猫を干す
この春で十になった久は、親元をはじめて離れ、住み込みで機織りの技を学ぶこととなった。
久がわずかばかりの荷物を背負ってやってきたのは、人里離れた山の中にある大きな屋敷だった。竹やぶをかきわけて、けもの道を一里ほど苦労して歩くと、不意に開けた場所に出る。そこに立派な屋敷とよく整えられた庭があった。
久を案内してきた里の男は、彼女を置いてそそくさと帰って行った。残された彼女がおそるおそる屋敷の門を叩くと、同じ年頃の娘が出てきて中に入れてくれた。
屋敷の中はとんとんからからと賑やかだった。通された大部屋で、たくさんの娘が忙しく機織りをしていた。また違う部屋にも案内されたが、そこではやはりたくさんの娘たちが、織り上げた布を染料で美しく染めていた。
夜になると、焼き魚や猪肉の大鍋など、豪勢な料理が出た。はしゃぐ娘たちに混ざって久も料理を食べた。娘たちは久を歓迎してくれたけれど、屋敷の主人らしき者はその夜一度も久の前に姿を見せなかった。
翌朝、味噌汁と菜飯を食べた後、久に一台の機織り機が与えられた。隣で働く娘に扱い方を教えてもらいながら、久は機織りを始めた。慣れない手つきで、何度も失敗をした。久がようやく一尺織る頃、他の娘たちは模様を入れた一反の織物を仕上げていた。
娘たちは、出来上がった織物を抱えて庭に出た。久も後ろからついてゆく。庭にあった長い物干し竿に、娘たちが織物をかけた。
日の光が物干し竿と織物にさしかかった時、干された織物がむくむくと膨らんだ。
久があっと驚く目の前で、色とりどりの織物は、何匹もの猫になった。猫たちはあくびをして、物干し竿から娘の腕の中に飛び降りた。
猫を抱いたまま、娘たちは屋敷の中に入っていった。そしてまた機織りに戻ったが、猫たちはその横で丸まって眠ったり、猫同士で遊んでいた。
久は、やっと一人で一反織ることができるようになると、こっそりと庭へ出て、竿に自分の布を干してみた。しかし、布は猫には変わらなかった。後で仲良くなった娘に聞いてみると、機織りの腕が未熟なうちは猫にも犬にもならぬのだと教えられた。
それ以来、久は寸暇を惜しんで機織りに励んだ。他の娘たちの織ったふかふかの毛皮の猫たちが足元にじゃれついてきたが、遊んでやりたくなる気持ちをじっとこらえ、手足を動かした。娘たちが周囲に集まり、助言をくれた。
長い月日が経ち、久はとうとう、他の娘たちと遜色のない出来栄えの布を完成させた。娘たちと猫も、久の成長を喜んだ。皆が見守る中で、久は自分の布を竿に干した。
布は、日の光を浴びてむくむくと膨らみ__わんと一声鳴いた。驚く久の胸に、元気いっぱいの子犬が飛び込んできた。犬は、猫たちに向かってしこたま吠えた。
驚いた猫と娘たちは、屋敷に逃げ込んでしまった。茫然とする久の顔を、子犬がぺろりとなめた。
久は子犬と共に屋敷を辞し、山を降り、別の山に登った。そこにも、機織りを学べる屋敷があった。たくさんの娘たちが機織りの修行に励み、仕上げた織物を干していた。ところがそこでは、織物は猫ではなく犬に変わるようだった。大小さまざま、とりどりの毛色の犬たちが庭で跳ね回って遊んでいた。
久はそこで機織りの腕を褒められ、三年ほど犬と共に修行を積んだ。そして故郷に帰ってからは、たいそう評判の良い反物屋となった。久の犬も、彼女の側で生涯のんびりと暮らした。