望郷の手紙
ハイファンかホラーかヒューマンドラマか……。
どれがいいんだろう?
その手紙が届いたのは全くの偶然だった。
半ば家出するようにして飛び出した生家、故郷。
それらを捨ててもいいと思えるくらい当時村を訪れていた『剣聖』の名は大きかった。 絶大と言ってもよかった。
その噂通りに、村を困窮させていた魔獣の群れを容易く壊滅させた彼。 子どもたちの羨望の視線を向けられ、その結果多くの弟子志願者が出来たもののその全て門前払いにし、そのまますぐに村を出た剣聖。
が、その旅路に追い付き無理矢理押しかけ弟子になろうとした俺を追い返すのは流石に忍びなかったのだろう。
様々な条件の元、俺は弟子となる事を許されたのだ。(ちなみにその条件を達成出来なかったら適当な人に預けられ、村へ帰される事になっていた)
憧れ、というより半ば意地になり師と居続けて十年以上。
『卒業試験』と言う名の地獄を何とか乗り越え、『最終試練』という師を打ち砕き、独立した俺は、師の元を離れ、それでもひたすらに修行を続けていた。
そんな俺は今から二年程前、故郷とは別の国で後に名を立てる事になる事件に巻き込まれるのである。
隣国で暴れ始めたという悪竜を討伐する英雄候補に、引退した師が俺を推挙したのだ。
各国から選りすぐりの英雄達が集まった、そんな竜の討伐隊の中に俺が編入されてしまったのである。
竜退治は誉れ、なんて言われるが正直勘弁して欲しかった。
何度も死線を潜り抜け、ついにヤツを倒したのが一年前。
この戦いで生き延び、英雄候補から英雄となった俺は新たな『剣聖』として身を立てたのである。
一代限りではあるが爵位も頂戴し、年齢的に少々遅くはなったがそろそろ嫁でも探そうか、そんな事を考えていた俺の元に一通の手紙が届いたのだ。
本来、届く事のない様な、そんな手紙が。
今の今まで定住していなかった俺は所謂『住所』と言うモノを持っていなかったし、そもそも住所宛に手紙を送るなんてとても金の掛かるモノだ。
また叙爵された際、俺は姓も得ているのだ。 尚更普通には届かない。
この手紙は旅人たちの善意で彼方此方を渡ってきた、そんなモノであり、またとても運命的に俺の元に届いたと言えるのだろう。
母からの、帰郷を促す手紙である。
届く事を期待していたのか、いなかったのか。 日付も書かれていないそれはボロボロの姿を晒しながらも俺に望郷の念を呼び起こさせたのだ。
駆け足で進んだ、この二十年余りの年月。
一度も帰郷した事はなかった俺だ。
先代の剣聖たる師は俺の祖国の人間ではなかったし、それを追った俺の活動拠点も当然祖国とはならなかった。
叙爵したこの国も祖国ではない。
生まれ出でて三十年と少し。
祖国にいたのは十年程度とは言え、何とも薄情であろう。 そう思わせる手紙を胸に、俺は馬上の人となり地を駆けたのである。
† † †
村はまるで時を止めたかの様にあの頃からの変化を見せず、精巧な絵画がそのまま眼下に佇んでいるかの様だった。
よく見れば田畑が多少広がっていたり家が増えていたりはするのだが、それはあまりにも変化に乏しい光景なのだ。
いや、それは俺のこれまでが都に適応したせいなのかも知れない。 変化の激しい都に居を持つが故の感覚なのだろう。
修行に明け暮れたとはいえ、俺はもう都の人間なのだ。
愛馬から降り、その轡を引く。
家の場所は、多分変わっていないのだろう。 変化のない村に、それを確信し、進む。
農作業をする人々の視線が俺を捉える。
知った顏、かも知れないがよく覚えていないのは当時の年齢として仕方のない事なのか、不徳と言えるのか。
幼馴染みと言える様な相手も、最後に会ったのは二十年も昔の話で、当時は互いに十歳やそこらなのだ。 顔立ちも声も、何もかも変わっているだろうし、覚えていなくても仕方がないと思いたい。
向こうから声も掛からないところを見ると、きっと向こうも俺の事を覚えてはいないんだろう。 うん、そうに違いない。
そんな事を考えながら進んでいくと、ボロい我が生家が見えてきた。
あちこちガタが来たのが見てわかるボロ家。 雨風は凌げるものの、それ以上は期待出来そうにないあばら家だ。
──後で直した方が良さそうだ。
幸いこの二十年でこの手の作業も苦にならない程度には経験を積んでいる俺である。
そして俺はそのまま我が家に入ろうとして、止まった。
あの手紙を機に、会いに行こうと、久しぶりに顔を見ようと思っては来たが、果たしてどの様な顔で中に入り、どんな言葉を掛けたらいいんだろうか?
久しぶり?
老けたなあ?
俺がわかるか?
ボケてないよな?
変わってないよな?
貴族になったんだぜ?
最後に会ったのは二十年以上も前なのだ。
何と言えば正解なのか、全く解らない俺である。
ドアを開けようとしたポーズのまま固まる俺の姿は周囲から見るととても奇異なモノに映ったに違いない。
「あの……」
だから声を掛けてくる誰かがいるのは不思議ではなかった。 全く不思議ではなかったのだ。
「我が家にどの様なご用件でしょうか、騎士様?」
俺に声を掛けてきたのは小さな子どもを抱いた女性だ。
二十歳は過ぎているだろうか? そんな妙齢の女性。
彼女は小さい子どもを抱き、その子は少し汚れた人形を抱いていた。
というか『我が家』?
「…………あ~、なんだ。 昔この家を出た長男……なんだが……お前、もしかして……クリオ、か?」
何となく記憶の奥底にあった妹の名を呼ぶ。
もしそうなら、俺が村を出た時には2~3歳だったはずだ。 ちょっと若く見えるな。
「!……………………あたしは、クレオよ! 家出兄貴っ!」
クリオ改めクレオの拳が、俺の着る『豪華な革鎧』の腹に抉る様に食い込んだ。
それなりの旅路と思い、重量のある鎖帷子や魚鱗鎧を着ていなかったのが敗因か。
凄まじい衝撃に俺はその場に崩れ落ちた。
この鎧だってそれなりに硬いんだがなあ…………。
† † †
その後、騒ぎに気づいた村人が家族を呼んできて、済し崩しの再会となった。
すっかり老けた父さんと母さん。
婿を貰った妹のクレオと、嫁に行った下の妹のクリスタ。
入り婿で幼馴染み……のはずのベルダー。
それと俺の姪になるという2歳のロリエ。
俺は愛馬に積んできた食料品と酒を下ろし、村としてはそれなりに豪華な食事を摂りながら、会えなかった、会わなかった二十年という歳月の中に貯まった思い出を聞き、語った。
俺は聞く。
俺が出て行ってから増えた妹クリスタの事。
豊作の年の事、凶作の年の事。
危うく洪水から逃れたという事。
妹が結婚した事。
子どもが生まれた事。
下の妹も漸く結婚したと言う事。
俺も語る。
剣聖の押しかけ弟子になった事。
鍛錬の日々の事。
そんな剣聖から与えられた試練の事。
師である剣聖から初めて一本を勝ち取った事。
悪竜退治の討伐隊に選ばれた事。
殆ど一年掛かりの大仕事に勝利を収め、剣聖の称号と爵位を得た事。
聞く事は尽きない。
語る事もまた尽きない。
それだけの歳月を会わなかったのだと実感し、それでもこうして蟠りもなく話せる事を嬉しく思う。
語る。
夜が更けて、ロリエは疾うにベッドの住人だ。
耳を傾ける。
夜の音、虫の鳴き声、風の音色。
それは今では日常的に聴く事のない『村の声』だ。
そんな唄を背景に、父の声を、母の声を聞く。
老いた父はそれでも老いを感じさせない強い声で、老いた母は記憶のままのあたたかな声で、俺を褒め労ってくれる。
全く。 労うのは今じゃ俺の方だろう?
労わせろよ。
そう思い話を続けようとする俺に、急に強い睡魔が襲ってきた。
――強行軍に過ぎたか?
その原因は身体に残る疲れだろうか。
強い、強い眠りへの誘い。
抵抗しようとしても、抗いがたいそれはまるで幼い頃の子守歌の様で。
「アルバ」
母の声。
優しく頭を撫でる感触がする。
「疲れたんでしょう? 今はおやすみなさい」
疲れたんだろうか? そうなのかも知れない。 そうなんだろう。
でもまだ話す事が一杯あるんだ。
家を直そうかって、
都で一緒に住まないかって、
まだ……聞いてない…………。
「アルバ。 さようなら」
? なんで『さようなら』なんだよ。
おやすみじゃないのか、母さん。
「元気でな、アルバ」
父さん?
なんでそんな言い方なんだ?
今から何処かへ行くのかよ。
「じゃあね、家出兄貴」
クレオ?
『じゃあね』って、何処へ行くんだよ? お前の家はここだろう?
「会えて嬉しかったよ、お兄ちゃん」
クリスタまで……。
「ばいばい……」
この幼い声は…………ロリエ?
何で『ばいばい』なんだよ? おやすみだろう?
あれ?
さっき寝てなかったっけ?
あ………………。
眠い…………。
なんでこんなに眠いんだ…………。
まだ……聞いてない…………のに……。
なにも…………まだ…………………………
† † †
「ブルルルルッ」
馬の声が聞こえた。 旅の間によく聞いたそれは俺に警戒を促す声だ。
俺は直ぐさま飛び起きて
言葉を
失った。
見回した周囲に見慣れたものはなかった。 いや、ある意味見慣れたものであって、見慣れたくないものであった。
朝霧に包まれた、村……『だった』もの。
廃屋。
打ち砕かれた無残な残骸。
人が居なくなり荒れ果てた荒屋。
荒涼とした、そんな表現しか出来ない、そんな光景しか見えない周囲に人の気配は全く感じられない。
その姿は紛れもなく廃墟であり廃村、だ。
「……父さん!」
声を上げる。
霧に吸い込まれる様に声は響く事なく消えていく。
「母さん!」
叫ぶ様に呼ぶ。
幼い頃に、母とはぐれた時の様に。
だが、返事はない。
返事は、しない。
「クレオ! クリスタ!」
歩きながら、声を張り上げる。
村を回る。
周囲を回る。
誰も居ない。 何も居ない。
空しく響くだけの俺の声。
「ロリエ!」
皆を呼びながらも俺は内心理解していた。 理解させられていた。
ここは滅びた村なのだと、すでに解っていた。
足元には姪の持っていた、ボロボロの人形が転がっていた。
黒く染みの付いたボロボロの朽ちかけた人形だ。
それを拾う。
手足が千切れ、綿のはみ出した人形に付いたのは見慣れた染みだ。
――俺は 泣いた。
子どもの様に、大きな声を出して 泣いた。
古びた血痕の付いた人形を見て、ただ泣くしか出来なかった。
*蛇足っぽい気もするので後書きに入れました、真相と後日談です。
――村は二年程前に魔獣の群れに襲われ、誰ひとり生き残る事が出来なかったらしい。
恐らく、悪竜の活性化に伴い縄張りを追われた魔獣達が進行方向にある村を襲ったのだ。
そして俺は討伐隊として都を、街を離れていた為、そんな事すら知ることが出来なかった訳だ。
一方で俺は知らずに間接的な仇を討っていたと。 全く嬉しくもないが。
あの日、俺の会った家族は夢だったんだろうか?
俺にはもうひとりの妹と姪が、居たんだろうか?
わからない……何も。
母の手紙はそれを語らない。 それらを教えてくれない。
死者はもう、語らない。 死者だから語る事はない。
滅びた村はそれらを確認させてくれない。
死者しか居なくなってしまった村は、何も教えてくれはしないのだ。
何も。
俺はあれから爵位を返上した。
また剣を振るって生きる日々に戻ったのだ。
故郷の様な村を守る為に。
貴族として村々を守る生き方もあっただろうが、性に合わない、というか後方で指図だけをしているなんて出来そうにないのだ。
だから俺は最前線で剣を振るう。
仇なんてもういない。
八つ当たりみたいな大義名分。
それでも俺は剣を振るい続けるのだろう。
ずっと




