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麦わら帽子とさよならの地図  作者: 香澄翔
二.言いたい言葉、言えなかった言葉
9/32

2-1

 翌日、僕は何の目的もなく街をうろついていた。

 歩いていたらたまたま詩音と出会わないかななんて思っていたのは秘密だけれど、それでなくても散歩は僕の趣味のようなものだった。


 街中を歩いていると、いろんな人に出会う。海辺の公園では、大道芸人の練習をしている少年をよくみかけるし、童謡を歌っている女の子もいた。いろいろな人と出会うことは刺激になると思う。


 詩音ともこうして散歩しているから出会えた訳で、僕にとってはライフワークのようなものだった。もっともゲームとかもしなければ、他に大した趣味がある訳でも無いから、とりあえず散歩しているだけとも言う。


 夏の暑さは今日も変わらなくて、さんさんと輝く太陽が僕を遠慮無く照らしつけている。海辺の公園に満ちた海から送られてくる潮の匂いが、この街が海辺の街だということを感じさせていた。


 詩音ではなくても誰か友達となら出会うかもしれない。誰かを誘ってみても良かったのだけど、太陽も凪も部活だし、それ以外の友達もだいたい皆忙しい。こうして暇なのは僕だけなのかもしれない。


 断られるのも嫌だから、僕からはあまり人を誘わない。誘われれば喜んでいくのだけれど、人を誘うのは苦手だった。だから一人が好きだという訳でも無いのだけど、こうして一人でいることの方が多かいかもしれないと思う。


 だからこそ先日詩音と出会えて、昨日は一緒にいられたことは、僕にとっては快挙のようなものだ。連絡先を訊こうとしたこと自体が、僕にとっては珍しいことだった。


 七年前からの再会だから。この機会を逃してしまえば、もう二度と会えないかもしれない。そんな気持ちがなければ、僕から誘うことなんて無かっただろう。誰かに声をかけるのは少し怖い。


 もちろんある程度仲良くなってしまえば声をかけるくらいのことは平気なのだけれど、自分から積極的に何かをするのは僕にはハードルが高い。でも誘ってもらえれば平気なのは、我ながら難儀な性格をしているとは思う。


 でも今なら詩音になら声をかけるくらいのことは平気になったとは思う。それくらい僕達の関係は近づいていると考えていた。


 だから少し遠目に詩音の姿が見えたのに気が付いたのは、偶然ではなかったと思う。


 今日はすらりとしたロングパンツに、ベージュのサマーカーディガンと言ったシンプルな装いで、昨日の彼女よりも少しすっきりとして見えた。今日は髪を後ろでくくっていて、それもまた可愛らしく映った。


 だから偶然でも詩音と会えたことが嬉しくて、僕は思わず彼女へと駆け寄って声をかけていた。


「今日の用事はもう終わったの?」


 詩音に向かって声をかける僕は、少しだけ浮かれていたと思う。

 だけど当の彼女は怪訝そうに眉を寄せて、僕をにらみつけるように見つめていた。


「何の用ですか」


 昨日までの親密さが全く感じられない言葉に、僕は思わず一歩後ずさる。

 え、なんで。どうして。何か機嫌が悪かったかな。それとも僕は詩音に嫌われるような何かをしでかしてしまったのだろうか。


 従来の声かけが苦手な性質も相まみえて、僕は相当に混乱していたと思う。


「え、いや。その」

「ナンパですか? だったら間に合ってます。いまいろいろと忙しいんです」


 詩音は僕を何か汚いものでも見るかのような目をしていて、思わず僕は強く鼓動する胸を右手で押さえていた。


 どうして詩音はこんな風に僕に言うのだろう。昨日近づいたと思った距離は、僕だけが舞い上がって勘違いしていたのだろうか。


 そこまで考えて彼女の姿をじっと見つめてみる。それからすぐに僕は間違いに気が付いていた。


 目の前の彼女は、確かに詩音によく似ていた。だけど背の高さが詩音よりも高い。女子はヒールのついた靴などでぱっと見の身長が変わることも多いけれど、彼女はそういったものは特につけていない。厚底でもない普通のスニーカーだ。


 だとすれば彼女は素で詩音より背が高いはずだ。だからよく似てはいたけれど、彼女は詩音ではない。

 身長以外の見た目はうり二つで、本人だと言われればたぶん納得していたと思う。だけど背の高さの違いから、彼女は詩音ではあり得ない。別人だろう。


「ご、ごめんなさい。友達によく似ていたので間違えました」


 慌てて頭を下げる僕に、彼女の目線が少しだけ柔らかくなったように見える。ナンパだと思われて警戒されていたのかもしれない。


「そうでしたか。人違いなら仕方ないですね。では」


 彼女も軽く会釈をしてから、すぐに振り返ってまた歩き出していた。

 面倒なことにならずにすんで、ほっと息を吐き出す。心臓がかなりバクバクと音をたてて鼓動していた。


 まさかあれだけそっくりだというのに別人だとは思わなかった。世の中にはそっくりな人が三人はいるとはいうけれど、本当によく似ていたと思う。


 もちろん髪型が違っていたり、服装も違っていたりしたけれど、女子は気分によっていろいろな装いをすることは珍しくはないし、ヒールを履いたりもするから身長の差も最初は気が付かなかった。


 やはりこれだけ似ているというのは、単純に別人とは考えづらい。もしかすると姉や妹、従姉妹とか親戚だったのかもしれない。それなら詩音のことを訊いてみれば良かったかなとも思う。詩音の友人ということなら、そこまで警戒されずに話をしてくれたかもしれないし、誤解も解けたとは思う。


 もっとも本当に他人のそら似だったとしたら、余計に怪しまれていたかもしれないが。


 明日詩音に会えたら話を訊いてみよう。もしも姉妹や親戚であれば、さきほどの彼女ともまた会う機会もあるかもしれない。詩音と勘違いして話しかけたのだと伝えれば、多少は安心してもらえるとは思う。


 それにしても本当に詩音そっくりだったなと思う。そしていちどは会えたと思っただけに、同時に詩音と会えない時間が寂しいと感じさせられていた。


 たった一日会えなかっただけなのに、いつの間にか僕はずいぶん彼女に惹かれてしまっていたようだった。


 姉はいるし、凪という幼なじみもいるけれど、やっぱり僕は女の子に免疫がないのだろう。だから単純に好意を示してくれた詩音に惚れてしまったのかもしれないし、七年ぶりの再会というドラマチックな展開が、僕の心をくすぐっていたのかもしれない。


 でもまた明日になれば詩音に会える。考えるだけで胸の中がどきどきと揺れ始めていた。


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