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第十一話:人を超えるのはとっても簡単・2

「……では! もう一回!」

「お前ふざけんな!」


 日が若干傾きかけた屋上で、ユリが声を張り上げた。

 ユリとサクラの百合タイム(仮)がなんとか終了して、そして何時の間にやら気絶していた二人が目を覚ましたのを確認したユリは、またも両手をだらんと下げた。天鎧の準備完了である。



 が、ユリがそれを発動する前に、先ほどまで無意味に恐怖のドン底まで叩きつけさせられた少年が、瞠目して異を唱えた。



「おま、お前! あれ、なんなんだよ! し、し、死ぬかと思ったぞっ」

「……マジック?」

「じゃあ種と仕掛けを説明しろよぉ!」

「そんなもん、ないよ」

「誰かお客様の中にこの子と会話できる人はいませんかあああ!?」


 ユリのマジック界を震撼させる発言に、少年は声を荒げた。

 種も仕掛けもない。

 だがマジック。

 そして原理一切不明の『死』さえ意識させられる絶対的な恐怖。

 これでは、少年が息を捲るのも無理はない。

 しかし、少年が助けを求める様に周りを見渡すと。


「くぅ、気絶してしまうとは、一生の不覚……! 次こそは……!」


 妙に殊勝な言葉を吐いて、無駄にやる気満々なヤナギ。

 

 そして。


「ぶ、ブラ、が……ち、ちぎれ……!」


 かなり後方で胸元を押さえるサクラ、はすぐに視界から外した。

 彼は紳士なのだ。ヘタレとも言う。

 ちなみに、彼女をそうさせた張本人は、サクラの胸元をじっと見ていた。ガン見である。ゲスである。


「……お前、見過ぎじゃね? 俺の話、聞いてる?」

「うん、大丈夫だいじょうぶ、聞いてるよー。そうだねー。さっちんのおっぱいは素敵だよねー」

「俺の話聞いてねーしそんな話してねーし俺に同意を求めてんじゃねーし!」

「……っ! っ、あ、あんたっ」

「ご、誤解だー!」


 それでも後ろを振り向かなかった少年は、間違いなく紳士だった。勿論、ヘタレでもある。




「このままだとさっちんのBボタンが透けかねないので、絆創膏を付けて貰いました」

「……佐倉、お前……」

「……何も言わないで。多分、これはらしくもなく熱くなっちゃった、あたしが悪いのよ」

「いや、気絶してたからよく解らんけど、一から十までお前の所為じゃないと思うし、律儀にそれ付けてるお前がスゲーよ。もう帰れよ。そして俺も帰りてーよ」

「……ここで帰ったら、負けた気がする……!」

「あー、そっか。お前もなんかおかしくなったんだっけか。ごめん、忘れてた」

「ちなみに、絆創膏はヤナギンが持ってました」

「サッカー部は擦り傷とか多いんでね。あ、ちなみにそれ、ナズナに貰った奴だからな。大事にしろよ」

「お前が大事にしろおおおおおおおお!」



 どこの世界に彼女から貰った絆創膏を他の女のBボタンに付けさせる男が居ると言うのか。

 それは残念ながら、ここ、地球である。




 そんなこんなで。


「師匠! 次っ、よろしくお願いしますっ!」

「よかろうっ! 耐えてみるがよい!」

「ははっ!」

「マジかよ……」


 何やら二回目の恐怖は避けられないと言う状況に強制的になってしまった少年は、だけどこれは逃れられない運命だと悟った。

 いっそもう、サクラの様に開き直ってしまえばいいのだろうが、彼にはそこまでの『狂気』はなかった。 

 あくまでため息を吐いて愚痴を溢すぐらいしか、彼には出来ないのだ。


「あんなん見続けたら、精神に異常を来たすんじゃないか……?」

「いやいやいや、私の『アレ』にそんな効果はないよ。『アレ』はあくまで恐怖心を……って、え?」


 そこまで言って、ユリはじっとサクラを見た。

 いや、『視た』、と言った方がいいかも知れない。

 そのユリの何かを見透かした様な視線に、サクラは身じろぎをした。

 と、同時に、その目線を受けた途端、己の眼がチクリと痛んだことに、サクラの脳が反応をした。

 脳が、何かを訴えかけている様な感覚。先ほど得た万能感とは違う、何か、『新しい、今まで出来なかった何か』が出来そうな予感。

 しかし、それを強く意識する以前に、サクラは鋭い目線を送るユリの方が気になった。


「な、なに?」

「……あれぇ?」

「なに!? なんなの!?」

「いや、これはまさか……私の『アレ』にこんな効果があったなんて……低レベルにしか効かない、とかそんな感じなのかな……」

「マジでなに!? あ、あたしに何が!?」


 何やらブツブツと呟くユリに、サクラは戦慄を覚えた。

 一体自分の身に何が、と彼女は逡巡する。

 だがしかし、心当たりは、あった。


 この、身に宿った、溢れ出んばかりの謎の活力。

 ふと、地面を見る。

 そこは、勿論屋上のコンクリートだ。

 硬い、固い、堅い。

 そんな事、思い出す迄もない、ごく当たり前の『普通』。

 

 だけど、何故だろうか。


 ――全力を出せば、己の拳で割れそうな気がした。


 その、通常ではあり得ない考えが、それでもサクラは『出来る』と思った。

 そして、それを何の違和感もなく受け入れる自分を、これまたサクラは容易く肯定した。

 

「……ま、いいか。なっちゃったもんは、しょうがない」


 ユリが言う。いや、忠告する。


「さっちん、これから人を殴ったりする時は、手加減した方がいいよ」

「……うん」


 傍目には意味が解らないであろうその言葉は、しかしサクラにはしっかりと理解できた。

 超えてはいけない線を、越えた気がする。

 しかし、悪い気は微塵もしなかった。



「あたしも、そう思う」



 気づけば、顔には笑顔が浮かんでいた。

 その意味は、きっと誰にも解らない。





「ではっ、第二ラウンド、行くよっ!」

「応っ!」

「はぁー……マジでマジなんだな」

「大丈夫っ! 今度はもっと手加減するから。……出力、60パーセントから40パーセントに。……天鎧っ」


 そうして、またも少女の体から放たれる理解不能な、『黒』。そして、恐怖。

 二回目に見たそれは、やっぱり少年には理解が出来なかったが、今、自分が恐怖で怯え竦んでいることは楽勝で解った。

 当たり前の様に、膝を着く。

 先ほどまでの圧力は感じられなかったが、怖いものは、やはりどうしようもなく怖いのである。


(……むーりー)


 怖いながらにも、少年は存外に冷静だった。

 二回目だからか、それとも『手加減』のお陰か。

 それは定かではないが、少なくとも、隣のヤナギがもの凄い苦悶の表情で唸っていることを心配出来るぐらいには、脳みそが働いていた。


(……あいつ、大丈夫なんかな)


 人の心配をしてる余裕なんぞあるのか、と少年は思ったが、なんとなく、もう少ししたら、恋人のごとく引っ付いてる己の膝と地べたを、見事に破局させられる気が、していた。





「ほらほらどうしたのヤナギン! そんなんじゃ、彼女のお父さんに嬲り殺しにされちゃうよっ」

「ヤナギは一体何しに行くの?」


 テンショを上げながら『黒』を纏うユリ。

 そして冷静にツッコむサクラ。

 ちなみに彼女は、多少気圧されているが、それでもしっかりと、腕を組んで二の足でその場に立っている。

 

「……いいねぇ、さっちん、そのポーズ。胸が強調されてるねっ!」

「ふふん、羨ましい? ペチャパイ」

「う、羨ましいよっ! ばかぁ!」


 最高レベルの少女だって、コンプレックスぐらいあるのだ。




(く、くそっ……!)



 和やかなのかそうでないのか良く解らないガールズトークが展開されるなか、ヤナギは心中で悪態を吐いた。

 その対象は勿論、情けない、不甲斐無い自分。

 臍を噛む。痛い。だけど、それよりも、そんな痛みよりも、やっぱり自分が情けなかった。



(俺、は、所詮、ナズナのお父さんに嬲り殺されるだけの男、だった、んだな……)


 ここで記しておくが、ヤナギはあくまで彼女の家の夕食に招かれただけである。

 別にナズナの父親は魔王でもないし、ヤナギはそれを打ち倒す勇者でもない。

 と言うか、魔王は既に死んでいて、勇者は今ガールズトーク中である。 




 ……意識が、また朦朧として来た。


 ――このまま、また気絶しようか。こんな情けない俺は、それがお似合いさ。


 などと自嘲しながら、ヤナギはその目を閉じかける。



 ユリの声が聞こえたのは、その正に直前だった。





「そんなもんなの!? ヤナギン、彼女のへの『愛』は、そんなもんだったの!?」




 それを聞いて、ヤナギは。




 ――ブチン、と何かを引きちぎるような、歪な音がした。



 屋上が、不気味な静寂に支配された。



 そして。



「な、め、んな……!」



 ヤナギは、立った。

 いや、立ち上がろうとしていた。

 だけど、前にある恐怖に、またも竦む足。

 それでも、ヤナギは崩れなかった。

 ガタガタと震える体。ぐらつく視線。

 だけども、ヤナギは堕ちなかった。



 口内を強く噛んだことで、血が滲んでいた。

 しかし、ヤナギはそんなこと、気にも留めなかった。 



 大事なのは、一つだけ。



「俺は、俺は……!」




 足に、力が戻る。

 全身に、活力が滾る。

 心が、熱く燃えていた。



「俺、はあああああああああああああああああ!」



 叫ぶ。想いを乗せて。只管に、声を出す。

 ヤナギは思う。

 自分はきっと、どうしようもなく情けなくて、不甲斐無い負け犬で。




 それでも、ナズナの彼氏だった。

 それでも、彼女が好きだった。




 だからこそ、この内にある『愛』は、誰にも否定されたくなった。




 そう、大事なのは、一つだけ。





「ナズナあああああああああああああ! 愛してるぅううううううううううううう!」




 彼女を愛する自分。自分が彼女に対して抱く愛。

 他の感情なんて、入る余地もない。

 恐怖なんて、もうどこにもなかった。




―――――――――――――――




 リア充・ヤナギ

 種族:人間

 性別:男

 年齢:14

 レベル:6→13

 通称:『ヤナギン』

 備考:世界最高峰の『恐怖』を、恋人への愛で克服。本来の限界を突破。レベル+7。





―――――――――――――――




「……おおぅ」


 と、サクラは呆れた様な声を出した。

 まさか、ここで愛の告白をするとは思っていなかった。しかも、その対象はいないのに。

 そんなサクラのちょっぴり引いた目線なぞ気づくことはなく、ヤナギはやり遂げた顔をしていた。


「ど、どうですかっ!? 師匠」


 その問いに、ユリは。


「……ふ、もう、私が教えることはない」

「早くね?」


 サクラの冷静なツッコミは、だけどやっぱり届かなかった。

 ユリは初めての弟子の免許皆伝に、満足したようだった。



 と、そこで。





「……んじゃあ、俺、もう帰っていいかー?」


 と、眠たそうな少年の声が響いた。



「へ?」


 ユリが間抜けな声を上げて、その方向を見ると。


「いや、元々はヤナギの修行なんだろ? じゃあ、もういいだろ、帰って」


 先ほどまで膝で地面とディープキスをかましていた少年が、平然と、立っていた。



「あ、あれ? 私、天鎧、解いてない……」


 ユリを覆う『黒』は、絶えずそこにあって、恐怖を撒き散らしている筈だ。

 それなのに。

 困惑する少女を他所に、少年は緊張感もなしに膝の汚れをパンパンと払った。



「あー、それ」


 少年は、多少狼狽している少女に、申し訳なさそうにしながら頬をポリポリと掻いた。



 そして、一言。



「慣れた」 



―――――――――――――――



 学生・プリンス

 種族:人間

 性別:男

 年齢:14

 レベル:5→12

 通称:『プリンス』

 備考:なんか慣れた。本来の限界を突破。レベル+7



―――――――――――――――



 一瞬、また屋上がシン……とした。



「……プリンス」

「……プリンス」

「……プリンス?」


 ユリ、ヤナギ、サクラが、少年を呼ぶ。

 ここで少年は、佐倉までもがしかも疑問系で自分を『プリンス』と呼ぶことに落胆を覚えたが、それを表に出すよりも早く、三人が声を揃えて言う。




『空気読め』 

「えええええ! お、俺、なんかした!?」



 そんな平然とこなしてしまったら、熱い言葉を吐いたサクラや、愛を絶叫したヤナギが道化である。

 だけど、彼はあくまで悪くはない。

 やっぱり、この場で一番不条理な目にあっているのは、彼だった。







『ふふふ』

『ふははは』『ははは』

『いい』

『この』『せかい』『は』『よすぎる』

『……』『もっと』『だ』

『もっと』『みたい』

『もっと』『きょうき』『を』

『わたし』『を』『たのしま』『せろ』!

『ねがわく』『ば』『"よるきし"』『も』『ほしい』『な』

『……』『……』

『ちょっと』『ほんき』『だす』





『……拡散狂気波動。ふふふ、この街ぐらいなら、私の射程圏内だ』






―――――――――――――――



 学生・サクラ

 種族:人間

 性別:女

 年齢:14

 レベル:15

 通称:『さっちん』

 備考:特殊先天技能、『黎眼』が限定解除。






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