表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LIGHTNING EDGE-神々に挑む剣 -  作者: 金属パーツ
30/45

三話 シーン5「あの日に起きた出来事」

次第に色が薄れて行き、暗黒のドームは消滅した。

その内部は広範囲に薄く地面が抉られ、数センチ程度の傾斜が出来ていた。

その中心部で、セシリアが悠々と立っていた。

それと対峙するように、彼女の正面には何やら巨大な生き物が中の物を守る

ようにして翼を閉じて縮こまっていた。

砂粒や土埃を大量に巻き込んだ風が双方の肌を撫でる。

セシリアはそれを意に介することもなき、乱れた髪を整えることもせず、

その生き物を見つめていた。

「やっぱり、その子の傍に憑いていたのね、カインちゃん?」

その生き物は守りの姿勢を解いて翼を広げた。

その内側にはレルとイツカが隠されていた。

二人はゆっくりと立ち上がると、その衣服についた砂埃や汚れを払う。

「お久しぶりですね・・・リア」

その巨大な生き物は獅子に似ていた。

四つ足でネコ科を感じさせる体。

その頭部にはタテガミはなく、代わりに日に当てると金色に輝くような髪が生えている。

その全長は大きく、ざっと見て5mはあるだろうか。

ちょっとしたトラックほどのサイズをしている。

その口元はしっかりと閉じられ、むやみやたらに牙を覗かせるようなことはない。

それに加えて声も美しいので、それが女性であると分かった。

その背中には竜を思わせる爬虫類系の翼が一対生えている。

「気配は感じていたんだけど。そう、その子のフードに化けてたのね?」

「肯定です。まだ現勇者達に己の正体を明かせぬイツカを守るには、

衣服や装飾に身を変えて傍に在る方が好都合であると、私は判断しました。

全ては、我が主と貴女の残してくれたこの宝〈こ〉を守るため、です」

「あん♪そこまで思ってくれるなんてさっすがは私の親友ね♪」

その獅子のような獣の名は『ルビアカイン』

五百年の時を生きた精霊獣にして、キッドが『獅子の勇者』と呼ばれる

原因となった勇者キッドと契約によって結ばれたパートナーである。

セシリアとも同じ男を慕う盟友として、親友と呼び合う間柄だった獣だ。

「ウッフフ♪懐かしいわよねぇ。よく私と貴女とキッドの三人でベッドに入って、

仲良く楽しかったわよねぇ」

「え・・・何それ聞いてない」

セシリアの言葉を耳にして、イツカは一瞬、絶望的に冷たい目で彼女を見上げた。

「む、昔の話です!それに、あの時は私も人間に化けていましたし!

セシリアが初夜は二人っきりだと心細いっていうから・・・その・・・」

ルビアカインは顔を真っ赤にした。

「そーんなこといってー私がヘバッて休んでる時も貴女はキッドの上に跨って、

うっかり彼の事を枯らし殺しかけたこと忘れてないわよね?」

〈枯らし?殺す?〉

「キッドのアレを舐めて綺麗にしようとして噛みちぎりかけたり、●モの村の

罠にかかってキッドがホ●にされかけたり、キッドが敵の魔族の魅惑に

かかってるのに気づかずに攫われかけたり、

本当にカインちゃんてばおっちょこちょいさんだったわよねぇ?

獅子の勇者の相棒が聞いて呆れたものだわぁ」

「あああ、それは言わない約束の筈でしょう!娘の前でなんて話を!!」

あまりの報告にイツカは言葉も失ってしまう。

「・・・もしかして、イツカ、産まれてこれたの、奇跡的確率?」

イツカはもう顔を合わせられる相手がレルしかいないというように、

その顔をじっと見つめた。たまらずにレルは顔を背けてしまう。

「我々の世代の冒険も大変に困難を極めていたのですよ・・・・イツカ」

そう返すことしかできないレルに、イツカはますます暗い影を落とす。

まずい、なんだかセシリアのペースに飲まれつつある気がする。

そう判断したルビアカインは、もうガムシャラに言葉をぶつける。

「そーそそそ、そんなことよりも、リア!あれは少々行き過ぎではありませんか!?

今のイツカ達にフォビドゥンオブアビスを撃って!命がなかったかもしれないんですよ?」

カインは初めて、目を吊り上げるようにしてセシリアを睨み、牙を覗かせる。

「・・・あらあらカインちゃんに嫌われちゃったかしら?

悲しいわねえ。私はただ、貴女の居所は分からないでも、きっと貴女は

イツカちゃんやレルくんを助けるために力を貸してくれるって信じていたのよ?」

セシリアもあえて微笑みで返す。だがその目の色は翡翠色ではなく紅色に染まっていた。

〈ん?・・・もしかして、あの目の色は・・・〉

それを見て、レルは一つの違和感を覚えた。

「それにしたって、度を越していたと思いますよ『魔王』?

貴女はいつから、過去の魔王達の秘術を使えるようになったんですか?」

「?」

レルの言葉がよく分からないと言いたげにセシリアは首を傾げた。

「何を言ってるのよ?

私は・・・・そう、私はあの『扉』の向こうで彼らと話したんだもの。

あの向こう側の世界へたどり着いて、私は出会った。

あの向こう側の世界からやってきた者と私は出くわした。

皆が皆、同じ気持ちを持っていたわ。あの女も私と同じ想いを抱えていた。

それは恨みね。悔しい、口惜しい、苦しい、悲しい。腹ただしい!憎らしい!

私は何としてでもあの人の残した宝〈こ〉を産まなくてはならなかったのよ。

私は『あの人』との間に何も残せず、あいつのように子を授かる機会も望めなかった。

だから託した!だから授かれたの!だから奪う!だから受け継がせるの!

だからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだから

だから!!・・・・・だ・・・から?」

「リア・・貴女は・・」

「何をいってるのよ・・・」

急に感情のブレが大きくなったセシリアをイツカ達は一歩引いた

場所から見ていた。

彼女の口にする言葉は支離滅裂で、矛盾だらけで。今一つ要領をえない。

まるでヒステリーを引き起こしたかに見える彼女は言葉に詰まると、今度は自分の

頭をガリガリと掻きむしり始めた。

「ああ、違うのよ。イツカちゃん、私はただ、貴女に神と戦う力を与えたくて

お前を壊すだけ。そのために貴女に少しでも人間らしさを与えたくて、

あの村を作ってね。お前を切り刻んでやるつもりでね。

貴女のために暖かな手料理だって勉強してね?お前を何回焼き尽くして殺してやろうかと・・それで・・それで・・・」

「・・・・やはり」

レルはポツリとそう漏らした。

「レルさん、せつめ、い、して?」

「リアに何が起こっているのです、レル様?」

「二人とも、彼女の目を見てみてください」

言われて、頭を振り乱すセシリアの乱れた髪の隙間からギリギリで見えた

瞳の色をじっくりと観察してみる。

その左目は翡翠色をしているのに対し、右目は赤いルビー色をしていた。

「先ほどまではあの目の変化は感情の変化によるものか、セシリアのフリをして

いたドラコーが幻影で翡翠色の目を再現しているのかと思いました。

が、どうやら違ったようです」

レルはセシリアを指さしながら言葉を続ける。

「おそらくなんですが、セシリアはきっと前の大戦終結後に『扉』を開いた時、

その向こうでドラコー達、先代魔王達の魂と出会ったのでしょう。そうして

それらから強い怨嗟の気持ちと力を受け継いで今代の魔王を拝命した。

それと同時に、セシリアの魂は何かの原因でドラコーの魂と融合を果たしている。

ここまでは以前、暦1900年頃の魔王誕生の瞬間の私も立ち会って

判明していたことです」

「その、とびらって・・・何なの?」

「・・・・魔王城の最下層、そこには一つの巨人が通るために作られたのかというほど大きな扉が存在しています。

幾重にも施された封印によって閉じられたその扉を理由は定かではありませんが、今までの魔王達は開けることを世界滅亡の任と同じぐらい重要な使命として行動していたようなのです

そして先代魔王ドラコーの時代、ついにその扉が開放されてしまいました。

我々は決死の想いで魔王を倒し、その扉を再び閉じなければならなかったのです。

貴女の父キッドは、その扉を閉じるために命を落としたのですよ・・・・」

「・・・・」

続いてイツカはカインに目を向ける。彼女は何も言わずに、ただ首を縦に振って

レルの言葉を肯定した。

その間に、レルの脳裏にはその日の事が頭をよぎる。

なんとかドラコーを倒したが扉が開いてしまい、一時だけ見えたあの扉の向こうの空間のことを。

そこは赤かった。

人々の血と臓物を幾重にも塗り重ねたような、苦痛と狂気を紅にして

霧として振りまいたような赤い世界。

そしてその向こうには一つの大きな何かが在った。

第一に思いだすのは『目』だ。

目 目 目 目 目 目 目 目 目 目 目だ。

何百何千とついた目がこちらを見つめていた。こちらに出てこようとしていた。

いけない。アレを通してはいけない。

皆がそう悟ってはいるのに、誰も体が動かない。

そんな中、真っ先に動いたのがキッドだった。

それに続いた皆が動いた。

だが、アレの恐ろしさは拭いきれず、レル達の行動はわずかに遅れ気味になる。

それに臆することなくキッドは扉の向こうへ出て、こちらを見つめるアレに背を

向けて扉を閉めたのだ。

忘れもしない。忘れられるはずがないだろう。

アレはこちらに出ようとしていた。それを妨害するキッドに怒りを抱いていた。

そして扉が閉じ始める頃から、アレはキッドを攻撃し始め、彼は自分の体が傷つき激しく出血するのも厭わず、その最後の役目を全うした。

結果、彼はこちらへ帰ってくることはなく、彼の聖剣アギナヴィーとセシリアの衣服に数滴の血痕のみを残した。

「・・・・脱線してしまいましたね。話を戻します。

そして今気づいたのですが、彼女の目の色。どうやら、憶測ですが。

あの肉体を支配している魂がセシリアとドラコー、天秤がどちらに

傾いたかによって変わるのだと私は推測します」

「つまり、翡翠色の時にはリア。赤い色の時にはドラコーが、ですか?」

「じゃあ今のお母さんの目は・・・」

「ええ、両方。中間ですね。おそらく、何かの原因で今あの体はバランスを崩し、

二つの魂で奪いあいが起こっているのかも知れません」

であったなら、支離滅裂なあの言葉にも意味が通るのではないか。


『私は・・・・そう、私はあの『扉』の向こうで彼らと話したんだもの。

あの向こう側の世界へたどり着いて、私は出会った。

皆が皆、同じ気持ちを持っていたわ。

それは恨みね。悔しい、苦しい、悲しい。

私は何としてでもあの人の残した宝〈こ〉を産まなくてはならなかったのよ。

だから授かれたの!だから受け継がせるの!』


『あの向こう側の世界からやってきた者と私は出くわした。

あの女も私と同じ想いを抱えていた。

それは恨みね。口惜しい、腹ただしい!憎らしい!

私は『あの人』との間に何も残せず、あいつのように

子を授かる機会も望めなかった。だから託した!だから奪う!

お前を壊す!お前を切り刻んでやるつもりでね。

お前を何回焼き尽くして殺してやろうかと』


思い返してみる。そういえば、ドラコーもまた、先々代勇者パーティーの

一人だったはずだ。誰だったのかはレルは容易に想像できた。

キッドよりも更に前の先々代勇者。

『竜の勇者ギュスターヴ』の傍らには、今では滅亡してしまった竜文明の王国の姫

『ドラクル』が付き添っていたと言われている。

その姫は人の姿に化けられる能力をもっており。

この二人もまた、キッドとセシリアのように愛し合っていたとされ、多くの美談が

残されているのであるが。

残念なことに種族の違いからか子は残せなかったそうだ。だからか。

ドラコーはセシリアと同様に『愛する人と引き裂かれた女』として心を同じくする

間柄であると同時に、ドラコーだけは我が子を抱くことができなかったのだ。

そこにセシリアと決定的な軋轢が生まれてしまい、今のような精神分裂が起こってしまった。

恐らくは先に拒否反応が出たのはドラコーだろうとレルは睨んだ。

先代魔王ドラコー。歴代で最も恐れられた竜魔王にして嫉妬深く冷酷。

あまりの恐ろしさから付けられた二つ名は「デッド オブ ルビーアイ」

死を呼ぶ赤目のバケモノ。


「フン!」

魔王は突如、魔法弾を放ってきた。

「くっ!」

あわてて二人はルビアカインの傍で身を縮める。

だが、魔王の攻撃はあてずっぽうでデタラメで、まるでかすりもしなかった。

〈ここまで精神を乖離させ狂わせてしまうなんて、女とは恐ろしい・・・〉

ここは距離を置いて逃げるべきか、立ち向かうか?

不思議とレルの判断は短い計算に基づいて答えが出た。

「ルビア!少しで良い、イツカに力を与えてもらえるか?」

「・・・どの程度、授ければ良いのです?」

与えること自体は容易であるが、あまりに度を越して授けると、

イツカの体に支障がでてしまう。

「安心してください。不足した分が補充できれば、イツカのライトニングエッジを

あと一回だけ、あと一回だけ発動できるだけ注いであげられればそれで良い」

それならば、イツカという器から水があふれ出ることも圧によって割られる心配もない。

「承知しました。貴方はなにを?できればプランの説明を求めます」

「・・・なに。それほどご立派なプランなどありはしないよ。

とにかく、ボクの全力をもって彼女にぶつけるのさ」

そう口にしたレルの声色と口調は普段とかけ離れて若々しくなっていた。

「レルっ、貴方まさか、あの薬を・・・」

ルビアカインの指摘は当たっていた。

レルの秘蔵していた『薬』その一本を早々にレルは口にしたのだ。

中身が空になった小瓶がポトリと地面に落ちる。

その薬とは、代々の勇者パーティーの導き手として選ばれる『賢者』に対して、

神から与えられる秘薬である。

三本が授けられ、飲むと瞬時に劇的な効果が表れる。

レルの体は徐々に変化し、白髪交じりだったその髪は艶が出て銀色に輝き。

そのゴツゴツとして枯れ木のようだった肌は瑞々しく張りが出る。

精神と魔力さえも一時的に全盛期だった20代の肉体へと返り咲くのだ。

ただし副次効果として、その秘薬三本全て飲み終えた時、賢者の役目は終わり、

この世から去ることになる。

残る秘薬は後一つ。

「構うものか。あこまで不安定な状態の魔王を討伐できる機会なんて、

この先あるとは思えない。ボクはこれから時間をかけて最大の一撃を

放ってみせる。

だからルビアカイン、お前はそれまでサポートを頼む。

イツカは時間稼ぎしろ。僕の準備ができるまでアイツの気を反らせ。

タイミングが来たら一瞬で決めるぞ」

言いつつ、若返ったレルは杖を地面に突き立て、力を集中させる。

「了解!」

「任せて」

いうや、ルビアカインは再びイツカのフードに姿を変えて装備される。

イツカは颯爽と駆け出して、魔王に襲い掛かった。

その二刀を魔王に叩きつける。

「・・・・」

しかし、魔王はそれに微動だにしない。

相変わらず防ぎもせず、だが崩れもしない。

両方の不揃いな瞳に揺さぶられるがままにイツカの猛攻を受け続けていた。

〈ここで、終わらせるね、お母さん・・・〉

その間にも、ルビアカインは回復魔法等で徐々にイツカを回復する。

イツカはその五体に流れる血液と力の循環を感じつつ、それらを双方の神剣に

巡らせていく。そうして来たるべきタイミングを待っていた。

「____ ____ ______!」

レルは呪文の詠唱を始めていた。

彼にとって最も強大で最高の一撃をジワジワと組み上げていく。

その昔、その肉体が常に若々しかった頃『七星の魔導王』の異名を持って

称えられていたレル=ムックワー。


そんな彼は先代勇者パーティーの一員として戦っていた若かりし頃、

キッド=カッツの無二の親友と称されていた。

だが、そこまでの関係性が作られるまでに長い時間を要したことはあまり語られることがない。

そこを語ろうとするなら、まだ若く粗削りで、未熟だったころの彼の話もする必要があるからだ。

初めの頃、彼は自分の才に溺れていた。

レル少年はまさに天才であった。

木火土金水の五大属性の内、職人や錬金術師にしか関係がないとされる金の属性を

学ぶ気がない代わりに残りの四大属性に精通し。更に齢15歳にして、六番目の属性である「無」を発見。

今日まで活用される「オーラ」や「エアスラッシュ」といった無属性魔法を開発する。

これにより、彼は五大属性を習得した奇跡の魔導士として、世界中から

羨望の眼差しを向けられることとなる。

そんな彼だからこそ、当時の勇者パーティーの一員として選ばれるのは当然の結果だった。

だが、当時の彼は性格が非常に悪かった。

自分の才能を鼻にかけ、周囲の全ての人々を見下していたのだ。

そして同じパーティーにいた聖女、セシリア・ウェルカーに只ならぬ想いを持って執着していた。

恋慕していたのだ。

そしてそれと同時に激しく嫌悪している相手がいた。それがキッドだった。

キッドとセシリア、この後に夫婦同然となる二人の関係が深まるのに

時間はかからず、急接近するほどに、当時のレルは激しい憎しみの心を持って、

キッドを妬んでいた。

二人は繰り返し衝突した。

大抵はレルが突っかかり、時にキッドを害し傷つけた。

だが高潔なキッドはレルを追放することを良しとせず、むしろレルがどうすれば

自分と打ち解けてくれるかと、そんな事に考えを巡らせることさえあった。

その思いが届くことはなく、その溝はますます深まり、修復不可能かと思われるほどの亀裂を生んでいた。


そうしてある日、事件は起きた。

それは魔王ドラコー配下の五大竜帝の一翼を担う『暗黒竜ゴルゴアトス』を

やっとの思いで討伐した日のことだ。

虫の息となり、死を待つだけのゴルゴアトスとレルの視線が重なった。

ゴルゴアトスとは世界の闇を司る竜帝であり、その彼の目が、

着実に闇に満たされつつあったレルの心を見抜き、彼を惑わせたのだ。

そしてキッド達にとって、最低最悪の事態が起こる。

この時、レルは仲間達を裏切った。

闇に心を支配され、闇の力を手に入れ、六大属性を操る暗黒魔導士と化した彼は、

ドラコーに与することに決めてしまった。

以来、彼は魔王の軍勢を操って人類に反旗を翻した。

幾つもの村や町を焼き、勇者キッド達の前に立ち塞がった。

暗黒魔導士レルとキッドは三度決闘し、レルは三度敗走を余儀なくされることとなる。

そうして魔王ドラコーの信用も失われ、レルは最後の命がけの特攻を申し付けられた四度目の決闘の時。

キッドは今にも命が尽きかけていたレルに言った。

「レル、逝かないでくれ!!お前みたいに全力でぶつかってくれる友達を

俺は失いたくない!

お前はこんなに強いじゃないか!お前の強さを皆必要としてくれてる!!

だから死ぬな!帰ってきてくれよ!!」

今でも忘れることはできない。キッドの言葉。

自分はキッドに対して嫉妬し、恨んで憎んで、八つ当たりしてきたというのに、

そんな自分を必要だと、失いたくないといってくれた彼の言葉が

初めてレルの心に届いた。

初めてレルは「恥」というものを知った。

それまでの未熟で、わがままで、幼稚だった自分をレルは初めて『恥ずかしい』と思えた。

そうして彼は心を入れ替え、また新たにキッド達勇者の仲間へと返り咲いた時、

奇跡が起きた。神のご加護でもあったか、彼は元来、手に入る筈がなかった

七つ目の属性、「光」属性の力を手に入れ、後に「七星の魔導王」の異名をもって称えられる存在となったのだ。


〈キッド・・・僕はお前に詫びないといけないな〉

心を集中させ、内なる七属性を練り上げていく。

だが、今は何故かどの属性も弱く取っ散らかっており、究極魔法と呼ぶに

相応しいほどの術式が組み合がる保証がない。

レルにはいくらかの心の迷いがあった。

〈僕は一時とはいえ、セシリアを愛していた。キッドとの関係を認めた後でも、

あの時の僕の気持ちを無かったことにはしていない〉

特に弱いのは火と木の属性だった。火を呼び覚ます熱き心と木を呼び覚ます

己への絶対的な自信がレルには不足している。

〈そんな君たちを祝福できた僕が、今はまたセシリアの命を奪おうとしている。

これはまともな人間だったら、耐えられないかも知れないな〉

「はあ!ぐぅ!だあああああ!!」

その間にも、イツカの奮戦は続いている。

彼女の太刀筋は全て何の障壁にも遮られることもなく、魔王の肌に届いていた。

だがどれも魔王の肌を傷つけるには至らず、それどころか

髪の毛一本と切れることはない。

魔王はただ茫然と機能停止した機械のように立ち尽くしていた。

暴走が終わって冷却に入っている?

そうではない。

イツカが蚊ほども自分を傷つけるに値しないと知るので、放置されているのだ。

〈キッド、僕を許してほしい。僕は今、セシリアを君の元へと送ろうとしている。

親友と呼ばれていながら、僕はトンだ裏切り者になろうとしているのかも知れない。だけどそれでも、僕は・・・〉

「愚かしいな、ルビアカインよ。五大竜帝の一角、『黄金翼』と

呼ばれて我に仕えておきながら、裏切りの業を背負った挙句、最後にはそのような

布切れへと姿を変えるとは。貴様は恥という言葉を知らぬと見える」

それまで何の反応もなかった魔王が自分に刃を当てるイツカを見る。

いや、そう見えるだけで単にイツカの身につけたフードを見つめていた。

今の魔王は、セシリアからドラコーへの切り替わった状態にあったのだ。

〈陛下・・・やはり、リアと交じり合って、まだ残っておられたのですね〉

「うむ、肯定じゃ。

余としてはもう終わった生であった故、表に出てくるつもりはなかった。

だがの、何ぶんセシリアの奴めが引っ込んでしまってなぁ。

あ奴が戻ってくるまで余がこの体を守らねばならぬ。

それゆえ・・・」

初めて魔王に動きが見られる。彼女はイツカの肩に片方の手を置いた。

「それゆえ、余は貴様の母のように手加減はせぬぞ?」

〈まずい!回避です、イツカ!!〉

ルピアカインが叫ぶ。だがイツカの動きが鈍る。イツカの肩に置かれた手に

力が籠もっている。

空いている方の手に魔王の真っ黒な魔力弾が輝いていた。

「くう!オーラ!」

イツカは咄嗟に自分の顔面にオーラを展開する。その守りのポイントを狙って

魔王の魔法が放たれた。

一気に弾き飛ばされる。二度三度とイツカは転がる。

だがルピアカインの支援魔法が効いているからか、イツカはすっくと立ちあがり、

また魔王に挑みかかった。

「であ!てい!たあ!」

次からの斬撃は大きく変化した。魔王の反撃を想定して、360度全ての死角からの攻撃を意識し、魔王の背後を狙う。

それに対して、魔王の動きは実にゆったりとしていた。

〈セシリア、キッド、僕を許せとは言わない。だけど僕は例えセシリア相手で

あっても、殺さなくちゃならないんだ。新しい世代のイツカ達にバトンを

繋ぐために、この世界を残すために、僕もまた、キッド達と同じ

『勇者の一員』だったものだから僕はここで、魔王を倒す!!〉

その時から、急激にレルの内部で燻っていた火の情熱と木の自信が膨らみ始めた。

五大属性の魔力はレルの手の中で渦を巻くように回転を始め、その外側から

光と闇がその渦を挟むようにして強く成っていく。

「・・・ほお」

その魔力が増大して行く様子に魔王も気づいた。

彼女は無傷でイツカの斬撃を受けているが、そちらを見ようともせずに淡々と

レルのことを眺めていた。

「人間の身でありながら見事よな。確か・・・レルといったか?

あの小僧がここまでの魔力を練る様になるとは。時代は変わったのぉ」

もうイツカの攻撃で意識を反らす作戦も価値がないのだろう。

レルは一つの賭けにでることに決めた。

「魔王ドラコー!受けてみろ!これが僕の百年をかけた最大最強の一撃だ!」

七大属性のエネルギーを魔力により平行して励起させて順調に育ち混ざり合い、

間もなく限界まで成長する。七色の輝きが混ざり合ったそのエネルギーの塊を

手の先から魔王へと向けられる。

「くらえ!僕の最大究極魔法『グランドバスター!!』」

そして打ち出す素振りを見せる。

「・・・愚かな。余の力を忘れておるのか?

余に魔法など無意味である。リフレクトミラー〈絶対なる魔術反射〉」

何食わぬ顔で魔王は淡々とレルの魔法に対策をする。

〈かかった!それを待ってたんだ!!〉

「イツカ!今だ!」

咄嗟にレルが叫ぶ。

イツカも素早く声に応え、レルに背を向ける形で彼の正面に立った。

本来なら、グランドバスターの射線上である。

だがレルがそれを撃ち出すことはない。

〈見せてやるよ魔王!これは僕が編み出した新作の秘策魔法〉

「パワーオブエンチャント〈力を授ける魔法〉」

レルはグランドバスターとして放つ予定であった魔力をそのまま

イツカの背中に流し込む。

「なんじゃと・・・!?」

初めて、魔王の表情が変わった。

力を付与されたイツカの見た目が急速に変化する。

首元までだった髪が腰にかかるほどまで伸び、髪色は真紅に、瞳は黄金色に。

背中からそれぞれ色の異なる七枚の光の羽が生え、体の隅々まで魔力が行き渡り、

その力は何倍にも強化されたのだ。

〈行けますよ、イツカ!力の制御は私が代わりに行いますので、貴女はただ、

全力を振るいなさい!〉

そのルビアカインの言葉を受けると、イツカは物もいわずに体を浮かせ、

魔王に向けて飛び込んでいった。

「はあ!」

「ぐっ!?」

一撃目、魔王が張っていたリフレクトミラーが安々と叩き割られる。

イツカの双剣には未だライトニングエッジは展開されていない。

ただ強い魔法効果が付与されたレア金属の剣としてのみ振るわれていた。

それでもなお、二撃三撃と繰り出されるイツカの攻撃は魔王を圧倒していた。

「ばかな・・・なぜこうまで、余が・・・」

初めて魔王の表情が歪むのをイツカは目にした。

その姿形は母セシリアであるが、今のイツカには、母として見て居なかった。

イツカはそれからも魔王をいたぶるように圧倒的な力をもって斬撃を続ける。

「くっ」

初めて魔王が膝をつきかけた。

「トドメだ・・魔王。ライトニングエッジ・モードキャリバー発動」

それを目にし、イツカは声に出して力の全力行使を行った。

その伸びた光の剣身もまた長く太く、その光剣部分だけでもイツカの身長を大きく

超える程に長く伸び、その質感もずっと物質化していた。

だが不思議と、彼女がモードキャリバーを纏わせているのはアギナヴィーの側

のみであり、ルナーエーには何も起きていない。

イツカは無言で、ルナーエーを捨てた。

「なんじゃと」

瞳を丸くして、魔王はその様子を眺めた。

その瞳はどこか落胆するようなマイナスな感情が籠もっており、

有利不利以前に、どこか倫理的に常識に反する行為をみた常人のような失望の色が

垣間見えた。

〈イツカ!どうしてルナーエーを!!〉

〈軽く傷つけるだけならともかく、致命傷を与えるには二刀は邪魔になるから。

ここはお父さんの剣に賭ける方が得策〉

〈ですが・・・〉

〈迷ってる暇はないよ。エンチャントはまだ長時間維持できない。

あと数秒も保つか分からないの。

良いから魔力制御は任せるから、全力を刀身に集中させて。

この一撃でお母さんを開放するよ、ルビアカイン〉

〈・・・・・わかりました〉

あまり乗り気でないというルピアカインに対して、イツカは黙々とアギナヴィーを

両手に構え、その全魔力をアギナヴィーに回させる。

そしてまた浮遊魔法で体を浮かせて、全速力で魔王に飛び込んでいた。

「はああああああああああああああああ!!」

怒涛の勢いで魔王に迫る。

「魔王を侮るでないわ!小娘えええええええええええええええええ!!」

それを迎え撃つように魔王は人ほどある巨大な黒い魔力弾を生み出し、

イツカに向けて放った。

だが無意味だった。その本来なら強大な魔力の塊もイツカに触れるかどうかの所で

無効化されて霧散する。

少しも速度を落とさず、イツカはアギナヴィーを横一文字に振り切った。

「しねええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

「!?」

イツカの激しい怒声。一瞬、魔王と交差する。

その光の刃は安々と魔王の首を切りはねた。

ごろごろと母と同じ顔が転がっていき、それが偶然にもレルの足元で止まった。

間もなくそれは黒い霧となって消滅していく。立ち尽くしたまま倒れもしない

胴体もまたさらさらと崩れて灰に成った。

「・・・・ふぅ、おわり、ましたね」

少しばかり嫌な物を見たレルが心を落ち着かせようとため息をついた。

「うん、終わったね、レルさん、ルビアカイン・・・・」

一気にエンチャントの効果が切れたイツカもまた深く深呼吸。

倒せた、母を魔王を。その首を切り落とした時の感触はあまりない。

振り返り、頭のない胴体が崩れる様をみて、できたのだと確信できた。

罪の意識は驚くほどにない。母を殺したというのに、後悔の念はなく。

だがしかし、少しばかり母のことを思いださせた。

母セシリアは本来なら、何十年も前に亡くなっている筈の人だ。

それが魔王と混じり、時を超えてこの時代で私を産んだ。

だからこそ、自分は今の時代の人間として居られる。

カティルやベロニカたちと共に生きられる。

その事を考えると、イツカは自分でも驚くほどに只、母に対して感謝の

念が湧き上がり始めていた。

〈・・・・さよなら、産んでくれてありがとう、お母さ〉

パチパチパチパチパチ

ふいに誰かの拍手の音が響く。レルではない。

「ダレ!?」

その音の方へ視線を向ける。

「素敵!ステキよイツカちゃん!感動だわ、カンドーだわ!!

まさかここまで為せるなんて、お母さんもう、

涙が止まらないわよおおおおおおお!!」

そこにはセシリアが涙目になって立っていた。

両目が翡翠色をしており、それが魔王ドラコーでないことがはっきりと分かった。

「なんで・・・生き、て」

「ウッフフ、あれで終わったと思った?母さんがあの程度で死んだと思った?

ざーんねん♪あれはお母さんの分身よ分身♪

オリジナルで外にでるわけないでしょ?

今のこれもそうだけど、母さんの魔力の一部を切り取って作った擬態をお母さんが操ってたのよ。

母さん自身は、まだ魔王城にあるわ♪」

クルクルと回る様にセシリアは踊り出した。

それを眺めつつ、イツカはまたしっかりとアギナヴィーを構えなおす。

「一部を切り取ってとは・・・

いったりどれだけの魔力であの体を作ったんだい?」

「んー、そうねー。大体だけど、一万分の一ぐらい?」

「なんだって・・」

10000/1

〈たったそれだけの魔力を使って生み出した分身であれほどの力が?〉

「ウフフフ♪驚いたわよね?それだけ、貴方たちは未だ未熟ってことよ。

頑張ったのは認めるし、貴方たちのお陰ですこーし暴走気味だった

ドラコーの側面を安定化させることができたけどね。

今のままで十分と思わないことね。頑張りなさい♪」

いいながらセシリアはトコトコとイツカに近づいていき、その頭を優しく撫でた。

その行為が、イツカの折角の気持ちを色々と台無しにし、その肩をブルブルと震わせる。

「でえい!」

たまらずアギナヴィーを振り上げた。

「てい♪」

それを物ともせず、セシリアはイツカのオデコを人差し指でツンとつついた。

すると大げさなほどにイツカの体は大きく吹き飛ばされて地面を転がっていき、

ついには地面に倒れ伏す。

「ぐっ・・・こんな・・・なんで・・」

立ち上がろうにもイツカの体が悲鳴を上げる。

あり得ないほどのパワーがその母の体には込められていた。

「言い忘れたけどぉ、今の母さんね?

五千分の一ぐらいの魔力を使って作ってあるのぉ。

そうそう倒せるもんじゃないわよ?」

〈あれで本当に、倍程度だというのか?〉

それを聞いたレルの体に戦慄が走る。

本当であればイツカのように襲い掛かろうかと思ったのだが、

残念なことにレルの秘薬の効力は既に切れてしまい、元の老体へと

戻っていた。

もう上昇していた魔力も低下し、体の反応も衰え、対応できなかったのだ。

「じゃあ早速、お母さんが反省会をしてあげるわね♪

まずはレルくん♪」

セシリアの視線が初めてレルに向けられた。

「さっきの頭脳戦に関してはさすがだったわね。パワーオブエンチャントだっけ?

いいわねぇ、私達の時代でもあの魔法があったら、

もっと戦いも楽にいけたのにぃ」

「お、お褒めにあずかりまして。私としても嬉しく・・・」

「でもダメよぉ秘薬は大切なものなんだし。私から見るに、ああいう魔法を使って戦うなら、別に今の皺皺レルくんがパワーオブエンチャントでイツカちゃんを

強化しても、それなりに行けたと思うのよ?もっと相手を観察して、

見極めないと・・・」

「あ、ああ、ハハハ・・・耳が痛いご意見だ」

「ほんとよぉ。気を付けてよね?あと一個だけでしょ?

あと一個の秘薬を使わないといけない事態に成っちゃったら、

レルくん、サキ先生みたいに死んじゃうんだよ?」

ドクン!

その一言に、ひと際大きくレルの心臓が動いた。

自分の死、に関してもそうだが。サキ先生のことをレルは久しく思いだしていた。

サキ・ウォミール。レルやキッド達が勇者だった時代、彼らを導く『賢者』の

役を担っていた魔導士であり、レルの師匠であった。

その人の死は、未だにレルにも深く心に刻みつけられている。

「・・・ええ、心しますよ、セシリア」

「うん、よろしい♪」

続いてセシリアは未だに立ち上がることができずに倒れ伏すイツカに近寄った。

「いーつーかーちゃーん!」

セシリアはイツカの頭をペチペチと叩き始めた。

その表情は子供っぽく、頬を河豚のようにプクーと膨らませて怒っていた。

「本当は一万個ぐらい言いたいことがあるんだけど、母さんはヨ・ワ・イ・

女の子にグチグチと言葉責めするのは好きではないので、

一個だけ教えてあげるわね?」

セシリアは両手で動けないでいるイツカの頭を掴むと、クイっと自分と視線を合わせさせる。

「貴女も頑張っているのがわかりました。貴女はまだまだ伸びる、

強くなるでしょう。

貴女がお父さんのことを敬愛してくれてるのも母さんに伝わりました。

でもね!・・・・もう少しだけ、父さんから受け継いだ力だけじゃなくて、

もう『片方の力』も使いこなせるようになって欲しいって、思うかなぁ!」

「・・それって」

ふいに言葉を漏らし、静かに母を真っすぐ見つめるイツカの顔を見て、セシリアは

何かに満足したかのようにニッコリと微笑んだ。

するとセシリアはいったんイツカから離れると、彼女が唯一自ら手放した

ルナーエーを拾いあげると、優しくイツカの眼前に置いていくのだった。

「・・・頑張って強く成りなさい」

パン、とセシリアは手を叩く。

「よし、お説教はここまで。じゃあ私が、ご褒美を上げるわぁ。

明日から三日ほど、うちの部下達の全力を尽くして貴方たちに暇を

与えて見せます。楽しんでね!」

「え?」「え?」

二人が同時に声を上げる。

「心配なんて要らないわよぉ。私の力と伝手があれば簡単なことだから。

じゃーねーまた逢う日まで、レルくん、イツカちゃん。また逢いましょう。

いつの日か、必ず・・・ね?」

セシリアは二人に背を向けると、二歩三歩と歩むと突然、民家の入り口のような

扉が現れた。そのドアの中に入ると、扉を閉めた時、その扉は消えていった。

その様子をただ静かに眺め、二人は何も語り合うこともなく数刻が過ぎ、

空は日が沈んで暗くなり始めていた。




これが、三連休に入る直前に起きていた出来事である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ