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僕の親友は、相性42%です。仲直りなら、41回しています ~アプリは今日も『この友だちは、おすすめしません』と言っています~

掲載日:2026/08/26

 四月の始業式の日、担任の先生より先に、アプリが僕の親友を発表した。


『リクさんの今年度の推奨しんゆう:ミナトさん(相性:九十九)』


 クラス替えの発表より、こっちが先なのだ。


 トモナビというのは、学校と市が入れている「交友最適化アプリ」だ。遊んだ記録、話した回数、好きなもの。それからケンカの履歴。そういうのをぜんぶ計算して、全国の同学年から、いちばん相性のいい「推奨しんゆう」を選んでくれる。推奨しんゆう以外で、よく遊んだり話したりする子は、べつの「いつもの友だち」欄に並ぶ。


 ミナトは北海道の小五で、僕の推奨しんゆうになって二年目になる。


 会ったことは、ない。でも毎日タブレットで話す。ミナトはいいやつだ。好きなカードゲームが同じで、好きな動画が同じで、嫌いな給食まで同じ。話が合うというのは、こういうことをいうのだと思う。


 通話の画面には、毎回「今日の話題カード」が出る。


『今日の話題:拡張パックの新カードについて』


「見た?」


「見た。強いよな」


「わかる」


「それな」


 話題カードの通りに話すと、会話はすべりこみセーフみたいにスムーズに進む。三十分話して、意見が割れたことは一回もない。


 快適である。快適すぎて、ときどき、きのうの通話と区別がつかない。


 ケンカになったことは、一度もない。


 トモナビが入ってから、学校のケンカと仲間外れは、すごく減ったらしい。先生も母さんも、市長さんまでそう言っている。大人たちがトモナビをすすめる理由は、たぶんぜんぶ本当だ。


 問題は、向かいの家のソラである。


 ソラは幼なじみで、同じクラスで、相性四十二。


 これがどのくらいの数字かというと、トモナビの画面で、ソラの名前の横にだけ黄色いびっくりマークがつくくらいだ。


『この友だちは、おすすめしません』


 たしかに僕らは、会えばだいたいケンカになる。


 川に行くか公園に行くかでケンカになる。カードの強さでケンカになる。この前は、じゃんけんの「あいこ」の数えかたでケンカになった。


 近所のおばさんは、僕らを見るたびに笑う。


「あんたたち、ほんっとに相性悪いわねえ」


 知ってる。アプリにも、そう言われている。


◇◇◇


 ただ、僕らのケンカには、ひとつだけ決まりがある。


 終わったら、「なかなおりのやくそく」を紙に書くのだ。


 たとえば先週。ソラが僕のカードを勝手に持ち帰って、ケンカになった。


「借りるって言っただろ」


「言ってない。おまえが勝手にうなずいた」


「うなずいたのはおまえ」


 三十分やりあって、日が暮れかけたころ、どっちかが紙を出す。それが決まりだ。負けたほうが書くんじゃない。先に紙を出せたほうが、ちょっとえらい。


「……紙、出す?」


「おまえが出せよ」


「先に出したほうが、えらいんだぞ」


「知ってる。だから出せよ」


 けっきょく、同時に出した。えらさも、引き分けである。


『カードをかりるときは、こえに出して、へんじもこえでもらう』


 書いたら、おしまい。次の日にはもう、川で石投げをしている。


 最初の一枚は、一年生のときのもので、ソラの字だった。


『じてんしゃは、じゅんばん。おこったほうが、さきにあやまる』


 それから、五年生の今まで、やくそくは増え続けた。


『ゲームのかしかりは、一しゅうかんまで』


『ひみつをほかの人に言ったら、アイスをおごる』


『「もういい」は、もうよくないときに言わない』


 ぜんぶで、四十一枚。


 僕の机のひきだしに、輪ゴムでとめてしまってある。相性の点数とだいたい同じ枚数なのは、偶然だ。


 ミナトとの「やくそく」は、一枚もない。


 ケンカをしたことがないから、仲直りをしたこともないのだ。


 したことがないことは、しかたが分からない。


 このことに気づいたのは、わりと最近である。


 学校の廊下には、今月も「トラブルゼロ週間」のポスターが貼ってある。


 学級目標は、ケンカの件数ゼロである。先生はいつも言う。


「トラブルを起こさず、仲良くしましょう」


 僕とソラは、先月だけで学級のケンカ件数を三つ増やした。ポスターの前を通るとき、僕らはちょっとだけ、肩身がせまい。


◇◇◇


 五月の連休に、暇だったので、トモナビの「このアプリについて」を最後まで読んでみた。


 規約というやつは、長い。分からない字は飛ばして、「相性」という字だけ探した。長いが、暇には勝てない。


 そして二十七ページ目で、僕は変な一行を見つけた。


『相性スコアは、二人のあいだにトラブルが起こる可能性の低さを表します』


 三回、読んだ。


 仲の良さ、とは書いていなかった。どこにも。


 つまり、こうだ。ミナトの九十九は「九十九パーセント、ぶつからない」。ソラの四十二は「しょっちゅう、ぶつかる」。


 ……それは、知ってる。アプリに計算してもらわなくても、知ってる。


 連休明け、僕は先生に聞いてみた。仲直りの点数は、ないんですか、と。


 先生は、ちょっと困った顔をした。


「仲直りもえらいけど、最初からトラブルがないほうが、みんな安心でしょう」


 安心、らしい。


 家では、母さんにも聞いてみた。母さんは、洗いものをしながら笑った。


「お母さんの友だちにもいるわよ、相性わるいの。高校からだから、もう三十年ね。会うたびケンカしてる」


「なんで友だちやめないの」


「やめかたを知らないのよ」


 母さんは、なぜかちょっといばって言った。


 やめかたを知らないくらい長くやるのが、友だちというものらしい。


 ぶつからないことと、仲がいいことは、同じなんだろうか。


 その夜、僕はひきだしを開けた。四十一枚の束を、輪ゴムごとしばらく眺めた。


◇◇◇


 六月の川原で、ソラとケンカをしている途中に、ソラが言った。


「おれ、引っ越す」


「……は? 今、石投げの勝負の途中だけど」


「父ちゃんの転勤。九州。夏休みの前に行く」


 ソラは石を投げた。四回はねた。僕のは二回で沈む。負けである。


 その日のケンカが何のケンカだったのか、僕はもう思い出せない。途中でやめた最初のケンカに、なった。


 家に帰ると、トモナビが先に知っていた。


『ソラさんの転出が登録されました。接点の減少が見こまれるため、「いつもの友だち」欄から外しました』


『近くで遊べる新しいおすすめ:アオイさん(相性:九十八)』


 一瞬だった。


 一年生から続いてきた幼なじみの欄が消え、かわりのおすすめが出るまで、たぶん一秒もかかっていない。


 アオイさんが誰かは、知らない。悪いのがアオイさんじゃないことも、分かっている。


 でも僕は、ソラを「いつもの友だち」欄から外した一行をにらんだ。けっこう、長いこと。


 外すって、なんだ。


 友だちはアプリで始まっていないのに、どうしてアプリで終わるんだ。


◇◇◇


 引っ越しが決まってから、変なことがおきた。


 僕らが、ケンカをしなくなったのだ。


 ソラは僕にカードをゆずるようになった。僕はソラの行きたいほうの遊びに合わせるようになった。おたがい、気をつかっているのだ。


 気をつかうと、ケンカにならない。ケンカにならないと、なぜか、話すことも減っていく。


 まるで、相性九十九みたいだった。


 このままだと、最後のやくそくが書けないまま、トラックが来てしまう。


 トモナビのいちばん奥に、「ご意見・お問い合わせ」というボタンがある。


 押している子を、見たことがない。大人向けの、字の小さいページに続いているからだ。


 僕はその夜、そこを開いた。


 書くことは決めてある。どう書けばいいのかが、決まらなかった。消しては書いて、消しては書いて、最後はこうなった。


『そうだんです。


 ぼくの推奨しんゆうは相性九十九で、推奨されて二年目ですが、一回もケンカをしていません。


 むかいの家のソラは相性四十二で、一年生のころから、何度もケンカをしました。ぼくらは、仲直りをするたびに、やくそくを紙に書いてきました。ぜんぶで四十一枚あります。しゃしんをつけます。


 相性は、ぶつからないことの点数だと、規約に書いてありました。


 でも、仲直りの点数は、どこにもありませんでした。


 四十一回も仲直りできた友だちは、何点ですか。


 計算しなおしてください』


 やくそくの写真を、四十一枚、ぜんぶ添付した。一年生の字は、自分でも読めないのがある。読めないまま、つけた。


 送信ボタンを押すと、すぐ返事が来た。


『貴重なご意見をありがとうございます。今後のサービス向上の参考にさせていただきます』


 〇・二秒後に届いた定型文だった。


 姉ちゃんに話したら、笑われた。


「AIに手紙とか、ウケる。無駄だよ、そんなの」


 無駄かもしれない。でも、ソラとのケンカだって、はたから見ればぜんぶ無駄だ。


 無駄の四十一枚が、僕のひきだしには入っている。


 その週、ミナトとの通話で、僕はソラの話をした。話題カードは『新しい動画について』だったが、無視した。カードを無視したのは、初めてである。


 ミナトは少しだまって、それから言った。


「おれたちって、ケンカしたことないよな」


「ないね」


「してみる?」


「何について?」


「……わかんない」


 二人で笑った。「わかる」以外のところで笑ったのは、推奨しんゆうになってから初めてかもしれない。


「なあ、リク。おれ、ちょっとうらやましいわ。その四十一枚」


「じゃあさ」ミナトは少し考えて、続けた。「おれも意見、送っとくわ」


「なんて?」


「二年目でケンカゼロの親友より、四十一回も仲直りしたやつのほうがうらやましいです、って」


「……それ、おれに言うなよ」


「今の、ちょっとケンカっぽくなかった?」


「なってない」


「なった」


 惜しい。もうちょっとだった。


 ミナトはいいやつだ。それは相性の点数とは別の話として、いいやつなのだ。


◇◇◇


 引っ越しの朝は、晴れだった。


 トラックの前で、うちの母さんとソラの母さんが、泣きながら笑っていた。


「この子たち、ほんとに相性悪かったわよねえ」


「最悪よねえ」


「最悪だった」


 僕とソラの声が、そろった。


 一年生になってから、初めてそろった。相性四十二で声がそろうと、大人はなぜか、もっと泣く。


 荷物を積み終わったころ、ソラが言った。


「おまえ、泣くなよ」


「泣いてない」


「泣きそうな顔してる」


「してない」


「してる」


 引っ越しの日まで、僕らはこれである。ここ一か月の遠慮は、トラックといっしょに、どこかへ運ばれていったらしい。


 最後に、やくそくの束をどっちが持つかで、もめた。


 ソラは「おれが持ってく」と言い、僕は「おまえは無くすだろ」と言った。実績があるのだ。ソラは三年生のとき、遠足のしおりを遠足の前に無くした男である。


「あれは、しおりが弱かった」


「紙のせいにするな」


 けっきょく、半分こにした。二十枚と二十一枚に分けて、どっちが二十一枚を持つかで、またもめた。


 もめたので、その場で四十二枚目を書いた。


『やくそくのかみは、はんぶんこ。つぎに会うとき、もちよって、一さつにする』


 僕が二十一枚。ソラは二十枚と、今書いた一枚。これで本当に半分こである。


 四十二枚目で、相性とおそろいの枚数になった。


 ソラは自分のぶんをリュックのいちばん上に入れた。ジッパーが閉まるところまで、僕はちゃんと見届けた。


◇◇◇


 ソラが行ってしまってから、最初の通話は、変だった。


「そっち、暑い?」


「暑い」


「こっちも」


 話題カードもないのに、話題カードみたいな会話をしてしまった。幼なじみでも、画面ごしは初めてなのだ。


 三回目の通話で、ソラが聞いてきた。


「そっちの二十一枚、ちゃんとあるか」


「あるよ。おまえこそ無くしてないだろうな」


「無くすわけないだろ」


「実績があるんだよ、おまえには」


「あれは、しおりが弱かった」


 それで、いつも通りにもどった。


 僕らには、話題カードのかわりに、ケンカの種がある。たぶん一生ぶんある。


 夏休みの終わりに、トモナビが更新された。


 お知らせの画面に、新しい言葉があった。


『友だちごとの新しい指標「なかなおり実績」を試験的に追加しました。ケンカになりにくい友だちだけでなく、ケンカをしても仲直りができる友だちも、たいせつな友だちです』


 お知らせのいちばん下に、小さな字で、こう書いてあった。


『この更新は、複数の利用者から届いたご意見と、ある利用者の四十一枚の写真がきっかけです』


 姉ちゃんは画面を三回見て、「はあ?」と言った。


 無駄じゃなかったことについて、姉ちゃんはまだ何も言ってこない。こっちからも、何も言わないでおいてやる。


 二学期の教室では、ちょっとした流行が始まっていた。


「おれ、なかなおり実績ついた。三だって」


「うちは五。去年のケンカも入ってる」


 きのうまでかくしていたケンカの数を、みんなが自慢しはじめたのだ。


 先生は困っている。トラブルゼロ週間のポスターは、まだ貼ってある。ポスターの下で、ケンカの自慢大会がおきている。


 世界は、ちょっとずつ計算しなおされている。


 その更新で、消えていたソラの欄がもどってきた。最初の表示は、こうだった。


『ソラさん(相性:四十二/なかなおり実績:四十二)』


 黄色いびっくりマークは、消えていない。『この友だちは、おすすめしません』も、そのままだ。


 それでいいと、僕は思う。


 おすすめされて始まった友だちじゃないんだから、おすすめされないまま、続けばいい。


 ゆうべもソラと通話で、夏休みの宿題のやりかたでケンカをした。九州とこっちで、画面ごしに、けっこう本気のやつを。


 仲直りのやくそくは、四十三枚目になった。


『しゅくだいは、じぶんのやりかたでやる。八月三十一日にないても、わらわない』


 書いたぶんだけ、次に会う日の荷物が増えていく。


 相性四十二。


 僕らの点数は、たぶん一生、上がらない。


 僕らはそれを、ほめ言葉だと思うことにしている。


(了)

最後までお読みくださり、ありがとうございました。


仕事柄、もめごとの後始末をあつかっています。もめない関係は、もちろん大切です。ただ、もめたあとに戻ってこられる関係には、別の強さがあると思います。仲直りのしかたは、ぶつかったあとに戻ろうとした経験から育つのかもしれません。


相性のいい人とだけつながれる時代がもし来たら、私たちは何を失うのか。四十一枚のやくそくを数えながら書きました。


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