4話シーン5「レルの真意」
まだちょっと夏バテしてます。
ああ水ばっかり飲んじゃう。
皆さんもどうかお気をつけて
バリッ パリッ
「はーイツカちゃんたら乙女なのねー・・・お母さん、あの子のあんな姿見たことないわー」
ここは魔王城。ここでは館から追放されたセシリアがドラコーの頭の上に
ちゃぶ台を置き、ビシュメルガによって送信させているイツカ達の様子を水晶玉
越しに眺めていた。
お供には湯呑になみなみと注いだお茶と煎餅。
それをバリバリと齧り、お茶をおばさん臭く音を立ててすすっている。
__これ・・・セシリアよ。このままでは、余が見られぬのだが?__
「え?なに?バリバリ・・・・あんたも見たいの?」
__ムカッ〉当然であろう?ここでは余の娯楽は少ないのじゃ。
だからはよう、余にもその水晶玉の映像を寄越すがよい__
「バリバリ・・・ズズー、ゴクリ。はーいはい・・・・これでいいでしょ?」
セシリアが手をかざすと、真下のドラコーの眼前に魔法陣が出現し、その円の
中心に水晶玉に写るモノと全く同じ映像と音声が流れた。
__うむ・・・良き良きである __
「それは良かったわねぇ・・ズズー」
まるで一つの家で暮らしているのに共通のテレビを使わず別々の部屋で同じ番組を
見るが如く、二人の魔王はイツカ達の映像に見入っていた。
「ぐっ!もっと早く走れ!さっさとここから出るぞ!」
カッチ コッチ
「バカ!私に命令しないでくれる?折角のカティとのイチャイチャタイムを邪魔
しといてアンタ何様よ!?」
カッチ コッチ
「はげしく、同意。空気よめない。頭ゴリラ」
「おうおう、その頭ゴリラって誰のことだゴルァ!?」
「当然」「ウン」
女二人して、同時にロックをジト目で指さした。
「・・・・嬉しいこと言ってくれるじゃねえか!
ゴリラといえば森の賢者!そこまでこの秀才にして頭脳明晰なこの俺を
評価してくれるなんて思わなかったぜイツカ!!」
やべえ、コイツ無敵か。ロックは今までにないほど目をキラキラ輝かせていた。
「・・・ベル、コイツ、に、どういったら、伝わる?」
カッチ コッチ
「ハァ、ハァ・・・もうその辺は・・・ハァ・・・諦めるしかないんじゃない?
とにかく、ここから逃げ出して・・・あ、それよりもこの館の皆にも危険だって、
教えていかなくちゃ!」
「いや・・それは無しだよ、ベル!」
「なんで!?」
カッチコッチ カッチコッチ
「あんな怪物が外から入ってきたとは思えない!
それに今まで発見できなかった神獣の原因もこの館にあるとしたら、
多分、ここいる全てが・・」
「私達を捕らえるために神獣が用意した罠ってこと?」
「その通り!」
「そんな・・・」
カッチコッチ カッチコッチ カッチコッチ
ベロニカは言葉を失う。
そうしてひたすらに四人は走り続けた。
「ろおおおおおっくううううううううううううううう!!
るおおおおおっくうううううううううううううううううう!!
お゛お゛お゛お゛゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!
ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!!」
背後からは絶えず怪物の奇声が響いて来る。
「くっそ、なんでだよ。こっちの方が絶対に早く走ってるってのに」
不思議なことに、カティル達には先ほどからずっと怪物から距離を引き離せている
感覚がまるでなかった。
それどころか近づいているような錯覚を覚えるほどだ。
それはどこまでもどこまでもヒタヒタと怪物の足音が常にカティル達の耳に響いて来る。
幾度も階段を上がろうが下がろうが、分かれ道を左に行こうと右に行こうと
その足音は常に背後から響いて来るのだ。
カッチコッチ カッチコッチ カッチコッチ
そうしてる間にまたあの時計の耳障りな音がカティル達の耳を蝕んでくる。
カッチコッチ カッチコッチ カッチコッチ
両側の壁には常に大量の時計が並び、そこから奏でる音が今はとんでもなく大きく感じる。
カッチコッチカッチコッチ
その音は次第に早くなり大きくなる。
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
秒針も分針も時針すらも高速で動き、数秒間の内に何十周もしていた。
ボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーン
そしてついに、あの鐘の音が響くのだった。
ぐにゃあ
「うわっ」
「な、なんだよ!?」
「足が、沈む?」
「周りの壁も全部、ぐにゃりって・・うわっ、沈んだ足が抜け・・な・・」
それは突然のことだった。一見すると他所の通路とも違いのない場所が変化していった。
床は沼のようにぬかるみ、壁は焼けた餅のように粘りをもって歪み始める。
流砂に入り込んだように足が取られ、引き抜こうとしても体がずぶずぶと沈んでいく。
「皆!近くに掴めるモノはないのか!?」
無い。全ての物がカティル達から遠ざかるように外側へと押し出され、
気付けば壁がドンドンと遠くなっていく。
「も、う・・・ダメ・・な」
ついには四人は天井へと腕を伸ばした姿勢のまま、ずぶずぶと床に飲み込まれて消えていった。
「うっ・・・おえっ・・」
レル・ムックワーは宛がわれた室内で呻いていた。
喉の奥からググッとせり上がってくる強い刺激を伴う胃液が逆流してくる
間隔に苦しめられ、胸の動悸が激しい。
その症状はこの部屋に入った時、突然に表れた。
〈・・・なんなんだ。今日は厄日か?
あの時、アフターヌさんの香りを嗅がされた時、頭が上手く働かなくなった。
それからの意識はあるようで無い。
何故か彼女らに言われたことが全て正しいかのように聞こえていた。
あのメティースと謁見した時は少しは意識が戻った気がしたが、その後はまただ。
ずっと頭が上手く働かなかった。
そしてやっと休めるとなった時、部屋のドアを閉めた瞬間、
脳が元通りに覚醒したかと思えば、これだ〉
激しい不快感、嘔吐感。
だが年長者として粗相はできない。
レルは襲い来る嘔吐感を必死に抑え、憚りへと必死で這っていった。
〈く・・・あ・・・ダメだ・・・意識が・・・遠のいて・・・〉
徐々に意識が遠のいていく。
レルは苦しさに耐えきれず、白目をむいて床にドスンと倒れ伏してしまった。
目を覚ますと、そこは暗黒の中だった。
ベッドや家具もなく、自分の装備品などもなく、先ほどまでいた場所とは
明らかに違っていた。
壁はない。だからどこまで広いのか、どこまで狭いのかも分からない。
〈これは・・・しまったな。まんまと罠にはまってしまったようだ・・・〉
レルはその空間をぐるっと一周見渡した。
するとその一角に、初めて闇以外の何かを見つける。
それはセシリアだった。
「ねえ、レルくん?
そろそろ本当の所を聞かせてくれないかしらぁ?」
「聞かせる?何のことです?」
「それは本気でいってるの?
前にも聞いたでしょ?
なんで・・・・」
__どうして貴方は世間からイツカを隠そうとするの? __
ドクン
「それは・・・」
そうか。その質問か。
レルの動悸が高まり、わずかに喉の渇きを覚えた。
「ねえ、聞いてる?
どうして貴方は世間からイツカを隠そうとするの?よ」
「だから、それは・・・」
まただ。言葉に詰まる。
それは単純な問いにみえて、まるっとレルの触れられたくない部分を
鷲掴みされるような圧と懼れを感じさせる。
「・・・だから、それは・・・い、イツカの、人類に、混乱を防ぐため、で・・・」
「それ前にも聞いたわよ?」
「あ、あああと・・・もしかしたら、その、どちらかが偽物の勇者の
疑いをもたれ、その疑いが、イツカに向いたらと思うと・・」
「それも前に聞いたわ」
「だ、だけど、ですが・・・これ以外に理由なんて・・・りゆ、ああ」
いつになくレルの視線が泳ぐ。たかが一つの問いに対してここまで理性を
失ったのは異常なことだった。
あの賢者レル・ムックワーが、度し難いほどの狼狽を見せ、それをセシリアは
無言で真っすぐに見つめていた。レルにはその視線があまりに怖かった。
セシリアの目は一切の感情が籠もらず、相手の心の内を見透かしているようで、
幼子のイタズラを全て見破っている母親のようで、ただただレルには怖かった。
「だから・・・ええ・・ああ・・・」
必死に言葉を引っ張り出そうとする。
だが冷静を失っている今のレルでは、時間が無為に過ぎるのみだった。
「・・・もういいわぁ。じゃ、答え合わせといきましょうか?」
セシリアは黙って人差し指をくるんと躍らせた。すると、何もない暗黒空間の
中に一つの物体が生成される。
それは4枚の鏡だった。
その鏡が東西南北、レルを逃がすまいと囲むように配置された。
「これは」
レルはたじろぐ。左右を見ても、前を見ても振り返っても鏡に映った
自分の顔がある。
何故か、今はできれば見たくもならない自分の姿が写り込んでくる。
レルは肉体的にも精神的にも囚われ束縛されたことを悟った。
すると徐々に、その鏡が別の何かを映し出し始めた。
「どう?懐かしくならない?レ・ル・く・ん」
徐々に鮮明に映し出されたそれは、この場を反射したものではない。
過去の記憶である。
とある一団が山道を歩いている。
ああそうだ。
キッドをリーダーとし、若かりし頃のレルと人間だった頃のセシリア、
そして今は亡き仲間達と共に旅をしていた頃の自分たちだった。
先頭を歩くのは勇者キッド・カッツと他二人。
「セシリア、ルピア・・・そろそろ離してもらって良いかな?」
「ダメよぉ。そうやってキッドを一人にしたせいで昨夜は危うく
敵にさらわれかけたんだから!
どっかの黄金欲様のおかげでぇ」
「リ、リア!今、妙な誤字をしませんでしたか?
私は黄!金!翼!のルビアカインです!」
「えぇ?私そんなこといったー?セシリアわかんなーい」
「お前ら、人の腕全力で抑えながら争うのはやめてくれぇ・・腕が!
腕が、もげるぅ!」
彼の腕にセシリアは、けして離すまいと抱きついている。
その反対側の腕に抱きついているのは、人間形態のルビアカインだった。
人間時の彼女の背はキッドの肩辺りまでしかなく、オリジナル形態と比べて随分とコンパクトだ。
その肌は少し浅黒く髪は灰色、ネコ科を思わせる形の耳が頭から伸びている。
3人はがっちりと塊をなし、強く結びついていた。
その後ろを少し遠慮がちに三歩程度距離を離して仲間達が歩いていた。
後列の先頭を歩いていたのは、女性だった。
「うふふ、仲良しさんですね~。愛は素晴らしいものです。
もっと堂々と大切に育んでくださぁい」
彼女は非常にきめ細やかな美しい肌を持ち、手入れが行き届いた透き通るような
髪は虹色にさえ見える。
その目に宿った瞳はサファイアのように青く輝いていた。
この世の者と思えぬような美貌を備えた彼女の名は『サフィロニース』
現在の勇者パーティーでは失われ、キッド達の世代まで存在していた『導きの神』担当であった。
勇者に対して一柱が派遣され、好意的に見守り、危うくなると加護を与える
見届け役であるのだが、言ってしまえば最高神から送り込まれた
『監視役』でもあった。
過去の勇者の中には、魔王討伐後にはこの導きの神によって消された勇者がいた
痕跡が確認されている。
今にして思えば非常に厄介な黒い存在だったともいえる。
「そう、愛は尊く!素晴らしく輝かしい!
人類に齎された主神からの最高の贈り物!
それが愛なのです!!愛!愛!愛!愛!
ああ、もうそのイントネーションすらも愛おしいぃぃぃぃ!」
「アハハハ!もうサッフィーちゃんは本当に愛が好きなんだねぇ。
どう思う、サクラ?」
「あ、え!?そこ私に振りますリリィ?・・・あああ・・ええ・・・と・・・
お、ホホホホ・・・とても慈悲に溢れていて素晴らしいの、では?」
親しげにリリィがサクラに抱きつく。
リリィとはパーティーのレンジャーで、参戦前から「アーマーブレイカー」の
二つ名で呼ばれていた凄腕だ。
その役割はダンジョン探索の時に先行して調査、罠の解除も当然のこと。
戦闘では敵魔族のあらゆる補助魔法を破壊する効果が付与されたダガー
「パニッシャー」を振るう。
その性格は自由奔放で女神に対しても「サッフィー」と愛称で呼べるほど。
サクラは極西出身の独自職『侍』を務める令嬢であり、日の根国の五家が一家
「二戸咲」の分家の出である。
皮鎧は軽装ながら、刀一本で的確に敵を引き付けて捌き、一太刀で竜種の首さえ
切り落とす。
特にこの二人はとても仲が良く、二人で組んで戦うことが多かった。
宿をとる時も二人で同じ部屋に泊まることが多い。当時のレルは気づかなかったが、よく彼女らの部屋からはギシギシと異音を響かせていたようだ。
さり気なくリリィがサクラを抱き寄せたりその臀部に触れる様をレル達は何度も
目撃していた。
「いいのぉ・・・わしも若かった頃は襲い来る美少女達を契っては投げ、
契っては投げ、下半身が渇く間もなかったわい」
そして最後尾、レルと並んでトボトボと歩いていたのがこの老人。
僧侶をしている『暴陰坊』ショクだ。
その脳内は金と女と飯の三つが占領し、まさに『破戒僧』と呼ぶ他はないほど
枯れるという言葉を知らぬ老人だった。
だが実力は本物で、攻めれば得意の地属性魔法で敵を押しつぶし、
解呪や解毒、浄化魔法と、補助魔法での活躍も多岐に渡る。
そんな五人+竜一体+神一柱の賑やかなパーティーで、キッド達は魔王ドラコーを倒したのだった。
「のおのお、サクラ殿。わしにもそのタワワなソレを揉ませてくれ~」
背後からショクが飛び掛かり、サクラを襲う。
だがそれを予知したかのようにリリィの拳がショクの体を地面に叩き落した。
「黙れジジイ!サクラのおっぱいもおマン〇も私ンだ!!
誰が触らせるか!」
「う・・うう、お主ら、少しは老人を労わらんか・・・〈ガクッ」
毎日が変わらず、騒がしく賑やかだった。
今見返すと、何で自分はこの輪の中に、もっと積極的に混ざらなかったのか
少しばかり後悔の念があった程だ。
そうして懐かしい場面に浸っていると、またも鏡に映し出された
映像が変化する。
そこにはまた真っ暗闇の中に一人の男が立っている。
「!?」
それはどこか別の時代場所の映像ではなく、鏡の反射の力が蘇り、今ここに
実際あるモノを映し出していることが分かった。
だが、そこには異常な者が写り込んでいる。
レルはゆっくりと自分のアゴに触れる。
長く伸ばしたヒゲがそこには無い。そして鏡に映っている自分も実体の自分と同じ動きをした。
その時、レルの胸の内にザワザワとした焦燥感に似た違和感を覚えた。
「そんな・・・これでは・・・まるで」
鏡には、先ほどまで眺めていた映像と同じ年齢まで若返った自分が映されていた。
〈若返りった?何故、どんな呪いで?こんな・・・『薬』も使ってはいないというのに〉
そうして自分の服を撫で、腕を擦り、髪をかき乱す。
それで分かったのは、鏡に映る自分も同じ動きをするので、これが本物と認めざるをえないということであった。
そうして焦り戸惑っていると、また鏡に変化が起きた。
次は誰かの視点からみた光景だ。
先ほどまでの俯瞰した全体を映したものに対し、今回はやけに主観的で見える範囲が狭い。
時代も先ほどまでの映像よりも更に遡って古い。
キッドとセシリアが先頭を歩くが、その距離は腕一本分以上離れている。
手を繋ぐことすら恥ずかしがっている様子であるが、気持ちは大分近づいているのが伝わる。
まだルビアカインはおらず、女神サフィロニースがぐっと
キッドの傍を歩いていた。
少し見ていると、レルにはその視点が誰のものか直ぐに分かった。
最後尾から歩く者、そしてショクではない誰か。
これは当時のレルの視点を映し出しているのだ。
それは真っすぐに前を見据えていた。
最後尾から仲間達の様子を見渡せるように、何か変化があれば真っ先に
気づけるように、レルは仲間達を見ていた。見ていた『つもり』だった。
だがその内、レルはある事を思い出した。
歩いている内、視界が狭まり、ある一点を重く見るようになっていたのだった。
それは前を歩くキッドの背中だった。
〈ああ、そうだったな。この幻は恐らく、旅の初めの頃だ〉
それはつまり、レルがまだキッドと馴染めず、セシリアを独り占めしていたキッドを妬ましく思っていた頃。
何故かはわからないが、自分のことだからか。
レルはその映像の視線の動きを見抜き、その時の自分がどのように行動し
何を思っていたのか、正確に思いだすことができた。
若き日のレルの視線がキッドの背中に突き刺さっていた。
〈まったく、どうしてあの頃のボクは目が疲れなかったのかな?
あんなに睨みつけるより、認めてしまえばぐっと楽だったのに〉
そう、認めてしまえれば。その一語が不思議とレルの心がチクリとした。
__どうして貴方は世間からイツカを隠そうとするの? __
再びセシリアから問いかけられる。
その瞬間、鏡の映像がガラっと変わった。
次はまた旅の終盤の頃の映像だ。
ルビアカインがおり、キッドとセシリア、サクラとリリィの距離感が
ぐっと近づき、レルの衣装が暗黒魔導士レルだった頃に身につけていた
暗黒色のローブへと変化している。
これはレルが改心した後の頃だ。
視点はまたレルの視界を映したものであり、
パーティーの最後列からキッドの背中を見つめている。
〈・・あれ?〉
映像を見た時、レルは新しい感覚に気づく。
その映像でもまたレルはキッドの背中を見つめていたのだが、
その見つめ方が先ほどと大きく差異があるように見えたのだ。
キッドの背中を見つめているのだが、何と言うか。
もうキッドを睨んではいない。
むしろ好ましいと思って彼はキッドを見ていた。
〈・・・あれ?〉
レルの胸の内から、何か忘れていた感覚が蘇ってくる。
そう、忘れていた何か。忘れようとして必死で隠してきた何か。
その想いとは何だったか?
そう、レルはキッドの親友だった。心の友だった。
そうあり続けたいと思った。そうあり続けなくっちゃ駄目なんだと思った。
ドクンドクンドクン
鼓動が早まる。熱く心臓が動き出して止まらなくなる。
息苦しい、辛い。何かが辛い、胸がギュッと締め付けられる。
レルはキッドに何を想い抱いて
__どうして貴方は世間からイツカを隠そうとするの? __
「!?」
〈その問いは関係ない!今のこの映像とレルの脳内とその問いは関係ないじゃないか!〉
何故、今のタイミングであのセシリアはレルにその問いを繰り返す?
その真意は何だ?
それはまるで、この時のレルの想いが今に影響しているような、
それはまるで、この時のレルがイツカに影響を与えている何かがあるような。
そんな何かがあったようではないか。
たまらずレルは頭をブンブンと振り乱す。
そして気を落ち着かせてもう一度顔を上げた時
「レル!」
突然、鏡の中いっぱいにキッドの顔が映り、レルに微笑みかけてきた。
「・・・・・!!」
その時、一瞬レルの胸に不意なときめきを感じ取った。
赤面し、たまらずに視線を逸らす。
すると、左右に張りつけられていた別の鏡が視界に入った。
「!?・・なん・・・で?」
その鏡には、レルの体が映し出されていた。
所が、全てが違う。映し出されたレルの体が全然違っていた。
顔は僅かに小さくなり、目も少しばかり大きく開いている。
その体は何も身につけていない全裸だったのだが。
レルにあるはずの物がなく、無かったモノが付いている。
その体は少しばかりふっくらしていた。胸に二つの膨らみがあり、
陰部には竿が無く、イツカやベロニカにあるような割れ目が覗いていた。
「・・・これは」
レルは驚愕し、恐る恐る自分の身に触れた。
すると、また自分の体が鏡に映っているものに変化していた。
触れると柔らかな膨らみがあり、腹部や腕、首筋から顔に至るまで
プニプニと瑞々しい。
触りこごちがよく、こんな体だったら自分もキッドと・・・
〈キッドと?・・・ぼ、私は・・・どうなりたかった?〉
「アハハハ!やーだーレルちゃんたらやーらしー!!
本当は私達が羨ましかったんだ?そんな体になって、泥棒ネコになりたかったのぉ?
ヒドイネコちゃんねぇ?」
「違う!」
突然喋り出し自由に動き始めたセシリアをレルは全力で否定する。
「違わないわよ?」
頭を抑えてしゃがみ込み、その肢体を隠してしまうレルにセシリアを歩み寄った。
セシリアはレルの腕を掴むと、グイっと無理矢理に立ち上がらせた。
「違わないよ?その体がアナタの本性だったんでしょ?
アナタが本当に愛していたのは私じゃなかった。
でもあなたじゃあの人の子供は産めないわよねぇ?
だから嫉妬してたんでしょ?だから誰にも奪われないよう、
自分だけの娘として育てられるようにしたかったんでしょ?
だからアナタは・・・・」
__ 私のイツカちゃんをギリギリまで世間から隠そうとしたんでしょ?___
__アナタとキッドの娘として育てたかったのよね __
「!!???」
言い当てられた。確信を突かれたと痛感した。
そう認めた瞬間、レルの意識はまたも真っ暗な闇の底へと落ちていく。
レルはセシリアに腕を掴まれ持ち上げられたまま、意識を失った。
それと同時に辺りの闇が晴れていく。
霧が晴れるように周囲の景色が見えるようになる。
セシリアの幻影が風に吹かれて消し飛ばされるように消えていく。
「・・・フフフ、簡単な仕事でしたね」
セシリアの幻影の下から、アフターヌが姿を現した。




