一話 シーン8『邪神崇拝者』
「ん、やっと帰ってきたかぁ」
ハアハアと荒い息を切らせながらユリが皆の元へと帰ってきた。
「ハア、ヘエア・・・オエッ・・た、ただいまぁ・・・ごめん、ちょっと・・
ハァ、遅れちゃって」
腰を折って膝で息をしながら、ユリは呼吸を整えている。
「ほんとーにごめんね、みんな!」
頭を上げた時のその顔は、いいことがあったらしい最高に輝いた笑顔をしていた。
もう既に他の仲間たちは完全武装を整え、いつでも出発の支度が整っている。
「ほら、貴女の装備持ってきてあげたわよ、直ぐ出発。
昼食は現地についてからになったから」
ベロニカはユリの皮胴と額当てを。カティルが清姫を納めた弓袋と弽、
そして木製の矢が五、六本入った矢筒を順番にユリに渡す。
「さあ、これで全員揃いました。カティル、号令を」
カティル、レル、イツカ、ベロニカ、そしてユリ。全員が完全武装を済ませて、
その場で円を作る。
レルに促され、カティルが少し息を吸い込んだ。
「よし!皆、出動だ!」
「「応!」」
転送先は、ルシャー国の森林地帯からやや東に外れたボルダリ村。
当初の候補に上がっていた地点である。
エッグの落着予想範囲の端から2kmほど離れた位置にあり、人口500名ほど。
農業と林業に支えられた、元々は平穏な村だったのであるが。中世戦線の戦いの
激化に伴って、近くに人防軍の後方拠点が置かれることになり。
兵士や行商人も集まる酒場や宿場が整備され、およそ10年で一つの町のように活気づいた所となっていた。
勇者一行が転送されたのは、そんな村の出入り口であった。
ルシャーはその国土の南半分が乾燥した砂地が多い地域である。だがその北側は
比較的に木々も多く、豊かな自然が存在している。
ボルダリ村は、その森林地帯に近い場所に存在しており、周囲は林に囲まれている。
都心部から村へ続く道は、地を固めて最低限の整地が為されてはいるが、
舗装やタイル貼りはされていない。
徐々に発展していくことが見込まれているこの村には現在、舗装に
関して計画中の段階にあるのだが、カティル達がそのことを知る由もなかった。
さあ、では村に入ろうかと誰が口を開くまでもなく、無言で一歩踏み出そうとする。
その時、カティル達は道の脇で数人が座り込み、何か奇妙な動きをするのを
目の当たりにした。
「・・・・ブツブツ・・・」
一人の瘦せこけた老人が中心となり、何か小さな筒状の物を手の中でこすり上げながら、何かを呟き続けている。
それを囲むようにして五人ほどの若い人らが座り込み、両手をすり合わせつつ、
頭を前後に揺らしていた。
「・・・邪神崇拝者、かな?」
「おそらくは」
カティルとレルは顔を寄せ合ってヒソヒソと話し合う。
彼らの仕草は神殿や小規模な礼拝堂で、神に対して祈りを捧げていた昔の人々に非常に近いと感じた。
だが神さえも人の敵となったこの時代、神に祈りを捧げるという行為が無意味で、
むしろ敵に利する行為のように思われている現代。
あのように何某かの神に祈りを捧げる価値があると思わせる相手としたら、まず
十中八九で神話などにおいて、神の敵対者として描かれてきた邪神であろう。
実際、世界各国でこの『邪神崇拝者』達はここ50年で急増しており、以前の数百倍から千倍になっていると言われている。
理由は単純だ。
神を滅するなら神。
例え邪神が代償として自分らの魂を要求してきたとしても、その死後に主神が
倒され、その邪神によって新しい世界が創造されれば、自分達は新しい生を謳歌できるようになる、というのだ。
そう思えばこそ、彼らはより必死にその、
これまで忌避され恐れられてきた、おぞましい造形の邪神たちへ祈りを捧げられる。
「おおお!!神よ!
憎悪と混沌の、黒き灰を振りまく七枚羽の女神ビシュメルガよ!!
われらは貴女様の下僕でございます!!
どうか我らに幸運なる奈落の大地を!!
焼けた業火と煮えたぎる塩の水を! 騒々しき羽虫達に覆われた黒き空をお与えください!!
そして憎き主神と神々に鉄槌が下されんことを!!」
「「神々に鉄槌を下されんことを!!」」
信者達は必死の形相でその両手を天に向けて掲げた。
カティル達にはそれらが、何とも異様な光景にしか映らない。
その信者達の姿はそれぞれ薄汚れていたり、服の破れも多く。そもそも裂け目が
広がりすぎて、服としての機能が完全に失われ、ただの布切れのようになった物を羽織っていた。
恐らくは方々の村々から追放された者たちなのだろう。
ある意味で世間はまだ正常だ。
少なくとも訳の分からないモノに救いを求めはしないし、日々の生活のために
労働し健全に生きているのが大半である。
だからこそ、ああいう邪神崇拝者たちは現在、差別の対象となるのだ。
「先を急ぎましょう」
彼らをこれ以上直視しても得はないと感じるや、レルは仲間達を率いてその場を早急に離れた。
「・・・教えてあげなくても、良いのかな?」
「言っても聞いてもらえないと思いますよ。ああいう輩は」
カティルがふっと呟いた言葉に、レルは律儀に返した。
そう、勇者達は知ってしまっている。
対面したことがあるから知っている。
現在、神々から送り込まれてくる神獣。
その中に数柱、神話の中で邪神として登場したモノ、またはその家臣だったと
される神獣が討伐されている。
それはつまり、神だの邪神だのと言っても同類だったということだ。
結局は最高神たる主神によって生み出され、その手のひらの上で茶番を演じてきただけだったのだ。
そのことは、既に各国を通じて人々に知れ渡っている事実なのだが。
ああしてそれを認めようともせずに、信ずれば助けてくれるかも、なんて意味のない期待を持つ者は絶えない。
そして村の外れにある、冒険者ギルド出張所へとたどり着いた。
「ようこそ、勇者カティル様御一行ですね。お待ちしておりました」
突然の訪問に驚く他の来客たちをよそに、受付に立つ男性は深々とカティル達に頭を下げた。
「お久しぶりです、ブレノさん。状況は?」
「はい。現在、近隣の人防軍の方々と我々が派遣した冒険者、
合計1000人がかりで森の探索を続けております。
が、飛行魔術を使用できる兵士方にも協力をお願いしているのですが、
未だクレーターの発見には至っておりません」
「・・・そうですか」
「それだけ動員しても見つからないということは、もしかして地上には
落ちていないのかも知れませんね」
レルは口を開いた。
「地図を見せて頂いても?」
もぐもぐもぐ
疑似的な作戦室として職員用の奥のフロアへと通され、そこで昼食を取りつつ地図とにらみ合う。
昼食といっても、それは小麦と水、少量の砂糖と馬鈴薯の粉を混ぜて焼いた、
厚めのスコーンのような非常食っぽいもので。味よりカロリーと効率を考えられたそれを数個、それと水だけだ。
「空中から見渡しても見つからないということは、この森の中に存在している
川や池などに着水した可能性も考慮にいれるべきでしょう」
「水の上に落ちたから、衝撃が吸収されて周りの地形に影響を与えなかったってことね」
実際は、超高高度から飛来すると思われる物質が高速で着水したとしたら、
それにはコンクリートに叩きつけられたような衝撃を受けるというが、エッグは
蚊ほどの傷も受けてはいないだろうと、確信があった。
「ボリボリ・・・なるほど」
「ちょっとロック!地図の上に食べかす巻き散らかさないでよ汚い!!」
ユリは激怒しながら地図の上のゴミを手で払う。
「す・・すまん」
「ですが、それは難しいと思います。確かにこの森にはアポリ川がありますが、
深い所でも水深2mほどしかありません。
ため池やあぜのようなものが数か所知られていますが、
エッグを隠せてしまえるほど深いかというと・・・・」
「いや、ブレノくん。それは浅慮かもしれませんよ。
確かに深い河や池があれば、クレーターもできずエッグも隠せてしまえる。
ですが、例え浅い水たまりだったとしても、クレーターの範囲が狭まり、エッグの露出する部分が減る。
それだけで発見は困難になり得るのです。空中からだと特に」
「なるほど・・・」
皆の中で、激しく緊張の波が押し寄せてくる。
現在の時をあえて言うと午後1時。
そしてエッグ孵化の予想時間まであと三時間あるかどうか。
その中で探索せねばならない範囲は、日本でいう東京都近くの面積がある森。
飛行魔法はレルも使用できる。だが、高い所から広い範囲を見渡せば、
すぐに見つけられる大きな目標物〈クレーター〉が予想よりも小さかったとしたら?
空からの探索は、大変に困難となり得るのだ。
〈〈ああ・・・めんどくせえ〉〉
皆が一言一句違わずにそう心で呟いた。
皆が、である。
だが、ここまでの会話は幸いなことに杞憂に終わった。
皆がシーンと静まっている時、大慌てで駆け入ってくる来客があったのだ。
バターン!
「ブレノ支部長!大変です!」
それはギルドの依頼として森に派遣されていた、三人組の冒険者たちだった。
「ベッツくん。どうしたんですか?」
「見つけたんですよ!例のエッグ!」
〈〈よかった・・・めんどくさいことにならなくて〉〉
皆がホッとして笑顔になり、心の中でそう囁いた。
皆が、である。
「よっし!でかしたぞベッツ!」
横からカティルが凄く良い笑顔で、親指を立てた拳をベッツに向けて突き出した。




