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LIGHTNING EDGE-神々に挑む剣 -  作者: 金属パーツ
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二話 シーン4「イツカの誘い」

「モー!モー!モー!カティ!変態!スケベ!クソ虫!」

ボフッボフッボフッ

「あいてっ、あいてっ」

少し場が落ち着いた所で、怒りのイツカの左右の拳がカティルの肩に目掛けて

交互にストレートを放つ。

繰り返し繰り返し殴られ続けるのだが、不思議と痛みはない。

正直言って剣を握っていない時のイツカの腕力は非力であり、カティルが

苦しむことはなかった。

これが格闘主体のベロニカの拳だったとしたら、こうはなって居なかっただろう。

「じゃあイツカ、次は私が代わってあげるわ。きついのお見舞いしてあげるね」

おいバカやめろ!それはマジでヤバい!!

「ベル先生、お願いします」

深々と頭を下げるイツカ。

バカ止めろ!誰か!その拳で鉄板をも粉砕しそうな一撃を打たれたら死んでしまう!

「いっくわよー!どっせえ!!」

シュッ ゴキャッ ボン!!

ああ、なんということでしょう。

一瞬激しい痛みがあったと思ったら、意識が一瞬だけ暗くなり、気が付けば青空を眺めながら空を飛んでいる。

すごーい人って魔法を使わなくても空を飛べるんだなぁ。

てかなんか引っ掛かるぞ?

ゴキャッと骨がへし折られる音がした後に、ボンと拳がめり込むような重く激しい打撃音が響いた。

〈もしかしてベルの拳が音速を超えたってことかなぁ?・・・まさかねぇ〉

カティルの目には、あまりに時の流れが遅く周囲の光景が酷くゆっくりと動いていくように見える。

ああ、あそこが自分がいたホテルの一室かな。

恐ろしいほどの大穴が開いているのが見える。

〈まいったな・・・あとでエレニーさんに詫びを言わないと。

後はまたルーさんに修理の見積もりもお願いしないと。やっぱ怒られるかなぁ。

怒られるだろうなぁ・・・だってあんな大きな〉

ゴンッ ベキョ

思考の最中、カティルの体はどこかの外壁までたどり着き、

強くそこに叩きつけられた。意識がまたも闇の中に沈んでいく。



「あいててて・・・」

〈ひどい目にあったぜほんと〉

「ごめんねごめんねーカティ。

ちょぉっと力の加減ができなかったっていうかさー」

言いながら、ベロニカはカティルに治癒魔法をかけて癒していく。

死んでもおかしくないほどの衝撃だったはずだが、ギャグの力すげえってことだ。

「で?何の用だったんだ、イツカ?」

それまでの辛さなど既に忘れ去ったという言わんばかりに、平静を取り戻して

カティルは尋ねた。

「うん!これ見て!!」

イツカはやっと本題に入れたと目をキラキラ輝かせて、ポッケに入れていた三枚の紙を取り出した。

なになに?何やらチケットのようだ。

「これは・・・マスクウォリアー?」

みるとそれは若者達に人気の物語、マスクウォリアーシリーズの舞台版の

入場チケットだった。

『マスクウォリアー 生誕30周年企画 マスクウォリアー誕生の秘密』と演目が

書かれている。

席はどうも二階席前列らしく、偉い貴族様でないと手に入らない一階席とは

いかなくとも庶民的には相当良い席だった。

「これ、明日、三人で見に行こう!!」

イツカが一気に顔を寄せて距離を詰めてくる。

「ああ、まあヒマだし良いぜ。ベルはどうする?」

「私も勿論いいわ。せっかく、ベルが頑張って手に入れてきたんだもの。

ご一緒させてよ」

「ほんと?・・・へ、へへっ、よかったぁ」

二人の好意的な反応に、イツカは喜びが抑えきれなくなって、恥ずかしげに顔を

伏せて笑った。

「じゃあ今から予習しよう!」

待て、何故そうなる。

「よ、予習って?」

「だって、イツカ、知ってる!カティもベルも、マスクウォリアー知らない!!

行っても今のまま、きっと楽しめない!!」

一転、イツカの目はギラギラと燃えていた。

「うん、確かにそうね。ならおススメあったら何冊か読ませてよ、イツカ」

「えっ?」

ベロニカに対して、カティルは一瞬ネガティブな反応を見せてしまった。

実はカティル、勉学は師匠のレルに教わってはいたが、読書というものが得意ではなかった。

娯楽としてさえ本を読むことを避けてしまうレベルである。

「カティ?いつまでも苦手意識を持ってちゃダメなんだからね?」

ベロニカはうっすらと笑顔を浮かべているが、その中から怒りが燃え上がっているのが見て取れる。

「カティ・・・私、好きなもの、皆にも好きでいてほしい・・・ダメ?」

対してイツカは必死で懇願する子羊の如く、目を潤ませるように下から見上げるような目線でカティルを見つめてくる。

二方向からの無言の圧。

それにカティルが打ち勝てるか、逃げられるかというとできるわけもなかった。




イツカは実に準備がよかった。この部屋に来るとき、両腕に抱えていたのはまさにそのマスクウォリアーシリーズの関連書籍だった。

三人は輪を描くようにベッドに座り、その円の中心に数冊の本を置いた。

「まずね、まずね、これマスクウォリアーシリーズ、第一弾。

壊滅ルッチファミリー!」

イツカはその一冊を手に取ると、その表紙をズガッと二人に向けて見せてくる。

〈なるほど、当初は主役のマスクウォリアーがタイトルになかった系か〉

なんかオーダブル7シリーズの第一作が『ロイヤル・カジノ』だったみたいな

感じだ。

「それって、どんな話なの?」

やや口下手なイツカの話を弾ませようと、ベロニカが口を挟む。

「あのね、あのね、まずこのシリーズの舞台は、モラ帝国にあるダークネスっていう架空の都市、なの。

そこでは、三つの巨大な、悪の組織がギリギリ、拮抗して、支配してたんだけど、その内の一つのルッチファミリーをね、マスクウォリアーがね、壊滅させる!」

なんか初っ端から壮大な展開きたコレ。

普通はそこまでの大きな組織なら、もう少し後の巻まで引き延ばすものだろうに。


それからもイツカの解説は続く。

このマスクウォリアーという主人公、本名はアラン・アングリードというらしく、

地元騎士団に所属する騎士であるということ。

彼は元々は大きな商家の跡取り息子だったのだが、善良な市民であったために、

三つある犯罪組織のいずれかの刺客によって殺され、天涯孤独の身となる。

たった一つ残された屋敷で細々と暮らすが、実はその地下には、両親がこの都市を救うために開発させていた数々の武装が眠っており、それを見つけたアランは、

それらを使いこなせるように鍛錬し、騎士団に入団。

昼間は騎士として街を巡回しつつ情報を集め、この都市の深部まで染み付いていた汚職や癒着、特権階級の闇を垣間見て。

夜には、親の復讐の鬼マスクウォリアーとなり、それらの社会のゴミを退治する。

そんな勧善懲悪もののシリーズであるという。

「へえええ、面白そうねそれ!」

ベロニカはその内容に興味を惹かれたらしく、グイグイと身を乗り出していく。

「そうなの!かっこいい、の!特にね、特にね、私が好きなシーンがね、ここ!」

言いながら、イツカはその一冊のとあるページを開くと、ベッドの上に広げて置き、行の頭の所を指してカティル達に見せる。



アランは早速、二人を連れてその部屋の扉を開けた。

「ウッ」

「これはこれは・・・」

扉を開けた瞬間、強い臭いが三人の鼻を刺激する。

吐き気を催す、濃い臭い。劣化したサビだらけの鉄をイメージさせる、臭い。

鼻の奥に煙を固めた栓を詰め込まれて抜けなくなったような、一種の煙たさのような物を感じるその臭いは、三人にとてつもない不快感を味わわせた。

アランとリチャードはたまらずに自分の鼻に手を伸ばす。

アランはそっと鼻を手で覆うようにして上品に臭いを避けるのだが、対して

リチャードは完全に己の鼻を指でつまんでしまっている。

所が、ゼブだけはそうせず、その不快感を顔にも出さず、鼻に触れもしなかった。

どうやらそのような現場には慣れているらしい。


「なんだ?いきなり知らないキャラが二人も出てきたぞ」

僅かに眉をひそめて、カティルがボソリと一人漏らした。

「その、二人!リチャードは騎士団見習、で、アランの初めての部下、なの!

そして、ゼブは情報屋さん!この話の最初に連れ去られた騎士団の仲間の居場所

知ってるって、だから、アラン達を連れてきた、の!」

〈なるほど〉

「因みに、リチャードはその10ページぐらい先のシーンで爆弾の爆発に巻き込まれて、死ぬ」

〈おっとーこれは大減点だーそれ言っちゃダメなネタバレじゃねえか!〉

「ま、まあまあ、イツカがここまでおしゃべりになるのも珍しいし。一回ぐらいはセーフってことで」

相当カティルの顔に出ていたのか、察したベロニカがそれを宥めた。


一歩、二歩と部屋に踏み入る。

アランはその部屋に残された残置物を目にして、呼吸をするのも忘れてしまう。

グッと息を止め、奥歯を噛む。

その部屋の中央には椅子が一つポツンと置かれており、その上には激しく損傷した遺体が座していた。

その身には幾つもの刃物やハサミ、釘が突き刺されており、垂れ下がった顔面からも金属を覗かせていた。

血に塗れていたのだが、赤かった筈の血の汚れは黒く変色し、全体が汚泥をぶちまけられたよりずっと汚れている。

アランは物も言わずにノシノシとその遺体に歩み寄ると、汚れるのも厭わずにその遺体のダラリと垂れ下がった頭を掴むと、グイと表を上げさせた。

「ウプッ」

その顔の状態を見て、リチャードはそのあまりの風貌に吐き気を催し、

嗚咽を漏らす。

鼻は削がれ、その両目にはそれぞれ三本ほど釘を打ち込まれ、唇は引きはがされて歯茎が露出していた。

その歯茎にも鋭いナイフが突き刺されており、そこから噴き出した血が顎全体を

汚していた。

他を見ても、下半身は足首から先が無く、その切り口を焼いた後が見られた。

両腕も半分ほどが失われているのだが、輪切りにされたと見えて、その腕の断片がハムのように椅子の周囲に転がっている。

肩口には血で汚れ、刃こぼれを起こしたハサミが浅く突き刺さり、ヒザや腰回りにも切り付けられた痕が見えた。


「おいイツカ!これって子供にも大人気なヒーロー物語じゃなかったのか!?」

「何かちょっと子供に見せるにしても猟奇的過ぎじゃないかしら!?」

「うん、初期のシリーズはそう。作者のアルパート・ゲーモンド、さん。

子供向け、意識して、書いてない。

だけど作者亡くなって、出版社が自由にマスクウォリアーシリーズを描けるようになってから、変革が、あった。子供向け路線、それから。

だけど、だからこそ、初期の、シリーズは、良い!

残虐描写、も、悲劇な展開、てんこもり、どんと、来い!」

そう言ってカティルを見返すイツカの瞳は、しっかりと真っすぐだった。

〈ここに来て初めてイツカの趣味嗜好が一つ把握できてしまったな・・・〉

それが良いことであったか、悪いことであったか。

カティルはもどかしいような納得のいかないような、わちゃわちゃとした

感情を抱いた。

だが、かく言うカティルも、こういう描写が案外嫌いではなかったと見え、

またその視線を本に落とした。



「ラッキー・・・ジャック」

アランには、どれだけ顔を傷つけられて損傷していても、その遺体が誰だったのか一目で察することができた。

その遺体は男性であり、アランのよく知る人物であったからだ。

『アラン、この件は一旦俺に任せな。俺、ちょーラッキーガイなんだぜぇ?

人呼んで『ラッキージャック』って呼ばれてるって前にも話したろ。

はぁ?聞いたことないだぁ!?

お前ほんと、人の話を右から左へって・・・・・まあ良い!!

とにかく俺はラッキージャックなの!!

だから必ず、お前の調査に有益な情報を持ち帰ってやるからよ、待ってな』

本名、ジャック。団内では、ラッキージャック、と呼ばせていたお調子者が姿を消したのは、一週間も前のこと。

アランのためにと、単独で調査のため見回りに出かけてから帰還することがなく、その後の足取りは分からなかった。

まさかこんな所にいたとは。

貧民街の集合住宅の一室。おそらく繰り返し上げていたであろう絶叫を誰も気に

留める様子がなかったことから察するに、ここではまともな住民が暮らしていないのだ。

どこからが本当に人が住むのか、どれだけ違法薬物や凶器の保管倉庫として

利用されているのかもつかない中の一室で、この友人はどれだけの苦痛を耐えていたのか。

アランの中にふつふつと怒りがこみ上げてくる。

「これが・・・これが奴らの、ルッチファミリーのやり方か!!」

アランは、眼に写る友の痛々しい亡骸の向こうに、一人の男の姿を

思い浮かべていた。

ルッチファミリーを束ね、数々の悪行に手を染め、それ故に悪魔と、

ディアブロ・ルッチとあだ名されるその男こそが犯人であると

アランは確信を持っていた。

「いや、違いますぜ」

だがふいにゼブが口を開く。

「この人をヤッたのは、ルッチでも、ファミリーの誰かさんでもありやせん」

アランの怒りを込めて握られる拳にグッと力が籠もる。

「・・・なぜ、そう言い切れる」

ゼブは特にアランと目を合わせる様子もなく、言葉を続ける。

「いえ、なに。あっしもなげえこと奴らを追っかけて情報屋なんてやってますがね。その中でわかったことがあるんですよ。

ですが、こちらのジャックさん?の体を見る限り、ルッチファミリーの奴らがしたにしては、随分と相異があるようなんですなぁ」

「・・・相異、とは?」

リチャードがふいに話に混ざる。

アランは黙って、腰に下げたサーベルに手を添えた。

そのことに気づいているようであるが、ゼブは続ける。

「見てくだせえ、この人の体を。あちこちが損壊して、奪われて失われておりますねぇ。

これは多分、犯人がこちらの方から何か情報を聞き出すために拷問してる間に、

楽しくなってきちまった感じだ」

いいつつ、ゼブはジャックの体に突き刺さった刃物を一つ抜き取る。

そしてその刃をマジマジと眺めたかと思うと、なんとそれを再びジャックの体に

突き立てる。

「おい!」

たまらずにアランは声を荒げる。

「・・・見てくだせえ、こんなナマクラじゃこれだけ必死に力入れないとここまで突き刺せません。

最初はもうちょっとマシな切れ味だったでしょうに、この方、一人をこんな姿に

するためにここまで消耗してしまったんでしょうなぁ。

どうしてそこまでできたと思います?」

この時、初めてゼブは顔を上げてアランを見た。

その表情を読み取り、返答を待っているようであるが、アランの表情は岩のように固まっていた。

「楽しかったんですよ、これを行った奴らにとって。

人を生かさず殺さず、傷つけ、損壊させ、尊厳を奪うのが、奴らには楽しかったんですよ。

そうして飽きてきたらこう尋ねたのでしょう。

楽にして欲しかったら、お前の所属をいえ、とか、お前の目的を喋ろとかねぇ。

その結果、こちらの方が口を割ったかは定かではありません。

ですがね、ルッチファミリーならこういう事はしないんですよ。本当に」

ゼブはジッと自分の手を眺めた。

何か傷がついているわけでなく、汚れがついたようにも見えない。

だがゼブは、己の手を通して何か忌まわしい物でも思いだされたというように、

汚れを落とそうとその手を自分の服にこすり付けた。

「ルッチファミリーのドン、ルッチ・マルチアーノ。悪魔の如き男と称され、

それゆえについたあだ名はディアブロルッチでさぁ。

ですがね、ダンナ。ご存知でしたか?

ルッチの野郎が悪魔呼ばわりされてるのには悪だからってだけじゃねえんですよ。

もう一つ、理由があるんでさ」

「ウプッ・・・なん、だよ。その理由って」

ようやく吐き気が落ち着き、ここの臭いにも慣れてきたリチャードが話に入ってきた。ゼブは意味ありげにリチャードの顔を凝視すると、話を続ける。

「ルッチは、ある程度の自分だけのルールを持っているんでさ。

そしてその自分ルールを守る姿が、契約を遵守する悪魔みてえだってんで、ディアブロって二つ名がついたんですよ」

ゼブは二人にも見えるように、三本の指を立てて見せる。

「まずルールは三つ。一つ、敵といっても、そいつの身内は襲わない。

ああ、対立組織を戦争で壊滅させる時は別でしたがね。傘下にねえヤクの売人や

裏切り者なんかの小悪党は命を持って償わせましたが、それも当人だけでした。

一つ、相手を拷問する時でも、体を欠損させたり損壊するような拷問はしない。

拷問尋問の類で暴力も振るいますし怪我もさせますけど、ルッチの名において

これは全ての幹部連中や末端まで徹底させていました。

んで、最後・・・タバコのポイ捨て禁止です。

ルッチとしてはこれが一番許せないのか、バレたら命はありません、へっへっへっへっへっ」

言い終わると、ゼブはこの場の空気にそぐわない下卑た笑みを浮かべた。

どうにも場の空気を換えようという配慮だったのかも知れないのだが、

アランの心情を思えば、とても笑えるものではなく、むしろゼブという男に対して、反感さえ抱いている。

「随分と詳しいな、ゼブ。まるで、ルッチ・マルチアーノと親しい関係だったようじゃないか?」

アランは無表情に、凍り付いた感情の籠らない眼でゼブを凝視し、腰の護身用

サーベルを抜いた。

その切っ先を己の眉間に向けられた時、ゼブは何も語らず、ただ二ヤリと

その下卑た笑顔をアラン達に向け続けていた。


「フー・・・」

そこまで読んで、カティルは本から視線を離し、息をついた。

どうもやはり本というものが苦手と見え、熱中しようとしまいと長く読み続ける

スタミナがカティルにはなかったようだ。

「どうだった?面白かった、カティル?」

イツカはカティルの評価が非常に気になると見え、キラキラと期待に輝かせた目でジーっと彼を見つめていた。カティルは反応に困った。

最初から読ませてくれたわけでもなく、イツカの思いつきでおススメシーンをいきなり読め、だったのだ。致し方ない。

「ああ、と・・・そうだな。面白そうだな、と思ったよ。

明日の舞台が楽しみだな!」

今はこれが精いっぱい。

だがイツカはそれでは満足できなかったらしく、ほっぺを膨らませて

目で訴えてくる。その表情は非常に不満げで、瞳は僅かに濁っていた。

「・・・ベルは?」

次いでイツカはベロニカに視線を向ける。

「そうね。私は凄く面白いかもって思ったわ。これ、今晩貸してもらえるかしら?

できればもう二冊ぐらい読みたいかな」

ベロニカはカティルの反対で、既にその一冊を最初のページに戻して、初めから

読み始めていた。

その態度が、イツカの心を掴んで好感を持たせる。

「うん!良い、よ!!ベル分かってる、イツカ、嬉しい!」

ニコニコ笑顔でイツカは持ち込んできて数冊の内、二冊を選び出してそれを

ベロニカに手渡す。

「カティには、これ」

イツカは先ほどまでの不満は全て忘れ去ったように、カティルに新たな一冊を

手渡した。

それには他の本と異なり、妙にイラストが多かった。

「なんだこれ?絵が多いし、見たことない形式のような・・・絵本でもないし・・・なんだ?」

サラッと見た所、その本もまたマスクウォリアーシリーズの本らしいのだが、

先ほどのような文字だらけと異なり、こちらはイラストだらけであった。

かといって一ページに絵が一枚だけという絵本のようではなく、一ページのなかで幾つもの絵が描かれ、線で区切られて展開している。

「それ、最近できた本、漫画っていうんだって。それならきっと、カティでも

読める、から。カティそっち、読む」

〈ほほお、初めて聞く本の種類だ。絵本でも小説でもない娯楽本か〉

カティルは静かにその本の最初のページを開いてみる。

タイトルをみると、それは先ほどまで読んでいたのと同じ、壊滅ルッチファミリーの漫画版らしい。

ふむふむと呟きつつ、カティルはその不思議な漫画という書籍をいつしか完全に熟読し始めている。

〈なるほど・・・この四角の枠が説明文の所で、丸い枠が台詞なのか〉

カティルが無言でページを読み進めるのを目にし、ベロニカも最初のページから

順に読んでくれるのを確認すると、イツカの心は大きな喜びに包まれていた・・・かもしれない。

「カティ、ベル!!もっと早く読んで!!明日の公演の頃までに、全20巻〈漫画版に

関しては30巻〉予習、必須!時間ない!!」

「そんなに素早く読めるわけないだろ!?」



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