一話 シーン2『バリサドレ中央ギルド館』
朝食もほどほどにして、やっと一呼吸。
皆の空気も落ち着いたようだ。
仲間たちの前で彼は手に持っていた依頼書をさっと広げる。
それは街のギルドから届くもので、主に魔術師協会の占術部の予知によって緊急を要すると判断された事象や、冒険者ギルド、キングスランド王宮騎士団、国王や
世界政府からの勅命の内、勇者として即対応してほしい案件が送られてくる。
「まず今日の仕事だが、冒険者ギルド側からの依頼一件だ」
「・・・てことは、今回は先週みたいに、国王陛下からの急務とかじゃないんだな?」
「今まで本当に大変だったもんねー。
大陸極西の島国『日の根国〈ひのねくに〉』との連絡が途絶えたからって。
直通の船便が出る港に出向いて、船の運航を妨害していた原因の、
海の魔物の討伐に四苦八苦してー。
その前がイルマ国南端の『中西戦線』で下級神のバルキリーと魔族が連携を組んで侵攻してきたのを現地の人防軍〈人類生活圏防衛軍〉の人達と協力して撃退して。
それ以外にも魔族軍の尖兵退治やら神獣討伐やら・・・・・」
シミジミとしながら、ユリは直近の数々の戦いを振り返っていた。
「でも、ギルドからの、お仕事、安心。騎士団からの、お仕事、いっぱい、大変。イツカ苦手・・・・」
そういったのは、メンバー3「イツカ」
少し言葉が不自由な感じで、たどたどしい口調であるが、それは彼女が
特殊な環境で育てられたからだ。
知る人が言うには、彼女はひたすら師の元で剣の修行に明け暮れ、特に言葉を交わす機会も少なかったからだという。
仲間に入ったのも遅く、他の四人より合流が半年以上も遅れた。
何か訳があったそうだが、それは未だ教えてくれない。
その出で立ちは軽装。
布の服とフード付きの古びたマントのみを纏い、愛用のソード二本を用いる。
双剣士だ。
「うんうん、わかる、わかるわイツカ。
世界の平和のためにってのは分かるけどね。
例のバルキリー達との戦いで皆の武器が壊されて修理中だし、業物と言われても借り物の代用品じゃ大変だわぁ。
瞬間転移術式装置の『ポータル』があるから世界中どこでも一瞬なのはいいけど。
もうちょっと・・・
ほら、現地の人達で、本当に解決できないの?って思う事あるわよねぇ」
そう勝手なことを口にするのはメンバー4「ベロニカ」通称ベル。
裾を極力詰めた細長い服装で、その服の上から、指先から肘までの長さの皮手袋を付けて、一部に鉄板を使用した胸当てと籠手を着ける。
女だてらに極近距離を得意とした格闘家である。
カティルとベロニカは、ロックとユリのような幼馴染の関係であり、
同じ村の出身。
そして小さい頃からともに同じ師の元で鍛錬を重ねていた。
その体格は細身なれど、胸部が非常に豊満である。
戦闘時は胸当てで抑えてはいるが、それを外した時のバルンと肉が押し返すさまは見事という他ない。
その性格は非常に単純だ。
思ったことが口から出るのを止められない。
友好的な性格が幸いして、人から好かれることが多いが、この時のように
場の空気を瞬間的に温めもし冷やしもする。
「・・・・ああ、ベル?
俺達は勇者パーティーなんだから、世のため人のために戦うのが役目だろ?
そんな時にその台詞はちょっと・・・」
カティルはできるだけ穏便に、ベロニカに発言の問題点を伝えようとするが、
彼女から帰ってきたのは深いため息と気の抜けた態度だ。
「なによ~ちょっとくらい良いじゃない。
もう最後の休暇から半年も経ってるしー。
私だって休みたいし・・・・」
そういってベロニカはテーブルにアゴを乗せるのだった。
それに対して返す言葉もなくなったカティル。
そう、世界の存亡をかけて戦う勇者パーティーに休みなんてあるはずがない。
まだ齢18歳程度の若者が戦い、戦い、戦っている。
そしてここ数日はレンタル品の武器を貸すから、死ぬ気で戦えといわんばかりに
魔物討伐を繰り返している。
疲れてきたな、もっと良い装備が欲しい。
無ければいっそ食事も快適に過ごせる寝床も要らないからただ寝かせてくれ、と
カティルでさえ思ったことがある。
要するにユリやロックの悪癖が顕著にでてしまったことも、これらのストレスが原因だった。
だが・・
「ベロニカさん、そのような態度では頂けませんね。
貴女は力がある。
その力を世のため人のために役立てると、一度は心に誓ったはずではなかったのですか?」
そう言って一人の杖を握る老人が口を開く。
彼こそが勇者パーティーの導き手「賢者」として同行する最後の仲間、
レル・ムックワー〈118歳〉。
この世界には獣人やエルフなども勿論存在するのだが、
彼はそういった多種族と違い、人間である。
先代勇者パーティーに所属していた最後の生き残りであり、勇者たちにとっての
生き字引であり、カティルとベロニカをここまで鍛え育ててきた師匠である。
その歳になってもまるで60代の男性と変わらぬ見た目を保つ、魔導士だ。
「でもぉ、レルおじいちゃーん」
「でも、ではありません・・いいですか?
今のあなた方がまだ自由を欲する年齢だというのは分かります。
ですが、皆さんは知っているはずでしょう。この世界の現状を」
あまり多くは語らず、レルの言葉は、語気こそ強めであるが押し付けるような言い方はしなかった。
ベロニカの脳裏に重要なことを思い出させる。
始め、自分は勇者の仲間として戦えることを誇りに思い、感激していたこと。
自分よりも弱く苦しんでいる人々が大勢いて、その人達の助けに成りたいと思ったこと、この世界はまだ勇者たちの助けを必要としていること
「・・・わかった。ごめん、レルおじいちゃん」
テーブルからアゴを上げると、少し落ち込んでいるようではあるが、ベロニカはレルの顔を見返す余裕は無いなりに、目の前の水が入ったコップを見つめつつ謝罪した。
「いえお気になさらず。貴女は少々、誘惑に弱いところがありますが、
それは若さからくる未熟ゆえに。悪いことではありません。
むしろそうやって自分を見直すことができる点は美徳でさえある。
一人前のレディーとして、精進してください。」
そういってレルはニコニコと大げさなほどの笑顔を浮かべるのだ。
ベロニカにしてみれば〈絶対に子供扱いしてるわねこのジジイ!〉、と腹を立てる所であるだろうが。
この時ばかりはそのレルの笑顔に、ベロニカの自分を恥じる気持ちが和らいだ。
「・・・・・ええと・・・じゃあ、ちょっと無駄話が長引いたけど報告を続けるな?」
とカティルが重い口を開くと
「うん、俺もちょっと変な方向に話を発展させる切っ掛けを作ってしまったみたいだな。悪かった」
「わたしもベルに付き合ってハンセーイ!」
「・・イツカも、勇者、仕事大切、なのに、大変、苦手、思っちゃった。反省・・・」
皆のノリが良いのは結構だが、場の空気を盛り返そうというカティルの思いも空しく、また空気がジメジメとして重くなりかける。
「ちょっと!朝っぱらからこれ以上、変な空気にするのやめてくれないかしら!?」
ベロニカの怒声が響く。
その美しい声から発せられる怒りの声は一気に場の空気を塗り替えた。
「あ、ああ、わるい、ベル。ははは・・・ゴホン、では報告はじめまーす!」
カティルはあせあせと手にいつまでも握られていた依頼書を広げ、続きを読み上げる。
「ええと・・・今回の依頼は、第二種警戒敵生体の討伐」
「場所は?」とベロニカ
「イルマ国の北東、ルシャー国との国境にある森林地帯だそうだ。
詳しくは早急にギルド支部へと来訪の折りに説明す。だって・・・・
ああ、あと続きがあった」
「何よ?」とユリが尋ねる
「ええっと・・・以前の戦闘で破壊された各員の武装の修復及び
新調が完了したってさ。
ついでに取りに来てって」
「おおっ、やっとかよ」
「一月ぶりぐらいだっけ?これでレンタル品とはオサラバだね、ロックゥ」
「ああ!ほんとだぜユリィ!俺のアイボー、待ち遠しいなぁおい!」
「すぐ、いこー。早くいこー」
イツカも目をキラキラと輝かせながら、テーブルを手でパンパンと叩きながら
はやし立てる。
ここバリサドレは、東西南北でその様相は大きくかわる。
まず北側は工業地帯であり、毎日沢山の煙突からモクモクと煙を吐いている。
主な生産物の中で人気なのが、宝飾に用いられる高品質ガラスだ。
その他、産業が発達する中でバリサドレキャリッジ商会が設立され工場が
出来上がると、荷馬車や戦車〈馬二頭にひかせる二輪車〉など、
物流や戦争に重要な価値をもつ製品作りにも注力し、ますます潤っていた。
その完成した製品を西側にある港に来た船に積載し、東側の大陸諸国で最大の
面積を誇る隣国、「モラ帝国」へと運ばれ、各国に輸出されていく。
先に説明したポータルという存在があるが、あれには起動に魔力を必要とし、
大量の物資を一度に運ぶことはできない。
毎日数十台の馬車や何千という宝飾品が輸出されていく中で、
それらをポータルで運ぼうするとその消費魔力に対して採算があわなくなるのだそうだ。
そして南側に商業区画がある。
大きな市場やそこに卸す商品の倉庫があり、いくつかの商会が出店している。
この南側だけで、一家に必要な資材は大体買い揃えられるし、食事処も多数。
市民たちの娯楽と言えるものが集中している区画といえる。
最後が東側、住宅街だ。
このバリサドレの最大の特徴といっていいポイントだと言われるが、
この街には俗にいう「貧民街」が存在しない。
当たり前だ。
ここでの勤め先は引く手数多、学がなくとも工場や港で働ける、
そして悲しいことであるが今は戦時下だ。
戦争に関わるものは飛ぶように売れていく。
馬車なども売れるし、その部品単位でも売れる。
その恩恵を受けて市民達の所得も着実に増え、貧民と呼ばれ嘆く人々はこの街には少ない。
いるには居るようだが、それらが寄り集まって町の一角の治安を悪化させるような現象は、今をもって起こっていないようである。
そして最後に、その四つの区画の中心地には、
このバリサドレの名所とされる巨大な建物が存在していた。
名を「バリサドレ中央ギルド館」。
建築面積46,755平方m 建物高さ 56.19m
階数 - 地上6階・地下2階に及ぶ巨大な建物が座していた。
入り口は北と南に分かれており、北側入り口は冒険者やギルド会員用の施設。
仕事の斡旋や仲介。また各種資格試験もここで開かれている。
南側入り口からは役所出張所に行けるようになっており、市内にある公式の
役所から委託され、そちらで対応しきれない各種公的な手続きなどを代理で迅速に完了させることを目的とした施設となっている。
地下一階には大型食事処となっており、市民達の誰もが利用できる。
見慣れたものと建物の外観を眺めることもせず、カティル達は北側入り口から中に入って行った。
「いらっしゃいませ、バリサドレ中央ギルド館へようこそ」
入って直ぐのロビーで案内役のスタッフが一礼してくる。
カティルは堂々とそちらに歩み寄ると、懐から一枚のカードを取り出す。
黒地のチタン製カードに剣と王冠のエンブレムが掘られたそれには、
文字や他の装飾は何もない。
手軽な勇者証明書だ。
それを一目見ただけで、スタッフはその者たちが何者なのか察する。
「どうぞあちらへ。最上階でギルド長がお待ちです」
「うん、ありがとう」
〈どうやら新人さんかな?悪いことしたかなー〉
自分達の姿を見て、顔をわずかに強張らせるスタッフの姿を見て、カティルは
わずかな罪悪感を感じた。
「・・・ひそひそ・・あれ、勇・じゃね?」
「ああ、間違・ね・・・者カ・・ルだぜ。そして・・ろに付いてんのがベ・・カ・・・・」
「ひそひそ・・・うっ・・マジでデ・・イじゃねえか・・・ひそひそ・・・やっぱ
ま・日、揉ま・・んのかな?」
「そりゃ・ひそひそ・・うだろ。あんなの見せられてm・まね・・は男・・ねえ。
きっと・ティ・・のやつが・いばん・・・・さませて・・・・ゴかせて・・・だぜ」
「いいなぁ・・・・お・・のも・・はさ・で・・れよぉ」
この世界、時計というものは一部の国に設置された日時計ぐらいしかないのだが、
あえてこの時間を伝えるとしたら午前九時前だ。
だというのに、仕事を取りにきた冒険者の朝は早い。
受付や順番待ちの人々で既に混み始めており、自然と身め麗しい女性は注目を集めてしまう。
わなわなわなわなわな
話の当事者たるベロニカの肩が怒りで震えた。
「こら、ベル。あそこのポータルに入れば直ぐだから暴れんなよ」
「わかってるわよ、カティ!!」
わざとかウッカリだったか、ベロニカの甲高い怒声がロビー中に響き渡る。
辺りに沈黙が流れる。
各種手続きを進めていた受付さん達の手さえ止めてしまった。
「ほら皆!さっさと上に行くわよ!」
それを確認するやベロニカが先頭に立ち、ポータルへ向かっていった。
このポータルという装置は小さな部屋の中に設置され、起動すると室内の
全ての物が所定の階へと転送される。
今、その狭い室内に六人全員が入る。
「く・・・・ぐるじい・・・・」
「いき・・・できない」
本来、このポータルに入れる規定人数は最大四人。最大積載量500kgと記載されている。
重さの方はクリアしているのだが、なぜ全員で入ろうとしたのか。
カティルは悔やみきれたものではなかった。
この時カティルは、正面に立つベロニカの背中で壁に押しつけられ、右腕をイツカにしがみ付かれていた。
やばい!ベロニカの尻がカティルのアレを刺激する。
イツカの育ちかけの膨らみの感触が心地良い。
どうにかなってしまう!
「なんでみんなでのるんだよぉぉおおおおおおおおおおお」
「・・・すまん、つい」
「やれやれ・・・・みんなあわてんぼうですねぇ」
ロックとレルは真っ先に入った。他意はなかった。
「二度に別けるとか考えないわけ!?」
ベロニカはギルティだった。カティルと離れるのを嫌がって待っていられなかった。
「イツカ・・・・まつの・・・ダメ・・・嫌い」
ノットギルティ
「エへへへへへ、私は構わないわよ、このままでもぉ」
ユリのやらしい笑い声が聞こえてくる。
コイツはメガギルティだ。
ギューギューに押し込まれるのをむしろ狙っていた。
彼女はベロニカと抱き合うような姿勢で、彼女の豊満な胸に顔面を沈めて喜んでいる。
「ユリ・・お前趣味悪すぎ」
呆れたようにロックは呟く。
彼は少しでも隙間を開けようと必死に万歳していた。
「お、おい、ロックーずまないが、お前がポータルぎ動してぐれぇ。。。」
「お、おうちょっと待ってろよ。まだ死ぬな!?」
ロックは慌てて自分の分の身分証カードを取り出すと、自分の傍に設置されていたポータル装置に差し込んだ。すると、転送先を決める画面に新たな行先が追加される。
地下二階の特別エリアと地上六階のギルド長室である。
ロックは迷わずギルド長室を選び、転送開始の青のボタンを押した。
室内に黄色の粒子が舞い、部屋全体が明るくなる。
その光が大きくなっていき、カメラのフラッシュのような強烈な光を一瞬
放ったかと思うと、ポータル室内の勇者たちの姿は忽然と消えたのだった。