三話 シーン7「大凶の村」
そうしてカティル達は、目的地へと向かった。
場所はキングスランド ウェストクシャーユ州エプンホル。
その街からやや逸れたプラーフ村にて、エッグの落着が確認されたという。
移動手段としてはゲートを使ったわけだが、残念なことにこの村への直通ゲートが
未だ存在せず、近隣の地方都市エプンホルを経由して、馬車で村へと向かうことになった。
そうしてしばし悪路でガタガタと揺れる馬車に揺さぶられつつ、
昼前までに目的の村へとたどり着いたのだった。
「あ・・いててて・・・・」
「あたたた、酷い目にあったわ。揺れる度に胸が、クーパー靭帯が・・・」
「イツ、カ・・・やっぱり、馬車きらい・・・」
昨今ではゲートによる移動が便利すぎるが故に、いかに厳しい鍛錬を積んできた
カティル達であっても、馬車の揺れには勝てないでいた。
「まったく、だらしねえなぁお前ら」
「そうですねぇ、もう少しぐらいロックを見習うべきですよカティル」
馬車は二台用意され、2グループに分かれていたのであるが、一方のロック、
レル、ユリの三人の側は比較的にピンピンとしていた。
「大丈夫だったベル?おっぱい痛いなら私が揉んで癒してあげるよ」
モミモミモミ
「言いながら無断で触るのやめてくれる?ユリ・・・顔面に一発食らわせるわよ?」
ベロニカがその拳をギュッと握りしめるのを見せると、ユリはそそくさと離れた。
「ユリ!そんなに胸が揉みたいならこの!俺の!胸板を揉めばいいだろ!!」
「黙れ!しね!」
怒声と共に繰り出されるユリの拳が光って唸る。ロックを殺せと轟き叫んだ。
「な、ナイス、シュー・・・」
ロックは堂々と正面からその拳を受けた。
顔面が大きく凹み、しばし前が見えなくなった。
「ンーーー!!たまには良い物ねぇ。人の文明の利器を楽しんだのは久々だわ」
最後に馬車から降りてきたのはセシリアだった。
彼女は周囲から遅れて馬車から降りるとウンと伸びをする。
そうして停車場から見える景色を堪能していた。
ここは村へ通じる丘の中腹に設けられており、見下ろすと目的地の村の全体が見渡せるのだった。
ここプラーフ村は、最も近い街エプンホルの北に存在する、丘の向こうに作られた小さな村である。
その北側には大森林があり、野生の獣も多くの種類が生息している。
そして東側の平地を牧場地として、広大な柵を作り、畜産業で生計を立てている。
その隙間で農業も行ってはいるのだが、収穫量はあまり多くはない。
あくまでも村民の食べていくのに必要な小麦の一部を育てるに過ぎない。
村の入り口は、東側の牧場と畑が点在するエリアに存在していた。
カティ達は村の様子を眺めながら、村長の屋敷を目指して
村の中心部へと進んでいく。
「・・・やっぱり、未だみたいね」
「ああ」
ベロニカの言葉にカティルは短く返す。
「あれから半年以上経ってるはずなんだけどな・・・寂しいもんだ」
「それほど貧しい村ではなかった筈ですがね。あの一件以来、家屋の修繕にも
家畜を買い戻すのにも村の備蓄の殆どが消えていったと聞いています」
「・・・だったら、この程度でも・・・仕方ないのかなぁ」
ユリがシミジミとそう呟く。
この村に入って感じたこと、先ずは驚くほどに牧場の柵の中に家畜の姿が見えなかった。
ここらで最も大きく飼育されていたのは、羊である。
そこから取れる羊毛が村の一番の収入源であった。
今のご時世、防寒着にも軍服にも洋服にも羊毛は綿やシルクと並んで絶大な需要が見込める。
故に以前のプラーフ村では、得た潤沢な収入を村長の手腕によって村の隅々にまで富を行き渡らせ、
村民達は比較的に裕福な生活を送っていたはずなのだが。
ある一件以来、家屋や家畜に甚大な被害がでてしまった。
まだその傷は癒えてはおらず、一件の牧場で十頭から二十頭ほどの羊や牛を
飼育されていたはずなのに、今ではどこの家々でも、三頭を下回っている。
産ませるにしても買い付けるにしても、増やすための時間が
まだまだ足りないのだった。
そんな重い空気での会話の中で、イツカはまたも疎外感に襲われ始めていた。
「えっと・・・ああっと、たしか、このむ、ら。
以前にも、カティ達・・・きた?」
「ああ、俺達が勇者パーティーとして選ばれてから半月ぐらいの時だったかな。
俺達にとって二度目の神獣との対決がこの村であったんだよ」
「どん、な、しんじゅ、う?」
「・・・月影のボルガバ。
復讐の女神ビシュメルガの配下にして、夜盗や蛮族の守護神。夜のお店に客を呼び
富をもたらす神とも言われてて、幻の地『常に月光照らす森マシュパ』に暮らす
狼の神獣さ」
ダン!
その言葉を聞いた時、紋章に宿っていたビシュメルガがガツンと
カティル達を見守るための黒い卵を殴った。
「違うの!違うのよカティルきゅん!確かにボルガバと私は知り合いだったわよ!?
でもねでもね、それは天界にいた時のチンチロ仲間っていうか、たまにおバカやる間柄だったってだけ!!
私がアイツの上司だったこともアイツが私の部下だった事実もないのよ!!
勘違いしないでぇ!お願い!私を嫌いにならないで!!
お願いよぉカーティールーきゅーん!!」
真っ赤な血の涙を流して、女神は訴えかける。だが当然、その言葉が勇者達に届くことはけしてない。
ある一人を除いて、ではあるが。
「奴は、夜になる度に牧場を襲っては一頭ずつ家畜を惨殺していったんだ」
「ああ、明らかに遊んでたよなアイツ」
「それで?」
「その時、俺達は奴からゲームを挑まれてたんだよ。魔力妨害がかかった霧が
発生して、村に閉じ込められて出られなくなって。
村にはボルガバが化けた村人が紛れ込んでいる。
それを見つけ出してみろって・・・三日ぐらい、かかったかな」
「???じゃあそれ、だと、殺された家畜は多くて三頭、ぐらい。
酷い被害でるの、変」
「だからそこなのよ、イツカ!
時間をかけて、ボルガバが変身してたのが、この村に住む独身男性の
ジャンって人の架空の奥さんとして村に溶け込んでたボルハって人なのを突き止めたのね!
そしたら正体を現してそのまま戦闘よ!村の中で!」
ブルンブルン
いきり立ったベロニカが腕をブンブンと振る。それと合わせて無駄に胸も揺れる。
「むら、の?」
「そう!村の中で!」
ブルンブルン
「そこの家の屋根ぐらいの大きさした人狼みたいになってね。
腕の一振りで家は壊すし、逃げながら家畜は襲うし、レルさんの機転が
なかったら、どうなってたか・・・」
「機転を利かせてって、どうやった、の?レルおじいちゃん」
「・・・イツカ?私をおじいちゃん呼びはやめてください。
傷つくんですよ、ソレ」
「あ、ごめん、なさい、レル、さん」
「あらら?別に良いじゃないのレルせんせっ♪
もう百歳も越えた『人間』なんですもの。
おじいちゃん呼びも可愛いじゃないですか♪」
「セシ、セルシアまで・・まぁ、たまになら良いですけど」
それでもレルは納得がいかないと渋い顔をしている。
「あの時はですね・・月影のボルガバはその名の通り、月に関わる神獣なので、
その力の根源は月の光が関わっていることがわかったのですよ。
ですからそこを利用したんです。まずですね・・・・」
「おお・・さすがレルさん」
完璧なまでに無駄のない説明に、イツカは関心して目を輝かせていた。
「へえ、レル先生やりますねぇ♪
でもその作戦で行っても、この村にこれだけの被害が出るなんて、その上司のビシュメルガという
『女神』って、相当に性悪なんでしょう、ネ」
ビクッ
瞬間、暗黒世界に浮かぶガラス玉内部のビシュメルガは体をブルリと震わせた。
セシリアがその言葉を口にした瞬間、黒い卵に映し出される映像が、セシリアの顔面だけに
なってしまったのだ。
「まさか・・・見えてるの?」
ビシュメルガがそう尋ねると、静かにゆっくりとセシリアは首を二度縦に揺らすのだった。
「・・・・・・〈声に成らない悲鳴〉!!」
〈参ったわね・・・ただでさえバルズタースも厄介だってのに、私の計画を
狂わせかねない要因が増えるなんて、どーしたらいーいーのーよー!!〉
ビシュメルガは声を必死で抑え、誰に対しでもなく心の中で絶叫したのだった。
コンコン
「お邪魔致しますー村長」
カティル達は村の中央に位置した他の家屋より少し大きめの屋敷に入る。
面識が既にあるのも幸いして、素早く村長の仕事部屋へと通された。
「あ・・ああ、あああ、勇者様!お久しぶりでございます!
やっといらしてくれたんですねー!!」
カティル達の顔を見るや、村長そっちのけで秘書を兼任する村長夫人の
メガスが諸手を挙げて歓迎する。
「お久しぶりですね、スゲオさん、メガスさん」
「ええ!ええ!皆さんのお顔を拝見できてやっと胸のつっかえが取れましたわ!
ね?そうですわね、アナタ♪」
メガスは仕事机に突っ伏して顔を上げないでいるスゲオの肩を揺らした。
そうされてモゾモゾと彼は居眠りから覚醒した子供のようにゆっくりと顔を上げる。
その顔はとてもじゃないが十分な惰眠に浸れたとは程遠いほどにやつれていた。
目の隅にはクマまである。
「・・・ようこそ、勇者様・・・お待ちして、おりました・・・・」
「ど、どうしたんですか・・・大分お疲れのようで・・・」
先日にエッグが落着してから一日以上経過したにしても、スゲオの表情は暗く、
目は酷く濁っていた。
「・・・いえね、実は・・・」
なんとも言いづらそうで歯切れが悪い。見かねたスゲオの代わりに、
メガスが口を開いた。
「実は・・前回の神獣の件以来、この村は深刻な財政難でして・・・」
ある程度の教育を受けた者にとって、自分達の恥部を晒すのは良い事とは言えない。
そんな抵抗感に苛まれつつも、メガスは勇者達には明かすのが必要といわんばかりに、
そろりそろりと続けた。
「確か、それ以前は羊毛や畜肉、などで安定した収入がありましたね」
ここでレルが一歩前に進み出る。
「はい・・・この村は百年前、東西の都市部に囲まれた森林の空白地帯を開墾して作られた
『メイデン・ギャップ』と呼ばれる貧しい農村の一つでした。それをこの家の曾祖父が
開発を進め、羊を育て、刈った羊毛から糸を紡いで村外へ輸出することで栄えてきたのです」
「私の父の代では織物にも着手し、毛織物の生産までをも担う村として益々の発展をし、
キングスランド織物中央商業組合連合会の役員を任されるまでになりました。
私の代では、ウェストクシャーユ州織物同業協同組合の副会長の座は確実視されていました。
ここから更に栄えさせたい、と願っていたのですがね・・・」
そこへ来た不運が、前回現れた神獣『月影のボルガバ』であった。
「アレの出現によって、飼っていた家畜の多くが命を落とし、肝心の機織り機の多くが壊され、
村の住民からも死傷者が出てしまい・・・」
「復興資金や遺族への弔慰金でその財の多くが失われてしまいまして・・・
組合の同業者達からも復興は絶望視されており・・・もう、これ以上のどうしたらいいかと」
スゲオの目は、カティル達を向いてはいるが、どんよりとしていた。
まるで今にも中の闇が目の皮を破って溢れそうなほどの暗さをみせ、輝きが微塵もない。
何とかしてあげたいと思うカティル達であるが、既にスゲオら夫妻の間では、
自分達の村は終わりに近づいていると確信しているようでもあった。
重要拠点や発展した都市部でないにも関わらず、この短期間で二度も
神獣の被害に会おうという現在では、致し方ないのかも知れない。
彼らからしたら、この村は現在、『世界で最も不運な村』という認識なのだ。
「・・・あの時、もっと安全に討伐してくれてたら、こんなことには・・・」
ふいにスゲオが漏らした言葉がカティルの心を深く傷つけた。
「そ、その件に関しましては、こちらの力不足で・・申し訳・・・」
「いや良いですよ、心にもない形だけの詫びなんて・・・」
真摯に受け止めていたカティルに対して、続けざまにスゲオは言葉のナイフを突き刺した。
「・・・ねえ、レルさん。アイツ、コ・して良い?」
肩をワナワナの震わせながら、イツカは小さくそう呟いた。
当然、レルはイツカの両肩に手を置いてそれを抑えた。
だがイツカの腰に下げた双剣がカチャカチャ音を立てるのが止まらない。
「・・・なら、私が・ろすわね」
その隙に動きかかったのがセシリアであった。イツカとセシリア、二人の母子を
村長たちに気づかれないようにしつつ、レル一人で諫めるのは非常に困難だった。
そんな事にも気づいていないように、スゲオはただ地面に視線を下ろし、
その顔を上げることもなくカティル達との会話をうわの空で聞いているのだった。
「で、ででで、では、村長!私達がパパっと討伐してみせますので、今分かっている
状況について教えてくださーい!」
無理に高いテンションで、ベロニカが手を上げた。
「・・・パパっとって、前回は三日もかかったくせに〈ボソッ」
「あん!?」
村長のゲス男ムーブに、ベロニカさえも臨界点を超えかかった。
その巨岩をも砕くベロニカの拳がブルブルと震わせ、刺々しく強烈な殺意が
視線に込められていることに、スゲオは全く気付かずに動じないのだった。
閑話休題
「なるほど・・・」
ある程度の話を聞き終え、レルは疲れた腰を伸ばすように顔を上げた。
省力するとこうである。
村人の目視によると、エッグは村の北側に落ちたらしい。
この村から北はその多くが未開拓地域であり、ずっと手つかずの森林が海まで続いている。
捜査範囲は広大であり、またエッグの落着ポイントも不明。
まだ神獣が孵化して暴れ出した兆候もない。
だが、村長たちにはもう一つ、気になる点があるという。
「実は、この北側の森林には以前から『チンパンジー』の目撃情報があるんです」
「なにっ!?」
「チンパンジーだってえ!?」
メガス夫人の言葉に、カティルとロックの二人が強く反応を示す。
「レルさ、ん、ちんぱん、じーって?」
「チンパンジーとは、野生で時折発見されるモンスターの一種です。
魔王の配下という訳ではなく、ゴブリンのような自然発生し、近隣の村々に
被害を出す高い知能を持った凶悪なモンスターです」
レルはセシリアに視線を向ける。
セシリアは無言で小さく首を横に振る。
どうやら魔王軍がけしかけた敵というわけではないようだ。
因みに、現実世界の霊長類とは似ても似つかない別種の異形の怪物である。
「そいつは大変だ!急ぐぜカティ!」
「ああ、アイツらは野放しにはできない!エッグ捜索と並行して討伐すべきだ!!」
〈ああ、そういうアレなモンスターなんだ〉
二人の男の憤りっぷりを目にし、イツカは何かを察した。
「それもですと、広範囲を探索するために二つのグループに別けますか?
私とイツカ、そしてセルシアで1チーム、残りの四人で1チームを組み、
チンパンジーの討伐とエッグ捜索をしてみましょう。いいですね?」
レルに問われて、カティル達はタイミングが綺麗に揃って頭を縦に振るのだった。
「では、行ってきますね、村長!」
カティルは立ち上がると、スゲオを見た。
だが彼は相変わらず病んだ精神病患者のような濁った目で項垂れている。
「ほら、アナタ?勇者様が折角、命を賭けて私達のために戦ってくださるのに、
せめてお見送りぐらいはちゃんと・・・」
フォローするようにメガスが夫の肩に手をおく。
それでも、無反応だったスゲオを見て、仕方ないなとカティル達が
立ち去ろうとしたその時である。
「なら、メガスがアレしてくれたら元気でるかも」
そうボソッと呟いた。
「!!??」
メガスの背筋に電流が走る。
アレ?アレか・・・でもお客さん達も居るし、どうしたら・・・どうしよ・・
と頭を揺らして苦悩し検討するメガス。
その姿をカティルとロック、はてはユリまで期待する眼差しで見つめていた。
「・・??なに?何が、始まる?」
「さあ?何かしら・・・?」
イツカとセシリアだけが取り残されていた。
「んー・・・んん!」
間を置いて、仕方がないとメガスは覚悟を決めた。
「キャッハハハ!ヤダー、スゲオお兄ちゃんたらー、あんな程度の被害で
クヨクヨするなんてなっさけなーい♪
まだ大半の村人だって残ってるし、家畜も買い戻せてるのに、ざーこザーコ♪
お兄ちゃんたら結局、私のキツキツお●ンコにピュッピュッするしかできない
クソ雑魚なんだぁ♪やーいやーい!」
どこから出したのか、見た目に似つかわしくないような童女の如き声でメガスは
スゲオをあざ笑った。
その口元を手で隠し、相手の顔を覗き込むように姿勢を低くする仕草、
相手を見下して下等な存在と見る、自分を絶対優位の存在と勘違いしているかのような
おごり高ぶった独特な目。全てが完璧なメスガキムーブであった。
「・・・・・!!」
それを受け、スゲオは黙って立ち上がった。
「では勇者様!よろしくお願いいたします!この村の未来、世界の未来をあなた方に
託します。どうかご武運を!」
何故かスゲオは唐突に顔をパアっと明るくして、それはそれは良い笑顔でカティル達を送り出した。
それを受けてそそくさと退室する勇者パーティー。
「??なに?いったい、どういう?」
全くわからない。理解できない。自分には分からない世界を見せられたと感じるイツカ。
「ほらほらイツカ。二人の邪魔になるから」
イツカはカティルに両腕を掴まれ、そのまま荷物のように運ばれていく。
そうして夫婦を残して全員が退室を済ませ、ドアを閉めた時である。
ガタッ
「あん♪あなたぁ!」
突然の物音とメガスの悲鳴。いやこれはもしかして嬌声か?
「うるせえ!昔を思い出してお兄ちゃんて呼べ!このメスガキBBA!!
昔から俺のことバカにしやがって!!また昔みたいにおしおきしてやろうか!!」
パンパンパンパン
「あーん♪ば、バカ雑魚お兄ちゃん●ンポ!凄い!」
「このやろう!このやろう!反省したか?反省しやがれ!
人がおちんこでるっていうのに!コイツ!たっぷり反省しながら新しいガキ孕みやがれ!」
ガタガタユラユラ パンパンパン
「こ・・これって・・」
やっと色々と理解してきたイツカ。
そう、これがこの夫婦のお気に入りプレイなのであった。
それらを察していたカティル達はただ、邪魔にならないようにと静かにその場を後に
するしかなかったのであった。
「あ、勇者様!」
そうして村長の仕事部屋から離れ、屋敷から出ようとした時である。
四人の子供とすれ違った。
「ああ、久しぶりだね、元気してたか?」
その子供達は全員、村長夫妻の子供達であった。
第三子の長男ボーイと第四子の三女サード、そして双子の四女ライトと五女レフトの四人であるが、
よく見るとライトとレフトの背中には産まれて間もない双子の赤子が背負われており、
四人ではなく六人居たのがわかった。
「お父さんとお仕事の話?」
「ああ、まあね、ボーイ。ある程度の話は済んだから、これから退治にいくのさ」
「頑張ってください!応援してます!」
ボーイは目をキラキラ輝かせていた。
しかし下の子二人の視線は背中の双子に注がれており、カティル達への関心が薄いようだ。
「ねえ~サードお姉さま。私達、先にお部屋帰っていい?」
「あ、それはちょっと・・・今はまずいかなぁ・・・?」
下の子達に対して、カティルは言葉を濁す。
彼女達の部屋はここからだと、村長の仕事部屋の向こう側にある。
つまり、二人が励んでいるそばを通ることになるわけで、教育に悪いわけで。
「まずいですか?それはどういう・・・」
言いかけて、サードが察して、耳まで真っ赤になる。
「ああ、もしかして父さん達、おっぱじめちゃってます?」
ボーイに言われて、カティルは小さく頷いた。
「まじですか・・・困ったなぁ」
この家には、家長たる父親の定めたゲッスゲスな掟が存在した。
その一つ、両親が仲良くしている部屋の傍に近づかない。
その部屋の前を通るのも憚られるほどだ。
どうしようかな、と兄と姉が頭を悩ませている。
その様子を黙って見つめていた時、下の妹二人まで何か察した。
「「えええええ!!兄さま、また兄弟増えるのー!?」」
二人は声を揃えて、それはそれは嫌そうに不満をぶちまけた。
「わたしもう嫌なんだけど!私達が末っ子で良いって言ったのに、
結局この子たちまで産まれてるし!」
「私だっていやよ!良い歳したオバサンが旦那のことをお兄ちゃん呼びしてるの
見るのトラウマものなんですけどぉ!」
「ちょっ、あんた達なんてこというのよ!お父さんとお母さんが仲良しさんだから、
貴女たちが生まれてこれたのよ?それを悪いことみたいに言わないの!」
「でもいいの?サードお姉さま、子供が増えたら姉さま、
また先生役しなくちゃなんだよ?」
「・・・それは」
まるで痛いところを突かれたとばかりに、姉は言葉を詰まらせた。
「・・・先生役?」
疑問に思ったイツカが口を開く。それを受けて下の妹二人は声を揃える。
「「うん、お母さんの実家で受け継がれてたっていう、『メスガキ道』の先生だよ」」
なんだそれは!!メスガキに道なんてあったの!?
「た、確かに・・・少しぐらいは恥ずか・・・しい、けど・・・
でもあれよ?独立してったお姉さま達だって母様からメスガキを習ったから、
良い人と巡り合えて結婚できたんだから、無駄にならないわよ!」
「「ほんとかなぁ?」」
〈本当かなぁ・・・?〉
メスガキ道とは、この世界ではおよそ三百年前から受け継がれてきた技術体系である。
極西のとある国では華道、茶道と並んで花嫁修業として幼い頃から教わる女性もいるという。
その起源は諸説あり、どこかの国で多くの男性から行為を寄せられていた美姫から広まった物とも、その昔、神々から授けられたとも言われている。
この道を究めさえすれば、永遠の若さを得ることができ、家内安全子孫繁栄無病息災と良いことずくめであるとされるが、その効果は未知数である。
メガスの生家もそうした効果が事実と信じて、代々そのメスガキ道を伝えてきた
大家なのであった。
「キャッハハ!お兄ちゃんそんなことも分からないのお?ざーこざーこ♪」
「きもーい!キモ、キモモ♪」
唐突にレフトとライトの二人がその習い事の成果を披露する。
先ほどのメガスほどではないにしても、その相手を見下して自分が有利と
勘違いしているクソガキムーブは相手の尊厳を傷つけ、その内に潜む獣を
目覚めさせようとする見事なメスガキであるように見えた。
「・・・ちょっと、レフト?ライト?なんですか、そのメスガキは?」
だがただ一人、サードの目がギラリと光った。
「姉さんいったわよね?
メスガキ道は好意を寄せた殿方を刺激し、
そのお気持ちを掴むための崇高な技術なのです、と。
あれだけ教えたというのに、ま・だ・ま・だ・修行不足のようねぇ?」
「ヒッ、ごめんなさい」
「許して・・・お姉さま」
光る眼を向けられ、双子は文字通り蛇に睨まれたカエルのようになった。
「許しません・・・後でお稽古のやり直しね?
その前に、姉さんのお手本をその目でよく焼きつけなさい!」
言いながら、サードは自分の服の第一ボタンまでを外し、わずかに着崩した服装で
気合を入れて顔を上げた。
「キャッハハ!お兄ちゃんまだそんなキョドキョドとして皆の輪に入れずに
ボッチなんだ♪キモーい!
私以外と会話もまともにできないなんてお嫁さん貰うなんて夢のまた夢じゃーん♪
まあ?私が成ってあげてもいいけどー?
今のキモキモお兄ちゃんじゃまだまだ不安かなぁ♪」
まるで濁流のように溢れ出す言葉の嵐。
一部省略
「何よ君♪あの程度のテストなのにこんな点数しか取れないんだぁ♪
キモーい!点数もよくないし、私以外の女の子と話もうまくできないなんて
ザーコーすーぎなんだけど♪
どうせ女の子のおっぱいも見たことないんでしょ?
隠さなくても分かるし♪何なら触らせてあげようか?
もう少し次のテストで満点取れたら触らせてあげてもいいよ♪
まあアンタには無理かもだーけーど♪」
非常にスラスラと滑らかに、見事に言葉を編み上げていく。
そのリズムと溢れ出すスピード、滑舌たるやいずれも一級品の噺家のようであると
カティル達は感じた。
そして語りながらもシチュエーションに合わせて動きなども加わり、
ある種の見物になる芝居のようだった。
「もう、ダメダメなアンタに付き合ってあげる私ってまさに女神様みたいな?
その点、アンタって・・・」
だがその時である。ふいにサードが披露の最中に、素に戻ってしまったのだ。
その瞬間、それまでの言動や行動がワアッと頭に浮かび上がり、
湧き上がった羞恥心で顔がトマトのように真っ赤になる。
「あっ・・えっと・・ち、ちちちちち違うんです!
ご、ごご五回なんですよ勇者様!お兄様!」
「うんうん、そうだね誤解じゃないね。五回ぐらいシチュエーションが
変わってた?よくあれだけできたもんだ。
兄としてボクも鼻が高いよサード♪」
兄のボーイは爆笑して笑い飛ばしたいのを必死で抑え、ニコニコとした
優しい笑顔を向けていたのだった。
2025/02/16
新しいエピソードの執筆を優先しようかとも思ったのですが、自分で読んでみてもう少し練った方がと思い、今回は加筆修正することを優先しました。
〈だからといって面白くできたとは言っていない〉
それでも少しは楽しんで読んで頂けたら幸いです
ではまた次回でお会いしましょう




