ドス黒いそれらが渦巻くキロウならともかく、ここは地球の日本。

 人外の力を持ったからと言って、なんだと言うのか。

 意味がない、とは言えないが、有効に活用出来る術だって、そうそうない。


 だからかもしれない、とサクラはふと思った。


 ――この少女が、時々寂しそうにするのは。

 ――あまりに「超えてしまった」自身を、持て余しているからかもしれない。



 サクラは青い空を見た。

 雲は流れる。風は順風。空気は澄んでいる。

 自分が変わっても、世界は何も変わらない。世界は自分を中心に廻るものではないのだから。


 ユリはもたも上を向いて、フェンスに深く背を沈めた。


「……適度に大人しくして、だけど適度に力を使って、適度に平和を堪能するのが、一番無難なんじゃないかなぁ」



 ユリが言ったその言葉は概ねサクラの考えと一緒で。

 サクラは、この少女とは思っていたより気が合うかもしれないと考えた。




 ――だが真面目な顔で真面目な話をしながら自分の胸を揉むのは止めてほしい、とサクラは思った。






「彼氏、ねぇ。……ヤナギはもう彼女がいるから無理として、プリンスは? 顔も悪くないし、人柄も良い。レベルも、そこらの男より上だし」

「……良い人だとは思うけど、単純にタイプじゃない」

「……バッサリだね、あんた」

「そう言うさっちんはどうなの? 彼氏いるの?」

「……いないわよ」

「じゃあプリンスは?」

「パス。タイプじゃない」




 


プリンスェ……


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