三話 シーン9「偽りの花嫁」
「・・・貴女は?」
レルはゆっくりとそのメイドに尋ねた。
人の姿をしてはいるが、人に化けることに長けたボルガバの件もある。
油断はしない。
メイドも森を出てスタスタとレル達に歩み寄ると、スカートの端を掴んで
一礼した。
「初めまして。ワタクシはこの近くにあるお屋敷にお仕えする
『アフターヌ』と申します。
そちらはどなた様でしょうか?」
「・・・レル・ムックワーと申します」
「イツカ・・・」
「どうも、セルシア・カッツと申します。ほらほら、イツカちゃんたらぁ、
知らない人にあいさつする時はフルネームでって、教えたでしょぉ?
やーりーなーおーしー」
セシリアはおもむろにイツカの頭を掴むと、ムニムニと顔面を揉みしだいて
マッサージした。
「ふぁ、ふぁふぁら、おふぁーはんうはい!うはふひふ!!」
「だめだめよ!これはお母さんの愛のムチなの!!ほら、やりなおして♪」
「むー・・・わた、し、イツカ・カッツ、です。こんにちは〈ぼそっ」
言い終えるや、イツカはアフターヌからバツが悪そうに顔を背けた。
「レル、ムックワー?イツカ?・・・まさか!
かの勇者パーティーのメンバー様ですか!?」
「ええ、その通りです」
レルは背筋を正してそう答える。
「まあ、なんという幸運でしょう!ワタクシ共、屋敷の者一同、近隣にエッグが
落ちてきたと聞いてずっと気が気ではありませんでしたの。
どれほどの軍がいつ頃来ていただけるか不安でしたぁ。
まさか勇者様方に来ていただけるなんて、奥様もお喜びに成られますわぁ」
「奥様、というのは?」
「はい、ワタクシ達の雇い主様でございます。
森に別荘のお屋敷を構えておりまして、今は、体調を崩されたことが原因で
都を離れ、こちらで療養しておいでなのです」
〈この森に貴族の私有地?そんな話は聞いていないのだが・・〉
だが、このアフターヌのスラスラとした饒舌な話し方、
レルには嘘偽りがあるようには感じられなかった。
少なくとも、アフターヌ自身はエッグから現れた神獣ではないのかも知れない。
レルは警戒を緩めてはいなかったが、
過度に彼女を敵として認識もできないでいた。
「・・・何かエッグについて情報はございませんか?
どの辺りに落着するのが見えたとか、
獣の遠吠えが聞こえたという程度でも構いません」
尋ねられて、アフターヌは腕を組んでウームと唸る。
「・・・・いえ、その日の晩は非常に静かでして、
今朝方になって村の方々からの伝言で、初めてこの地域にエッグが
落ちてきたと伺ったぐらいでして・・・」
〈これが本当なら、エッグの落着地点はこちら側ではない?反対側の南側か!?〉
だとしたらまずいことになる。
定期馬車の停車場もあるし、村だけでなく街への被害が出る可能性が一層高まる!
〈これは早く戻らなくては!!〉
「イツカ、セルシア!ここは一旦、村へ戻ってカティル達とごうりゅ・・・」
「お待ちください、レルさま!」
合間にアフターヌが口を挟む。
「あの、もしかしたらなんですが、ワタクシどものお屋敷にきて頂くことはできませんでしょうか?
もしかしたら、先に屋敷の使用人達の誰かが情報を掴んでいるかもしれませんし・・・それに」
アフターヌはレルの手を掴んだ。そしてその透き通った眼でレルの顔を見つめる。
「それに、レル様達が来てくださったら、屋敷の皆も安心すると思うんです」
〈これって〉
唯一セシリアだけが何かを感じ取る。
「・・・・・・・・ああ、それもそうですね。参りましょうか」
part カティル
イツカ達が北側を調査している時、カティル、ベロニカ、ロック、ユリの四名は
村の南側を調べていた。
そこはプラーフ村の隣りにある街エプンホルの中間にある地域である。
そのため、北側と比べていくらか人の手が入っており、整備された道もある。
もしもエッグが落着した地域がこの近辺であるなら、相当数の観測者が現れて
特定も容易であるはずだ。
故に、カティル達の中ではエッグの落着地点は恐らくは北側が濃厚と予想され、
目下の目標はもう一つの案件である「魔獣チンパンジー」の捜索にやや傾いていた。
そのためにはまず、カティル達はプラーフ村の住民たちに対する
聞き込みから始めた。ところが
「すいません、最近、チンパンジーという魔獣の目撃情報が届いているのですが、
ご存知ありませんか?」
ご婦人a
「いいえ?初耳です」
ご婦人b
「知りません」
少女1
「んー・・・私は聞いたことないなー」
未亡人
「・・・すいません、私もあまり・・・」
「どういうことだ!?エッグのことはまあ分かるとしても、なんでチンパンジーのことを誰も知らないんだ!!」
「うん、確かにね。チンパンジーといえば、ゴブリンと並んで
身近なモンスターだ。
その発見情報があるのに、村人たちは誰も知らないなんてそんな・・・」
「ていうかさ。私、思ったんだけど、この村って男の人少なくなかった?」
「ああ、聞く所によると、前回のボルガバの一件で金欠に陥った家の連中から、
働ける若い男共は出稼ぎに出たんだと」
「出稼ぎって、そんないくつも伝手あったっけ?この村・・・」
何気なく尋ねたカティルの質問に、少しムッとしてロックは答える。
「・・・そんなの、引く手あまたで需要爆上がりの派遣先があるだろ?
中世戦線みたいな戦地とかよ」
「・・それってつまり」
〈魔族や神獣相手の戦場へ傭兵として稼ぎに出た村人が多いのか〉
「フフフ♪つまり、今のこの村の女性達は男日照り、
性に飢えてるかもしれないって事だよね♪
今回の件が落ち着いたら、各家を訪問して慰めてあげないとね♪」
ユリはこれでもかと目をギラギラと輝かせていた。
「こら、ユリ。そんなことしなくても、ここにだってお前に飢えてる
哀れなイケメンがいるんだからよ。
今晩とはいわずに、今からでもその辺の茂みで・・・」
「黙れこの女の敵!」
ドゴスッ
ユリの強烈な拳がロックの顔面に炸裂した。
顔に大きなクレーターを残し、ごとりとその巨体が崩れ落ちる。
「あーん♪ベルゥ、何でか知らないけど私って最近、
このクズゴリラに狙われてるみたい~。
ベル、ひ弱で弓引くしかできない私を守って~♪」
言いながら、ユリは実に自然とベロニカの胸当て越しにその乳を揉み始めた。
「・・・ゆり?私ってロックの数倍のパンチを飛ばせるんだけど、受けてみる?」
ベロニカはあくまでも平和的にユリに警告を促す。
その際、特殊金属繊維製のベロニカの胸当てが硬質化して、
ユリの乳もみからその身が守られた。
どういう原理かは不明だが、どうやらその胸当てから見て、
ユリの行いは攻撃行為として認識されたようだ。
もうまともに揉ませてはもらえないだろう。
「どっこい・・せ、と。おいロック、無事か?」
必死にカティルがロックを助け起こした。
「お・・・おぅ、しゅまねぇ、ふぉふにひふへ〈恩にきるぜ〉」
今の一撃でロックの顔面が砕かれて、まともに会話もできないらしい。
「・・・がっかりしろ、傷は深いぞ。墓はどこの辺りに作ればいい?」
くだらない冗談を言いながら、カティルはロックの顔面に回復薬をかけ始めた。
「勝手に殺すんじゃねえ!」
かくして、カティル達は一旦聞き込みを切り上げて、村南側の林でエッグの捜索を始めた。
ここらは隣の町との間にある土地だけあって、道だけでなく木々もある程度の
剪定が進み、十分に人の手が加わっている。
木々の隙間から射す光は明るく、見通しもよい。
それもあって、四人は二つのグループに分かれ、それぞれ少しだけ距離をとって
行動していた。片方はユリとベロニカ。
「・・・ちょっと、ユリ。あんたいつまでべたべたすんのよ」
少し青筋を浮かべて、ベロニカは抗議する。
「うふふふ♪やーだー明るいけどこわーい♪もう少しこうさせてよー」
対して性懲りもなくユリはベロニカに引っ付いていた。
しっかりと腕に捕まり、時々さりげなく、肌全体を擦り付けてベロニカの体を堪能しているらしい。
それにも関わらず、ベロニカはそのがっしりとした身体能力と大幹を発揮して
スタスタと林の中を歩いた。
もう片方はカティルとロックのペアだ。
二人、近い距離で肩を並べて歩いている。
「・・・なあ、ロック。ちょっと聞きたいんだけど、さ・・・」
「なんだよ?」
「お前さ・・ほんと、何があったんだ?
休みの前まではユリといがみ合ってたっていうか、熱い火花散らす感じだったのに、今朝のアレは衝撃的すぎた」
「・・・そりゃぁ、うん・・・」
ロックはしばし黙り込んだ。
カティルが感知している限り、やはりロックの調子が悪くなったのは今朝からだ。
カティルはたっぷりとベロニカとイツカの三人で楽しみ、リフレッシュできたのに対し、朝のロックは感じが違っていた。
『・・・ああ、カティか。おはよう』
先ず反応が遅れていた。その表情からは疲労感というか、何か重いものを感じる。
『いや、大したことじゃねえよ。
ただな、昨夜のお前ら三人の超絶ハードプレイの騒音に当てられて、休めなかっただけさ』
とは言っていたものの、あれが本心か疑わしかった。
初めは申し訳ない気持ちになったカティルだったが、思えばロック達だって
同じようなナニをしていた筈だ。
大人しく寝てただけとか休めなかったとか嘘だろう。
そして一番の変化がユリに対しての反応。
『好きだ・・・ユリ。何度もお前を諦めようと思ったんだ。
だが、やっぱり俺、昔お前へ抱いていたこの想い捨てきれなかったんだ。
だから改めていうぜユリ。俺のものになってくれ!』
なんともあれは唐突だった。
ロックの身に何があったのか?
そう、ロックはカティルにさえ明かせていないことであるが、彼にも前夜、
大きな変化があったのだった。
「はぁ・・はぁ・・・はぁ・・・」
「うあ・・・うふ・・・ロックしゃまあ、あともう少し・・・ムニャ・・」
「うふふふ、頑張ったね~よしよーし・・・」
三人の乙女はベッドで川の字で寝ている。
ペシェは楽な姿勢で幸せそうにスヤスヤと寝言を呟いている。
ベルガモッテはヒルダに抱きついて、その乳に吸い付いていた。
「うぅ・・まんま・・・ママ・・・・ばぶぅ・・・」
普段は気を張って高圧的だったベルガモッテであったが、
やはり親からの愛情が薄く、寂しい人生だったのだろうか。
この時だけは安らかな表情で赤子のように微睡の中にいた。
それを心穏やかな女神さまのように、ヒルダは近くから眺め、時折、
ベルガモッテの髪を撫でる。
「・・・・・」
ロックはというと、窓際に椅子を置いて休んでいた。
窓を開け、そこから入ってくる夜風が心地よい。
そして手にしたコップに注いだ水をチピリと飲む。
その表情は行為の直後で、発散した筈だというのに、わずかに曇っている。
何時からだろうか。励んでも気が晴れずに、物足りない。
腹が満たせればいいと取った食事に不満を感じる。何か食べたかったのに、
何を食べたかったのか思いだせない。そんな言葉に言い表せづらい思いを
ロックはこの所、感じ続けている。
「・・・・私達じゃ足りないの、ロック?」
ヒルダが静かにロックに語り掛ける。
「いや、そんなわけじゃ・・」
「安心してよ。私達だって、あんたに飽きられたとか嫌われたとは思ってないよ?
だけどさ、あるんじゃなぁい?
多分だけど、あんたには昔、欲しくて欲しくてたまらないものがあったんだね?
だけどそれを何かあって諦めた・・・違う?」
「・・・・」
「良くないと思うよ?そういうの。
なんていうか、さ。ロックらしくないよね」
「・・・なんだよ、俺らしくって」
「ああ、気を悪くした?ごめんね・・でもさ、私思うんだよ。
ロックはさ、欲しいものを我慢しちゃダメだと思うんだ。
私たちはロックに救われた。感謝してる。
だから私はさ、そういうロックがほしいって思ったものを
我慢しないでほしいんだよねぇ。
特に今、そのロックが『どうせ手に入らない』って我慢してる何かはさ。
ロックがロックらしく生きていくために、きっと、手に入れないと。
諦めずに手を伸ばしていくものじゃないかって、私、そう思うんだよねぇ」
「・・・・・」
ロックは言葉を発しない。
だがそのヒルダの言葉を真っ向から、真剣に耳を傾けている。
「ロックが欲しがってるそれがどんなお宝なのか私は知らないよ?
きっとすっごい、私達が羨むぐらいの美人さんなんだろうね。
でもきっと、その子を逃してさ、ロックは後悔しないの?」
『後悔』その二文字がロックの心に深く突き刺さった。
後悔、それがなんだ。
あの日から何度も何度も味わっている感情だ。
そう、何度もだ。
そのロックが内心欲しているのに、諦めかけていた『お宝』が何かはロックも
気付いている。
新しく水を注いだカップの水面を覗き込むと、自分の顔の代わりに彼女の顔が
浮かぶほどだ。
〈・・・・ユリ〉
ユリ・レビアン。レビアン子爵家長女にして、男爵位を授かったバングスター家とは爵位も近いことから、二人は昔馴染みであった。
驚くことかも知れないが、ユリは昔から女色の色狂いだったわけではなかった。
二年前までは異性愛者であり、ロックとの仲もそう悪くはなかったのだ。
二人は同じ士官学校に通い、ともに競い合い、共闘し、勇者パーティーの一人に
加えて貰えるよう、学院の最優秀生徒として認定されるように励んできた。
鉄壁城塞のロックと黒髪の単体砲台のユリのコンビネーションは学院内でも非常に注目されていた。
鍛錬もよく二人でこなし、驚くべきことにロックが渡したタオルを
ユリは笑顔で受け取ったり、一つの水筒を二人で回し飲みすることにも抵抗を示さなかった。
「ロック、私達さ・・・
今までずーっとずーっと勇者様の仲間に迎えて貰えるよう
頑張ってるけどさ。
そうなれなくても、二人一緒に、やっていけたらって思わない?」
今思えば眩しい思い出の一幕。
それが何で、何で俺はあそこで彼女に手を差し伸べることができなかったのか?
「・・・なんで、なんであの日、迎えにきてくれなかったのよ!バカ!!」
あの寒い雨の日、涙とも雨粒ともとれない水滴を滴らせるユリ。
ロックは彼女のことを大切に思っていたはずなのに、彼女がそばにいることが
当たり前と勘違いした結果、とある事情からユリを後回しにしてしまった。
その後に出来た溝は恐ろしいほどに深く、ある日、ロックがユリに詫びようとした
あの日、ユリが同級生の女子と絡み合っている所を見てしまった。
「・・・・くっ」
腹わたが煮えくり返りそうな怒りに身が震える。
思わずそのカップの水を地面に撒いてしまう。
「・・・大変だね、辛いね、ロック?」
そんな彼をヒルダは後ろからそっと抱きしめる。
「だからダメだよ、やっぱり。自分の気持ちに嘘をつかないで?
今からじゃ遅いとか諦めないでさ。ちょっとだけで良いから、向き合ってみてよ
・・・・だめ?」
「だめ、じゃない」
「ほら、だったらさ。今日から再スタートだね♪
もしもそうやってダメだったら、私達がいるよ♪
私達三人はさ、ロックから離れないからね?
だから安心して、ぶつかってきてよ・・・それが私達の大好きなロックだよ?」
〈それが・・・あいつらの好きな俺、か〉
記憶の中でそんな先日の一幕を反芻する。
そしてふっと現実へ意識が戻ってきて、ロックはカティルに視線を向ける。
「別に・・・大したことは起きてねえよ。
ただ俺はよ、ロック・バングスターだからよ。
好きな女が手に入らないことが気に食わねえんだ」
そうぽつり漏らすのだった。
「・・・そっか」
カティルは理解できなかったのだが、〈どこまでもロックはロックなんだな〉と
変に納得するのだった。
「キャー!!」
その時ふいに、ユリとベロニカの側から悲鳴が響いた。
「ユリ!」
「ベロニカ!大丈夫!?」
二人は直ぐに駆けつけた。地面に座り込む二人を見下ろすようにして、
大きなガタイをした男が立っている。盗賊か!?
〈いや、違う?あの人は・・・〉
「ジャンさん!?」
その男は村で一番の食いしん坊で肥満体系で、特徴は鼻の穴は十円玉が入るほどに大きい。
その唇は分厚く常にべとついており、タプタプとした二重あごと合わさって
カエルを思わせ、その耳はコウモリの羽のように大きい。
その到底人間とは思えない見た目のために、村の女性陣からは敬遠されていた。
だが性格は温厚で少し怠け者でおっとりとしていた、彼こそがジャンである。
以前、月影のボルガバが現れた際、村全体が封鎖されて記憶操作を受けて
魔の人狼ゲームに付き合わされていた際、ボルガバが変身していた美女
ボルハと夫婦役を任されていたおっさん〈39歳〉である。
「ううううぅ・・・ボルハ~ボルハ~・・・・」
ジャンはうわ言のようにそう繰り返していた。
「・・・もしかして、ジャンさん、まだボルハさんのこと・・・」
「うぅぅううううぅぅう・・・ボルハ~どごい゛っだどおおおおおお・・・」
ジャンは濁った目からボロボロと涙を流し続け、辺りをゆっくりと見回していた。
「う、ヴヴヴヴ・・・ヴぼぼぼぼ・・・ボルハ~がえ゛っでぎでげれ゛
え゛え゛え゛え゛おら、ざびじい゛だあああああああ」
「・・・・」
かける言葉もないカティル達はただそんな彼を眺めていた。
農村とはいえ、彼の衣服は酷く汚れており、体から独特な体臭を放っている。
路地裏の埃っぽい所の臭いというか、水汚れから漂うカビ臭さ。
ジャンはそんな清潔感のない匂いを漂わせている。
服も破れやドロ染みが目立ち、酷い有様だ。
そんなになってまで、ジャンはあの仮初の奥さんを、ボルハを
探し続けていたのか。
「うぅううう・・・ボルハ~ボルハ~・・・・おでを捨でないで・・・
捨でないで・・・・おっかあとおっとうみたくいなくならないでげれぇ・・・」
ジャンは両親を亡くしており、一人で暮らしていた。
【といっても、彼が30歳のころまでは生きていたのだが】
そんな寂しさを仮にでも埋めてくれたのが、ボルハだった。
ジャンの脳裏には繰り返しそれらの日々が流れ込んでくる。
「あらあらアナタ。お仕事お疲れ様ね♪
今日のスープはアナタの大好きなお肉を少し足してみたの。
パンもいつもより大きいのが買えたのよ?
いっぱい食べてね♪」
ジャンに対しての彼女は優しかった。
「ほらほらアナタ、また体拭く嫌なの?
お湯で濡らしたタオルでゴシゴシしないと、
他の村の人達から嫌な顔されるんだから。
もう、あまえんぼさんね。今日も私が拭いてあげるから服を脱いで♪」
彼女は献身的であり、ジャンに女の温かさと柔らかさを思い出させた。
「そぅ・・・また村の女の人達から悪口を言われたの?
辛かったわねぇ。こんなに毎日頑張って息をして、自分の足で立って、
毎日歩いて、羊の世話もしてるのにね?
・・・そうよアナタ、アナタは頑張ってるわ。私は知ってるわ。
頑張ってるね、偉いわね。そんな偉いアナタだから、私はアナタと結婚したの」
ボルハは全力でジャンだけに愛情を注いでいた。
恐らくは芝居であったのだろうが、そう感じさせない程に。
もしかしたら、本当に何かのきっかけで、ジャンに情が移ってしまい、
真に愛していたのではないかというほどに。
ボルハはジャンを思いやっていた。
「愛してるわよ、ジャン♪」
めくるめく思い出の日々。それは実質、二晩と三日の事である。
だがボルガバは念入りにボルハとの思い出の日々をたっぷりとジャンの脳内へと
刻み付け、まるで産まれた時から傍にいてくれた愛しい女として記憶させていた。
その記憶からジャンはまだ開放されていない。
正確には、ジャンはそれらを手放すことを恐れていたのだ。
「お、おおおおお、お゛お゛お゛お゛お゛お゛おお゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!
ボルハ!ボルハ!どこ!?
お、おでを見捨てねえで!見捨てねえで、ぐ、ぐだざい!!
おねげえじまず!!おねげえじまず!おねげえじまずがら!!
おら、ざびじいだ!!おら、おめがいねど、何もわがらねえだよ!!
びどりはいやだ!!びどりはいやだ!!おめのあったけえオマンマぐいでえよ!!
だからがえってぎでぐで!!がえっでぎでぐだぜえ!!
ボルハ!ボルハ!ボルハー!!
ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
その絶叫は周囲の空気を揺らすほどだった。
木々が激しく揺れ、小鳥たちが飛び立っていく。
カティル達も思わず耳を塞いだ。
「・・・・ボルハ~・・・ボルハ~・・・どございっただ・・・」
そうして一しきり泣きわめくと、少しは心が落ち着いたのか、またのそりのそりと
歩き始め、木々の奥へ奥へと入っていった。
「・・・・あんなの、イツカには見せられないな」
見せたらトラウマものだったろう。
憐れみを含んだ眼差しで、カティル達はそんなジャンの背中を見送ったのだった。
そうしてカティル達はジャンに背を向け、彼と反対の方向へ歩き始めた。
気付けばもう日が落ち始め、わずかに空が赤みを帯びてきている。
そろそろ村へ戻ってレルと合流するかと、そう思い始めた時である。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
どこからか女の叫びが木霊した。
今回のエピソードもシーン15程度で納められたらと思っているのですが。
・・・・果たして納まるのかなぁ?
プロット自体は出来上がっているのですが、どのシーンも想定より伸びてしまってます。
長すぎで飽きられないかちょっと不安だったり。
ではまた次回




