星空
三題噺もどき―ごひゃくきゅうじゅうさん。
しんとした世界の中で、夜空を見上げていた。
ここの近くにある礼拝堂に少し用事があったので、ついでに寄ったこの場所。
それなりに有名な展望台のはずなのだけど、寒いせいか他に人はいない。車もいなかった。この時期が一番きれいに見えるはずだから、毎年それなりに人はいるんだけど。今日は平日なのもあるのかな……それでも関係なく人はいたけど。
「……」
まぁ、この景色を独占している気分にはなれるのでいいかもしれない。
人が居ると人目が気になってしまうものな……。皆が見ているのは上だと分かっているのに。上を見ないで周りをみてしまうのはもったいない。と思っても、気にはなるのだから仕方ないと思ってほしい。
「……」
そういえば、この近くには海に繋がる池もある。少し下ったところだったかな。
どこでどうつながっているのかは知らないが、その池にはなぜか人魚伝説が残っていたりするのだ。何でと言う感じなんだが、詳細はあまり知らない。そういうのに興味はあるが、あまりにも関連性が見当たらなくて。どこでどうなって人魚に繋がるのだって感じだ。
「……」
しかしまぁ、久しぶりに来たけれど。
済んだ空気の魅せる夜空は、それはそれは美しく。
写真に撮っておさめるのがもったいないと思ってしまう。
吐く息は白く、凍えるほどに寒いのに、視線は夜空を眺めている。
「……」
手先の感覚はとうの昔に消えている。
足はどうして立っているのかが分からなくなるくらいに冷え切ってしまっている。
鼻先も冷えて、頬も冷えて、視界だけが良好なままで。
「……」
あちこちで瞬く星々に目を奪われ、思考を奪われ。
ただひたすらに、美しいそれらを目に、思考に、記憶に、焼き付けようとするので精一杯で、体が冷え切っていることなんて、どうでもよくなっていて。
「……」
それらを煌々と照らす月が。
そこにいることに不思議と安堵を覚え。
まだ、大丈夫、まだ、平気だと。
「……」
時間がどれほど経っているかも。
ここにどれだけ立っていたかも。
私がなぜここにたっているのかも。
「……」
分からなくなっていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
どうして、わたしは。
こんなところに。
いるのだろう……。
「……」
「……」
「……なんで」
そう。
口をついた。
言葉が。
「 ぁ」
星を落とした。
月をかき消した。
瞬く光は蝋燭のように吹き消され。
照らす光は飲み込まれた。
「 」
視界に広がっていた光は消えて。
どこまでも暗い闇が広がる。
「 」
不安と焦燥にかられ、冷えていたことを思い出し、記憶は暗闇に塗りつぶされて、体はガタガタタと震えだし、歯の根が合わなくなり、立っていたはずの足は使い物にならず、思わず屈み、寒さと焦燥と不安と恐怖とにないまぜにされた思考は。
「 」
ここから一刻も早く逃げ出すべきだと告げているのに。
わき目もふらずに一目散に駆け出すべきだと言っているのに。
「 」
どこに行けばいいのかもわからず。ここがどこだかも分からず。どうしてここに居るのかもわからず。何をしていたのかもわからず。何をすべきなのかも分からなくなり。立ち上がる方法も息をする方法も温める方法も何もかもが分からなくなって。
目を覚ました。
「……」
寒い。あまりにも寒い。どうしてこんなに寒い。
毛布をかぶっているはずなのに寒い。暖房効いてないんじゃないか。
……タイマーで切っていたのを忘れていた。
「……」
震える体を温めようと、毛布にくるまる。
なんだ、近くの礼拝堂に人魚伝説って。
どんな夢だ。
お題:星・礼拝堂・人魚