4話シーン3「早すぎた退場」
__ああ、本当にイライラする__
神々という奴らは何もかもを偽る。
強大な力を持ちながら、この世界を生み出しながら、私達に心を与えながら、
私達を偽り、私達を苦しめ、私達を裏切ってきた。
この屋敷に入った時から、セシリアは体調を崩すほどの不調を感じていた。
それは彼女だけが神の纏う神気と相性が悪かったからだ。
ただ、そのおかげでセシリアは他の勇者達と比べてこの屋敷に飲み込まれ
、悪夢の世界に取り込まれずに済んだと言える。
この屋敷が悪霊や悪魔の類が用意した狩場でないのは直ぐに分かった。
庭先に入ってからここまでずっと神気がセシリアの嗅覚と聴覚、触覚を
いたずらに刺激し続けてきたからだ。
当の神自身は必死で取り繕っていたようだが、粗が大きすぎだ。
『主人は初め、この近くの村で育てられていたリャームの毛皮を売り、財を集め。
それを元手にして宝石類の売買を始め、この周辺の土地と
貴族籍を買えるだけの財を得ることができたのです』
とは言うものの、このリャーム、以前の回でも触れているが。
確かに高価な毛皮が獲れることから、近くにあるプラーフ村では育成されていた。
だがそれも何百年も前の話。しかもプラーフ村ではなく、その地にあった
前の滅んだ村でのことだ。
今は根本的な問題としてリャームの毛皮は獲れず、劣化防止魔法が施された
生地がいくらか現存する程度なので流通量も壊滅的である。
それにあと一つ、その場で触れられなかった話なのだが、キングスランドにおいて
は家名、苗字といったものは買うことができるのだが、実はおよそ20ほどの家名は
『禁忌名』として正式に登録されており、この国のみならず世界中でも使用が
認可されないのだ。『オルヴェラート』もその中に含まれている。
無論、元々この禁忌名を使っていた家はいずれも大罪を犯したことで家名はく奪、
もしくは『族滅』された家ばかりである。
つまり、もう絶対的に『オルヴェラート』を名乗る人間が
この世に在るはずがないのだ。
賢者レルがこの事に気づいていたかは不明である。
もしかしたら、あの場ではあえて聞き流したのか。
が、セシリアの予想では
〈レルくんたら・・・・魔法と興味のあること以外はとんと抜けてるんだから。
これだから昔から任せておけないのよねぇ〉
残念なことに、前向きな見方をされていなかった。
そしてここへ来てからの待遇の数々、全てがセシリアには苦痛でしかなかった。
それでも敵に気取られないようにするために、何とか必死で抑えていた。
大変だった。
イツカ達が凄い凄いとはしゃいでいた浴場。
彼女らには何とも煌びやかで眩しく豪勢な風呂場に見えたことだろうが、
セシリアには違って見えた。
何十年も人の手が入っていないかのように、
水垢や黒カビでくすんだ空間、神気とは違った異臭がした。
浴槽の中はコケや水草で覆われ、何か分からない生き物が潜んでいたと見え、
たまにポチャンと音がして波打つ。
無理にかけ湯ぐらいはと挑戦してはみたが、井戸水のように冷たかった。
あれでは風邪をひきかけて当然だ。
その上、イツカ達が喜々として使ってしまったあの『シャボンボール』と
いうアイテム。
あんなものが現代の都で流行っているとしたら卒倒ものだ。
イツカ達があの汚い泥玉のような物を握る度、中からナメクジの粘液と
カエルの唾液、毒虫の体液を混ぜて煮詰めたような粘液がダラダラと染み出して
きて、とてもじゃないが体に塗り付けるなんて絶対に無理とセシリアは
感じていた。
実際、あれを体に纏ったイツカ達はモコモコのまんまる羊どころか、
スライムの最上位種「マスターゼラチン」とエンカウントしたかと
セシリアは錯覚したほどだ。
あれはきっと、奴隷に拷問遊びをするときに傷口に塗り付けるのに最適なものだ。
きっとそうすると傷口が爛れ腐敗し、変色していく様をみて楽しむのだと思った。
食堂での食事。
イツカ達は無限に運ばれてくる豪勢な品々が並んでいるように見えたようだが。
セシリアには違った。
イツカ達には壁際に、よく気が利く侍従達が並んで控えているように見えた
ようだが、セシリアにはパーツのあちこちが割れ欠け、微動だにしない
ガラクタの人形を陳列しているようにしか見えなかった。
テーブル上には、何も乗っていない空の器がいくつもそれらしく
並べられているだけに見えた。
それを皆は、子供のおままごとのように口に運ぶ仕草を繰り返して旨い
旨いと感想を述べていた。
だがそれは空気を飲むばかりで何もないので、いつまでも満腹にはなれない。
様子を見るに味は感じているようなので、ダイエットには良さそうだ。
セシリアは、ただ座っているだけでやり過ごそうとしてみたが、
どうやらあの唯一命のある三人のメイドは見張りだったのだろう。
なんとか調子を合わせようと食べるフリを試みたが、セシリアには目の前の皿に
何が乗せられている事になっているのか皆目見当もつかなかった。
それは肉料理なのかも知れないし、パンだったかもしれない、サラダかも知れないと思った。
なので、いちかばちかでスープと信じて、そう動いた。
『ずるる、あら本当!美味しいわねえ、この『スープ』♪』と。
イツカの反応を見るに、どうやら正解だったらしいとセシリアはホッとした。
この屋敷はまさしく仮初で偽りだらけの幽霊屋敷なのだとセシリアは確信した。
さあ今後はどうやって行動しようかと考えたくて仕方がなくなって、こうやって
一人になろうとしたというのに。
やはりこういう館モノの定番なのだろうか?
一人になった者から狙われるのだ。
「フッ!」
グナイは小さく息を吐き、手にした剣で切り掛かってくる。
「・・・・」
セシリアはそれを軽々と最低限の動きで避ける。
そうしてグナイの腕を掴んで動きを捉え、反対の手に魔法弾を生成する。
瞬間的に生み出したその黒い力の塊を迷わずグナイの横っ腹に叩きつけた。
ブシャッ
グナイの胴体が一瞬で消し飛ぶ。壁一面に血の花を咲かせ、吹き飛んだ手足や
頭部が壁に二度三度と跳ね転がる。
「・・・・思ったより弱かったわね」
セシリアはそうポツリと漏らす。
神の一人かその従者とは思っていたがその脆さは想像していたよりもひどかった。
ヒュー
セシリアの髪をどこからか吹く風が撫でていく。
窓は閉め切っていた筈なのだが。
ザシュッ
瞬間、セシリアの腹部を強い痛みが襲った。
「ぐっ・・・なん、で・・・」
自分の腹部を見ると、彼女の腹からは長い刃が生えていた。
それは背中から突き刺された物で、その刺し傷からジワジワと血が広がっていく。
「あ、あんた、は・・・」
セシリアが背後を見ると、窓が大きく開き放たれていた。
そこから侵入したのは、食堂で初めて対面したモニンという料理人だった。
彼女は長剣ほどもある特注の出刃包丁のような刃物を握っていた。
「悪いねえ、勝利の余韻に浸ってたかったかい?だけど・・・」
モニンはセシリアの背中に足を乗せると、グッと力を入れてセシリアを
蹴り飛ばし、得物を引き抜いた。
「あぐっ」
セシリアは為す術もなく床に倒れる。
(あーあー・・・今回はここまでってことかしら?
思ったより短かったわねえ。でも、たっぷり弱体化した状態で手下の一人と
刺し違えなら、まあ悪くは・・・)
「おらっ、グナイ。いつまでも寝てんじゃねえよ。さっさと蘇りな!」
パンパン
モニンが手を二回叩いた。すると、グナイの体から噴き出した血の海が、
消し飛んだ肉片が、ゆらゆらと動き始めた。
「・・そん、な」
戻っていく。帰っていく。部屋中を穢し、異臭をばら撒いた欠片たちが一か所に
集まって混ざり合い、盛り上がり、カサブタのような赤い結晶を形成する。
そこから更に変化し続け、その結晶のそれぞれに転がっていた
手足が頭が取り付いた。
赤いカサブタは徐々に元通りの女性の肉体を形成すると外皮が形成され、
衣服が修復され、すっかり死ぬ前の状態に戻ってしまった。
「ふう・・・ごめんっス、モニン。すっかり油断してたっスよ」
バツが悪そうにグナイは頭を掻いた。
「お前の悪いクセだねえ。あんたの同族は闇夜に紛れて狩るのが上手い
一族だってのに。
毎回、正面から挑むのはバカのすることだよ?」
「もう・・・耳が痛いっスね。良いじゃないっスか。反省してるっスよ!」
「な、なん、で?」
起き上がれない自分の頭上で和気あいあいと語り合う二人をセシリアは
怒りに染まった目で睨みつけていた。
「ああ、魔王さま。気になるっスか?」
「私らはね、主様から無限の命を授かってるんでね。
主様が居る限り、死のうにも死ねないんだよ」
「そういうことっス!おかげでまんまと魔王セシリアを殺すことができて
これでホッと一安心すね、モニン♪」
「ああ、まったくだな!これは大金星だ。
主様はね、アンタのことを一番警戒してたのさ。
どうやらオリジナルじゃなくて劣化コピーで来てたみたいだけど、それでも
勇者のメンバーの中で最大の脅威はアンタだろうってね。
だからどんなことをしてでもアンタをここで消したかったのさ」
(くっ、最初からマークされていたのね。想定が甘かったわ。
こうなったら、早く本体に戻って、もっと上位のコピーを作って再・・・)
「ああ、さっさと死んで戻ってこようとしても無駄っスからね?」
「アンタみたいなチートをそうホイホイ迎えいれるのは簡便さ。
アンタはここから追放させてもらうよ」
「そういうことっス!」
「・・・・!!」
もう意識が消えかかっている時に、なんて厄介なことを、と
セシリアは大きく目を見開き、憎悪と後悔の念で目を濁らせる。
そうして少しずつ、その肉体は灰となって崩れ、
窓の外へ向けて吹き飛ばされていった。
「ではーごきげんようっすー!」
すっかり客の居なくなった部屋から窓の外へ向けて、グナイは陽気な笑顔で
手を振るのだった。
魔王城
角の生えた牝牛のような形のラシューア大陸の南西側にある、ザム砂漠の更に先、
最南端にそびえ立つ巨城。
常に10万の魔族達が跋扈すると言われる城の地下。
そこには巨人が出入りするために作られたかという巨大な扉が存在しており、
その扉を守るようにして、一頭の巨大な五つ首の黒竜が座している。
その黒竜は今、寝静まっていた。
グウグウと音を立て、呼吸の度に胸が動き、肺の活動が見て取れる。
これこそが今代の魔王、セシリア・ドラコーの本体なのだった。
この竜の真ん中の頭には、不思議な角が生えていた。
全身が黒い肌の中に、他の四つの頭には見られない、真っ白に透き通るような
角が一本、生えていた。
その角はとても珍しい性質を持っていて、髪の長い人間種の
女性のような形をしている。
そしてその腰から下をドラゴンの頭部に埋め込んだような
デタラメな生え方をしていた。
それは別名『人間体』と呼ぶべき部位であり、セシリアに良く似ていた。
「・・・んん・・・ん?」
その人間体がモゾモゾと微睡から覚醒するように蠢き始めた。
そうして枕もとの何かを探すかのように手足をばたつかせていると、
ハッと目を覚ます。
「・・・・んん、あれ?えと、えと・・・・ンー!」
人間体はグーと体を伸ばして背伸びをした。
下の竜はそのまま目を閉じているが、人間体と竜とそれぞれ独立している
かのように、人間体だけ徐々に動き始める。
「・・・・ああ、そうだったわね。うん、うん、ああ、
そういう展開になったかー」
もちろん、その人間体とはセシリアだ。彼女は眠って居る間に活動していた
コピーからの記憶を読み取り、そのコピーの経験を追体験していた。
「ちっくしょうめえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
突然、セシリアは大きく吠えた。
それと同時に、その下の竜の目も見開かれた。
__なんじゃ、騒々しいのぉ。つまらぬ些事で吠えるのをやめよ__
下の黒い竜は主に、ドラコーの意識が支配していた。
「そりゃ吠えたくもなるわよ!・・・・・・・
くっ、やっぱりダメね。むかつくー!新しいコピーを送り込もうにも、
あちらから遮断されてて近寄ることもできないじゃない!」
__ほほお、それは大変じゃの__
「他人事みたいに言ってるんじゃないわよ!このままだと、イツカちゃんが!
わわわ、私とキッドの最高傑作が!!愛の結晶がぁ!」
__しらん。お主があちらに入り込んでおる間に、
いくらかの仕込みはできたのであろう?
ならば、後はその愛娘たちを信じるがよい__
「仕込めたっていっても、二つとか三つ程度だけよ!
本当はイツカちゃんに全ての『改造』を済ませたかったのに、
時間が無さ過ぎたわ!!」
__ほうほう、抜け目がないのぉ。ならば後は落ち着いて、
見守るが吉ではないのかえ?__
「見守るって言ってもねえ!
私の意識が飛ばせないんだから、見ることもできないのよ!
ああ歯がゆい!!」
__ならば、貴様が繋がりをもった勇者の紋章の中の担当神・・・・
ビシュナニガシから、映像を送らせてみたらどうじゃ?__
「!?」
その手があった!といわんばかりに、セシリアはポンと手を打った。
__本当に、お主はヌケておるのお。
このような者に力の支配権を奪われるとは、余の名も地に落ちたようじゃ__
ドラコーは不貞腐れるように、項垂れた。
オルヴェラート屋敷
ところ戻って、ここは屋敷のとある一室。
「~♪フフン♪フンフフーン♪」
ここはユリの部屋だ。
彼女はこの部屋でベッドのふちに座り、とある来客を待っていた。
「フフフ♪言ってみるもんだなーこういう突発的なナンパって
拒否されることが多いんだけどぉ。まさかね~ウフフフ♪」
それは今からちょっとだけ前のこと。
ユリは廊下をぶらついていた。そう、せっかくここはメイドさんが多いのだから、
一人ぐらい自分と同じ趣味の女性がいるかも、居ると良いなーと探索をしていた。
その結果、アフターヌと出会った。
その時、ユリにビビッとした何かを感じ取る。
それは少しだけ垣間見せた、アフターヌの奥様への執着。想いだ。
きっとそうだ。
『奥様・・・』
『あら、アフターヌ。どうしたの?』
『その・・・最近、奥様のお部屋から、苦しそうなお声が
聞こえてくるのですが・・』
『赤面〉・・・そ、それは・・・』
『・・・・やはり、そうなのですね』
ガバッ
『あ!何をするのです、アフターヌ!ダメ・・そんなとこ・・ああ!』
『何も仰らないでください、奥様。
毎夜、お一人で自身を慰めておられるのですね。
ですが今宵からはワタクシが、お相手を務めさせて頂きます』
『ああ、駄目よー不貞だわー私は人妻、アナタは使用人。
それに私に仕えているとはいえ、いつかはアナタも誰かの妻として』
『いいえ、ワタクシは生涯奥様の傍で・・・・
お慕いしております奥様・・・いえ、メティース様』
チュッ
〈なんてなんてね!そんなやり取りとかあったりなかったりしてね!
ぐへへへへへ、やべー体が熱くなっちゃうー♪〉
もう既に、辛抱たまらなくなったユリは到底女性とは思えないエゲツナイ顔を
さらして、浸っているのだった。
それだけ、彼女にとっては今回の収穫は大きく感じていた。
まさか一か八かのナンパで、アフターヌは振り向いてくれた。
そしてそっとユリの耳元へ
「・・・もう少しで夜の見回りが終わりますので、直ぐにお部屋へ伺います。
それまでどうか、お待ちください」
そういってユリの頬に口付けし、耳を一舐めしてきたのだった。
〈これもう完璧でしょ!ウフフ、あの様子だとアフターヌさんは
タチっぽい気がするなぁ。
ということは私、久しぶりにネコちゃんに?
あはは、まあレインさんの時と逆転するけど、私はどっちも
イケちゃうからなー♪〉
こうしてユリはコロコロと表情を変え百面相し、かのメイドの到着を心待ちにしていたのだった。
とその時、ようやく誰かが部屋の扉を叩く音がした。
トントン
〈キター!!〉
「ああ、どうぞ空いてます!は、早くお入りください!!」
ドア越しに言われて、廊下の向こうの誰かはゆっくりと扉を開けて入ってくる。
「____!!!??!?!???」
ユリはその姿を見てしまった。




