三話 シーン8「二人の隠し事」
カティル達は気まずい雰囲気の中、そそくさと屋敷を出た。
ドン!
「いったいどういうことだよ!」
ふいに、どこからか非常に感情を高ぶらせた怒声が響いた。
「無えってのはどういうことだ!?バカにしてんのかオラ!!」
その声はどうやら村長宅のすぐ隣りの建物から聞こえてくる。
そこは確かこの村の直売所であり、外からきた小売りに向けて
村で育った作物や羊毛、肉類などが売られている。
普段ならば外への輸出用とは別に、村へ来た小売り向けの商品を残し、
ここで売られているのだが、前述した神獣ボルガバとの戦闘で
大打撃を食らった今のプラーフ村で、売れる程の貯えが残っていよう筈もなく、
直売所でも閑古鳥が鳴いている筈だ。
恐らく、その品数の少なさに腹を立てた行商人が憤慨しているのだろう。
「さあ、行こうか」
カティルは静かに全員に声をかけると、ゆっくりと静かにその場を立ち去る。
「・・・え?カティ?こういう、時・・助けて、あげない、の?」
「大丈夫だよ、イツカ。あの店の用心棒のジョーさんは強いから」
「そうそう、ああいう大声あげるしか能のないガラ悪い奴なんて、
ジョーさんならワンパンよワンパン」
ベロニカは、シャドーボクシングを始めた。
「あらぁ、そんなにお強いんですのね」
セシリアが頼もしそうに微笑む。
「勇者様達がここまで仰ってるんだから、きっと安心して大丈夫よイツカちゃん♪
私達はこのまま偵察や村の人達からの聞き込みを始めた方が良いと思うわぁ」
セシリアはイツカのほっぺを両手で挟むとムニムニと揉みしだいた。
「や、やふぇふぇよ、おふぁーはん・・・う、うはい・・・うはふひふ・・・」
開放された時、イツカの頬は真っ赤に染まっていて、
ヒリヒリと痛みを覚えるほどにセシリアに弄ばれ尽くしていた。
「うっふふふ♪
ではそろそろ行きましょうか勇者様」
だが去り際、セシリアはその直売所の方を少しばかり気にかけて振り返ったことに
気づいた者は誰もいなかった。
店内からはまだ男の怒声が鳴り止まない。
「だから!なんでここにリャームの毛皮が売ってねえんだよ!
ここは確かぺゼタル村のはずだろうが!
なんで特産品だった筈のリャームが居なくなってんだよ!」
男は金髪で、長身であり、そして独特な猫背だった。
顔は中々に整っており、姿勢の不気味さよりも見た目の良さが目立つ
不思議な雰囲気を纏っていた。
そんな男が今は憤慨し顔を歪め、たった一人しかいない店員を恫喝している。
ジョーという用心棒が居たのだが、とっくの昔に顔面を打ち砕かれ、
地面に突っ伏してノびて居る。
「だ・・だから、お客様ぁ。何度も言ってるじゃないですかー。
ここはプラーフ村でぇ・・・」
店員はたった一人でその男を相手していた。
だが男は一向に話が通じない。
リャームってなに?ぺゼタル村?何それ美味しいの?
というぐらい、ひたすら男が繰り返す言葉は店員にはチンプン
カンプンなのだった。それもそのはず。
ぺゼタル村が在ったのは今から1000年も前のこと。
致死性の病原菌が蔓延し、瞬く間に村人全員が感染して命を落とした。
その後、この地は呪われた地として900年間、人が入植してくることはなく、
その村の跡は木々に埋め尽くされて消滅している。
リャームという毛に覆われた温厚な草食獣は、その村の特産品として
大切に飼育されていた。
その性格は温和で大人しく、モコモコの毛に体全体が覆われて、その様子は
まん丸いお団子に小さな手足が付いたような姿で愛らしい。子供は家族
全員で育てる習性があり、一度に生まれる子供は4~10匹と多い。
大きさは1mにまで育ち、毛は年に三度も刈ることができる。
その毛は細く柔軟で、羊の毛よりも保温性に優れ、当時の貴族たちにも
愛用されていたほどの高級素材だったのだが。
今から500年も前に絶滅してしまった。
その事も知らず、まるで数百年程度の時なら数日前の事のように軽々しく
考えている。
その男、バルズタースは人の心がなかった。
「チッ・・・くっそ使えねえなこの村の奴らはよぉ。
人が折角、新しい計画のためにあれの素材が必要だってのによ!」
「は、はぁ・・・お役に立てず、面目次第も・・・」
可哀そうに、度重なる男の怒声に、店員はたまらずに委縮していく。
本来だったら、無礼な客は用心棒に対処させ、簀巻きにして川に投げ捨てて
『ぼぉく、ドザえもんです』させるのもやぶさかではなかったのだが。
生憎、頼りにしていた用心棒が一撃KOされている。
よそに助けを呼びに抜け出すこともできず、店員の苦痛はその後しばらく続いた。
解放されたのは胃に急な痛みを覚え、視界が真っ白になってからだったという。
このタイミングでカティル達が彼と接触しなかったのは、この日で最大の幸運な
出来事だったのだった。
part イツカ
直ぐにイツカとカティルは二つのグループに別れた。
予定通りイツカにはレルとセシリアが、
カティルにはロック、ユリ、ベロニカが付いて南側を任せる事になった。
イツカ達は、北側の森林地帯を探索する。
北側はほぼ未開発であり、手つかずの森林地帯がずっと続いている地域だ。
故に整備された道路などはなく、村から少し離れると直ぐに道はなくなり、
所狭しと木々が生え、空の光も射さない程に長く伸びた草木や枝葉が茂る密林が
広い範囲に形成されており、それがずっと向こうの海まで続いている。
そんな中へと三人は縦一列の並びで踏み入っていく。
先頭はイツカ、真ん中がセシリア、後ろからレル。
道らしい道はなく、獣が繰り返し通ったような、
細い草木が倒されて出来た獣道が目に入ったので、そこを通る。
「んんっ!んん!」
道と言ってもそこは『獣道』である。
その幅は狭く、その両側には固く伸びた草木が伸び、無計画に進もうと
すれば衣服を引っかけ時に肌を傷つける。
これにはこの道を通る草食動物が関係しているとされ、柔らかい草は彼らが
食べ尽くしていくのに対し、固い筋張った草や枝だけが残り、
伸びっぱなしになることでこんな悪環境が出来上がるのだそうだ。
先頭を歩くイツカが真っ先にそれらを受ける。
肌に触れる枝や草などを一々手折るヒマなぞなく、剣を抜く隙間もなく、
ただ手でどけながら進む。
後ろに続くセシリアやレルもそれに倣って、同じように枝を払いながら
進んでいく。
「イツカちゃん、大丈夫?やっぱりお母さんが先に行く?」
「・・・いや、いい」
親切のつもりのセシリアにイツカは短く冷たく返す。
朝の件から、イツカの心はセシリアと大きな溝を作っていた。
「つれないわねぇ」
寂しげにセシリアは漏らす。
彼女は気づいていないようだった。
自分がこのメンバーの中で一人浮いているということに。
後ろから続いているレルの目もセシリアを注意深く見つめている。
彼女の腕の動き一つ一つに邪な意味があるようで、その手が枝草を払いのける
仕草一つ一つが周囲に呪いやまじないをかけているような気がして、
レルは用心深く見つめていた。
そうして同時に様々な思案を巡らせている。
魔王はどうしてここまで自分達に介入してくるのか?
魔王はどうして人類に攻撃をしかけてくるのか?
魔王を支持する『ブラックブラッド』とはどれほどの規模で、
どれほどの立場の人間が参加しているのか?などなど。
娘のイツカが戦っているから支援?それだけではないのだろう。
セシリアはキッドを神と人類の両方によって奪われたと感じているはずだ。
その憎悪は想像に難くない。
だが、それだと人類を攻撃しながら人類を支援しようという矛盾が
どうにも腑に落ちない。
ブラックブラッドがいるから?
いや、全然関係がない気がする。彼らは恐らく、セシリアにとって只の駒であり、
セシリアにとって配慮すべき対象ではない気がする。
レルにとってまだまだ分からないことが多すぎる。
ついレルの目尻に力が籠もる。その眼力に、前を通って背中を見せるセシリアは
果たして本当に気づいていないのだろうか?
そうして暫く進み続け、一行はようやく獣道を抜けることになる。
木々の隙間から強い光が零れる。サラサラと水の流れる音が聞こえた。
「・・ふう、やっと、抜けた・・・」
「は~~、やっとなのねぇ。それほどの距離じゃなかったでしょうけどぉ。
大変だったわぁ」
獣道を抜けて広々とした場所に出るや、セシリアはウンと背伸びをする。
そこは多くの水が流れる小川があり、レル達がたどり着いた所は沢山の小石や
砂利が積もった河原だった。
「大変でしたね。お疲れ様です、イツカ」
レルはイツカのローブの周りに付いた小枝や草を払う。
「うん・・・所々の枝が堅かった、けど。へい、き」
続けてレルはまるで過保護な父親がするように、イツカの手や顔に擦り傷などが
出来てないか、丁寧に丹念に触れながら確認していく。
「・・怪我はないようですね、イツカ。安心しましたよ」
最後にイツカの頭をなでなで。
その様子をセシリアは羨ましそうに指を咥えて眺めている。
「あーいいなーレルくんばっかりずーるーい」
「・・・・」
セシリアに対してレルの反応はあまりにも薄く冷たい。
「もお・・・レル、さん。過保、護すぎ・・・私、もう子供、ちがう」
「いえいえ、私から見れば、まだ子供も同然ですよイツカ。
まだ男の人と交際もしたことがないでしょう?」
「うっ・・そ、そそそりは・・」
イツカはわずかにソワソワと体を震わせ、目が泳ぎ出す。
言えない。イツカはもう何度もカティルと体を触れ合わせている。
だが、その事実をレルに感づかれる訳にはいかない、絶対の秘密である。
それからレルは念のためにと小川から水を補充する。全員で小休憩。
各々に水を注いだカップを配り、手ごろな形の岩の上に腰を下ろして
三人で向き合って寛いでいる。
「・・・で?レルくん、そろそろ聞きたくなってきた頃じゃないのかしらぁ?」
「・・・・」
一瞬、レルの心臓がドクンと跳ねる。しかしそれを必死に隠すようにして
頑なに表情を崩さず、レルは一口、水で口を湿らせる。
「あら、だんまり?私が気づいてないとでも思った?
顔を見たらバレバレよ。
昔も言ったと思うけど、レルくんポーカーフェイスが下手くそすぎ」
「・・・そんなに、ですか?」
「ええ、バレバレ。
私から聞き出したい話が幾らでもあるのに、それを聞き出すタイミングがないって
感じでソワソワしてる?
昔と全然変わらないわねぇ」
「・・・・そう、だったかな」
ふいにレルの口調が大昔の頃に戻る。
「知らない仲じゃないんだし。確かに、全て答えるとは限らないけど、
聞いて損はないんだし。やるだけのことはやるってのが、昔からの
貴方の心情じゃなかったかしらぁ?
私相手に遠慮なんかしてどうするの?」
セシリアはその翡翠色の瞳を輝かせながら、苛立ちや不満な様子もなく
一切のマイナス感情を消し去ってレルと向き合っていた。
対してレルは伏し目がちで、普段の冷静で年輪を感じさせる知的な姿はなく、
落ち着かないという風に肩を揺らした。
「・・・では、聞かせて、もらえる、かい?」
若干、普段のイツカの口調のように歯切れが悪くなりながら、
おずおずとレルは口を開く。
「ずばり・・・貴女の、目的を・・・教えて、ほしい」
「目的?」
これまた予想の斜め上のことを尋ねられたというように、セシリアは首を傾げた。
「それは貴方達も知ってるとばかり思ってたけどぉ?
私は主神を倒して・・」
「いえ、そういう上辺のことではありません!
セシリア、君たち歴代の魔王は皆、神々を憎悪し、この世界を
滅ぼすことを望んでいるはずだ。
その過程で人類と魔族の争いに発展していたのは僕も知ってる!
だけど、今代ではあまりに、僕にも理解ができない点が多すぎるんだ!」
しゃにむに構わずに語るレルの口調は普段のそれとは大きく違っていた。
普段の私口調は外見を装うため、今の僕口調が素だというように、
レルはダムを決壊させた濁流が流れ出すように言葉を溢れさせる。
「例えば、君は人類にも影ながら、支援してくれている。
ブラックブラッドと呼ばれる正体不明の団体を使って!
ブラックブラッドとは、具体的に何人ぐらいいるんだい?
その構成員の中に、王族や貴族はどれぐらい混じっている?
何故、君は唐突に僕らと合流する道を選んだ!スパイのためか?
君は神々を恨み、キッドを見捨てて見殺しにしたと思って
人類をも憎んでいるようだが、
それならどうしてイツカを自分の手下として使役せずに僕に預けた!
勇者として育てさせ、自分達に歯向かわせる!!」
言い切った。頭がグチャグチャになってとめどなく溢れさせてしまった。
もっと要点を纏めて優先順位をつけ、論理的に効率よく聞き出すべきこと
だったのに、とレルは猛省する。
だが止められなかった。もっと聞くべきことがあったかも知れない。
本当に聞きたかったことが別にあったかも知れない。
そういう思いが湧いてくるほどに滅茶苦茶な質問することしかできずに、
レルは頭の中にふっと湧いた疑問をただぶちまけてしまった。
残るのは独特な疲労感と体内の空気を残さず吐き出したような頭痛と不快感。
そして言うんじゃなかったかも、という少しばかりの後悔が
レルの中に湧いていた。
「・・・・・」
だがそれを気にも留めず、セシリアはレルを見つめていた。
珍しく愛娘のイツカに気を散らすこともなく。表情も変えず。
「・・・・いいわぁ。全部教えてあげましょう」
「!?・・ほんと、う、なの?お母さん・・・」
あまりに意外な発言にたまらずイツカが割って入る。
「ええ、その程度の質問ならお安いことねぇ。
ただし、条件があるのぉ。それに応えてくれたら、教えてあげるわね」
セシリアはニッコリと微笑んだ。
だがそれを向けられたレルからすると、心が安らぐどころか逆に
胸を鷲掴みされたと感じるほどの緊張感と辛さを覚える。
「・・・僕にもできることかい?」
はたしてそれはどれほどの苦行となるだろうか?
「そんなに身構えないでよぉ。簡単なことよ。
貴方が私から情報を聞き出したいように、私も貴方から聞きたくて仕方がない
話があったの。それを聞かせてくれるだけで良いわ」
「・・・伺おうじゃないか」
レルはすっと背筋を伸ばし、姿勢を正す。
そうしてセシリアはゆっくりと尋ねた。
「どうして貴方は世間からイツカを隠そうとするの?」
「!!」
瞬間、レルの胸を更に強く締め付ける。
「それは!」
「貴女は黙ってなさい、ルビアカイン」
セシリアはあえて『カインちゃん』と呼ばずに、話に割って入ろうとした彼女を
語気強く制止した。
急な空気の変わりように反応し、イツカは双剣を握り、鞘から抜きかかる。
だがセシリアはそれをただ無視した。
「・・・・」
しばし、気まずい沈黙が流れる。
「どうなの、レルくん?
確かに世間からすれば、今代の勇者とイツカちゃん、二人も紋章の勇者が
現れるのは異常よねぇ?
でもこれは特別であって、人類にとって不利益になる情報ではないはずでしょ?
それをあえて隠し、イツカちゃんにライトニングエッジの力を隠させて
都合の良い時だけこそこそと利用する。それに何の意味があるのかしらぁ?」
「・・・そ、それは・・・人類に対して、混乱を防ぐ、ため、で・・」
「・・・・」
「も、もしかしたら・・・どちらかが偽物の勇者の疑いをもたれ、問題と
なるかも知れないとおも、思って・・・わ、私は・・・私は」
「・・・」
必死で説明しようとするも歯切れ悪く、思うよりも辻褄も整合性もとれていない。
そんな話をセシリアは表情も変えずに耳を傾けている。
そこには怒りもなければ悲しみもない。
驚くほどに悪感情の籠らない表情で、セシリアはレルの事を見つめていた。
「だから・・・と、理由があって・・・・」
最後まで歯切れ悪くレルは渋い顔をして頭を伏せてしまった。
レルの体全体からジトジトと汗がにじむ。ハラハラと動悸がする。
そんな彼の様子を見て、セシリアは
「その程度じゃ駄目ね。私からも教えてあげられないわ」
と漏らした。
その時、レルの頭はぐるぐると辛いトゲトゲとした空気で肺を満たされたようで、
息も吸えずに苦しみ嗚咽を漏らす。
「レルさん!」
たまらずイツカは立ち上がり、レルの背中をさする。
「あらあら~♪優しいのね、イツカちゃん。
母さんが風邪をひいた時にも同じようにしてくれるぅ?」
「!!」
ただ一瞬、イツカは母親をきつく睨む。
〈そうだ・・・僕はなんて愚かなんだろう。
セシリアに指摘されるまで、気づきもしなかった〉
イツカが第二の勇者であるということ、それらを隠すことを決めたのはレルの独断であった。
何故、レルがそのような決断をしたのか。
彼自身も忘れていた。だが、セシリアから確認されて思いだしたことがある。
〈ああ、ああそうだ。そうだった。僕はなんて・・・〉
ガサガサガサ
その時、不意に森の中から音が響く。
「だれ!?」
音のした方へイツカは視線を向けた。
何か人大ほどの影がトロリトロリと森を抜けて姿を現した。
「・・・・おや?珍しいですねぇ、村の方ですか?」
それは長く伸ばした黒髪をポニーテールに縛った、一人のメイドであった。
どうもご無沙汰しております。
リアルが少し落ち着きましたので、また投下再開できるようになりました。
といってもまだのんびりとしたペースとなりそうですが、気長にお待ち頂ければ幸いです。
ではまた次回の更新でお会いしましょう




