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LIGHTNING EDGE-神々に挑む剣 -  作者: 金属パーツ
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一話 シーン6『装備受領その2』

「イツカ様なんですが・・・・・本当に宜しかったので?」


いささか心を痛めているというように、キムキーはイツカに対して、申し訳なさそうに視線を向ける。


「うん、構い、ません。私、このソードと、コート、気に入ってる、から」


この機会に、イツカの装備も新調させようかと話はしていたのだが、彼女は何とそのすべてを辞退した。


自分にはこれが合ってるからと、強度や切れ味がいつまで保つか不明な

二振りの剣。少し古びれてはいるが、さほど傷みも汚れも目立たないフード付きのコート。


確かに問題はないんだけど、皆の装備が一度は失われ、更新していっている中で、

イツカだけがそのままで戦い続けるのはあまりに無謀だ。


だから俺達は、折れて失われる前に剣だけでも新しいものに交換しようと求めたのだが、イツカは頑なにそれを拒否した。


「カティルくん、無理強いするのはあまりよろしくありません。

イツカさんには、イツカさんなりの考えや事情があるのですよ」


そう言ってレルさんに諭された。


「せめて、これだけでも受け取って頂けませんでしょうか?」


とキムキーさんが、一つのネックレスを差し出す。


「これ・・は?」


チェーンはぱっと見、銀?純銀か?


それには人の拳大程に大きい板状の台座が飾られており、そこに三つのオーブが

はめ込まれている。


「私どもが作ったタリスマン〈お守り〉です。

中心には勇者様と同じ開発途中の極小エネルギーオーブ〈全ステータス上昇小〉。

あとの二つのスキルオーブには、疲労軽減小、全状態異常軽減小がかけてあります。

必ずやイツカ様のお役に立つと確信しております。

せめて、これだけでも受け取っては頂けませんか?」


キムキーさんは頭を深く下げてそう懇願した。


数秒、誰も口を開かない沈黙の時が流れる。

だが、その思いを受け取ったのか、イツカは静かにその贈り物に手を伸ばすのだった。


「わか、り、ました・・・キムキー、さん。ありが、とう、ござい、ます」

「こちらこそ、ありがとうございます、イツカ様」

そうしてキムキーもイツカに対して、大きく口を開けた笑顔を向ける。

「良い物をもらいましたね、イツカ」


気付けばレルがイツカの隣に立ち、その頭を数回撫でた。

イツカはコクリと無言でうなずく。

そうしてすぐに、イツカはタリスマンの首飾りをレルの手でかけてもらう。


「ありがとう、レルさん。

ど・・どうかな、カティ?わた、し・・・似合う?」

イツカはイの一番にカティルに駆け寄る。

「ああ、似合ってると思うぜ」

カティルはキッパリとそう返す。


「・・・・それだけ?」


期待外れの言葉に、イツカの表情は少し曇る。


なんだ?俺褒めたよね?普通に良いと思ったから良いって言ったのに、なんで落ち込まれるの!


瞬間、慌てるカティルの背中と尻に激痛が走る。

ベロニカとユリの二人が、恨めしそうに睨みながら、カティルをつねって居たのだ。

「なに女悲しませてるのよ!」

「その程度のことも分からないなんて、男って本当に最低!」


だからなんでだよ!理不尽だあ!!


その様子ですら、はたからは和気あいあいとした光景として見られていた。

ただ一人を除いて。


キムキーはずっと考えていた。あのイツカという少女のことだ。

彼女は特別である。

他の皆と違い、彼女の運動能力や戦闘力は頭一つ抜きんでている。


他の皆がこうして武器の更新を続けていくというのに、彼女にあるのはあの一見するとただの鉄の剣のみ。

最後のメンバーとして遅れて加わり、まだ三か月と経っていない仲間ということだが、それでも今までの強敵とまともに戦っている中で、刃こぼれ一つせず研ぎにも出さない。


キムキーは、イツカと初めて会った時、一度だけ彼女の剣を間近で見ている。

双剣として使うにはいささか長く重い剣で、片手剣というより両手剣の部類とも

思えたそれを女だてらに二刀流で使いこなしていたというんだから、

聞いた時は大変驚いた。


それを見た時、確かにただの剣だと思った。その内折れちまう剣だと思った。

だがそれが未だに問題なく使い続けられるのは異常である。


買い換えた様子もなく、間違いなく同じ剣を使い続けていると聞いた時、

俺は何かに化かされてるんじゃねえだろうか?と疑いもした。


あの時に見せてもらった時は、疑いようもなくただの屑鉄の数打ちに見えた。

キムキーは秘かに、あの剣には何か秘密が隠されているのでは?と疑った。

俺達目利きにさえ、何も違和感を与えずに、ただの鉄剣に見えるような小細工を

施してるのは何故だ?


この世には、もっと優れた剣、俺達が精魂込めて叩き上げた聖剣や神剣と呼ばれる名剣がまだまだあるというのに、あの剣に執着する理由とは何なのか?


もしかして


キムキーは二つのあり得ない仮説が頭をよぎる。

彼女はもしかしたら、現在勇者として認定されているカティルをも超える、隠された何かを持っているとしたら。

それが人類サイドに利益があることならそれで構わねえよ。

だけどよ、その逆をもたらす存在が化けてるとしたら・・・


そこでキムキーは頭を振り払う。


いやいや、何を疑ってるんだ俺はぁよ。信じてるから、ああやって何も欲しくない

っていうイツカの嬢ちゃんにあのタリスマンを送ったんだ。

それを、自分が、信じないでどうすんだ。

あの子が何を隠してるって言ってもよ。

あんな優しそうな子が、俺らの敵だなんてあるわけねえや。

あんたが付いてんだもんな。

あんたのこと信じてるぜ? レル・ムックワー


キムキーはレルに視線を向けていた。

その視線に気づいたのか、レルは何も言わず、自分の口元に人差し指を当てて

「その件には沈黙すること」を求めてくるのだった。




「お待たせしました。では、ロック様の武器と鎧一式の解説に入りましょう」

言いながら、キムキーはこちらへ、とロック達を促した。

「いててて・・・はい、お願いします」

カティルはまだ二人がかりでつねられた痛みが抜けずに背中をさすっていた。


「まずこちらのハルバードからご説明させて頂きます。以前の物の刃が折れて

しまったため、修繕よりも新調させて頂きました」

いいながら、両手でがっしりと持ってそれをロックに手渡す

「・・・色が黒いんだな」

以前の物は聖銀製で白さというが銀色を帯びて輝いていたのだが、

このハルバードはその逆で漆黒、鋼鉄と比べてもはっきりわかる程に黒く暗い色をしていた。


「はい、魔術師協会に研究材料として、少しばかり保管されていた暗黒鉄という素材を使っております。

唯一無二、闇の力を宿しているとされる鉱石です。

元来はあまりに不吉な色合いと宿る闇の力が、人体にどう影響するのか不鮮明で

あったために禁忌とされていた素材なのですが・・・・・このご時世です。

敵は魔王も聖の力を帯び、神さえも敵。この力、必ずやロック様のお力となることでしょう」


ロックはその槍部の先から斧部、持ち手、尻に向けてサラサラとそのハルバードを撫でていく。

世界平和を目指して、善のために戦っていた自分がたどり着いた先が

まさか「闇」。その事に独特な感慨が湧いてくる。


だが彼の祖父は、父は言った。

「使えるものは使え、最善を尽くせ、惑うな」と。

この闇の黒、これが今の自分にとって必要な力だというなら迷わず使おう。

「銘はあるのか?」

「もしもお許し頂けるのでしたら、ロック様のお名前を頂きたく思います。

ブラックバングスターと」


ブラックバングスター、良い名前だ。


「大切に使わせてもらう」

姿勢を正し、ハルバード『ブラックバングスター』をがっしり握る。


「次はこちら、シールドになります。

こちらは敵の神聖魔法に対抗するため、厚さ5mmの鋼鉄製の盾の表面に、0.1mm程度の厚さで聖銀コーティングを施してあります。

裏には魔力増大用のエネルギーオーブを二つ埋め込み、ロック様の魔力不足を

補えるようにしてございます」


ロックはキムキーから受け渡された盾を持ち上げてみる。


サイズは、150cm以下の子供ならすっぽりと隠せてしまえるほどの大楯だ。

高身長のロックが持てば、ヒザ下か胸より上のどちらかが隠せない。


恐らくはこの盾で、ドラゴンや大型の神獣の突撃を受け切れないのは明白だが、

この盾の真価は、その物理的防御力を捨ててまで優先させた、軽量化と魔法攻撃への防御性能の強化だと言える。


聖銀の効果で敵の神聖属性をある程度は緩和され、オーラなどの防御魔法を併用すれば更に守りは強固となるはずだ。

そしてそのためのエネルギーオーブ。


ロックの魔力は仲間の中で最低クラスだ。

防御魔法を使っても真っ先に魔力が底をつく。

一時はそれが原因で、己の筋力と装備だけでは敵の攻撃を受けきることができないからと、仲間から抜けようかと思った時期がある。


ロックはその救い主となりえる要のオーブをじっと見つめた。


「・・・やけに大きいな」

そこにはめ込まれたオーブは、ロックが今まで知る中で文句なしの大きさであり、他に並び立つものがない程の一級品に見えた。

カティルの剣に使われた物は例外中の例外として、本来のエネルギーオーブに宿る力は、その大きさに比例する。

そして基本的に高品質な物は拳大ほどの大きさなのだが、この盾に使用されているものは人の頭ほどの大きさがある。


「こちらは、サファイア様が甥のロック様のためにと、

特別に用意してくださった特注品でございます。

世界広しといえど、これと同じ大きさのオーブを削り出せるほどの原石は、今後もう見つかることはないでしょうな」

「そうか・・・伯母上が・・・」

ロックは感慨深くそうつぶやいた。


その世界最高のオーブを提供したのは、サファイア・ヴェン・ワイバーン

〈旧姓バングスター〉。

このキングスランドを治める王、ジョン8世・ヴェン・ワイバーンの妻の一人として娶られ、現在は来人〈およそ第5夫人以下のような序列が低い妻〉として、王のハーレムに加わっている。


叔母といっても、ロックの父とは大分年の離れた妹であり、ロックと歳が

5歳ほどしか違わない、ロックにとって親しい姉のような存在であった。


だが『子孫繁栄』に大変な関心があるジョン8世陛下は、既に20人もの妻がいるにも関わらずにサファイアを娶り、娘を二人産ませている。


それでも序列が低いゆえに後宮では窮屈な生活をしていると聞いていたのだが、

このオーブのことを考えると、甥を想う叔母の気持ちは痛いほどロックにも伝わってくる。


ロックの内から、感謝の想いか感激の喜びか、何とも言えないモノがグッとこみ上げてきてしまう。

「・・心から感謝を捧げます。

伯母上におきましてはどうかお心安らかに、この私が世界を救って見せますと、伝えては頂けますか?」

少し肩に力がこもり、しゃんとした姿勢でロックはキムキーに告げた。


「お伝えいたしましょう・・・ですが、ご自分でも直接お伝えするべきかと

愚考いたしますよ?

例え王の命で直接の拝顔は叶わずとも、お手紙ぐらいはお出しできるでしょう」


それもそうか。


そう思いなおして、心の隅でこの贈り物に応えるには何が相応しいかと、ロックは頭を悩ませるのだった。


「いささか湿っぽくなってしまいましたな。

最後はこちらの全身鎧〈フルプレートメイル〉です。

ロック様からお預かりした鎧を再利用して、制作したものになります。

残念ですが、あの鎧は長きに渡る戦いで疲労も蓄積し、傷を埋めて溶接や接着するなどして修復するのも、現実的に不可能な状態でした。


ですが、使われている材質は実に素晴らしい一級品でしたので、我々としても

ただ廃棄するのは惜しいと、使える素材は全て一度溶解し、新たな材質を加えて合金として作り直すことにしたのです」


「合金?他の鉱物とロックの鎧を溶かして混ぜたってこと?」

カティルが尋ねる。


「簡単に言えばそういうことです。

大抵の場合、その物質の融点を下げて使用し易くしたり、耐熱耐食性を上げる目的で行われることが多いのですが。

今回は強度を高め、新たな特製を加えることを目的として行わせて頂きました。


なんせ、ロック様の鎧は我々も見てびっくり、玉鋼が使われておりましたからな」


「うん、なんかそれ親父から良く聞かされたな。

なんかうちの先祖が凄い鍛冶師に頼んでアレを作ってもらって、なんか凄い鉄で

作られた、なんか凄い鎧なんだぞって」


「はい、そうなのですよ!

その玉鋼という素材は日の根国で二百年ほど前まで作られていたのです。

固く、それなのに粘り強く、夢のような素材でした。

ところが作るのに長い時間がかかる上、一度に作られる量も少なく、その製法も

秘伝とされたため大変な需要があったのですが。残念なことに作れる鍛冶師の一族が絶えてしまい、長らく幻の素材と言われていたのです」


言いながら、キムキーはロックの鎧を指さした。


「それがこんなに大量に!

使用された鎧が現存してたとは夢にも思いませんでした!

こんな何十キロにもなる大量の玉鋼が割られた?

くっつけられない?修理できなければ捨てるしかない?

誰がそんな勿体ないことできますか!

そんなことしたら私、かまどの神様に尻あぶられて地獄行きですわ!

そこで私も決めました!腹くくりましたとも!

この鎧に私が秘蔵していた最高の素材をぶち込んで、より最高の防具に作り上げてやるとね!」


息を荒げてそういうキムキーをカティル達は一歩引いた処から聞いていた。


暑苦しい。


それも構わず、ロックは興味津々といった表情でキムキーに一歩近づく。


「で?で?何を+してそのゴーキンを作ってくれたんだよキムキーのおっさん!」


「・・・へっへっへっ、聞いて驚かないでくださいよ?

ワシがこの70年の人生を賭けて、やっとの思いで手に入れた玉鋼をも超える

神の素材を混ぜたんですよ」

勿体ぶって少し間を置く。そしてまたねっとりと口を開いた。


「この世全て合わせて50kgほどしか残されていないと言われる素材・・・

赤く炎のきらめきを宿した、かまどの神ボルカヌス様の置き土産とも、

倶利伽羅竜王様の落とし物とも言わしめ、およそ千年前から新しく

発見されておらず、製法も確認されていないまさに神世の時代の幻の素材。

ヒヒイロカネですよ」


「まじか!?」


ロックは目を丸くして反応した。そして鎧の方を見る、手触りを確かめ、その色合いを凝視する。

「・・・・・・本当だ、確かに前より赤みを帯びている」


分かってるの?本当に分かってるのかお前!適当言ってない?


黒に何かけたら赤みが出るのか教えてくれ、とカティルらは思った。


「私もロック様に全力で力を貸すと決めました。

ですので、私が秘蔵していたヒヒイロカネ5kg!


それら全てとロック様の鎧の玉鋼、この二つを合わせた合金を更に鍛え上げて作り上げたのがこの鎧でございます!

更に、そこに込められたオーブをご覧ください」


言って、キムキーは鎧の各所に埋め込まれたオーブを指さす。

先ず胸部中心に一つ、左右それぞれの肩に一つずつ、両手の甲に一つずつ、

両足のブーツに一つずつ、計7つものオーブが埋め込まれていた。


その期待にロックの目の輝きを増す


「これはそれぞれ、両肩の物はエネルギーオーブ〈生命力増大型〉×2、

胸の中心にあるものが重量軽減、手の甲にあるのが皆さんと同じく

状態異常軽減小×2、ブーツに付けられているのが疲労減少小と劣化軽減が

付けられております。

これだけのオーブが付けられておりますれば、必ずや前衛騎士として十二分の戦いができると」


「なにい!?」


聞いた瞬間、ロックの目じりがギロリと吊り上がる。


「じゅーりょーけいげんだとぉ?」


〈ああ、これは失策でしたね・・・キムキー。事前に話をしておくべきでした〉

と事情を理解したレルが頭を抱える。

〈あの家の連中は、アレに関しては私の忠告も聞けないほどに頑固になるんですよねぇ〉


「は、はい・・・何かお気に触りましたか?」


「外せ」


さっきまでの感動しっぱなしだった時と打って変わって、ロックの声色に冷たさが宿る。

「外すと・・・言いますと、重量軽減のオーブのことでございますか?」

キムキーが尋ねる。

「そうだ!」

ロックは更に声を大にした。

「し、しかし、あのオーブを外すとなりますとお時間を頂くことになりますし、

後に他のオーブを入れなおすことはもはや・・」


「良いから外してくれといっている!!」


ロックは頑なに譲らず、更に声を高めて怒鳴る。


「確かにこの鎧の素晴らしさは俺も認める所さ。だがな!

バングスター家の人間としてそれだけは受け入れることはできない!!

俺の親父も祖父様も、曽祖父様も、その前の爺様たちも叔父上も言っていた!

我がバンギスター家の人間は、重い鎧を着て戦に出られる体を得て一人前。

それを死んで墓に入るまでを目標とし、鍛錬を続けよと!

俺が10歳の時に亡くなった曾祖父様も、齢80にして自分の全身鎧フルセットを着込み歩いていた。

俺が剣を始めた六歳の時、父上と祖父様と曽祖父様は並んで俺の素振りを見守ってくれて、その時には皆いつも鎧を着こんで立っていた!

分かるか!?

われら高潔なるバングスター家にとって、全身鎧をその肉体のみで装着し、支えられるのは一人前の証!

重量軽減なぞ外道のすること!キムキー爺さんは俺を外道にしたいっていうのか?

ああん!?」


鬼気迫る面構えでロックはキムキーににじり寄る。


「わ・・・わかりました。ロック様のお気持ちはよく理解できました・・・

ですが、本当によろしいのですか?

そうなりますと・・・・結果としては弱体化しますよ?」


「かまわん!」

二言もなくロックはそう語気強く答えた。


キムキーは腰に下げたツールバッグからハンマーと彫刻刀をずっと分厚くしたようなノミを取り出すと、静かに黙って

胸の中央にあるオーブの粉砕摘出作業に入った。


カーン カーン カーン


「しばしお時間頂きますよ。

オーブというのはわずかな欠片でも微弱ながら効果を発揮しますので、完全に取り除かないといけません。

それに魔力を込めてあるものは自然と固い。

以前でしたらスキル無効、粉砕力強化のスキルを持つ者がいれば一瞬でしたが

今では・・・これを砕ききるのに・・・そうですなぁ、一刻二刻では終わらないかも知れませんぞぉ」


現在の時刻をあえて数字でいえばもう11時ごろ。一刻という曖昧な言い方をしているが、感覚的に10~15分程度として、

粉砕が終わるまで30分はかかる見通しであると思ってほしい。


茶をすすって終わりを待つしかない。そう皆が思った時である。


「あ、ハイハーイ!!じゃあさ、私いったん出かけてきてもいいかな?

簡単な用事なんだけど、時間がある時に行きたい所があったんだ!」

数回はねてそう口にするのはユリであった。


「・・・あまり承服できませんね。一刻二刻とはいえ、これが片付き次第に

各員装備を整えて出発しなくてはならないのですよ?

ロックのワガママを許したからといって貴女までそんなことでは・・・」

「そこを曲げて!お願いレルさん!」

そういってユリは必死に手を合わせて頼み込むのだった。

「カティルもお願い!お願い勇者様!!」

続いてユリはカティルの方を向いて手を合わせた。


こういう都合の良い時だけ、俺を勇者様って呼ぶんだから・・・まったく。


「しょうがないな・・・レルさん、行かせて良いんじゃないか?

もうここまで来たら行く前の準備を万全にさせてさ。

問題は全て排して、日々を過ごすようにってレルさん何時も言ってたよな?」

「はぁ、それを言われると痛いですねぇ。

行ってきなさいユリ。イツカもベロニカも、何かあったら今の内です。

ただし、時間が無いということは忘れずに」

「うん。わたし、大丈夫」

「わかったわ。なんの用かわからないけどいってらっしゃいユリ。

早く帰ってきてよね」

「ありがと!じゃあ、ダッシュで行ってきまーす!!」

ユリは焦るように急いで駆け出した。


「おいユリ!」

だが、ロックはそれを引き留めた。

「何よ?まだなんか用?」

そんなロックをユリはギロリと睨みつけた。

場の空気が凍てつく。

ロックはごくりと唾を飲みむと、ゆっくりとユリに近づく。

彼女の体にロックの影がかぶさり、その姿を隠してしまうほどに近づいた時、

ロックは自分の顔をユリに寄せ、小さく囁くように尋ねた。


「お前、また新しい女かよ」


それを聞いてユリはなおも機嫌を損ね、奥歯をギリリと噛みしめて顔を歪めた。

「そんなこと、あんたに関係ないでしょ」

それだけ伝えると、ユリはロックの顔も見ずに振り返って走り去ってしまった。

「・・・・・・」

ロックはそんなユリの背中を寂しげな表情で見送った。

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