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麦わら帽子とさよならの地図  作者: 香澄翔
一.宝物の地図を手にして
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1-5

「まぁ、でも。最初から思っていたけどさ」


 不意に彼女は話しはじめる。どうやら少し話が変わるみたいだ。


「やっぱり宝物隠したのは、ここじゃないよね」


 チョコパフェを食べながらも、あたりをきょろきょろと見回していた。

 確かにここに宝物を隠しようもないだろう。喫茶店の周りには、何かを隠せるような場所も特にはない。そもそもあったとしても七年前のことだ。マスターが片付けてしまったに違いない。


「まぁ宝物を隠すような場所もないしね」

「だよねー。まぁ、でも違っていても、私みたいなこんなに可愛い女の子とデートするだけでも楽しいよね?」


 自分の可愛さを自覚しているのか、それとも冗談のつもりなのか、詩音は口元ににやけた笑みを浮かべている。たぶん後者で僕をからかっているのだろう。


「可愛いって自分でいうかよ。まぁ、否定はしないけど」


 実際詩音をみて可愛くないという人はほとんどいないだろう。背の低さは人によっては減点要素かもしれないけれど、むしろ彼女の可愛らしさを引き立てていると思う。


「わ。可愛いって言われちゃった。照れる」

「いや、自分で言っておいて」

「ふふーん。いいじゃない。私、可愛いでしょ」


 やっぱり自分の可愛さには自覚があるのだろう。実際埋没しがちな僕とは違って明るくて、クラスでも人気ものなんじゃないかとは思う。


「拓海くんに会えると思って、めいっぱい着飾ってきたんだからね」

「いや、それってどういう意味」

「もー。言わせないでよねっ」


 言いながらも詩音はまんざらでもなさそうに、満面の笑みを浮かべていた。

 素直に受け取れば、やっぱりそういうことなのだろうか。七年前にあった僕のことを少なからず想っていてくれるのだろうか。


 でも特別なことを何かした覚えなんてなかった。いやそれどころか、僕はほとんどあの時のことを覚えていない。特別に可愛い女の子から、ずっと好意を抱かれるほどの何かを僕は持っていない。


 格好いいわけでもなければ、特別に運動抜群という訳でも無い。せいぜい七海の影響で、ちょっとばかり女の子をほめる癖がついているだけの、特徴もない男に過ぎない。特段優しいとか、性格がいいって訳でもない。まぁ、悪くもないかなとは思うけれど、これといって特徴もない普通の人間だ。


「ま、とにかく。ここじゃないことは確かだから、新しい宝物の隠し場所候補をみつけないといけないね」


 詩音はテーブルの上に広げた地図を指さしていた。


「これやっぱりクジラだよね。クジラって、他にどこかあるかなぁ」


 詩音は地図に描かれた絵をみて悩んでいるようだった。

 決して上手ではない絵だけれど、たぶんクジラで間違いないとは思う。


「うーん。ちょっと遠いけど、だいぶん向こう側にある公園がクジラ公園って呼ばれていたような気がする」


 確かすべり台がクジラの形をしていたからクジラ公園と呼ばれていたと思う。

 もっとも家からやや遠いから、あまり訪れた覚えもないし、詩音と二人で一緒にいったかといわれると疑問が残る。


「こっちの山みたいなのあるかな」


 もうひとつ描かれた山のようなイラストをみて、僕は少し首をかしげる。

 正直あまり行ったこともないから、ほとんど覚えていない。


「ジャングルジムみたいなのはあった気がするけど、どうだろ」

「うーん。まぁ、手がかりもないし、そっちも行ってみようか」

「そうだね。じゃあ、これを食べ終わったら、そっちにも行ってみよう」

「うんっ」


 大きな声でうなずく詩音に、僕は少しだけ胸の奥がうずくのを感じていた。

 こうして二人で過ごしている時間が、どことなく照れくさくて、だけどこのままずっと離れたくなくて。このままの時間を止めてしまいたいような気もする。


 詩音も同じように感じてくれているのか、それとももともとがそうなのか。詩音がパフェを口に運ぶスピードは、ゆっくりとしていて、あまり急ぐ様子は見られなかった。


 僕もゆっくりとホットケーキを口に運んでいく。

 柔らかくて温かいホットケーキは、僕の口の中も優しい甘みでいっぱいに包み込んでいく。ふわふわとして口の中で溶けるように味が広がっていた。


 こうして二人での食事は、僕達の会話を広げるには十分な味わいだったと思う。

 しばらくたわいも無い会話を続けていた。


 その間、僕はずっと胸の中が弾けそうに感じていて、でもそれがどこか心地よくて、食事を終えるのが、何かもったいないような気がしていた。


 それでもやがて物理的に食べ物は無くなっていく。


「ごちそうさま。さてと、そろそろいこっか」


 詩音の言葉に僕はうなずく。宝物探しをもうすこし続けようとは思う。

 キタミ亭を後にして、道中もたわいもない会話を続けていた。


「でね。こうして二人会えたのも運命かなぁなんて思うんだよね」

「運命は言い過ぎ。でも確かに縁があったのかもね」


 こうしてもういちど出会えたことが、いかに奇跡的かなんて話で盛り上がっていた。

 小さな町とはいえ、それなりに人も多い。偶然出会う確率はそこまで高くない。確かに出会えたことは何か運命的なものを感じても不思議ではない。


「もういちど出会えたことは嬉しいけど、出来ればもっと前に会えたら良かったんだけど。詩音はしばらくおばあちゃんの家にはこれなかったの?」


 詩音が七年間毎年この町に来ていたのであれば、一度くらいは出会っていてもおかしくない。それがなかったということは、完全にすれ違っていたのでなければ、この町を訪れていなかったということだろう。


「んー。そうだね」


 どこか口をにごすようにつぶやくと、詩音は僕の方へと振り返る。


「私ね。七年間ずっと閉じ込められていたんだ」


 どこか寂しげな口調で、目を伏せながら答えていた。


「え!?」


 思ってもいない答えに、僕は思わず大きな声を上げて、詩音を見つめていた。

 閉じ込められていたってどういうことだろう。本当だろうか。本当だとしたらどこに、どうして。僕の中に一瞬のうちにいろいろな想いが駆け巡っていく。


 体を悪くして、病院とかに入院していた? 何か悪いことをして、少年院とかに入れられた? いや、それとも。いろいろな考えが頭に巡ってくるけれど、もちろん答えにたどり着いたりはしない。


「それって本当なの?」


 思わず聞き返してしまうものの、詩音はどこか受け流すかのように口元に微かな笑みを浮かべるだけだった。

 そのまま僕の先を軽く早足でかけていく。

 追いかけようと僕も足を踏み出した瞬間、ふたたび詩音は僕の方へと振り返る。


「うそだよー」


 舌をぺろっと出したまま、詩音はまた振り向いて走り始める。


「え、ええ!?」


 どうやらからかわれていただけだったようだ。

 僕も詩音のすぐ後ろについて走り始める。


「あはは。こっちだよー」

「もう。待って」


 追いかけっこをしながら、僕達は目的地であるクジラ公園へと向かっていた。


「はぁ。ついたよ」


 少し息を荒くしながらも、クジラ公園へとたどりつく。

 クジラのすべり台が公園のど真ん中に位置していて、宝の地図とも一致している。ただそのそばにある山のようなものは見当たらなかった。


「うーん。確かにクジラだけど、なんか違うかなぁ。それに私、ここに来たことないんじゃないかな」


 地図と見比べながら、詩音は首をかしげていた。

 確かに今の僕達にとっては大したことなくても、こどもの足で来るには若干遠い場所だ。自転車もない詩音と一緒にきたとは思えなかった。


「まぁ、でもせっかく来たんだし、ちょっと遊んでいこうかな」


 詩音はこどもたちに混じってクジラのすべり台の上に上がっていくと、頂上から僕へと手を振っていた。背が低いこともあって、こどもに交じっていてもあまり違和感がない。


 スカートを手で押さえながら、すべり台をすべっていく。


「なんだかこういうの懐かしいね」


 詩音は童心に戻っているのか、楽しそうに満面の笑みを浮かべていた。

 同時に不意に七年前の記憶が蘇ってくる。


 今よりかは小さな、でもそれほどは変わらない背をした詩音がすべり台をすべっていた。

 ああ。そうだ。確かに僕達は七年前もこんな風に公園で遊んだりしていた。


 一緒にあちこちを回って、そうだ。詩音と出会った海辺の公園でも一緒に遊んでいた。

 それから少しだけ遠出もしていた。


 公園よりも、もう少し山の方までも歩いていったと思う。

 このクジラ公園よりも、さらに遠い場所だ。こどもにとってはかなり歩いた先にあった。


「そうだ。確か山の方に出かけて」


 海辺の公園からある程度歩くと、やがて山すそへと姿を変えていく。

 崖があったりして、多少は危険な場所だから、こども達だけで近づくのは禁止されている。ただ実際にはけっこうな数のこども達が、あそこで遊んだことがあると思う。


 確か海辺の方にクジラ岩と呼ばれている大きな岩もあった。もしかしてこの地図の山は、本当に山の方なのかもしれない。


 こどものいける場所ということで、無意識のうちに除外していたけれど、いこうと思えばいけなくもない。もしかすると宝を隠した時は、朝一から予定して出かけて、遠出したのかもしれない。

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