4話「時計仕掛けの幽霊屋敷」
「こっちっス!」
グナイと名乗るメイドに引き連れられ、カティル達は歩いている。
「・・・本当に、こっちであってるの?」
「以前きた時には、こっち方向に建物なんてなかった気がするんだけど?」
「心配ないっスよ。安心してくださいっス!もちょっとですから」
暗い夜闇を知り尽くした土地とばかりにズイズイとグナイは突き進む。
彼女は何と言うか、非常に開けっぴろげで大雑把。
いうなれば大変に図太く、到底、良家の従者とは感じられなかった。
所が、グナイはそれなりの地位にあるご主人のお屋敷に仕えているという。
そしてカティル達はグナイに、そのお屋敷に案内してもらえることになったのだ。
だが、周囲の林には似た細さ、形の木々が並び、どこまでも似た景色が続くことに
非常に不安が募り始めていた。
カティル達には彼女の行く先が正しい道なのか実は迷っているのか、
それさえ判別つかないのだ。
ただ言われるがままに付いていくしかなくなっていた。
「・・・・カティ、コイツも実はモンスターが化けてるって可能性ないか?」
周囲に聞こえないよう、ロックがカティルに顔寄せて小さくそう囁く。
「んー・・・どうだろ?ちょっと分からないよね」
「あー!酷いっスよお二人とも!私、皆さんを騙そうとなんてしてないっスからね!?
本当に皆さんをお手伝いしたいって思って、こうして案内してるっスよ!?」
「お、おう、聞こえちまってたか?すまんすまん!」
「同じく・・・ごめん」
「・・・まったくもう!私だって、皆さんがエッグに対処するために派遣されてきた勇者だって信じて、こうやって案内してるっスよ?
疑心暗鬼なのはお互いさまなのに、傷つくっスよぉ」
そういって、グナイは少しグズッたり涙ぐんで見せる。
「あ、ああごめんなさい!そうだよね、君から見たら僕らも疑わしいのにね
折角の案内してくれてるのに、本当に、その・・・」
「ぐすっ・・・ほんとっス。
勇者証明書なんて変なカード一枚見せられたからって、
それが本物と信用してもらえるもんじゃないっスよ?」
その言葉が一番、カティルの胸を抉った。
〈今までどこにいっても通用したこのカードが、まさか偽物と
疑われるなんて・・・そんな〉
カティルの目がわずかに濁る。
「もー、カティ。君は本当に女の子の接し方が分かってないんだね。
男として最低と思わないかな?」
「そうだぞ。女のいうことは疑わず、信じて信じて信じ続けるのが
大事だと思うぞ」
「おうおう、ロックにだけは言われたくないんだけど?
お前もこっち側だったよな?」
「そんなことは覚えてない!」
ロックは語気強く波動を放つようにして押し切ってきた。
〈くそっ、コイツのこういう所が憎らしい!〉
「ププゥ!なんか楽しそうっスね、皆さん仲良しさんで良いと思うっス!
気に入ったっス!」
先ほどまでのグナイの悲しげな表情は全て芝居だったのかというほど、
その顔色は明るくなっていた。
「アハハハハハハハハハハ!アハハハハハハハ!!
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!楽しいっス!!」
突然、大声で笑いだすグナイにカティル達は言葉を失ってしまう。
機嫌が直ったのは良い事のはずなのだが、その姿に何かしら違和感を覚える。
どこか不気味にも見えた。
「あ、勇者さん。見えてきたっスよ!」
笑いが収まった時、グナイは突然、木々の向こう側を指さした。
そこには、先ほどまで見えなかったのが奇怪しいと感じるほどに大きな柵と
鉄条門、その向こうに巨大な屋敷が目に入ったのだ。
そのお屋敷に近づいてみると、その門の近くに数人の人影が写った。
「・・・おや、グナイ。貴女もようやく帰りましたか」
「うっす!アフターヌさま。遅れて申し訳ないっス!」
グナイとよく似たメイド服の女性がいた。
髪はストレートで黒く長い、体は無駄な脂肪もなくほっそりとしている。
背丈はやや高い。その眼孔は鋭かった。
「勇者様、こちらのお方が私達のリーダーを務めている
筆頭メイドのアフターヌ様っす!」
〈へえ、そうなのか〉
「・・・ゴホン、いい加減な説明をしないでください、グナイ。
今の言い方では、私がお客様よりも偉い立場ということになってしまいます。
あと、筆頭メイドではなく、執事部門筆頭並びに侍従長が私の
正確な立場と成ります。
以後、お間違えなきように」
「あ、ごめんなさいっス・・・・アフターヌさま。
えとえと・・・・あ、アフターヌ様もお客さまスか?」
凄い不自然な切り返しを見た。
「ええ、お使いの間にお会いしまして。
貴女の方も何とか仕事を成し遂げられたようですね?」
「ウいっス!この程度のお使いお茶の子さいさいっス!」
カティルは二人のメイドを横目に、アフターヌが連れてきた客の方を見る。
「イツカ!?レルさん!セルシアさんも!」
そこには、カティル達と別行動をしていた三人が揃っていた。
「あ・・・カティ、アナタ、も?」
「うん、なんか、この土地に住んでるから、情報収集も兼ねて、
泊めてもらえるっていうから・・」
「ええ、そうだったんですかぁ。私達もそうなんですよ。
ここの奥様や召使い達が、何か情報を集めているかもしれないから、と」
「・・・・」
「へえ、やっぱりそうだったんですね・・・・レルさん?」
カティルは不意に、不自然なレルが気に成り、その顔を覗き込む。
あまりに反応が無く、何も語ってこない。
「レルさま、いかがなさいましたか?」
アフターヌがレルの顔を覗き見、語り掛けた。
するとその瞬間、レルに動きがある。
「・・・いえ、なんでもありません。急ぎましょうか?皆さん・・・・」
そう言って、レルは独りでに門へ向って歩き始めた。
「・・・・」
その姿をセシリアだけが何か気に入らないとばかりに睨みつけてしまう。
そのことにカティル達は気づくことはなかった。
「では皆さん、ここからはワタクシ、アフターヌが
奥様のもとまでご案内いたします。
どうぞこちらへ」
そういってアフターヌに導かれるままに、カティル達は門を通り抜けていく。
「・・・スンスン」
その瞬間、セシリアの鼻がある臭いを感じ取った。
そう、魔族だからこそ過敏にかぎ分けられる「奴ら」の臭いだ。
それは一種の悪臭と認識され、セシリアは自分の鼻を手で覆ってしまう。
「あら、セルシア様。お体の具合でも?」
先頭を歩いていたアフターヌが振り返り、セシリアの方を向く。
「いえいえ、お構いなく。ここのお花の香りが私には少々、強すぎるようでして」
そういってセシリアは無理に笑顔を作ってみせる。
門と屋敷との間には沢山の花が植えられた庭園が広がっていた。
だが、それらから漂う香りとはそこまで強烈な物ではない。
「・・・そうですか」
アフターヌはただ短く、セシリアにそう返した。
「どうぞ、お入りください」
アフターヌは入り口のドアを開けると、カティル達を招き入れた。
それに従って、彼らはゾロゾロと屋敷へ入っていき、最後にアフターヌはドアを閉める。
「ではでは、勇者様。人生最後の良い一夜、存分にお楽しみくださいっス」
ドアが閉まり切ったあと、取り残されたグナイはそう一言漏らすと、
屋敷の中へ向けて手を振った。
これから始まる恐怖の一夜を思い浮かべ、彼女は大きく笑っているのだった。
ガチャン
入り口のドアが閉ざされた。
「どうぞ、ご案内いたします」
そうしてまた集団の先頭へ戻ると、アフターヌは前へ向けて歩き出した。
それに続いてカティル達も歩き出す。
カチ コチ カチ コチ カチ コチ
カティル達は長い廊下を真っすぐに歩く。
その両サイドの壁には何か機械音が響いて来る。
カッチ コッチ カッチ コッチ
それらはある一定の感覚で壁に飾られていた奇妙な機械が響かせている。
カチコチカチコチ ボーン ボーン
それらは規則正しい駆動音を奏で、時折に下で揺れる振り子の辺りから
ボーンボーンと重厚な音を数回響かせる。
何やら円形の枠の中に三本のサイズが違う針が動いているが、あれは何だろう?
気にはなるが、カティル達にはあれらが何なのか皆目見当もつかない。
「ねえねえ、アフターヌさん。あの壁にかかってるのって
どんなアーティファクトなんですか?」
ふいにベロニカがそれらを指さして尋ねた。
「????・・・・ただの何処にでもある時計ですが、それが何か?」
アフターヌはまるで、知っていて当たり前の物というように、
ベロニカの質問に素気なく返した。
そう、まるでアレを知らないことは異常とでもいうように、
さも在って当然のものというように。
それを受けて、ベロニカは世間知らずと思われたかのように焦りだす。
「あ、ああ!ああ、そうですよねートケー、トケー!知ってますよー。
今、都会で流行ってますよねぇ。なんかこう、
あのカチコチ音を聞いているとーなんていうかー
体が軽くなるーっていうかー心がリラックスしてー健康に良い!
みたいな?」
「・・・・・そうでございますね」
必死なベロニカに対して、アフターヌはやや冷ややかにそう返した。
それ以降、皆は何も言わずに沈黙する。
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
ボーンボーン
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
ボーンボーン
延々と長い廊下をカティル達は歩かされ続ける。
その間には何の変哲もない、赤いカーペットを敷いた木製の廊下が続く。
そこには窓もなく、等間隔で並ぶ燭台の明りだけが頼りであった。
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
ボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーン
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
ボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーン
延々とカティル達は歩き続ける。
その間、何段の階段を上っただろうか。
何段の階段を下っただろうか。
坂を下るように上の階へ
穴底へ落ちるように前へ前へと前進し、左へ左へ左へ左へと
四角回って次のフロアへ進む。
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
ボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーン
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
ボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーン
進むごとに、壁に駆けられた時計の数は増え続ける。
数m感覚でかけられていたものが、今では数cm置きに、縦一列に幾つもの時計が
壁を埋め尽くしている。
音はけたたましいほどに大きく成っていく。
それにたまらず、セシリアが自分の耳を塞いだ。
「ちょっとお、この変な音止めて貰えないかしらあ?」
セシリアは声を張り上げる。
「・・・・」
だが聞こえていないのか、アフターヌは振り向きもしなかった。
見れば、他の周囲の誰も耳を塞いでいない。
無表情で、無言でアフターヌの後ろを歩いていた。
〈ちょっと、カインちゃん。答えなさい。聞いてる?〉
必死でセシリアは念話を使って
イツカのコートに姿を変えたルビアカインへ呼びかける。
〈・・・・・・・〉
しかし、返答がない。
〈これって〉
何かに感づいたが、セシリアはそれっきり口を閉ざし、ただ
必死で耳を塞いで、皆の後ろをつけていった。
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
ボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーン
相変わらず音は続く。だが今度は音量以外のことで変化が生じた。
ポッポーポッポー
小窓から機械仕掛けの鳩が顔を出すギミックがある時計が現れた。
~♪~♪
美しい音楽を流しながら、扉から数体の人形が踊りだし、クルクルと回り回る
舞いを見せ、また扉へと帰っていくギミックの時計が現れた。
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
ポッポー ボーン ~♪ ポッポー ~♪ボーン
ボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーン
音の種類が増え、その騒音は更に激しさを増していく。
まだまだカティル達は長い廊下を歩かされ続ける。
すると次第に時計達も変化する。
時計たちの動きが激しく狂いだした。
秒針と時針は正方向へ回り、分針が逆回転を始めた時計があった。
秒針はx軸を回り、分針がY軸を回り、時針がZ軸を回る時計があった。
時針が高速で動き、分針が動きを止め、秒針が1の数字と11の数字の合間を
ブルブルと震えている時計があった。
ボッボー!ボッボー!ボッボー!
時計から飛び出す鳩の人形、その書き込まれた黒い瞳が左右で大きくずれている。
まるで錯乱した人のように。
クチバシの辺りに子供の落書きのようなギザギザ歯が書き込まれている。
まるで野鳥をドラゴンに見立てようとして失敗したイタズラ書きのように。
その飛び出す際の鳴き声が激しく汚くなっている。
まるで狂った世界への移り変わりを告げるように。
~♪ ♪ ドカバキドカバキ!!!
扉を開けて、人形が飛び出す仕掛けの時計。
一人のお姫様と七人の小人を模したそれらの人形。
だが、その七人の小人がお姫様の周りを取り囲むと、
その手に握った斧をもってお姫様をバラバラにしてしまった。
そして小人たち一人一人がそのお姫様の断片を引きずるようにして扉へ持ち帰る。
扉が閉まる。またすぐに開く。
そうするとお姫様の人形は元通りに戻されて出てきた。
そしてまた、小人達に惨殺される。
その惨劇をその時計は繰り返していた。
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
ボッボー ボーン ボッボー ボーン
ボーンボーンボーン ドカバキドカバキ!
ボーンボーンボーン ドカバキドカバキ!
ボーンボーン
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
ボッボー ボーン ボッボー ボーン
ボーンボーンボーン ドカバキドカバキ!
ボーンボーンボーン ドカバキドカバキ!
ボーンボーン
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
ボッボー ボーン ボッボー ボーン
ボーンボーンボーン ドカバキドカバキ!
ボーンボーンボーン ドカバキドカバキ!
ボーンボーン
カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチ
どんどんと荒々しくなる時計の騒音。
あいかわらずそれに苦しめられているのはセシリアだけのようである。
次第に精神が苛立ち、セシリアの堪忍袋の尾が切れそうになる。
試しにこの空間ごと『フォビドゥンオブアビス』ってやろうかと
本気で思い始めた。
そんな時である。
アフターヌは何もない廊下で突然、立ち止まる。
見ると片側の壁に、時計たちに紛れて白い扉が見えた。
その扉を認識した瞬間、辺りで響いていた時計の騒音がピタリと止んだ。
「どうぞ皆様、中へお入りください。奥様がお待ちでいらっしゃいます」




