表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LIGHTNING EDGE-神々に挑む剣 -  作者: 金属パーツ
22/45

二話 シーン7「開演」

ところ戻ってカティル達の側でも、既に開演を迎えていた。

舞台の端を円形の明るい照明で照らされる。

舞台袖から一人のガタイの良い身長190cmはあろうかという大男が現れた。

「よお!俺の名はマックス!

このダークネスシティで暮らす一介の冒険者さ。

毎日こうして冒険者ギルドに顔を出しては、仕事をもらって日々を暮らしているんだ」

〈ちょっと意外だな。アランが主役かと思ったのに違うのか〉

カティルは意外だなと小さく漏らす。

照明が拡大されて、舞台全体がパァッと照らされた。

かきわりの背景はどこかの施設内と見え、受付らしい女性がマックスの反対の舞台袖から登場した。

「ようこそマックスさん、冒険者ギルドダークネスシティ支部へ。

本日はお早いですね。ご用向きはなんですか?」

二人ともお互い顔を向け合わずに、客席へ向いて立ち、まるで目の前に話し相手が居るかのように振舞っている。

「いつも通りですよメアリーさん。何か俺のランクでもこなせる仕事があれば下さい」

「でしたら!是非、マックスさんにお願いしたいことがあるんですけど、よろしいでしょうか?」

「なんですか?その仕事って」

「実は・・この子をお願いしたいんです」

言いながら、舞台袖から新たに一人の登場人物が歩み出る。

その子は身長が低く、フード付きのローブで頭をすっぽりと隠していた。

マックスからは見えづらいが、髪に赤いリボンを結んでいる。

「この子、名前をアンナちゃんていうんですけど、先日まで暮らしていた孤児院を出ることになりまして。本日から冒険者登録を済ませた新人さんなんです。

まだ右も左も分からないような子ですが、マックスさんさえよかったら、

この子に色々と教えてあげてくれませんか?」

「・・・よろしく、アンナ、です」

「ほお、新人か。俺はマックスってんだ、よろしくな。

よおし、良いぜ!俺に任せてくれ。じゃあ初歩的な林道警備の仕事から始めてみるか」

「りんどう・・・ですか?街道、じゃなくて?」

「おいおいこれだから新人は!

良いか?街道警備は確かに給料も良いし一見すると待遇の良い仕事で人気もあるけどな。

となり街までの間を見回るわけで、日帰りが難しい。

二日三日続けての仕事に成りがちなのさ。お前みたいな新人がそこまで耐えられるとは誰も思わないよ。

だから日帰りで戻ってこれて、比較的に安全な低レベルモンスターしか出てこない近くの林道警備の方が良いと思うぞ。どうだ?」

遠慮のないマックスの言葉に、アンナは少しムッとした仕草をみせる。

だがここで嫌われるわけにはいかないと、直ぐに態度を改めた。

「わかりました・・・じゃあ、それで」

暗転

『こうしてマックスとアンナ、二人の冒険者は運命的な出会いを果たしたのでありました』

ナレーションが流れる間に背景のカキワリが素早く転換されていく。

不要な登場人物は姿を去って、そして明転。背景が林の中に切り替わっていた。

「ガルルルル!!!」

どう見ても人間が入っている二足歩行の着ぐるみの群れ。山犬か狼の群れのようだ。

それらはマックスとアンナに対して牙を剥く。

「よし、来やがったか。アンナ、びびるんじゃねえぞ!!」

マックスは自前の手斧をギュッと握りしめ、山犬を迎え撃った。

それに遅れないようアンナも駆け出し、マックスの背中にピッタリ張り付く。

「斬撃上昇!剛体!」

アンナのサポートを受けたマックスはまさに鬼のような強さを発揮した。

震わす手斧が次々と山犬たちを両断し、飛び掛かるものはその手でグワシと掴み、

遠くへ投げ飛ばす。

まさに戦鬼か、暴風か、アパッチか、剛腕のマックスの異名を持つその男の

暴れっぷりは観客たちを大いに喜ばせる。

〈・・・あの敵役の人、本当に生きてるのかなぁ・・・〉

血こそ噴き出さないが、その切断されて弾け飛ぶ様はどういう仕掛けで表現しているのか素人目には見当もつかない。

そうした迫力の展開を眺めている内に、数十秒程度のバトルは数十分もの戦いを見たような満足感を残し、次のシーンへと移る。


「はあ、今日の所はこれぐらい片付けば十分だ」

マックスの足元には何枚もの山犬の遺体が積み重なっている。

「いったん休憩だ。飯にするぞ」

「・・・はい」

アンナはボソリと呟くと、傍の木の根元に腰を下ろす。

マックスもその隣りに腰を下ろすと皮袋から食事の携帯糧食の乾パンのようなものを取り出して、自分の口に運ぼうとした。その時である。

アンナが何も手に持っておらず、ただ座り込んで黙っていることに気づいた。

「ほら、お前の分だ」

マックスは静かにその厚いビスケットのような乾パンをいくつか掴むと、

それをアンナに握らせた。

「・・・なんで?」

「なんでって、飯っていっただろう。

お前まだ金が無くて、今日の稼ぎが手に入るまで飯に回せないんだろ?

だったらそれ食っとけ。気にすることはねえ」

言いながら、マックスは自分の口の中にポイとそれを放り込んで咀嚼していく。

「意味がわかりません。こんなものを頂いても、私、返すものなんて何もない」

「ああ・・」

とマックスは何かを察したかのように首を縦にグラグラと揺らしてみせた。

「確かにな。今のこの街ではタダで何かくれるってことはねえし。貧しい者は虐げられ、飯も満足に食えねえよな。俺もそうだったから分かる。

でもな、そんな俺にも経験があるんだよ。見返りを求めずに、こうして飯食わせてくれた人が居たんだ」

「・・・馬鹿なの?その人」

「馬鹿って・・・俺の恩人だぜ」

「・・・」

「とにかくな。俺も冒険者始めたての時、お前と同じように誰も頼れねえ信用できねえってなってたんだ。

だけど、そんな俺に手を差し伸べてくれる人が居てよ、その人から言われたんだ。

『私のことは気にしないでいいから。それより、私に感謝するなら、私がしてあげたことと同じぐらい、他の誰かを助けてあげてね』ってよ。

だからお前はそれを食って良いんだ。心配すんな金もとらねえ。

それよりも腹減って働けねえってなる方が問題なんだよ。

今日一緒にやってみて、初級とはいえお前の魔法は見事なもんだった。

攻撃魔法も良い感じにモンスターのライフを削ってくれた。

お前が思ってる以上に役に立ってるさ。

だから遠慮せずにそれ食っとけ」

「・・・うん、分かった」

アンナはマックスから視線を外すと、静かにモグモグと食べ始めたのだった。

それ以上は何も語らず、二人で同じものを食べて過ごした。

こうして二人は正式にコンビを組んで、活動を始めることになったのでした。


『それから五年の月日が流れた』


ナレーション後、二人の人物がギルドの扉を開けて入ってくる。

どうやら子役のアンナの出番は終わったらしく、ここからのアンナは二十代ほどの女優が務めていた。

「こんにちわ、メアリーさん」

アンナはもうギルド内の殆どの人と交友があるというように陽気に振舞い、

ローブに付いていたフードは深くは被らない。

頭を自然と出していて、宝物だった赤いリボンをいつも見せている。

「あらアンナさん、いらっしゃい。今日もマックスさんと一緒なんですね。

相変わらず仲がおよろしい」

「ええ、いつも兄さんにはお世話かけてます。二人でできるお仕事って何かありますか?」

「ええ、もちろんございますよ。剛腕のマックスさま、治癒の聖女アンナさまの

お二人に是非ってご指名が今日も山ほど入ってるんですよ」

メアリーは分厚い書類をぱらりと開くと、それをアンナとマックスに見せた。

そこには二人に、またはどちらか片方に絶対受けてほしいという依頼がつらつらと書き連ねている。

選ぶだけでも大変な量から、どれが良いかあれが良いかと二人は慎重に受ける

依頼を探し始めた。

するとまた一人、舞台袖から新たな登場人物が姿を現す。その人物は騎士だった。

「よお、マックス!元気にしていたかい?」

「おお!アランじゃねえか!!」

そう、観客の誰もが待ち望んでいたヒーロー。

アラン・アングリードの登場である。

「あ、ありゃんしゃん!ここ、ほんじつみょ、ごきげんうるわしゅしゅ!!」

彼の姿を目にして、アンナの挙動が急におかしくなる。手が忙しなく動き、

頭を掻いて服を撫で、大げさに左右に体を揺らす。

それだけで、観客からアンナにとってアランがどういう対象であるか分かった。

「やあアンナ。今日も元気そうだね」

「はひ!あんなは、きょもげんきでひゅ!!」

焦り舌をもつれさせるアンナを見て、客席で小さな笑いが起きる。

それと合わせるかのように、アランはアハハと微笑んだ。

「まったく、アンナは本当に可愛いなぁ。お前が羨ましいよ、マックス」

「へっ、ちょっと魔法が上達したきたからって天狗になってるだけでまだまだ半人前だよ。

こんな風に、気になる相手がそばに来ただけで舞い上がる所が何とかなれば良いんだけどな」

「へえ、アンナにも好きな人が人が出来たんだ!」

「ええ!?べ、べべべつに、そんな、すぅ、好きな人だなんてそんな!!」

「うん、そうだね。アンナにはマックスが居るし、他に好きな人が現れるなんてことないか!」

「えっ・・・いえ、そんなこと・・・・」

ここで寒風が吹き抜ける音が入る。

自分の好意が伝わらずに誤解を生んでいると感じて、アンナはがくりと崩れ落ちる。

彼女にとってマックスに抱いているのは親兄弟への信愛のようなものであり、

アランに対してのlove的な愛とは違っていた。

それきり、アンナは暫ししゃがみ込んで喋らなくなる。

「で?ここへ遊びにきたってわけじゃねえだろアラン?今回はどんな用向きだ?」

「うん、実は今、街中で起こっている事件に関して、街の人達へ啓発活動をね」

「っていうと、例のアレか?先週ので四人目だっていう」

マックスの目がキリリと吊り上がる。

まるでその件に関しての誰かしかに対して強く嫌悪や怒りを燃え上がらせるようであった。

その役者の芝居の見事な空気の変わりようで、客たちは息を飲んだ。

「いや、正確には『看做し』も含めて七件起きているんだ」

「・・・恐ろしいですね、夜に女性が一人で歩いていると、何者かに襲われて

辱められて殺され、そのまま捨てられ、冷たくなって発見されるっていう」

メアリーがわが身のことのようにそう呟き、ぶるりと身を震わせた。

「どうも犯人のやり口が巧妙になってきていて、遺体がまともに見つからないことがあってね」

「・・・で、俺らにできることは何があるんだ?」

「まずはアンナも含めて、身の安全を第一に。マックスは必ず、仕事帰りは

アンナを送り届けてあげて。それからメアリーさんも、女性冒険者の方々には

逐一、一人での外出は控えるように呼び掛けてください」

「おう、わかったぜ」

「承りました」

『念には念を押したつもりであった。その場にいた誰もが、アランの言葉を

我がことのように耳を傾け、用心に用心を重ねようとした筈である。

だが、誰もが予想しえなかったことが起きていた。ギルド内の隅にたむろする

三人の男達が、アランの話を耳にすると、静かにひっそりとその場を離れた』

ナレーション後直ぐ、照明がアラン達主要な人物達から離れ、その怪しげな三人組を照らす。

三人は入り口のドアが描かれている側を通り、舞台上からハケていった。

その様をイツカ達も含め、観客たちは「まさか・・」と不安を抱えて見つめた。




ビョオオオオオオオオオオオ

ゴロゴロゴロ ドーン

突風が吹き荒れ、雷が落ち、今にも激しい雨が降りそうな荒れた天候の背景音。

舞台上の景色は光も刺さない暗い林の中に切り替わっていた。

「やめて!離して!!」

「騒ぐんじゃねえよ!」

薄板で描かれた草木の裏側で、三人の男たちが一人の女を抑えつけていた。

その女の声はアンナだった。

「へっへっへっ、ぼっちゃん。こいつぁ上玉ですぜ」

「あ、あどで、おで達にも試ざぜてくださいよ」

「ケケケッ、いいぜぇ。まあ俺が満足した時まで、コイツが生きてたらだが、な!」

男は拳を振り上げ、振り下ろし、殴る芝居を繰り返す。

おそらくは強姦、性的暴行の表現の隠喩なのだろうが。

暴力を繰り返して興奮と絶頂を得ようというそのシーンはいっそう不気味さが増していた。

「あっ!ぐっ!ぎぃ!!」

拳が振り下ろされる度に、アンナの悲鳴が響いて、上向きで寝かされている彼女の足が上下に揺れる。

それを見て笑う三人組の悪党。

一方的な暴力を前に、アンナは為す術がない。

『いったいどうしてこんなことになったのだろう?

彼女はただ、依頼を受けただけである。

貴族の男性が依頼主で、自分の歳若い息子を林道を通った先の別荘まで護衛。

足は馬車を使うが、もしもの時のために歳若い息子には家臣を二人つけるので、

その二人の支援をと頼まれた。

往復で一日で片が付く。日が沈むまでには帰れる。そう聞いていたというのに』

その息子というのも歳はまだ14になったばかりの少年であり、第一印象としても無害に見えていた。

だというのに。アンナは大きな誤算をした。

アランから聞いていた連続行方不明事件。その犯人がこんな少年だったなんて。

「こわい・・・いたい・・・助けて・・・助けてよアラン・・・

マックス兄さん」

アンナの独白。一部の観客の胸が締め付けられるようにギリリと痛む。

「ガブッ!」

「いっでえ!?」

そんなアンナの独白の直後、殴っていた主犯格の少年が自分の手を抑えて飛び退いた。

「大丈夫ですか、ぼっちゃん!」

「くっそ、このクソアマぁ・・・俺の手に噛みつきやがった!!」

「ペッ」とアンナが唾をはき捨てる。

「ご、ごのビッチ!よぐもぼっちゃんにケガざぜやがっで!!」

「このお方を誰だと思ってやがる!ダークシティ中に悪名とどろく三大悪の一角、

ゴールデンスコーピオンの幹部をも務めるバレンシア男爵家の後継ぎであらせられる、バユティー・バレンシア様だぞぉ!!」

「ぞじで、おでだち、そのげらい!えらいんだど!!」

「そう!そのように高貴な青い血の流れるこの俺の手をよくも!!」

怒髪天をつく勢いでバユティーは益々荒々しくアンナを殴り続ける。

徐々に嗚咽すら発することもできなくなってアンナは、次第に足の揺れも少なくなっていき、ついには完全に彼女の動きは静止した。

「へっ、なめやがって。おいそろそろずらかるぞ!」

「えっ、でもぼっちゃま!」

「お、おでだち、まだこの女、あじわっでない」

「そんなこと知るか!ここらは暗くなると狂暴な山犬や低級の魔物がウヨウヨ出てくるっていう。

その女は綺麗さっぱりに片付けてくれるだろうが、俺まで消されるのはゴメンだぜ」

いいながら、足早にバユティーは止めていた馬車へと走った。

それを見てあわててそれを部下の二人は追いかけていく。

何もない、静寂だけがその場に残された。



それから程なくして、辺りがどっぷりと暗くなった頃。

「アンナー!!ここに居るのか!!返事をしてくれ!!」

「アンナ!!どこだい!!僕はここにいるよ!君を助けにきたんだ!!」

マックスとアランは二人して、戻らないアンナを探しにこの林道が通った林の中を駆け回っていた。

周囲はザーザーと雨が降り始め、夜闇と相まってグングンと寒さが強くなっている。

ギルドにいた時、あまりに悪天候だから探索は明日にした方が、と止められたのも聞かずに「寒くて辛いのはアンナのはずだ」と、二人はここまで出てきてしまった。

雨の中、ランプの明りだけを頼りにして、二人は木のうろの隅々まで確認する勢いで、居るかどうかも分からないアンナを探し続けた。


『幸いにも、アンナには三つの幸運がついていました』

とナレーション。

『一つは、この雨によって林の獣たちも巣穴に籠っていること。

一つは、アンナ以外の女性がこの林にいなかったこと。

そして最後の一つは、アンナの顔が酷い欠損をしていても、その髪につけていた

赤いリボンが目印になったことです』


「アンナああああああああああああああああああああああ!!!!!」

けたたましくマックスが叫ぶ。それを聞きつけてアランが駆けつける。

彼の手の中には、何か大きな物が抱えられているが、それが人であることは直ぐに分かった。

そして誰の亡骸だったのかも直ぐに察した。

髪に赤いリボンが結ばれている。

「・・・・やっと見つけたんだね、マックス」

アランはひどく冷静にそう呟き、マックスの肩に手を置いた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

マックスは滝のように涙を流していた。その腕の中でアンナをしっかりと温めようとするように、ギュッと抱きしめていた。



落ち着いた頃、アンナを連れて二人はギルド館まで帰ってきた。

もう閉館の時もとっくに過ぎているというのに、沢山の職員や冒険者達が彼らの

帰りを待っていた。

アンナの死に、多くの人々が嘆き悲しんだ。

責任者としてメアリーが、潰されて真っ赤に染まったアンナの顔を覗き見る。

「・・・よく、頑張りましたね」

ふっと頭の中で浮かんだ言葉を冷たくなったアンナにかける。

それを横で聞いたマックスはまた、大粒の涙を流した。



それからのことをアランは良く覚えていない。

何か今回の事件について上司に報告した気もするし、ギルド職員に対しても報告をした気がするし、ただ頭の中がからっぽで、真っ白で、近くにいた誰かから

「ここからの調査は俺達に任せろ。お前は帰って寝とけ」

と言われた通りに、彼は自宅へと帰ってきた。

そこは三階建ての大きな屋敷である。

シティ内の高級住宅地の一角にあるその屋敷は亡くなった両親から譲り受けた物である。

だが使用人達を雇い続けるだけの財力がないので、今この屋敷に住む生きた人間はアランただ一人である。

だというのに、その屋敷の中では明りが灯されており、家主を温かく迎えた。

「・・ただいま、じいや」

「お帰りなさいませご主人様」

すると人間が誰一人いない筈の館内から声がする。

「ずいぶんとお帰りが遅くなりましたなぁ?」

「・・ああ、急な仕事で立て込んでいたんだ」

「さようでございますか。

ただいま、スープを温めなおしている最中でございます。

もうしばしお待ちを」

「いや、食欲がないんだ。もう寝るよ」

「なりません。ご主人様の体から生気が大変失われております。

体温の低下も確認。このままでは風邪をひいてしまいます」

「いや、だから」

「わたくしめとの『契約』を損なうおつもりですか、ご主人様?」

「・・・わかった。頂くよ」

暗転。次のシーンまでの切り替えは少し時間が掛かっていた。

明転するとそこは室内であり、テーブルがあり、並べられた料理を前に、アランが

座っている。

それらの料理はもちろん偽物であるのだが、本物かと思うほどの精巧さであり、

何も入っていない皿からスープを飲むさまは、本当に食べているように見えた。

「お味はいかがですか?」

「ああ、美味しいよ。いつも通りね」

「本日のお仕事は忙しかったと聞きましたが、どのようなことが?」

「いつも通りさ。人が死んだ」

素っ気ないアランの返答に、しばし二人は押し黙る。

だが、それからアランが口を開き、その従者に一言問いかける。

「なあ、じいや」

「なんでございましょう?」

「・・・僕って、やっぱり人でなしなのかな?」

短い沈黙。

カチカチカチ、時計の針のような音がする。

その音が数回鳴った後、ピーン!とガラスのベルを鳴らしたような音がした。

「本日、何かあったのでございますかな?」

「・・・うん、今日ね。僕にとって、一番大切な人が亡くなったんだ」

アランもまた、アンナのことを愛しく思っていた。

アンナの気持ちに気づきもしていた。あとは何時、その気持ちを打ち明けるか、

秒読みの段階まで来ていたというのに。

「今朝も彼女と会っていたんだ。話していた。そしてこの胸を高鳴らせていた。

なのに、その人は死んでしまった。この街に巣食う悪によって、僕の父さまや

母さまのようにこの世から消えてしまったんだ。

・・・なのに、何も感じないんだよ。

その人が兄と慕っていた人はボロボロと泣き崩れ、その人を慕っていた多くの

市民達が涙を流していた。それなのに、僕は泣きもしなかった。

僕は悲しみを感じることがなかった。なかった、と思う。

そう感じた時、僕は自分が憎らしくなったんだ。この人でなし!お前なんか、

アンナを愛する資格はなかったんだ!って思うほどだった。

それでも、アンナを憂いたり惜しんだり、嘆き悲しむことができなかった僕は

やっぱり人でなしに思わないかい?じいや・・・」

すっかり食事を続ける気を失い、意志消沈して俯いてしまう。

それを横に、またカチカチカチと針の音。ピーンとベルの音がする。

「・・・いいえ、ご心配なさいますな、ご主人様。

貴方様は間違いなく、そのアンナ様を想っておられました」

「そうなのかな?」

「ええ、その愛は本物でございます。ただ人は誰しも、悲しければ泣きわめき

赤子のようになる者ばかりではございません。

特にご主人様は亡き先代の旦那様より授かった『使命』を背負っておいでです」

「そうだったね」

「その使命のためには、今ヒザを折るわけにはいかぬと、倒れるわけにはいかぬと、ご主人様のお体が耐える事に全力を出して奮起しているために、涙が出ぬのでしょう」

「なるほどねぇ」

「ええ、そうですとも。このブラーフマンの言うことを信じてくださいませ。

ですから、貴方様は今、お体とお心を急いで癒さなければならないようです。

そうしてそれから考えましょう。その下手人をどう扱うか、事によっては私も

全力を持ってご主人様の力となりますぞ?」

言われて、空っぽの無機質なガラスのビー玉のようだったアランの目に

僅かに生気が戻り始め、またスープを一口、その口に運ぶ。

「・・・ああ、その時には是非とも期待しているよ、じいや」

言いながら、アランは自分の正面の壁に飾られていた一つの仮面に視線を向ける。

照明がその仮面を照らした時、観客席から小さな歓声が起こった。

その仮面こそ、シリーズでいつもアランと共にあった、マスクウォリアーの仮面である。

亡きアランの父が莫大な資産を投入して発見した古代の秘宝だ。

その銘は、『ブラーフマン』

この世界に点在する古代文明によって生み出されたロストテクノロジーである

思考する遺産〈インテリジェンスアーティファクト〉の一つであり、数々の奇跡を

起こすことができる。アランにとっての最高の世話係であり、アランにとって

最強の切り札であった。


『許さないぞ・・・アンナを殺した報い、必ず受けさせてやる』


はい、この舞台の話は必ず次回更新で終わらせます。

第二話もシーン10の内に終わらせてまたバトル書きたいと考えております。

よかったらまた次回も見てください

暑いので皆さん体調管理お気をつけてノシ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ