気付かれないうちに手を打ちます
ヒーローの影は薄い
「僕には運命の相手がいる。来世は結ばれようと誓った相手だ」
お見合い相手は二人きりになったとたん開口一番そんなことを告げてきた。
まあ、二人きりになったと言っても侍女は傍に控えている。
「………………」
その時感じた感覚を無理やり呑み込むと、冷静になるために心の中で数を数えればいいと以前聞いたことあったので声に出さずにそっと数を数える。
「――まあ、そうなんですか」
声が裏返っていないだろうか。震えていないだろうか。
動揺を隠しきれているだろうか。
「ああ。だけど、公爵家がどうしても僕を婿にしたいというのだから仕方なく君と結婚してあげるよ。だけど、君はあくまでお飾りだ。しっかり弁えてくれ」
それだけ告げるとさっさとこの場を後にする。
「………………」
完全に去ったのを感じ取り、大きく息を吐く。
頭を押さえて、必死に耐えてきた感情が一気に襲い掛かってきて、ソファに倒れ込む。
「お嬢さま?」
「…………お父さまに話があるので時間をくださいと伝えてほしいの」
控えていた侍女に命じると侍女はすぐにお父さまの元に向かって行く。
「ブリギッタ。どうした?」
わたくしがソファに倒れ込んだというのを聞いたのだろう。仕事を切り上げて慌ててわたくしの元に来てくれた。
起き上がれたらそちらに向かおうと思ったのに来てくれたお父さまに申し訳なく思いつつ、先ほど終わったお見合い相手の言葉を覚えている限り告げておく。
「ふざけてるのかっ!! すまない。ブリギッタ……」
あんな奴をお前の婿候補として挙げていたのかと自分の見る目が無いと嘆くお父さまに、
「いいえ。結婚して本性が発覚する前に分かってよかったです」
わたくしを落ち着かせるためにお茶を用意してくれる侍女からそっとお茶をもらって一息吐いて、
「お父さま。わたくしこの方と婚約など死んでもごめんです」
「分かっている。この話はなかったことにしてもらう」
お父さまの言葉に安堵する。
だけど、それだけでは安心できない。
「お父さま。あの男がわたくしに近付いてくる可能性もあるので見張らせてもらいたいのです」
「ああ。逆恨みと言うこともあるからな。分かった手を回す」
お父さまが決めたのならすぐに動いてくれるだろう。
「よかった……」
お父さまがすぐに動き出すのでこれで一安心だろう。
「それにしても、来世なんて勝手に誓わないでよ」
あの男の話を聞いて、フラッシュバックのように記憶が襲い掛かってきた。
前世と言い出した矢先に男の顔に別の顔が重なって吐き気が襲ってきた。来世は一緒になると言ってきた瞬間震えが襲って来そうになった。
(淑女教育のおかげで表に出なくてよかったわ)
前世の自分だったら動揺を隠しきれなかっただろう。
前世わたくしは、あの男に殺された。
あの男は前世気弱な社会人だった【私】に付きまとって、【私】と男が運命の相手だと喚いていた。そして、【私】が警察に相談に行き、ストーカー被害を出して数日後に、
『き、君が悪いんだよ。僕のことを無下にするからっ!!』
男が迫ってくるのが怖くて、必死に逃げたが逃げきれず、男は馬乗りになって包丁で刺してきた。
痛いとか熱いとか。様々な感情が入り混じって、男の声が不気味に響いていた。
『愛しているよ。だから来世は一緒になろうね』
気持ち悪い。あんたなんて死んでもお断りだ。
最後に思ったのはそんな怒りだった。
それから半年後。
「ブリッ」
何かに呼ばれたような気がして視線を動かすと視線の端で人影が見えたと思ったらそれも一瞬で消えていく。
「アルバ?」
わたくしの傍には魔術師の杖をいつの間にか手にしている婚約者の姿。
「どうしたの?」
「ああ。害虫が見えたから」
つい消してしまったよと、アルバはバツが悪そうな顔になる。
わたくしは前世の記憶がフラッシュバックしてその後不眠症に悩まされて、イライラして落ち着かなかった。
そんなわたくしを案じてお父さまはわたくしを王都から領地に連れて行き、そこで療養させた。
アルバは領地で働いている魔術師で、最初は接点がなかったけど、わたくしがフラッシュバックで混乱している時に心を落ち着かせる魔法を掛けてくれたのがきっかけで親しくなった。
魔法ばかりでは解決しないだろうからと精神を落ち着かせる音楽を聞かせてくれて、ハーブなどを取り寄せたりと気を使ってくれるうちに好きになった。
わたくしの前世の話も聞いてくれて否定せずに受け入れてくれた。
彼が居なかったらわたくしは王都に戻ろうなどと思わなかっただろう。
「害虫は怖いわね」
「ああ。でも、見つけたらすぐに消すから」
アルバの言葉に頼もしさを感じて、そっと彼の身体に甘えるようにもたれたのだ。
転生しても追いかけてくるストーカー