僕の親友は、相性42%です。仲直りなら、41回しています ~アプリは今日も『この友だちは、おすすめしません』と言っています~
四月の始業式の日、担任の先生より先に、アプリが僕の親友を発表した。
『リクさんの今年度の推奨しんゆう:ミナトさん(相性:九十九)』
クラス替えの発表より、こっちが先なのだ。
トモナビというのは、学校と市が入れている「交友最適化アプリ」だ。遊んだ記録、話した回数、好きなもの。それからケンカの履歴。そういうのをぜんぶ計算して、全国の同学年から、いちばん相性のいい「推奨しんゆう」を選んでくれる。推奨しんゆう以外で、よく遊んだり話したりする子は、べつの「いつもの友だち」欄に並ぶ。
ミナトは北海道の小五で、僕の推奨しんゆうになって二年目になる。
会ったことは、ない。でも毎日タブレットで話す。ミナトはいいやつだ。好きなカードゲームが同じで、好きな動画が同じで、嫌いな給食まで同じ。話が合うというのは、こういうことをいうのだと思う。
通話の画面には、毎回「今日の話題カード」が出る。
『今日の話題:拡張パックの新カードについて』
「見た?」
「見た。強いよな」
「わかる」
「それな」
話題カードの通りに話すと、会話はすべりこみセーフみたいにスムーズに進む。三十分話して、意見が割れたことは一回もない。
快適である。快適すぎて、ときどき、きのうの通話と区別がつかない。
ケンカになったことは、一度もない。
トモナビが入ってから、学校のケンカと仲間外れは、すごく減ったらしい。先生も母さんも、市長さんまでそう言っている。大人たちがトモナビをすすめる理由は、たぶんぜんぶ本当だ。
問題は、向かいの家のソラである。
ソラは幼なじみで、同じクラスで、相性四十二。
これがどのくらいの数字かというと、トモナビの画面で、ソラの名前の横にだけ黄色いびっくりマークがつくくらいだ。
『この友だちは、おすすめしません』
たしかに僕らは、会えばだいたいケンカになる。
川に行くか公園に行くかでケンカになる。カードの強さでケンカになる。この前は、じゃんけんの「あいこ」の数えかたでケンカになった。
近所のおばさんは、僕らを見るたびに笑う。
「あんたたち、ほんっとに相性悪いわねえ」
知ってる。アプリにも、そう言われている。
◇◇◇
ただ、僕らのケンカには、ひとつだけ決まりがある。
終わったら、「なかなおりのやくそく」を紙に書くのだ。
たとえば先週。ソラが僕のカードを勝手に持ち帰って、ケンカになった。
「借りるって言っただろ」
「言ってない。おまえが勝手にうなずいた」
「うなずいたのはおまえ」
三十分やりあって、日が暮れかけたころ、どっちかが紙を出す。それが決まりだ。負けたほうが書くんじゃない。先に紙を出せたほうが、ちょっとえらい。
「……紙、出す?」
「おまえが出せよ」
「先に出したほうが、えらいんだぞ」
「知ってる。だから出せよ」
けっきょく、同時に出した。えらさも、引き分けである。
『カードをかりるときは、こえに出して、へんじもこえでもらう』
書いたら、おしまい。次の日にはもう、川で石投げをしている。
最初の一枚は、一年生のときのもので、ソラの字だった。
『じてんしゃは、じゅんばん。おこったほうが、さきにあやまる』
それから、五年生の今まで、やくそくは増え続けた。
『ゲームのかしかりは、一しゅうかんまで』
『ひみつをほかの人に言ったら、アイスをおごる』
『「もういい」は、もうよくないときに言わない』
ぜんぶで、四十一枚。
僕の机のひきだしに、輪ゴムでとめてしまってある。相性の点数とだいたい同じ枚数なのは、偶然だ。
ミナトとの「やくそく」は、一枚もない。
ケンカをしたことがないから、仲直りをしたこともないのだ。
したことがないことは、しかたが分からない。
このことに気づいたのは、わりと最近である。
学校の廊下には、今月も「トラブルゼロ週間」のポスターが貼ってある。
学級目標は、ケンカの件数ゼロである。先生はいつも言う。
「トラブルを起こさず、仲良くしましょう」
僕とソラは、先月だけで学級のケンカ件数を三つ増やした。ポスターの前を通るとき、僕らはちょっとだけ、肩身がせまい。
◇◇◇
五月の連休に、暇だったので、トモナビの「このアプリについて」を最後まで読んでみた。
規約というやつは、長い。分からない字は飛ばして、「相性」という字だけ探した。長いが、暇には勝てない。
そして二十七ページ目で、僕は変な一行を見つけた。
『相性スコアは、二人のあいだにトラブルが起こる可能性の低さを表します』
三回、読んだ。
仲の良さ、とは書いていなかった。どこにも。
つまり、こうだ。ミナトの九十九は「九十九パーセント、ぶつからない」。ソラの四十二は「しょっちゅう、ぶつかる」。
……それは、知ってる。アプリに計算してもらわなくても、知ってる。
連休明け、僕は先生に聞いてみた。仲直りの点数は、ないんですか、と。
先生は、ちょっと困った顔をした。
「仲直りもえらいけど、最初からトラブルがないほうが、みんな安心でしょう」
安心、らしい。
家では、母さんにも聞いてみた。母さんは、洗いものをしながら笑った。
「お母さんの友だちにもいるわよ、相性わるいの。高校からだから、もう三十年ね。会うたびケンカしてる」
「なんで友だちやめないの」
「やめかたを知らないのよ」
母さんは、なぜかちょっといばって言った。
やめかたを知らないくらい長くやるのが、友だちというものらしい。
ぶつからないことと、仲がいいことは、同じなんだろうか。
その夜、僕はひきだしを開けた。四十一枚の束を、輪ゴムごとしばらく眺めた。
◇◇◇
六月の川原で、ソラとケンカをしている途中に、ソラが言った。
「おれ、引っ越す」
「……は? 今、石投げの勝負の途中だけど」
「父ちゃんの転勤。九州。夏休みの前に行く」
ソラは石を投げた。四回はねた。僕のは二回で沈む。負けである。
その日のケンカが何のケンカだったのか、僕はもう思い出せない。途中でやめた最初のケンカに、なった。
家に帰ると、トモナビが先に知っていた。
『ソラさんの転出が登録されました。接点の減少が見こまれるため、「いつもの友だち」欄から外しました』
『近くで遊べる新しいおすすめ:アオイさん(相性:九十八)』
一瞬だった。
一年生から続いてきた幼なじみの欄が消え、かわりのおすすめが出るまで、たぶん一秒もかかっていない。
アオイさんが誰かは、知らない。悪いのがアオイさんじゃないことも、分かっている。
でも僕は、ソラを「いつもの友だち」欄から外した一行をにらんだ。けっこう、長いこと。
外すって、なんだ。
友だちはアプリで始まっていないのに、どうしてアプリで終わるんだ。
◇◇◇
引っ越しが決まってから、変なことがおきた。
僕らが、ケンカをしなくなったのだ。
ソラは僕にカードをゆずるようになった。僕はソラの行きたいほうの遊びに合わせるようになった。おたがい、気をつかっているのだ。
気をつかうと、ケンカにならない。ケンカにならないと、なぜか、話すことも減っていく。
まるで、相性九十九みたいだった。
このままだと、最後のやくそくが書けないまま、トラックが来てしまう。
トモナビのいちばん奥に、「ご意見・お問い合わせ」というボタンがある。
押している子を、見たことがない。大人向けの、字の小さいページに続いているからだ。
僕はその夜、そこを開いた。
書くことは決めてある。どう書けばいいのかが、決まらなかった。消しては書いて、消しては書いて、最後はこうなった。
『そうだんです。
ぼくの推奨しんゆうは相性九十九で、推奨されて二年目ですが、一回もケンカをしていません。
むかいの家のソラは相性四十二で、一年生のころから、何度もケンカをしました。ぼくらは、仲直りをするたびに、やくそくを紙に書いてきました。ぜんぶで四十一枚あります。しゃしんをつけます。
相性は、ぶつからないことの点数だと、規約に書いてありました。
でも、仲直りの点数は、どこにもありませんでした。
四十一回も仲直りできた友だちは、何点ですか。
計算しなおしてください』
やくそくの写真を、四十一枚、ぜんぶ添付した。一年生の字は、自分でも読めないのがある。読めないまま、つけた。
送信ボタンを押すと、すぐ返事が来た。
『貴重なご意見をありがとうございます。今後のサービス向上の参考にさせていただきます』
〇・二秒後に届いた定型文だった。
姉ちゃんに話したら、笑われた。
「AIに手紙とか、ウケる。無駄だよ、そんなの」
無駄かもしれない。でも、ソラとのケンカだって、はたから見ればぜんぶ無駄だ。
無駄の四十一枚が、僕のひきだしには入っている。
その週、ミナトとの通話で、僕はソラの話をした。話題カードは『新しい動画について』だったが、無視した。カードを無視したのは、初めてである。
ミナトは少しだまって、それから言った。
「おれたちって、ケンカしたことないよな」
「ないね」
「してみる?」
「何について?」
「……わかんない」
二人で笑った。「わかる」以外のところで笑ったのは、推奨しんゆうになってから初めてかもしれない。
「なあ、リク。おれ、ちょっとうらやましいわ。その四十一枚」
「じゃあさ」ミナトは少し考えて、続けた。「おれも意見、送っとくわ」
「なんて?」
「二年目でケンカゼロの親友より、四十一回も仲直りしたやつのほうがうらやましいです、って」
「……それ、おれに言うなよ」
「今の、ちょっとケンカっぽくなかった?」
「なってない」
「なった」
惜しい。もうちょっとだった。
ミナトはいいやつだ。それは相性の点数とは別の話として、いいやつなのだ。
◇◇◇
引っ越しの朝は、晴れだった。
トラックの前で、うちの母さんとソラの母さんが、泣きながら笑っていた。
「この子たち、ほんとに相性悪かったわよねえ」
「最悪よねえ」
「最悪だった」
僕とソラの声が、そろった。
一年生になってから、初めてそろった。相性四十二で声がそろうと、大人はなぜか、もっと泣く。
荷物を積み終わったころ、ソラが言った。
「おまえ、泣くなよ」
「泣いてない」
「泣きそうな顔してる」
「してない」
「してる」
引っ越しの日まで、僕らはこれである。ここ一か月の遠慮は、トラックといっしょに、どこかへ運ばれていったらしい。
最後に、やくそくの束をどっちが持つかで、もめた。
ソラは「おれが持ってく」と言い、僕は「おまえは無くすだろ」と言った。実績があるのだ。ソラは三年生のとき、遠足のしおりを遠足の前に無くした男である。
「あれは、しおりが弱かった」
「紙のせいにするな」
けっきょく、半分こにした。二十枚と二十一枚に分けて、どっちが二十一枚を持つかで、またもめた。
もめたので、その場で四十二枚目を書いた。
『やくそくのかみは、はんぶんこ。つぎに会うとき、もちよって、一さつにする』
僕が二十一枚。ソラは二十枚と、今書いた一枚。これで本当に半分こである。
四十二枚目で、相性とおそろいの枚数になった。
ソラは自分のぶんをリュックのいちばん上に入れた。ジッパーが閉まるところまで、僕はちゃんと見届けた。
◇◇◇
ソラが行ってしまってから、最初の通話は、変だった。
「そっち、暑い?」
「暑い」
「こっちも」
話題カードもないのに、話題カードみたいな会話をしてしまった。幼なじみでも、画面ごしは初めてなのだ。
三回目の通話で、ソラが聞いてきた。
「そっちの二十一枚、ちゃんとあるか」
「あるよ。おまえこそ無くしてないだろうな」
「無くすわけないだろ」
「実績があるんだよ、おまえには」
「あれは、しおりが弱かった」
それで、いつも通りにもどった。
僕らには、話題カードのかわりに、ケンカの種がある。たぶん一生ぶんある。
夏休みの終わりに、トモナビが更新された。
お知らせの画面に、新しい言葉があった。
『友だちごとの新しい指標「なかなおり実績」を試験的に追加しました。ケンカになりにくい友だちだけでなく、ケンカをしても仲直りができる友だちも、たいせつな友だちです』
お知らせのいちばん下に、小さな字で、こう書いてあった。
『この更新は、複数の利用者から届いたご意見と、ある利用者の四十一枚の写真がきっかけです』
姉ちゃんは画面を三回見て、「はあ?」と言った。
無駄じゃなかったことについて、姉ちゃんはまだ何も言ってこない。こっちからも、何も言わないでおいてやる。
二学期の教室では、ちょっとした流行が始まっていた。
「おれ、なかなおり実績ついた。三だって」
「うちは五。去年のケンカも入ってる」
きのうまでかくしていたケンカの数を、みんなが自慢しはじめたのだ。
先生は困っている。トラブルゼロ週間のポスターは、まだ貼ってある。ポスターの下で、ケンカの自慢大会がおきている。
世界は、ちょっとずつ計算しなおされている。
その更新で、消えていたソラの欄がもどってきた。最初の表示は、こうだった。
『ソラさん(相性:四十二/なかなおり実績:四十二)』
黄色いびっくりマークは、消えていない。『この友だちは、おすすめしません』も、そのままだ。
それでいいと、僕は思う。
おすすめされて始まった友だちじゃないんだから、おすすめされないまま、続けばいい。
ゆうべもソラと通話で、夏休みの宿題のやりかたでケンカをした。九州とこっちで、画面ごしに、けっこう本気のやつを。
仲直りのやくそくは、四十三枚目になった。
『しゅくだいは、じぶんのやりかたでやる。八月三十一日にないても、わらわない』
書いたぶんだけ、次に会う日の荷物が増えていく。
相性四十二。
僕らの点数は、たぶん一生、上がらない。
僕らはそれを、ほめ言葉だと思うことにしている。
(了)
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
仕事柄、もめごとの後始末をあつかっています。もめない関係は、もちろん大切です。ただ、もめたあとに戻ってこられる関係には、別の強さがあると思います。仲直りのしかたは、ぶつかったあとに戻ろうとした経験から育つのかもしれません。
相性のいい人とだけつながれる時代がもし来たら、私たちは何を失うのか。四十一枚のやくそくを数えながら書きました。
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