三話 シーン10「遭遇チンパンジー」
「くっ!どこから!?」
カティルは駆け出した。
自信も確証もなく走った。
それに他の三人も続く。
そうすると人の背丈ほどある、少し盛り上がった地形が目に入る。
そこを登って向こう側を確認すると、ビンゴだった。
勇者の持つ隠しスキルでもあるのだろうか。非常に正確に、
その声の出どこをカティルは突き止めた。
そこには
パンパンパンパンパン
「あああああん♪」
「おっ!おっ!おほっ!そこよ、そこ!も、もっと突いてえ!!」
「じゅぼぼぼぼ!!じゅるっ・・・・ずるる・・・ぷはっ
ほら、もっとちょうだいよぉ、足りないったらぁ♪」
「ウキ木♪ウッキキッキ木~!!」
小さな盛り上がりを超えると、そこには逆に大きく窪んだ所があり、
他の地域からは隠されて見え辛いポイントがあった。
そこでは10人程度の女性が集まっていた。
そして何かしらの宴に耽っている。
まだ宴が始まったばかりだったのか、それらの女性達は衣服を脱ぎきっては
おらず、背中のホックを外して乳をさらけ出し、下着をフトモモまで
ずり下げた状態で何かの異形と絡み合っていた。
「うっ木ー!うき木木!!」
その異形は簡単にいって、植物らしかった。
根が進化しており、土から抜け出して歩行することができる。
葉が発達しており、物を巧みに掴むことができる。
茎が鍛えられており、その体をしっかりと支えられるし、人間と変わらないほどに屈伸する。
その頭頂部にはスミレ科を思わせる、パンジーのような
【わずかに重なった上側の花弁、2枚の脇の花弁、下側3枚の花弁が結合するヒゲからなる花】
を咲かせており、帽子のように咲いた花の下には二つの並んだ目と口がある。
冷気にもやや強いらしく、中には冬から咲き始める個体もあるという
そのモンスターには、足の付け根に薄緑色をした筒状の器官が付いていて、
細かな粉を纏っていた。
それは男性器のようで、それを使って奴らは相手の女性を凌辱していた。
まるでチン〇が生えたパンジー、そこから付いた呼び名こそが「チンパンジー」なのだった。
ずっちゅずっちゅずっちゅ
「あん!あん♪そうよぉ、もっともっとぉ!」
「うっキキッキ木♪」
魔獣チンパンジー達は必死に腰を動かし、女たちの姿を見て笑っていた。
「すっげえ・・・・これがチンパンジー達の繁殖かよ」
眺めながら、ロックがポツリ漏らした。
「繁殖って・・・まさか、人間があんな植物達と子供を?」
「いや、それはない。チンパンジー共の生体でな、受粉させるために
『ある程度の湿度と温度』が保たれた狭い空間におしべを使って
花粉をこすり付けるんだよ。
んでな、その後にめしべの付いた個体がそこにこすり付けて、受粉させるんだ。
だから奴らと人間の混血は産まれないし、人間を代理出産に利用するような
悪質なこともしねえよ」
「なるほど」
言われて、カティルは気づいた。
確かにあのチンパンジーの中には、体の一部が大きく異なる二種類の個体が存在していた。
片方は、薄緑色の筒が付いている。あれがきっとおしべだ。
そして他に、まるで苺を乾燥させて細くしたような薄紅色の何かがついた
個体が混じっている。
その後者は大体、おしべの個体が女相手にピストン運動を繰り返して花粉を
たっぷりと塗りつけた後に、交代して挿入を行っている。
つまり、めしべだ。
「あっ!あっ!ああ♪
もっとぉ♪もっと来なさいよ、もっと激しくしてくれないと
割りにあわないったら♪」
どうやら参加している女たちの内、強制させてきている者はいない様子だ。
どの女性も楽しんでいる様子で、チンパンジー達に必死でしがみ付いている。
その表情はいずれも恍惚とした笑みを浮かべ、淫らに腰をくねらせている。
奴らは知っている。
人間は高い知能を持ち、自分達を容易く殺す力がある。
だがそんな人間もちょっとした快楽と欲に溺れ、安々と無力化する。
毎日、日が暮れるとこの宴の場に集まってくる。
今日にいたっては日も暮れきらない内からやってきた女がいるほどで、
その分宴の開始も早まった。
それほどまでに、この女たちは自分達の思う通りになっている。
チンパンジーはモンスターの中でも非常に低いランクの扱いだ。
そんな脆弱な自分達が人間達を巧みにコントロールできていると、優越感に浸る。
自分達の種族的な劣等感や征服欲が満たされる。
そうしてウキウ木と独特な笑い声をあげていた。
そんな邪悪な宴を見て、カティル達はというと
「お・・・おお!カティ見てみろよ、あそこに見えるの確かカレンさんじゃね?
ほら、以前にここ来た時、新婚ホヤホヤで旦那さんと幸せそうにしてた!」
「うん、すっごいなぁ。前と後ろ両方使って、挟まれちゃって・・・」
(旦那さんは出稼ぎかな?命がけで稼いでるっていうのに、
奥さんがこれとか・・・)
「グへへへ、どの女性も乳首とかアソコの色まで観察できるし、眼福眼福だ~」
「ユリ・・お前的に、ああいうのは問題ないのか?」
「そんなの、人間の男相手じゃないからセーフだよ。
あんなのバ〇ブとか〇ィルドーと同じだよ」
「そ、そうなのか・・・」
何か納得がいかないと思いつつロックは、ゲヘゲヘとヨダレを垂らすユリから視線を戻した。
「あ、ホラ!あっちはさっき聞き込みしたご婦人aだし、
そっちは未亡人のスージーさん!?」
よく見たら、先ほど聞き込みをした女性陣が粗方参加しているようだ。
畜生、道理でしらばっくれる訳だ。
「あれっ・・・ロック!なんかおかしくね?
スージーさん、両方の穴も使われて、口も、両手にも握らされて、
その上、ヒザで挟んでるのか!?」
なんという高度なテクニックだパネェ!
「あそこの女の子も凄いぞ・・・あれ、一つの穴に二本・・・・」
「うわぁ・・・あっちの人、お尻叩かれてるのに一つも嫌がってる
風じゃない・・・」
「うひょ♪帰ったらあの体位とかレインさんに試したいかも~、ぐへへへへ」
カティル、ロック、ユリと三人は肩を並べてその光景を眺め、すっかり鼻の下を伸ばしていた。
だがその時である。
「カ~ティ~ル~!」
突如、背後から巨大で邪悪な殺意の波動が放たれているのを感じ取った。
「べ、ベル!?ど、どどどどどうしたんだよ、突然」
「お、おおおお、俺達はただ、突入のタイミングを計って、観察を」
「そうそう!ロックのいうとおりで!」
必死でバレバレな嘘を並べ立てる三人に対し、ベロニカは無言で拳を構えた。
「カティ?私という者がありながら、何に見とれてたのかしら?」
「え・・いや、だから・・・」
「言い訳はなしよ?二度も言わせないで」
ベロニカは非常に冷静にゆっくりとした口調でカティルにそう告げた。
やばい、ベロニカの目がギラギラと輝き、暗黒のオーラが更に強まっている。
下手な言い訳は逆効果だ。命に関わると、カティルは本能で感じ取り理解した。
「ご、ごめんなさい!」
カティルはその場で、西方の島国に伝わるというDOGEZAをして、
ベロニカの怒りが納まるのを待つ。
「・・・今回だけは許してあげる。けど、次やったらカティルを殺して
私も死ぬからね?」
ベロニカは自分の親指を自分の喉に当て、掻っ切る仕草を見せる。
「あ、ありがとう、ベル。愛し・・」
「そんなゴマスリする余裕があるんだったら、
さっさと突撃してきなさい三人とも!!」
気合の入った怒声。
「「yes!mam!!」」
ベロニカのそれを受けて、反射的にカティル達は武器を構えて、
宴の会場に殴りこんでいくのだった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「キキ木?」
突然の怒号。ある手の空いた一匹のチンパンジーが振り返る。
「くたばれ!!」
その刹那、そのチンパンジーの視界に写ったロックの斬撃がその胴を真っ二つにした。
「きゃあああああああああああああああああああああああ!!!」
「なにっ、何なのよ!!」
次に事態に気が付いた女性陣が悲鳴を上げた。
〈息抜きの邪魔をしていまい、すいませんねお姉さん方〉
ロックに続き、カティルも抜いた獲物でチンパンジーの一体を両断した。
『マクアウィトル』普段使ってる剣とは剣筋や力の込め方にコツがいる武器だが、
カティルは問題なく使えそうだ。
「魔滅の弓 二の矢 鈴蘭!」
ユリの空に向かって放たれた一本の矢が魔力によって分裂し、十本の矢となって
地面に降り注ぐ。それらが驚くほどのコントロールをもって人間をさけ、
チンパンジー達を射る。
「きっ、木木!危機キ!」
一体のチンパンジーが周囲に号令をかけ、足早に撤退を始めた。
蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出すチンパンジー達。
カティル達の他には、宴に参加していた女性陣だけが残った。
「ふう・・・とりあえずはひと段落かな?」
「おうっ、これで人間様の怖さを思い知って、人里近くまで下りてこなくなれば万々ざ・・・」
「何が万々歳よ!」
突然、カティル達が怒鳴られた。
その声の方を向くと、この村の女性陣がひと塊となって、カティル達を睨みつけていた。
「私達にとってあのモンスターがどれだけ大事だったか分からないの!?」
「出稼ぎに行ったきり帰ってこない旦那や恋人を待つコッチのこと
考えたことある!?」
「別に私たちの体に害があったわけでもないのに、折角の偽チ〇ポが
台無しじゃない!!
勝手に追い払って殺して、どう責任とってくれんのよ!!」
「「そうよそうよ!!」」
カティル達には村の女性陣から凄まじいまでの殺意が向けられていた。
全員、一様にきつく目を吊り上げて睨みつけてくる。
「え・・と・・その・・・」
タジタジとなりつい後ずさりする。
一歩、二歩と下がると、女性達は同時に一歩二歩と迫ってくる。
「ゴホン、カティルくん。ここは僕に任せたまへ」
何故か、おかしい似合わない口調でロックが一歩前に出てくる。
「ちょっ、ちょっとロック!何考えてんの!アンタに何ができるってのよ!!」
「安心してくれたまへ、ベロニカちゃん」
〈ちゃ・・ちゃん??〉
ベロニカの背筋を怖気が襲う。
「僕に良い案があるんだ。任せてクださイ」
やべえ、本人は似合わない口調なのを自覚してねえ!
「あら、お待ちになって、ロックさん」
すると今度はユリが一歩前へ出て、ロックと肩を並べて立ってみせる。
「アナタばかりに良い恰好はさせられなくってヨ?」
こっちもヤバい!口調がおかしい。似合わない。
「うむ、ではユリくん。同ジに行クということでいイのダね?」
「ええ、モチロンですワ」
お互い、目を合わせて見つめ合い、次に怒りに支配されていた女性陣達に
向きなおる。
「皆さん、折角のストレスのはけ口を奪ってしまい、申し訳なく思います。
そのお詫びとして、どうでしょうか?
よろしければ僕と!」
「私が!」
「「皆さんのお相手を務めさせてください!!」」
ロックは自分のズボンとパンツを脱ぎ去り、ギンギンに立ち上がった邪神像を
さらけ出した。
ユリは自分の衣服を緩めて、服の隙間からチラリと自分の乳房を晒す。
「「バカやろう!あんたら相手だったら浮気になるでしょうが!!」」
「人外相手だからセーフになるのよ!!」
「はい、仰る通りです!」
女たちの圧に屈し、カティルは素っ頓狂な声を上げた。
ますます彼女達の怒りが増大したのが見て取れる。
ドグシャ!
一人の女性が投げた小石がロックの顔面にめり込んだ。
「ひでぶ」
それでもロックは何とか意識を保っているらしかった。
〈ほんと殺しても死なないな、コイツ・・・〉
カティルはシミジミ思った。
だがこれは不味い。
ロックが愚策を労した結果、やる前よりも悪い展開になりつつある。
〈どうしたら・・・〉
今までに感じたことのないピンチが訪れた。
その時だ。
「キキ危機キ危機キキーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
突然、周辺一帯にあのチンパンジーの咆哮が木霊した。
その場の全員が振り返り、林の向こう側へと視線を向けた。
そこには既に数えきれないほどのチンパンジー達が群れを成してこちらを睨みつけていた。
「「きゃああああああああああああああああ!!」」
女たちが恐怖し叫ぶ。
「ここは危険です!早く安全な所に!!」
まだ取り囲まれきってはいない。
これ幸いにとカティル達は、まだチンパンジー達の姿が見えない木々の隙間へ
誘導する。
そして女たちが去って行った方を背にして、チンパンジーを迎え撃つ。
「キキ!危機キ!キ木木キキ!!」
林から駆け出し、一気にチンパンジーの群れはカティル達に迫ってきた。
「魔滅の弓 三の矢!梅!!」
先ず始めにユリが一矢、チンパンジーの群れの最前列を十匹ばかり縫い付けた。
前回の石蜘蛛と違い、貧弱なモンスター相手ならその拘束時間も長い。
「キキ・・キキ!!」
その領域に入るとマズいとみるや、後列のチンパンジー達は左右に散開して、
二手に分かれる。
そしてカティル達を挟み撃ちにしようと襲ってきた。
「よし、悪いがカティ!俺はユリの護衛に回る!
お前とベル、二人に任せていいか!?」
「・・・じゃあ、俺とベルは遊撃ってことで」
珍しく提案をしてきたロックの心情を優先して、カティルは同意した。
ロック的にユリに良い所を見せたいわけだ。
「慣れない武器使ってるんだから、無理しないでよカティ!ハアッ!」
「でやあああああああ!!」
カティルとベロニカが同時に駆ける。
だが二人は固まらないよう、途中からは離れて別々の群れに飛び込み、
荒々しく一匹一匹を撃退していく。
「スラッシュ!」
ロックの出来損ないのようなアックスがチンパンジーを両断する。
「シールドバッシュ!」
飛び掛かってくる敵に向けて盾を振り払って弾き飛ばす。
その立ち位置は常にユリの前へ。
そしてユリはそんなロックの肌すれすれを狙うようにして弓を放つ。
「魔滅の弓、四飛んで五の矢! 花桃!!」
何で4を飛んでとあるかというと、ユリの先祖の国では4が不吉の数字とされているかららしい。
故に技の中に4の矢はそもそもなく、五の矢にその名残を残したのだ。
打ち出された矢はロックの肌をかすめるようにして直進してチンパンジーの一体を
貫くと、速度を落とさずにそのまま二体目三体目を仕留めると、
まるで意思があるかのようにuターンして帰りしなにまた数匹の獲物を刺し
貫きつつユリの手に帰ってきた。
ユリはその花桃を数回繰り返す。
矢を最も温存できるこの技が一番この場に合っていたかに見えた。
「はあ!テヤァ!セイッ!!」
ベロニカは既に何体ものチンパンジーに囲まれていた。
前後左右全ての方向から攻撃を受け、ベロニカは背中に目が付いているように
それらを察知し、確実に一匹一匹を一撃で打ち砕いていく。
その立ち位置は小さな円陣の中にいるようにピタリとその場から動かない。
出すぎず、自分に向いた視線を感じ取り、かかってくる敵を片っ端から屠る。
堅実で堅牢、確実にかかってくる敵を打ちのめす闘法。
〈師匠の教え、けして忘れはいたしません・・・〉
周囲の敵に気を配りつつ、ベロニカの心の中には師への感謝と畏敬の念が湧きたっていた。
ベロニカの生まれはカティルと同様、村の農家の出である。
父親は木こりをし、母親は家事に勤しんでいた。
夫婦仲はすこぶる良かった。
ベロニカの理想の夫婦関係の見本のような両親だった。
そんな彼女が幼馴染のカティルが勇者として見出された時、幸運にも彼女は
勇者の仲間として選ばれ、カティルと共にレルが当時在籍していた訓練所にて、
鍛錬を積むことになる。
それまで知らなかったことであるが、ベロニカには格闘術の才能があった。
それもちょっとやそっとではない、遺伝子レベルで何代も重ねてきたと思われる
ほどの類まれなる才能が宿っていた。
そうして一旦はカティルと離れることになるが、彼女は格闘術の師の元で鍛えられることになる。
その師匠というのが不思議な人で、年齢が80歳を超える高齢で、
初めてあった時から杖をついていた。
体も干物のようで、瘦せ細っていた。
だがその内に秘めた力は凄まじく、ベロニカはついに一勝も奪い取ることができずに卒業を言い渡された。
ある日、師匠はベロニカを連れてある物を見せてくれたことがある。
それは暮らしていた訓練所から少し離れた森の中、奥へ奥へ進んだ先に生えていた大樹だった。
その幹は太く、周囲の木々の十倍はあった。
樹齢は千年に届くとも言われていたその樹は枝葉も長く、その樹一本が一つの森に見えるほどに巨大だった。それを前に師匠は口を開く。
「ベロニカよ
そこに、太い根がある。これを忘れてしまってはいけない。
この樹は、幾たびも他の木々を襲い、葉っぱを拭き荒らし、
頑強な幹をへし曲げるような大荒れの時ですら、
ここに立っていた。
それはこの根があったからだ。
わしの目指す先は常に、この樹にあった。
ベロニカよ
この樹の根を見よ、青々とした葉っぱを見よ、この大木そのものを見よ。
これらにこそ、その偉大なる壮麗さがある。
・・・・このずっしりとした姿はどうだ?」
あまりに抽象的なこの言葉が、ベロニカの胸には驚くほどにすーっと染みわたるのを感じた。
理屈ではない、もっと根深い真理に触れたという思いが浮かび上がるほどに、
ベロニカはある種の感動を覚え、師と共にその大樹を眺めていた。
そう、ベロニカにとっても同じだ。
あの大樹こそ、あの壮麗で偉大な姿こそが今の自分の理想なのだ。
だからこそ、ベロニカは屈しない、退かない、怯えない。
既に何十体ものチンパンジーを砕いてきたベロニカであるが、その体にはまだ
大きな大樹のごときエネルギーで満ち溢れていたのだ。
だが、チンパンジー達は勇者達の想像を軽く超えてきた。
日は既に暮れ、周囲の闇が濃くなっていた。
元来、太陽の光を失うと弱体化して姿を隠す筈の植物族モンスターなのだが、
この日のチンパンジーはそうはならなかった。
確実にその数を増やし、距離を詰めてくる。
「ぜえ・・・ぜえ・・・・くそっ、どれだけ居やがるんだ」
あのロックの息が上がり、肩で呼吸していた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・ま、まだまだぁ・・」
ベロニカの目からは未だ闘志が失われていない。
しかし体のバランスを崩しかけ、既に円の中から外れるように足が
もつれ始めている。
「ちっ・・・矢がもう・・・」
指先で残りの矢を数えていたユリが舌打ちする。
時間をかけている間に打ち出した矢は敵に叩き落とされ、摩耗してへし折れ、
徐々にその数を減らしていた。
残りの矢はあと一本しかない。
「・・・くっ、どうすれば・・・」
もう何体倒したかなんて100を超えてからは数えていない。
なんでこんな事になった?
カティルの持つ紋章の加護の影響があれば、本当ならばここから逃げおうせる事は簡単なはずだった。
ところが、そう思ったカティルが紋章の力で味方にバフを与えようとした時である。
「・・・そんな、なんで?」
カティルの手に宿るライトニングエッジの力が反応してくれなかったのだ。
その理由は、紋章内の世界にて
「ぐうううううううううううううううううううううううううう!!
だめよ!!カティルきゅん!!今はもうダメなのお!!
今回だけはこらえてええええええええ!!」
事もあろうにビシュメルガが力を引き出されないよう、必死の抵抗を行っていたのだ。
「今はダメなの!!今だけは、あの紋章の力を引き出したらあのバカの付与スキルが
発動しちゃうからああああああああああああああああああ!!!」
顔を真っ赤にして、その世界の下から湧き出ようとする黄金の鷹をビシュメルガは
抑え込んでいた。
理由は、カティルに新しく付与された『あのスキル』にある。
『ちょー優秀でちょーイカした神の祝福』〈期限:特定の神との決戦、またはスキル******習得まで〉
効果:ライトニングエッジの使用回数増 威力増
デメリット:発動一度ごとに〈まだ見せられないよ〉する
「ちくしょうめ!あの悪ガキバルスターズ!!
よくもこんな面倒なスキル付与しやがって!!」
結果、ビシュメルガはカティルに力を貸すことを拒んでいたのだった。
その間にも、チンパンジーはまるで無限に湧き続けているかのようで、
ここらの森林地帯に生えている木々と同数のチンパンジーが生息していたのでは
ないかと疑ってしまうほどに、奴らの勢いは留まらなかった。
「キー喜々キ!!キキう喜キー!!」
奴らはこちらの状態を見て、笑い声を上げ始める。
だがそれらも渾身の一振りで何とか撃退する。
しかし息を整える間も与えずにまた一匹が飛び掛かってくる。
カティル達はその時に何となく気づいた。
一度に襲わずに単発的に襲ってくるチンパンジー達はもう、自分達を残虐に弄び始めていたのだと。
既に周囲はぐるりと取り囲まれ、その円の中心にカティル達は集められていた。
「・・・万事休すっていうんだっけか?」
「ああ、多分・・・その使い方あってると思うぞ、ロック」
「へっ・・・へへへ、やりぃ」
頑張って軽口を叩くが、それが体力の限界に近付きつつあることを物語っていた。
辺りは暗く、しかも明りや松明の用意もままならない。
どっぷりと暗くなった話の中で、姿が見えなくなって目だけが赤く光る
チンパンジー達にカティルは焦りを覚えていた。
「ちっくしょ・・・・何か・・・手はないのか?」
一匹、また一匹と断続的に襲い掛かってくる敵を渾身の一撃で倒していく。
だがもう限界がきていた。
「キキ!危機キ?喜々喜々キー♪」
一匹のチンパンジーがより声を大きくして笑った。
それに合わせて他のチンパンジーも笑う。
もうこんな茶番は終わりにしようと、最後の一斉攻撃のタイミングを計っていたのだった。
「くっそ・・・こんなことなら・・・・ん?」
ピカーン!
その時、ロックの脳内に一つの閃きが。
「おいユリ!良い方法がある!!これを使ってみてくれ!!」
ロックはヨタヨタとユリに近づいた。
「なによ・・・アンタに策でもあるっていいたいの?
父親の金〇マの中に脳みそ全部忘れてきた能無しのくせに!」
「それ言い過ぎじゃね?・・・まあ良いよ、ああ良い手を思いついたんだ。
だから協力してくれ、ユリ」
「な、何ができるっての?」
「・・・へっ、こうするのさ!」
瞬間、ロックはユリの手を掴んだ。
そしてその手にある物を握らせた。
むにっ
〈ナニコレ?・・・硬いようなけど金属感がない?それにふと・・・〉
瞬間、何かを察したユリの顔面から血の気が引いていく。
ロックはユリの手を自分の胸より下の位置へと導いた。
ロックは先ほど、助け出した女たちにサービスしようとして下半身を脱いだままの状態で今までいた。
つまり
「これって・・・ま、まままままさか」
フルフルと肩を震わせて、ユリはロックの顔を覗き込む。
暗がりで顔を近づけないと表情が読み取れない程度だが、恐らくはロックは
「oh、Yeah!」
それはそれは幸せそうに微笑んだようだ。
そのユリに握らせたロックの一部が起き上がり、太さを増した。
「い、いいいいいいいいいいい
いにゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
まるで拾ってきた野良猫のようなユリの悲鳴が暗い林の中を駆け抜け木霊したのだった。




