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麦わら帽子とさよならの地図  作者: 香澄翔
一.宝物の地図を手にして
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1-4

 気が付くと本来の待ち合わせ時間はとっくに過ぎて、いつの間にか僕達は汗をにじませている。


「さすがにいいかげん暑くなってきたね」


 日陰にいるとはいえ、夏の日差しは照り返しも強い。気が付くと汗でずいぶんと服が湿り気を増していた。


「そうだね。じゃあまずは作戦会議かな」


 詩音は楽しそうに告げると、どこからか地図を取り出していた。


「この地図の宝物を見つけるんだよ」

「そういえば、そんな話だったね」


 すっかり忘れていたけれど、詩音は目的は地図に隠した宝物を見つけることだった。

 もっともこどもが隠した宝物だから、大したものではないだろうし、そもそももう無くなっている可能性の方が高いとは思う。


 何を隠したのか、どこに隠したのかも覚えていないし、そもそもこんな地図は多数作ったから、どの地図のものかもわからない。だけど詩音の差し出した地図には何となく見覚えがある。


「なんだっけ、これ」


 でも地図上に何が書いてあるのかはまったくわからなかった。


「私も覚えてないんだよね。うーん、これは山、かな」


 詩音は宝の地図をイラストらしきものをみながら、首をかしげていた。


「この辺、ちょっといけばほとんど山ばっかだけど」

「うーん、ぜんぜんわからない。こっちは、なにかな。ちょっと動物っぽい気もする」


「そう言われれば、クジラのようにも見えなくもない」

「そうすると、どっちかというと山というよりも海なのかな」


「この町は海辺の町だから、あっちもこっちも海だけどね」

「もう。これじゃあらちが明かないよ」


 詩音がお手上げとばかりに両手を広げてみせる。


「でもこの絵がクジラだとしても、意外と街中のなにかかもしれない」

「そっか。あ、そういえばさ。拓海くんと一緒にいったお店が、なんか看板にくじらの絵が描いてあったような」


「キタミ亭か。あそこは確かにくじらが描いてあったと思う。いちど詩音と一緒にいった気がする」


 キタミ亭は学校の近くにある小さな個人経営の喫茶店だ。こぢんまりとしておしゃれな感じなのだけれど、それなりにリーズナブルなので子連れや学生もけっこう集まっている。あとマスターがこどもが好きみたいでこどもサービスがたくさんあったから、僕達も幼い頃から何度も通っていた。


「喫茶店かぁ。でもいくらなんでも、そんなところに隠すかなぁ。んー、わっかんないけど、まぁいいかげん暑くなってきたし、涼みがてらいってみよ」


 詩音もさすがに暑さに負けてきたようだ。

 実際喫茶店の中に隠すことはないだろうから、隠すとしたらその周りだと思うけれど、そうだとすればさすがにマスターが片付けてしまっているだろう。


 それでも今のところは特に思い当たるところもなかったし、涼みにいくのは賛成だ。とりあえずキタミ亭へと向かうことにする。


「それでどっちだっけ」

「ここからだと右の道かな」

「よーし、面舵(おもかじ)一杯。しゅっぱーつ」


 詩音は船乗りにでもなったつもりなのか、右手で指さしながらそちらに向かっていく。

 すたすたと歩き始めて。盛大に転んでいた。

 慌てて僕は彼女を支えようとして腕をつかんで、なんとか地面に激突するのを防ぐ。


「あ、ありがと」


 詩音は少しだけ照れた様子で頬に紅を差していた。


「よく転ぶね。君は」


 再会した時も転んでいた気がする。おっちょこちょいなのかもしれない。


「いやぁ、ほら。たまたまだよ。私、大人可愛いお姉さんだし」

「もうその設定は無理があると思う」


 こみ上げてくる笑みを隠せずに、僕は声に出して笑っていたと思う。


「あーもー。せっかく大人っぽいワンピースきてきたのになぁ」

「服は綺麗だし、似合っているとは思うよ。でもまぁ、大人な女性はそんなに転ばないと思う」


「とりあえずなかったことにしておいてねっ」


 からからと何事もなかったかのように振る舞うと、そのまま振り返らずに歩き始める。

 彼女の後ろをついて、僕もすぐに歩き出した。


 大人っぽい感じは全くしないけれど、代わりに彼女の愛らしさは表れていたんじゃないだろうか。彼女が目指しているところとは違うのかもしれないけれど、僕にとってはむしろ親しみやすさを感じていたと思う。


 そうこうしているうちに、すぐにキタミ亭にたどり着く。キタミ亭は看板がクジラのマークの喫茶店だ。僕は食べたことがないけれど、チョコレートパフェが美味しいらしく、学生達の多くが頼んでいる。


「あー、なんとなく見たことある気がする」


 詩音はキタミ亭の看板と店頭に飾られた食品サンプルを見つめていた。確かにこのサンプルはもうずっと変わっていない。たぶん七年前に詩音が見た時のままだと思う。


「クジラのマークは合っているけど、こんなところに隠すかなぁ。まぁ、でもとにかく暑いし。お店入ってみよう」


 詩音は言うが早いか、キタミ亭の中に入っていく。


「ふぅ。すっごく暑かったから、生き返るよね」


 詩音の言葉にうなずく。室内はエアコンが適度に効いていて、ほどよい涼しさだ。寒すぎも暑すぎもしない。夏の日差しに照らされた後には、本当に快適だと思う。


「私、チョコパフェと紅茶にする。拓海くんはどうする?」

「じゃあ僕はオレンジジュースとホットケーキ、かな」


「こんなに暑いのに、ホットケーキなんだ」

「パフェも美味しいけど、ホットケーキが絶品なんだよ」


 確かにこの暑さの中では冷たいパフェは捨てがたい。少し悩んだものの、僕はいつものホットケーキに注文を決めていた。この店で食べるふわふわで柔らかいホットケーキは、僕の心をつかんで離さない。だからこの店では必ず頼むと決めていた。


「へー、そうなんだ。そんなに美味しいなら、私にも少しわけてよ」

「え? いや、まぁ、いいけど」

「ちゃんと私のパフェもわけるからさっ。一口味見。いいでしょ?」


 楽しそうに言う詩音に、僕は断ることは出来なかった。

 ただそういうのってさ、女の子同士とかでやるものじゃないのかとは思う。それか恋人同士とか。


 そこまで考えて少しだけ気恥ずかしくなって、口早に注文を済ませていた。

 たぶん詩音は食べたいだけで何も考えていないのだろう。意識するだけ僕の負けだ。


 しばらく待つと、注文の品が届けられる。

 僕の前にはホットケーキとオレンジジュース。詩音の前にはチョコパフェと温かい紅茶がティーポットで置かれていた。


 ふわふわと柔らかそうでちょっと厚みのあるホットケーキが二段に重ねられていて、その上にとろり溶けたバターが飾られている。均一に黄金色に焼き上がった生地からは、甘い香りが僕の鼻腔をくすぐっていく。


 少しスフレに近いようなふわふわのホットケーキはこの店の名物でもある。学生達の多くはパフェを食べているようだったけど、僕はこのホットケーキにいつも夢中になっている。


 添えられた温かなメープルシロップをかけると、琥珀色が重なるように広がっていって、湯気がほろかに立ち上がっている。


 ナイフを入れると、ほとんど抵抗もなく切り取られていく。この瞬間が、至高の時間だとも思う。

 きりとった生地をフォークに刺して、それから詩音の方へと差し出してみる。


「いいよ。食べてみて」

「ほんとに美味しそうだね。じゃあ」


 詩音は言うが早いか、少し身を乗り出して僕が差し出したフォークの先を口にしていた。


「え、ええ!?」


「うん。ほんとだ。すっごく美味しいね」


 詩音は何も気にしていないようで、ホットケーキを堪能していた。

 いや、そもそもフォークごと渡すつもりだったんだけど。それに考えてみたら、このまま次に僕が口にしたら、えっといわゆる間接キスということにならないか。僕の気にしすぎなのか。これくらいは普通なのか。


 混乱している僕をよそに、詩音はこんどは自分のスプーンでチョコパフェをすくって、僕へと差し出していた。


「こんどはこっちの番だよね。チョコパフェも美味しいよ」

「いや、その」


「遠慮しなくていいのに。はい、あーん」


 差し出したスプーンが僕の口元まで運ばれていた。

 意を決してスプーンを口にする。


 冷たくて甘い。


 でも緊張してほとんど味なんてわからなかった。

 詩音はこういうことはまったく気にしない方なのだろうか。そもそも僕が気にしすぎなのだろうか。


 正直女の子の友達なんて凪くらいしかいないからわからなかった。その凪とも、こういうことはしたことがない。ごく幼い頃だったならあったかもしれないけれど、最近は二人で遊びにいくようなことも無くなっていた。だから女子の普通がわからない。


 詩音は気にせずにチョコパフェを口にしていた。


「んー。甘くて美味しい。チョコレートがすごく美味しくて、いくらでも入っちゃいそう」


 普通にチョコパフェを堪能しているようだった。

 やっぱり僕が気にしすぎなのかもしれない。


 ホットケーキをもういちど切り分けると、僕ももういちど口にする。

 バターのコクとシロップの優しい甘みが広がって、同時に口の中で生地が溶けていくかのようだった。うん、いつもの味だ。もう気にしないようにしよう。


「でもさ、こんな風に二人で食べ合っていると、まるで恋人同士みたいだよね」


 詩音の言葉に僕は思わず吹き出しかけていた。

 意識しないようにしていたのに、何を言うんだ。詩音は。


「そ、そうかな」

「うん。彼氏彼女っぽい。いっても、彼氏なんて出来たことないから、よくわかんないけどねっ」


 詩音は少しだけ笑って、それからわずかに顔をそらす。

 ちょっとだけ頬に紅が差していたようにも見えた。


 本当は詩音も恥ずかしかったのだろうか。


 もしかしたら詩音は七年の間、僕のことをずっと少なからず気にしてくれていたのだろうか。だからこうして僕にアピールしようとしているのだろうか。それとも天然で思ったことを口にしているだけなのだろうか。


 わからない。わからなかった。

 だけどふと視線に入った彼女の口元がどことなく艶やかに見えて、僕は思わず息を飲み込んでいた。

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