4話シーン10「古代からの罠」
アフターヌはそれからしばし、太陽に向けて飛び続けた。
そこは地の底で、女神メティースによって作られた仮初の大地だった。
次期に天井へと到達し、仮初の地形を飛びぬけ、土中を掘り進めるように地上へとぶっ飛ばされ続け、そしてついに地表へと達した。
ズボ
地面から上半身だけが顔を出す。だがまだ肘から下や下半身は土に埋まったままで、抜け出しきれずにいた。
「ぐっ・・ぐぬぬぬぬぬぬ!」
目覚めたアフターヌは直ぐに体をよじり、土から抜け出そうと奮闘する。
その最中もアフターヌが女神に付与された不死性は保たれていたようで、
彼女の体はじわじわ再生している。
脳が零れ出た頭骨も、飛び出て紛失した眼球も、砕かれて粉々になったアゴも、
全身の正常な部位が一つもない各所が急速に復元されていく。そうして時間をかけ、
アフターヌはようやく土から体を引っこ抜くことに成功したのだった。
「あが・・あぶ・・ぐが・・・・う、うん・・・・はぁ、やっとですかぁ。
助かりました」
座り込む、しばし体を休めた。周囲を確認する。
時刻はまだ深夜。月明りだけが心もとなく地面を照らす、森の中。
夕暮れ逢魔が時を担うカラスのアフターヌには、周囲の様子を
はっきりは見えてない。
だが、肌でいくらかの要素を感じ取ることができた。
〈お屋敷の位置は・・・あちらですね。ということは、ここはまだ
プラーフ村の近くの森林から出てはいないということか〉
それほどの自信はないのだが、羽ばたいて飛べばお屋敷に戻れる可能性は
十分にあると思えた。
まだ震える足に活をいれ、アフターヌはゆっくりと立ち上がった。
「ボルハ!?」
ふいに大声が聞こえて振り返る。
「ボルハァ!」
そこには一人の大男が立っていた。
その男は村で一番の食いしん坊で肥満体系で、特徴は鼻の穴が大銅貨が入るほどに大きい。
その唇は分厚く常にべとついており、タプタプとした二重あごと合わさって
カエルを思わせ、その耳はコウモリの羽のように大きい。
その到底人間とは思えない見た目のために、村の女性陣からは敬遠されていた。
そう、そこにはプラーフ村の独身男性、ジャンが居た。
「うっ!」
アフターヌはたまらずに腕で鼻を隠す。
何日もこの森をさ迷い歩いていたジャンは凄まじい悪臭を放っていた。
「ボルハ~・・見つけた。ここに居たんだなぁ」
ジャンはそのぶっとい腕をアフターヌに伸ばしてくる。
「さ、触るな!」
その腕を払いのけようと、腕を大きく振るうアフターヌ。
だがしかし
「あ」
アフターヌの体の消耗は想像を超えていた。
いくらメティースの加護を受けて体の修復が無限だとしても、体力の消耗までは
カバーされない。
動きが鈍り、力が入らないアフターヌをジャンは容易に抱え上げてしまった。
「ボルハ・・・家に帰るべ」
感動して涙ぐむジャンは体を揺らし、ヨロヨロとしながら家路を急ぐ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい無礼者!私はアフターヌです!
偉大なるメティース様の三鳥メイドが一角にして、執事部門筆頭並びに
侍従長の逢魔が時のアフターヌですよ!ボルハなどという下女なんて知りません!!」
「・・・・いや、おめはボルハだ。なんかオラ、ビビッと来ただ。
おめを見た瞬間、おめはボルハだってオラ、気づいてしまっただよ」
〈な、なな・・・何を言ってるんですがこの怪物は〉
アフターヌの顔から血の気が失せる。どこの神のイタズラか、
ジャンはまるで理性を失っているのか、狂気に触れているか
何かの呪いを受けているのか、妄信的にアフターヌが亡き偽妻ボルハの生き写しのように見えているようだった。
そのままアフターヌはジャンに村のボロ屋に持ち帰られ、夫婦となった。
抵抗する術のないアフターヌは、売られていく子牛のように濁った瞳でいた。
余談であるが、その後のアフターヌの一生はというと、ジャンとの生活が満更でもなかったらしく、二人の間には沢山の子宝に恵まれた。
村の人々からも「あの嫁さんは大体いつもお腹が大きかった」と言われる。
アフターヌの清潔好きで生粋のメイド精神が、不摂生でミニマムブレインな夫を
支え、ジャンは村人達から嫌われなくなった。
アフターヌは子供達全員に徹底的な教育を施し、皆、賢く働き者だったという。
幼きは村を助け、入学すれば街を助け、成人すれば国を助けた。
子供達はそれぞれ、執事としてメイドとして尊き家々に就職が決まり、
中には貴族や豪商に嫁入り婿入りする者が居たという。
そうして後の世にはアフターヌ流の使用人教育が世界に広がり、
アフターヌ流メイド道が確立。
『アフターヌ』という家名として、歴史に名を残した。
未来のアフターヌは『神無き世界』において、勤勉な使用人や従者達を加護する
神として崇拝された。
だがそれはこの物語とは関係ない、また別の話である。
「でえい!」
バキッ
カティルの斬撃が木彫りのメイド人形を粉砕する。
「くっ、なんて数だ!」
この時、カティルは沢山のメイド服で着飾り、鉄球や槍、剣、ナイフと多彩な
武器を振り回す木彫りの人形に襲われていた。
それらが散発的に無限とも思える数が攻めてくる。
「であ!!そいっ!!」
力いっぱいに振り回すカティルの武器「マクアウィトル」金属片の刃とは
心もとないと思ったが、敵のメイド人形はあまりに脆く、
今のカティルには不足はなかった。
だが、なにぶん数が多い。十が一度に襲いかかり、八を倒せば
また十増えるというように、敵の数は思うように減らず、
むしろ増えているように感じた。
〈このままじゃジリ貧だ。ここは逃げよう!〉
幸いにも、辺りを見渡したカティルの視線の一角に、敵があまり集中していない
通路が見えた。
カティルは迷わずそこに向けて走る。そこへ向かう間は、何故かメイド人形たちの攻撃は大人しいものだった。
まるでカティルをそちらへ誘導するのが狙いだったというようだ。
通路に入り、消えていくカティルの後ろ姿を見送ると、メイド人形たちは次々と
自壊し、木くずへと姿を変えた。
それからカティルは走り続けた。
まだ背後からメイド人形が追ってくるかもしれないと焦り、
後ろも見ずに走り続けた。
それから数分後。
カティルは人形たちが近づいてこないことを知り、足を止めて深呼吸。
「よし、早くここから脱出しないと」
カティルはこの先に出口があると信じて、歩み始めた。
それから数時間後。
まだ通路から出ない。同じ材質の通路がずっと続き、壁にはまた大量の見知らぬ
奇妙な機械がカチコチカチコチと針の音を刻む。
それから数日後
カチコチカチコチ
延々と続く音が不快になる。数日かけて戻るのも気が引け、カティルは前進を続ける判断をした。
それから数か月後
カチコチカチコチ カチコチカチコチ
「・・・・・・・あー・・・ああああああ!!」
もう何日、人と話をしていなかったか。発狂し大声を上げる。
それに反応するものは何もない。
それから数年後
「・・・・かっち・・・こっち・・・あう」
時折、口から変な音を漏らすことがある。もう自分の名前も忘れてしまっている。
だが前進を止めて居ない。ゆっくりと一歩ずつ、歩く。
それからxxx年後
「・・・・・・」
もう言葉も音も発しない、カチコチカチコチという機械音だけが続いているが、
床に倒れ伏したカティルが
その音に反応することはなかった。
「まずい」
そんな彼の姿を見守るビシュメルガの顔が引きつる。
「なになに?ビチョビチョア〇メ様、何が起こってるの?」
「うん、ビシュメルガね?」
「余にも教えよ。あの勇者はどうなっておる?ビチビチメールガ」
「うん、ヒシュメルガだからね!?」
今、ビシュメルガの両サイドにはセシリアとドラコーの幻影が映し出されており、
ビシュメルガだけの孤独で自由な空間が無遠慮な侵入者に汚されていた。
〈あれあれおかしいな?これってイジメってやつ?
たかだが魔王の分際で私をイジメ?
私、神々の中でもけっこう高位なんだけどな?
私がもしも地上に侵攻したら、このゲーム終わってたのよ?〉
「ねーねー、何があったのかおーしーえーなーさーいーよー」
「おーしーえーるーのーじゃー」
「ええい!せめて、そのウザ絡みやめてよね!」
〈こんなことになるなら、私の視覚共有をして、コイツらにもカティルきゅんの
様子を見られるようにするんじゃなかった!!〉
「・・・一回しか言わないからね?
カティルきゅんは今、とんでもない空間に囚われてるの」
「うん、それは分かるわよ」
「こちらと時間の流れの違う異空間のようじゃの。
こちらでは瞬きをするような短い時間で、
あちらではどれほどの時が流れておるのやら。
だから早く、そこが如何なる場所か余に教えるのじゃ」
「ムカッ・・あの空間はね。昔・・・流行ってたのよ」
「流行る?」
「余の記憶する限り、あのような空間に物体を移送する魔術は記憶にないのじゃが?」
「そりゃあんたらみたいな1000年も生きてない『小物』じゃ知る訳ないわよ。
あれはそう・・何万年前だったかしらね。今よりもちょっとだけ、人間と神の
距離感が近い時代が在ったのよ」
「ほお、神世の時代か!」
「今では失われた数々のオーパーツ、ロストマジック、絶滅種が溢れてた時代ね!?」
「何を目を輝かせてんのよ!この魔術マニア!」
うざい。ビシュメルガの存在だけが許されたガラス玉空間で、
黒い卵に映し出されるカティルの姿と声だけが伝わる
一柱の神だけを満足させるための完成された空間であった筈なのに。
侵入者がうざい!
「イライラ・・・その頃にね、ちょっと事件があったのよ」
「事件とな?」
「当時は人間と神の距離が近くって、私達は未だ人間の近くで暮らしてるのが
当たり前だった所があって、地上で人間達に作らせた神殿で暮らすのも
定番だったのよ。それで問題になったの、人間側の!」
「なるほど・・・泥棒ね?」
「そう!あいつら、何回追い払っても神殿の宝物庫に侵入しては財宝をかすめ取っていくのが止められなくて、
神々の間で社会問題になってたのよ!」
〈神様の世界でも社会問題ってあるのね・・〉
〈あるんじゃのぉ・・〉
「撃退じゃなくて消し炭にすることはできなかったのか?
貴様ら神々ならば容易であろうが」
「ええ、今の世の人間だったらね!
言ったでしょ、今よりも神々と人間の距離が近かったからって!
どれだけ大量の半人半神が産まれて、どれだけの超神級の武具や
道具が当たり前に溢れてた時代だと思ってんのよ!!」
「あらぁ・・」
「凄い時代だったんじゃの」
「フッ・・今から比べたら凄いなんて時代じゃないわよ。
何度殺しても生きる意志が続く限り灰に成っても復活する戦士は居たし、
一瞬で世界の果てまで逃げ切る盗賊も居たし、色んな神の子供を産みまくって
ハーフ神の子供の軍団を指揮して悪用するクソ〇゛ッチ女王も居たしね・・」
急にビシュメルガは黒い卵から目を離し、遠くを見つめた。
「ちょっとぉ、遠い目して懐かしい空気に浸るのやめてくれるかしらぁ?」
幻影故に僅かにも触れ合うことがないのを良い事に、セシリアはビシュメルガの
高等部にチョップを繰り返す。
「ムカッ・・・その時にね、私達も色々な対策を練りに練ったわけよ。
ステータスは高いのにオツムはサル並みだった当時の人間達のためにね」
「例えばどのようなものじゃ?」
「色々はいろいろよ!あいつらのためにお説法とか考えたり、しきたりや迷信を利用して
思想制御しようとしたりね」
洗脳教育ともいう。
「それで?それのどれも上手くいかなかったわけぇ?」
ズキッ
「・・・まあ、愚かしい人間達には、ゴブリンにハンカチとか
オークにベジタブルって感じだったかしらね」
〈涙ぐましいトライアンドエラーがあったんじゃなぁ〉
〈神様って言ってもやっぱり程度が知れるわねぇ〉
多少は神々に同情を見せるドラコーに対してセシリアは非常に辛辣であった。
「それで、その対策の果てに出来たのがあの空間てことなのねぇ?」
「・・・そういうこと。鍛冶の神ラーヤマーロと知性の神パラティナの知識を
結集させて作った空間で、入った者は二度と出てこれない
無限通路空間に閉じ込めるの」
〈ラーヤマーロ?パラティナ?〉
「ちょっと待つのじゃビシュメルガよ。お主の今言うた二柱の神は何じゃ?
確か余の記憶する限り、鍛冶の神はウェンロム、知性の神の名はズィラフィーアのはずじゃが?」
「ああ、確か今の新神〈あらたかみ〉はそうだったかもねぇ。
五万年前にあった第二次天界戦争の時に二柱とも
倒されて代替わりしたんだっけ?」
〈あらたかみ?第二次の、天界戦争じゃと?〉
長年生きてきた中で聞いた事もない歴史と用語に、ドラコーは強い関心を示した。
「その神々というのは、どれほどの権能を持っていたのじゃ?」
「ん?そりゃ、凄かったわよ。それなのに主神様も見切りが早すぎるっていうか、
ちょっと自分とそりが合わない神々に反抗されたからって、
当時1000柱いた旧神〈ふるきかみ〉の内、800柱も消滅させられて。
あれで大分多くの魔法技術が失われたのよね」
「ということは今、失われた多くの技術体系や魔術が失われた原因が、
その第二次天界戦争であったと!?」
「そうよ」
驚愕しっぱなしのドラコーに対して、ビシュメルガの反応はあまりに淡白で素っ気なかった。
「なんという・・」
ドラコーは一旦目をふせて、うずくまった。
「で?あの空間からどうやったら出られるのよ?」
それを他所にセシリアが淡々と話を戻す。
「でる方法?・・・・・ハッ、そんなの無いない。
あの空間から出られた前例なんて未だかつてないわよ。
偉大なる旧神二柱の考案した一級品の牢獄よ?
出られるもんなら出てみやがれって奴よ」
「・・それって、あの勇者くんも出られないし
ゲームオーバーってことにならない?」
「・・・・・・・・・・・・・ハッ!?」
今までに見せたことがない程に血走らせた目を大きく見開き、ビシュメルガは凍り付いた。
「きたねえ氷像だこと・・」
「じゃな」




