一話 シーン4『中世戦線とは』
ここで少しばかり、現在の人防軍と敵との戦況を説明せねばなるまい。
始まりは暦1900年のこと。新代魔王の誕生の年である。
ラシューア大陸〈西向きに立つ、逞しい角が生えた横長な牝牛のような形〉
南西部、牛の前足左の辺りにはザム砂漠があり、その最南端に古の魔王城が建っていた。
その年二月、賢者レル・ムックワーは「とある事」が原因により魔王誕生の詳しい月日までを突き止め、魔王が軍の編成を完了させて攻め込んでくる前に、
最も無力に近い魔王誕生の瞬間に、勇者抜きにでも滅しようと考え、弟子数名と
可能な限り集めた手練れの冒険者50名を連れ、まだ魔物の生産が始まっていない、無人の魔王城へと潜入。
産まれて間もない魔王と対峙した。
が、その結果は芳しくない結末に終わる。
レルは不覚を取り、同行者を全て失いつつも、魔王城に最も近い地域ポータルを使用して撤退することとなった。
まさに完敗。
だが命からがら逃げ延びたレルは多くの情報を持ち帰り、各国の王たちに伝えることができた。
今代の魔王の名は「セシリア・ドラコー」
悲しきかな、それは19代勇者「キッド・カッツ」と恋仲であり、レル達とともに戦ってきた聖女「セシリア・ウェルカー」と同じ名であった。
人々から慕われ、神の御使いとして崇拝され、回復と神聖魔法を得意とし、
誰に対しても優しく接し、労り、癒しを与える存在だった。
しかし、1820年に先代魔王討伐を成しえた時、世界を救うために戦った勇者
キッドは命を落とし、それを嘆き悲しんだセシリアは翌年1821年の春を最後に
忽然と姿を消し、それ以降は歴史に名前が載ることはない。
そのセシリアが、キッドが命を賭けて倒した先代魔王「ドラコー」の名前まで引き継いで、魔王として復活を遂げたという。
レルは伝えた。
魔王セシリアは先代魔王と同様に竜のような姿をしていた と。
魔王セシリアは魔王でありながら、聖女としての力も残していたと。
故にレル達は苦戦した。
この時代、多くの魔王は、混沌たる闇の力を行使するのが普通であるという
先入観から、対闇魔法の研究は盛んに行われてきた。
しかしだ、その真逆の神聖魔法には、対策する手立てがあまりにも少なすぎた。
その上、この時代は過去の大戦と比べて決定的に人類側が不利な状況にある。
あの石板に書かれた通り、人々に神々からの救いはない。
魔王が産まれたその日から、人々は神の祝福を完全に失い、今まで使用できていた魔法やスキルの九割を発動できなくされた。
神の意志によって。
使用できるのは、自然界のマナに頼らず、己の魔力のみを使用して発動する
無属性魔法と言われる基礎的なものが数種類。
魔力を底上げし、力を補助してくれるオーブやタリスマンといった魔道具も
在していたのだが、それらも完全に沈黙し、人々は己の力だけを信じて、魔族達と戦わなくてはならないと思い知らされた。
それでも人類は屈しなかった。
魔王はすぐさま魔族を生み出し増やし始め、生まれてから三か月ほど経過した頃、およそ三万の大軍勢を作り上げて、魔族軍は砂漠を横断し北上しようと進軍。
その重大報告に、各国は頭を抱える。
だが、その後の人類は各国からなんとか軍勢を融通しあい、五万の軍を準備して、
魔族軍三万の迎撃に向かわせたのだった。
世界各国に配備されたポータルを、船を、馬車を、飼いならされた飛竜便を介して人員を全力で輸送し続けた。
魔族軍が北上を開始してから、半月ほどのころである。
ザム砂漠を過ぎた先、牛の足の付け根の辺りにある国イルマと東隣にある
ルシャーの両国に軍を配備、その両国に暮らす人々の大半は、別の隣国へ強制移民も同然な強引さで避難させられ、一部の傭兵団や志願兵合わせて三千人だけが残った。
人類軍はその両国とザム砂漠の境界線上に防衛線の第一陣を構築、
約3万の軍を配置。
その背後に構築した第二陣に兵士二万と民兵三千を配置し、大掛かりな砦の建設が同時に開始された。
そしてその年の六月、人類軍はこの戦争で初めての戦闘を体験する。
その戦いは困難を極めた。
身体能力は敵と人類でほぼ互角であったのだが、敵はこちらに対して「魔法攻撃」が使えたのだ。
「ライトニングアロー」
一匹の魔族が先陣を切って人類軍に魔法をうつ。
魔王と同じく神聖魔法だ。
その魔法攻撃に対して、瞬間的に数十人の兵士が切り裂かれて肉片となった。
「くっ、ひるむな!各小隊、防御陣形!対魔法攻撃防御!!」
前線指揮官がそう叫ぶと、伝令が伝わった地域から順に各兵士5~8人ほどの集団で集まり、防御魔法を貼る。
「オーラ!」
兵士一人一人が口々にそう叫ぶ。
オーラ、無属性基礎魔法の一つであり、全ての属性攻撃をおよそ二割ほど軽減する。
だがこれには、幸運なことに、ある小ワザが存在した。
賢者レルが発見したもので、「重ね掛け」が可能なのだ。
一つ一つは弱いオーラだが、二人が重ね掛けすれば四割減のオーラになり、
五人が使えば十割減の完全無効化魔法となるのだ。
ただ欠点としてはこのオーラ、効果を持続させるには発動させ続けなければならず、発動中は身動きがとれなくなる。
そのため魔力切れを起こす前に、敵を倒す手立てが必要になる。
そこは人類の英知で補った。
魔法文明に頼りすぎていたが、この世界にも投石器やバリスタ、大砲などは存在し、人類軍は魔法を奪われた代わりに、それらの兵器を蘇らせたのだった。
前線でオーラで耐えている兵士の近くに向けて、投石器によって飛ばされた、
炎を纏う巨石がいくつも転がってくる。
それらに押しつぶされて、数百の魔族が死んだ。
巨体のオークや巨人種に似た魔族が攻めてくれば、優先してバリスタの矢で刺し貫く。
数百の群れが一丸となってせめてくれば大砲の玉で吹き飛ばした。
それからも激しい戦闘は続き、戦いに一つの区切りがついたのは、戦闘開始から
実に4か月が経過した頃のこと。
第二次防衛線として建造が続けられていた城塞が完成したのだ。
それは魔族が大陸の内陸部に入ってこられないように、牛の前足の端から端までに伸びる長城であり、
その完成と同時に、人類軍の防衛力は完全なものになったと思われた。
最前線で戦っていた兵士は急ぎ城塞内部へと後退。
以後、防衛線第二陣城塞が最前線へと変更された。
これが後にいう「中西戦線」である。
以来、この戦線では今も防衛戦が続いている。
それからおよそ一年もの間、人類軍は魔族の進軍を阻み続け、人類軍は新たに
人類生活圏防衛軍〈人防軍〉と名を変えることになった。
ところが
_________つまらぬ 余をもっと楽しませろ_________
どこかで、動きのないこの状態に異を唱える存在があった。
その日の晩、はるか空の彼方から、それは降ってきた。
それは大きな流星だった。
巨大な流星は南の端の空から飛来し、中西戦線を超えて、城塞から北にずっと
離れた地点に落下し、一部の無人の農村や林を吹き飛ばして、直径約1平方kmに及ぶ
クレーターを作り上げた。
急いで人防軍は人足を集めて偵察班を派遣し、その様子を確認させる。
その中心部には、大きな「エッグ」が割れずに収まっていた。
その卵は、まだ落着の影響が残っているのかと勘違いするほど、赤く燃えるような光をチラチラと放っている。
偵察にきた兵士がその卵に触れようと近づく。
すると、その卵はガタガタと震えだし、ヒビが入り始めた。
「あ!?・・・ああ、あああああ・・・・・・・うあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
偵察班は恐れおののく。
その表情に動揺が走る。
ガラガラガラと分厚い石畳や石壁が崩壊するような重厚な音を立てて卵が崩れていく。
その中にいた何者かが姿を現す。
この時、世界は初めて「神獣」と遭遇したのだった。
その神獣は包んでいた卵とほぼ等しいほど大きく、形はサイに似ていた。
しかし鼻のテッペンに付いた独特の角ははるかに長く刺々しい、その頭の横からは大樹の枝のような、
大鹿のような角が二本生えている。
四本の足はそれぞれ丸太のように太く長い。
その神獣の名は「アグバハ」。
北東の小国に今から200年前まで存在していた推定100人規模のエルフの少数部族の間でのみ信仰されていた神である。
ところが近代化の影響でその部族は住んでいた森を離れて国へ恭順することとなり、町や村へと移り住み、その信仰は絶えてしまった。
アグバハはおよそ50年に一度目覚めるとされ、古き大木を薙ぎ倒し、砕いて土と
すき込み、新芽を育む土壌を作り、森の循環と管理を担うとされた、今では忘れられた神なのだ。
「ボボボボオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
その神が卵から現れ、周囲にまざまざと己の姿を見せつけると疾風のように駆け出した。
アグバハが通った後には、あらゆる人工物が風化する。踏み潰された人々の死体さえ残らない。
この神獣が主神より託された役目は一つ。
人防軍が必死の思いで築き上げた城塞を破壊することだった。
人防軍は決死の抵抗を行った。
全ての大砲や投石器などの遠距離兵器の向きをアグバハに集中させようと迅速に動く。
だが、その神獣の動きに呼応して、魔族軍の攻撃も再開される。
魔族側にも後援の部隊が追い付いたようで、羽の生えた魔族や竜種や怪鳥に似た
異形の怪物が空から城塞を攻め始める。
勇敢な兵士が空に向けて矢を射る。
弓を引こうとする兵士が怪鳥に肩を掴まれ、空高く連れ去られる。
現場判断に委ねられて、発射角度補正が終わった大砲から順にアグバハに向けて砲撃が開始される。
大砲への発射指示を出そうとした大砲長が、空から急襲してきた怪物に上半身を
食いちぎられる。
それぞれの武器でどの敵を狙えば良いのか分からない兵士達がオーラも貼れないほど混乱する。
前門の虎 後門の狼
この時の戦を結果だけ伝えると、人類は丸一晩の決戦によって神獣に致命傷を負わせ、討伐に成功。
魔族軍の6割に被害を与えて撤退に追いやり、見事勝利を収めたのだった。
これは人防軍側に、新たに1万の増援が間に合ったのも大きく、人々の信仰が
失われて久しく、力の多くが衰えた神相手だったからこその勝利だといえる。
人防軍の被害は実に死者二万人、重傷者一万に及び、軽傷者はわざわざ数える必要もないほどだ。
体に傷もつけずに、この戦を乗り越えた臆病者が一人として存在するわけがない。
建物の被害は神獣の突撃によって、城塞の一角に横幅200mにも及ぶ損壊が発生したが、侵入してきた魔族達をなんとか殲滅させ、防ぐことができた。
そうしてこの日、人類は魔族よりも侮ることができない強大な敵、「神獣」の存在を胸に深く刻みつけることとなった。
この日を境に、魔族軍の動きは大きく衰えることとなる。
陸路では城塞によって阻まれ突破困難と見ているのか。現在の魔族軍は海や空を
通って、水棲型や飛行可能な魔物を時折けしかけ、各国の通商ルートに打撃を与えるのを繰り返している。
人類は大昔、魔王城や魔族の動きをいち早く観察する目的のために、ラシューア
大陸牛の前足右に位置する広大な無人地帯ブリガンタ平原に観測所を建てていた。
それを急いで復旧させて軍を駐在させ、魔族軍の動きを常に監視させている。
だが、不気味なことに十年以上たった現在でも、そのブリガンタ平原魔王城観測所が魔族達の攻撃を受けたことは未だない。
まるで、人類に決定的な打撃を与え得る何かが起こる時を待っているかのよう、と人々は今も恐れ、警戒を強めている。
最後に、この神獣を討伐するもう一つの重要性について話しておかなくてはならない。
神獣を討伐できた際に、謎の褒章が与えられることが発覚したのだ。
それはアグバハを倒して直ぐのこと、各国に存在する石板にこう記された。
これは褒美である
貴様ら脆弱な人間達に、次のものを返してやる
生命力増大〈小〉
ありていにいえばHPアップ〈小〉のスキルであるが、その石板の報せに、全人類は歓喜した。
僅かな褒章かもしれないが、神を倒せば、人類は魔法やスキル、力を取り戻すことができると希望を持つことができたのだ。
以後、この18年間で世界各国に神獣を宿したエッグが飛来しては、
人防軍を動員して、数百人規模の部隊をポータル経由で迅速に派遣し、倒してきた。
しかしその度、軍隊が到着するまでの間に神獣によってもたらされる被害はけして安いものではなく。
一つの町や村が地図上から消されるほどの被害が発生することも珍しくなかった。
これまでに出現した神獣の数、34柱。
つまりそれと同じ数だけの魔法やスキルを人類の手に取り戻し、人防軍と勇者達は、力を蓄えつつあったのだった。
「神獣の脅威を甘く見てはなりません。
この落着予測地点は、中西戦線のある地点から何十kmと離れてはありますが、
孵化すれば南下して、また中西戦線へ被害をもたらそうとするかも知れません。
中にいる神獣が高速で飛行するタイプだったらどうします?
それに見てくださいこの位置、無人の森林地帯であるが故に、落着予想地点の周囲にポータルが設置されていません。
我々はポータルを使って世界各国を瞬間的に移動できますが、今回はまったくもって場所が悪い」
言いながらレルは、再びギルドが用意したイルマとルシャーが両方描かれた
拡大地図を引っ張り出すと、その地点周辺で一番近くのポータルの位置を指さした。
「一番近くでさえここ、ルシャー側の森林地帯からやや東に外れたボルダリ村の
ポータルですが。ここから落着予想地点の端まで行くのでさえ2kmもあります。
そこから目視で一番分かりやすい目印のクレーターを探して、卵から神獣が出現するまでに卵を早急に破壊しなければ、被害がでるかもしれないのですよ・・・・
時間の余裕があると思いますか?」
言われて皆、考える。
今はまだ午前であるが、これから諸々の準備をしてからの出発となると、
現地到着が昼頃。
そこからエッグを探しても、もしかしたら我々が森に侵入した地点から最も離れた地点にエッグが落着しているかも知れない。
これでレルのいう通り、ルシャー領ボルダリ村から行っていいのか?
それでイルマ領の側でエッグが孵化し、イルマ国に侵攻を始めたらどうなるか?
「確かに時間は無さそうね。装備の確認を早急に終えて、直ぐ出発しなきゃ」
言って、ベロニカは立ち上がる。続いて他の仲間達も立ち上がった。
「ではこちらへ。地下の武器保管庫にて、皆さんの新装備がご用意してあります」




