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麦わら帽子とさよならの地図  作者: 香澄翔
一.宝物の地図を手にして
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1-6

「どうしたの」


 詩音がいつの間にか僕のすぐそばに来ていた。考え事をしていた僕を心配してくれていたようだった。


「いや、ちょっと昔の記憶を思い出して。もしかしたら宝を隠したのは、けっこう遠い場所かもしれない」


 大人でも歩いていくにはちょっと遠い。このクジラ公園からだと、今から行くと日が暮れてしまうかもしれない。


「じゃあ、そこ行ってみようよ。と言いたいところだけど、さすがにここから歩くには、今日は疲れちゃったかな」


 実際なんだかんだでそれなりの距離を歩いている。キタミ亭でけっこうゆっくりしたこともあるけれど、夏場だけに暑さで体力を奪われてもいた。今から行くのは得策ではないだろう。


「じゃあ明日そっちにいってみる?」

「あ、ごめんね。明日はちょっと用事があるんだ。だから拓海くんがいいなら、あさってまた会えるかな」

「うん。わかった。あさってだね」


 僕が了承すると、詩音はまた嬉しそうに笑顔を覗かせていた。


「うん。約束だよ」


 言いながら彼女が小指を立てて、僕に向けてくる。

 これは指切りをしようということなのだろうか。

 僕は無言のうちに彼女の指に小指をからめていた。


「ゆびきりげんまん嘘ついたら針千本飲ます。指切った」


 詩音が告げて、僕達は指切りを交わす。


「ちなみにね。げんまんってげんこつ一万回って意味らしいよ。知ってた?」


 詩音が目の前で握りこぶしを作っていた。僕を殴るつもりだろうか。


「知らなかった。けど、約束は守るから必要ないよ」


 さすがに一万回殴られたら死んでしまうと思うけれど、約束を破るつもりなんてないから、何の問題もない。


「ふふ。約束だからね」


 詩音は照れたように笑い、僕は二人の約束を交わした小指のぬくもりを今もどこかで感じていた。

 僕達二人の距離は、たぶん急速に近づいていたと思う。


 僕自身が恋の始まりだということを、はっきりと認識するくらいには。

 胸が熱くなってきたような気がする。夏の日差しのせいだろうか。


 でも僕は確かに詩音に惹かれていた。彼女の少し意地悪な朗らかな笑顔にか、それとも七年間を埋めた思い出にか。とにかく彼女といると胸が落ち着かず、どきどきと鼓動をならしていた。


「あさってはいよいよ宝物みつかるかな」

「どうだろう。行ってみなきゃわからないし、そもそも七年も経っていたら隠した宝物も無くなっているかも」

「もう。拓海くんは現実的だね。きっと見つかるって信じようよ。その方が楽しいじゃない」


 詩音はそう言いつつも楽しそうに笑っていた。

 彼女も僕と一緒にいる時間を楽しいと思ってくれているだろうか。僕と感じている気持ちは同じなのだろうか。


 もしかすると彼女の中ではあくまでも七年前の幼なじみ。仲良しの友達に過ぎないのかもしれない。不安が僕の中に蔓延していくのを感じていた。


「そうだね。僕も信じることにする」

「うん。そうしよ。宝物、何隠したんだっけなぁ。拓海くんは覚えてる?」


「いや、実はあんまり」

「忘れちゃったか。ま、実は私も覚えていないんだけどね。でも、とっても大切なものだったってことだけは覚えてる」


 詩音は何かを思い出そうとしているのか、胸に手を当てて考え込んでいた。

 宝物として隠したくらいだから、きっとその時には大切なものだったのだろう。


 でもこどもの時は、なんてことのないものが、宝物に見えたものだ。実際には笠のついたどんぐりや、とても綺麗なビー玉とかだったかもしれない。いやそういったものの可能性の方が高いだろう。


 それにたくさんの宝物を隠したうちの一つだ。そこまで大切なものが隠されているとも思えなかった。


「まぁ、こどもの頃の大切なものなんて、そんなに大したものじゃないかもだけどね」

「そうかもね。でもさ、そうだとしてもあの夏、拓海くんと一緒にいた時間は色あせないよ」


 照れたように笑う詩音に、僕は何となく手を伸ばそうとしていた。

 その瞬間だった。


「あれ。拓海じゃないか。こんなところで何しているんだ」


 かけられた声に、驚いて手を引っ込める。

 それからすぐにそちらへと顔を向けていた。


「なんだ。太陽か。それと、凪も一緒なのか」


 友人の太陽が立っていた。たぶん部活の帰りだろう。小麦色に焼けた肌が、ややひきしまった筋肉質の体を引き立てている。制服の白シャツが彼の爽やかなスポーツマンらしさを誇張していた。


 その隣には幼なじみの凪も一緒にいたようだった。凪は太陽と同じ野球部のマネージャーをしているから、たぶん凪も部活帰りなのだろう。夏服のセーラー服の後ろで、長い三つ編みが揺れていた。


「おう。俺達は見ての通り部活の帰り。拓海がこっちの方にいるのは珍しいな」

「まぁ、たまにはちょっと足を運んでみたっていうか」


 宝探しの話をするとさすがに面倒くさいので、簡単に説明してみる。


「ふうん。それで、隣の子は? 初めまして、だよな。彼女、めっちゃくちゃ可愛いな。拓海の知り合いなのか。なんだよ、俺達にも紹介してくれよ」


「え、ああ。彼女は文月詩音。えっと、かなり昔に一緒に遊んだことがあるんだけど、たまたま再会してさ。それで今日は一緒に遊んでいたっていうか」


「なんだ。拓海の彼女じゃないのか」

「い、いや。そういうんじゃない」


 慌てて否定すると、凪が明らかに機嫌が悪そうに僕をにらんでいた。

 こんな感じの凪はあんまり見たことがない気がする。何か部活とかで嫌なことでもあったのだろうか。


「残念ながら拓海くんの彼女ではないけど、いちおう幼なじみってことになるのかな。文月詩音です。よろしくお願いします」


 詩音はどこかすました顔で答えていた。僕の友達とはいえ、初めて会う相手に少し緊張しているのかもしれない。


「文月さんね。よろしく。俺は木村太陽。こっちの子は佐藤凪ちゃん、よろしく」

「佐藤凪です。よろしくお願いします」


 楽しそうに話す太陽とは別に、凪は少しよそよそしく答えていた。

 ふだん凪はどちらかというと、ふわふわしていて、おっとりとした女の子だったと思うけれど、なんだか今日はやっぱり機嫌が悪いようだ。


「木村くんに、佐藤さんね。私のことは詩音でいいよ」

「おっけー。じゃあ俺のことも太陽でいいよ」

「あ、私も凪でいいですよ」


 凪はそれでも詩音に対しては丁寧に話していた。


「あのさ。拓海」


 凪がゆっくりとした口調で僕に話しかけてくる。


「うん。何?」

「ううん、やっぱりいい。あ、今日の夜さ電話していいかな?」


「そりゃかまわないけど」

「うん。じゃあ、また夜に連絡する」


 凪はどこか曖昧な感じで答えると、それから詩音に対して頭を下げる。


「邪魔してごめんなさい。それじゃあ。木村くんいこ」

「え、あれ。佐藤ちゃん、なんで」


 凪は太陽の手をとると、そのまますぐに歩き出していた。太陽はまだ詩音と話していたかったらしく、何度もこちらを振り返っていたけれど、凪に連れられていっていた。


 もしかすると凪は僕達二人がデートをしているのだと思って、気を遣ってくれたのかもしれない。


「じゃあ、拓海。詩音ちゃん、またなー」


 名残惜しくしながらも、太陽は凪に連れられて去って行く。

 なんだか泡立たしい時間だったなと思う。


「二人とも拓海くんのお友達だよね」


 詩音は去って行く二人の方を横目でみつめながら、なんだか楽しそうな顔をしていた。


「ああ。うん。太陽は同じクラスで、凪はそれこそ幼なじみだよ。小学校からずっと一緒の学校なんだ」

「へー。いいなぁ。私も拓海くんと一緒の学校にいってみたかったな」


 詩音はどこか寂しそうに言葉を漏らす。

 詩音と一緒に学校に通えていたらか。少しだけ僕も思案を巡らせていた。


 もしも小学校や中学、いや高校でもいい。一緒に学校にいけていたら、たぶん僕の学校生活はもう少し楽しいものになっていたと思う。


 友達がいない訳でもないし、凪がいるから女の子の友達だっている。だけど詩音との学校生活はきっと賑やかで楽しかっただろう。


「そうだね。僕も詩音と一緒に学校にいけたら、きっと楽しかったと思うよ」

「だよね。あー、私も同じように学校に行きたかったな」


 詩音が凪と太陽が去って行った方をちらりと横目で見ていた。

 詩音は祖母の家に来ているといっていたから、ふだんはこの辺には住んでいる訳では無い。どうあっても僕と一緒に学校にいくことは出来なかっただろう。だから二人のことをうらやんでいるのかもしれない。


 でもそれは僕との時間を大切に思ってくれているという証拠でもある。


 僕と詩音の距離はずいぶんと縮まったような気がする。僕の勘違いかもしれないけど、今日一日で僕達の関係は先に進んでいったんじゃないだろうか。いや僕が一人で勝手に思っているだけかもしれない。


 詩音は誰に対してもこんな風に接しているのかもしれないし、僕が単純に惚れやすいだけなのかもしれない。でも詩音に惹かれている自分をはっきりと感じていたし、きっと詩音も同じように感じてくれているんじゃないだろうかと心の中で思っておく。


「さてと今日はこの辺かな。今日も楽しかった」


 詩音の言葉に少しだけ残念に思う。夕方近くになってきたけれど、まだ日は明るい。もう少し一緒にいられたらとも思うけれど、詩音も祖母の家に厄介になっているのならそちらとの予定もあるだろう。夕食は祖母の家で一緒にとる予定なのかもしれない。


「そうだね。じゃあ駅前までは送るよ」

「うん。ありがとう」


 僕達はゆっくりと静かに駅への道を歩いていた。


 あまり話はしなかったけれど、一緒にいる時間は胸の中を強く鼓動させていく。


 どきどきと揺れる心臓は、僕の胸の中まで強く熱くさせていく。夏の暑さのせいだと言い聞かせながら、僕は息を吐き出していた。


 二人の時間はまだもう少しだけ続いていたけれど、すぐに駅にたどり着いてしまう。


 後ろ髪を引かれながらも、僕は詩音と別れの挨拶を告げていた。

 離れてしまうことに、僕の心にどこか寂しさを残していた。

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