二話 シーン2「謎のメッセージ」
『中央ギルドの名において、勇者様一同におきましては、本日より三日。
一切の出動の必要がないことが確認されておりますことを
ここにご報告させて頂きます』
___中央ギルド会長 ルー・ルマ・モレー___
〈・・・これって〉
ピンポーン ロクカイ デス
独特な電子音が響く。
何時ものこととして、ドアが開くと同時にバサバサと将棋倒しのように
カティル達はギルド長室に雪崩れ込んだ。
「あら、皆さん。いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でございますか?」
ギルド長の席には、既に多数の書類で山積みになっていた。
机が見えるが、そこに座っている筈のルーの姿は書類の山に隠れてしまい、
その声はするが姿は見えずの状態になっていた。
どうやら大変な場面に出くわしたのでは、と気が引けそうになるが、せっかく
きたのに気になった点を聞けずに立ち去ることもできないと、
カティルはあえて前に数歩進む。
「あ、えと、ルーさん。今朝頂いたこの依頼書の内容のことなんですが、これってどういう・・・」
タン タン タン
「ああ、それですか」
書類に大きな判を押す音がピタリと止まり、ルーは答えた。
「一応、勇者様方のお手を煩わせないようにとのご連絡だったのですが・・・」
「うむ、少々我が目を疑いました。
今までなら、日ごとにエッグの飛来が世界のどこかであり、それが無くとも魔族の出現報告が何十とあるものでしたからな」
「そうですね。レル=ムックワー様」
「そうして常に絶え間なく戦いが続き、貴女方、世界中央ギルド組合の方々が今もそうして仕事に追われている中、どういう経緯があって、勇者として
集められた我々が三日間も暇を出されるのか、お聞かせいただけますか?
中央ギルド長、ルー・ルマ・モレー殿」
レルは一人、前に出てルーのテーブルのまさに直ぐ傍まで歩み寄った。
書類の山に埋まって、ルーの顔は隠れていて見えない。
そこへルーは、ピタリと止めていた書類仕事を再開し、タンタンと判を押す音を
再び響かせながら答える。
「仕事が立て込んでおりますので、ながらで失礼します。まず、昨夜のことです」
ルーは声色を変えず、後ろめたさも一切なしという凛とした口調で話し始めた。
「最初の異変は、いつも通り各国の観測所にて、エッグが飛来するのを監視させていたのですが。それが何故か、今朝方まで一切観測されなかったのです」
「一切?」
カティルがそう口にする。
「一切、です」
きっぱりと簡潔にルーは答える。
「そうしてその観測と同時に、わが国の魔法省、神獣対策本部の占いの結果が
届いたので、昨夜の内に確認をしたのですが。
その結果は、皆さんに送った通りです。
何故かは不明なのですが、今日から三日間を占ってみたところ、
神獣及び魔族軍に一切の戦略的な活動、戦闘行為、略奪行為が
行われるという予言結果が出ることがありませんでした」
「・・・そこですねぇ。とてもではありませんが、そんなことが起こりえるとは
思えませんがぁ」
「はい。その後、私も皆さんと同様の疑問を感じまして、ギルドを通じて
各国の支部、神獣対策支部、観測所に対して問い合わせたのですが。
今朝、日の出の頃合いにまでなっても、この三日の内に襲撃や
戦闘行為は行われない、と・・・」
「占いに出た、ということですか?
それも各国の占星術師たちの力の総力を合わせても?」
神妙な心持ちで、半ば睨むように眉間に力を籠めて、レルはルーを見、尋ねた。
「はい」
しかし書類の山の向こうに座すルーはそう短く返す。
「ただ少しなのですが、気になることがありまして」
ルーは続けた。
「皆さんにご連絡差し上げるより先に世界政府や各方面の団体に本予言結果を
通達したのですが、とある方面から連絡がありまして。
『この結果は疑いようもないものである。
世界のために尽力する勇者一行に対してはこれを好機とし、休暇を与えよ』と」
「??・・誰ですか、その連絡を送ってきたとある方面というのは?」
「連絡が来たのは三方からです。一つはモラ帝国のアルゴアトス伯爵家の当主、
アルベルト様。
あとはベルゼーティ亜獣小国にあるゼムト大聖堂の神官アブダー・カブダ様。
そして最後に、わが国のメイジーサイド地方プリヴァールにいらっしゃる、
ゼストン・ウェルカー様です」
「なんと・・・」
レルは息を飲んだ。
「ん?何よぉ、そう言ってくれる人が居るなんて、有難いことじゃないのぉ?」
ベロニカは何も分からないというようにキョトンとして、周囲を見渡す。
皆、渋い顔をさせているのが見える。
それは怪しく、あまりにも突拍子もない話であったからだ。
何より反応が早い。
昨日の一晩のうちに、そのようなコメントを発信して伝えようとするのは普通なら有りえない話である。
昨日の夕方、戦闘が終わりました。
ギルドに報告しました。
ギルドから各国にそうした報告が伝わったとしよう。
だが日をまたぐことも時間を空けることもなく三者が似たような文面で同じようなことを言ってくる。
「なんか怪しいですねぇそれ」
カティルが一人そう漏らす。
「え?でもだよぉ。ある意味ではその人たちがモノ申してくれたおかげで、
私達のお休みに繋がったわけでしょ?だったら感謝しなきゃ・・・」
ユリが口を開いた横で、ルーがその目を光らせる。
「いえいえ、予言で三日の余裕が出来たとわかった時点で、内々で皆さんに
お暇を差し上げることは決まっていました。
私どもに致しましても、皆さんにこれまでお世話に成りっぱなしだったことに関しては胸を痛めていたのですよ」
と、ルーは自分達の気持ちを誤解されないように、念を押して発言する。
そのメッセージを送った三名も同様に純粋に気遣うつもりで気持ちを届けたのかも知れない。
だが、全く違う地域で暮らす三名が突拍子もなさすぎるタイミングで、
同じ内容の文面で声を揃えるように発言をしてきた点が、
あまりに不気味に感じられたのだった。
並んで立っていたイツカが前に出て、レルの服の袖を引っ張った。
「・・・レルさん、これってもしかして」
イツカは周囲に聞こえない程度の声量でそう尋ねる。
「ええ・・・もしかしたら、そういう事もあり得るのかも知れませんね」
二人の脳裏に、昨日の戦いで、ある人物の言葉がリピートされる。
__ほんと、さすがイツカちゃん・・・___の____ねぇ
レルくんに預けた甲斐があったわ __
その人物の姿が表情が頭に浮かぶ度、イツカの拳に力が籠もる。
それは女性だった。やっとの思いで神獣キギクゴを倒したレルとイツカの前に突然姿を現したその女性は、とても禍々しい魔力を纏い、恐ろしく、
だが美しかった。
___大変だったでしょう?この神獣、まだイツカちゃんには手に負えないかもって
ぐらいつよーい相手だった筈なんだけど、流石ね。
じゃあ私が、ご褒美を上げるわぁ。
明日から三日ほど、うちの部下達の全力を尽くして貴方たちに暇を与えて見せます。楽しんでね!
心配なんて要らないわよぉ。私の力と伝手があれば簡単なことだから____
そう言ってそのとある人物は姿を消した。
まさかそこまでの力があるとはレルもイツカも、想像すらしなかった。
この話を知るのは二人だけであり、まだ誰にも語ってはいない。
カティル達はその三者の内、一人と面識があった。
アルベルト伯爵。
勇者達の住む国キングスランドの隣国であり、その宗主国を務める大国
「モラ帝国」に在るアルゴアトス伯爵家の現当主である。
その奥方はキングスランド出身者であり、彼自身もキングスランドとの二重国籍を得ており、この国においては領地は持たぬが、屋敷と子爵の地位を与えられている。
彼とカティル達の出会いは、勇者として活動を始めたその日のこと。
イツカを除くカティル達一行の結成式典のパーティー会場でのことだった。
子爵として参加していたアルベルトは、田舎者丸出しで右往左往するカティルに、自ずから挨拶に来てくれた。
「君たちが今代の勇者御一行だね?
うん、やはり未だ若いな・・・いやいや、これから死地へ赴いて辛い
戦いに向かう君たちに対してこんなことをいうのは失礼だった。
詫びるよ。これからは我ら貴族〈おとな〉が、国々〈ゆうじん〉が
君たちを万全に支援してみせる。
だから、どうか武運長久をね。
そして平和な世を取り戻してくれるように頼んだよ」
その時の感想としては、彼は非常に人情に厚く、楽天家として砕けた態度で接してくれて、庶民にも親しみやすい人物に映っていた。
けして、誰かの操り人形のように操作されて、何かの陰謀に加担するような悪官には見えなかった。
というのがカティルとベロニカの印象である。
「ルーさん、残りの二人に関しての情報を聞かせて頂けませんか?」
カティルがレルやイツカと同じ位置まで進んで尋ねる。
「はい。ゼムト大聖堂のアブダー・カブダ様、メイジーサイド地方プリヴァールにいらっしゃる、ゼストン・ウェルカー様ですね」
後ろで控えていたエルザが、ルーに二枚の資料を手渡した。
それに目を通しながら読み上げる。
「まず最初に、アブダー様なのですが。彼の務めるゼムト大聖堂は、
元は生命を司る女神『パーディムノーン』を祀っていた神殿でして。
治療術や治癒魔法に精通した神殿だったようです。
神と人類の対立後は少々のごたごたはあったものの、現在は周囲の避難民や
疎開民、負傷兵を収容して治療する医療施設として活動を続けているようですね。
アブダー様はその中で、12名在籍されている神官の内一人でして。
神殿で最も権威のある神官長より、格別の信頼を寄せられている
人格者だと評価されているそうです」
「へえ、それってとっても良い人ってことね?」
ベロニカがそう口にする。だがそれに対してルーは少し眉をひそめる。
「・・・それなのですがね。
どうもそれだけではないようなのですよ」
「というと?」
ベロニカの反応に対して、レルがその続きを補足する。
「実は数十年以上も前からなのですが。この神殿は、昔から『魔族信奉者』の
疑いをかけられた人物が度々現れ、噂に成っているんです。
『あの神殿は裏で魔族達を信仰している魔族教の総本山ではないか』と」
「!?・・・そんなことが」
「当然、その疑いをかけられた者達は即処罰されました。
今でこそ終息して収まったはずですが・・・まあ、悲しい記憶があるのですよ」
「そんなことがあった神殿なんですね。
じゃあ、残りの一人はどんな方なんですか?」
「ゼストン・ウェルカー。メイジーサイド地方プリヴァールを拠点にして
商いをなさっている、ウェルカー商会の会長を務めていらっしゃる人物です」
「ああ、ウェルカー商会っていえば国内では有名なとこだよな。
たしか、元は日用品や食料品の商いから始まって、今では武具や防具まで取り扱いを増やし、一部は軍部への納品も任されているんだよな」
「その通りです、ロック様。よくご存知で」
「なぁに、うちも身は小なれどって奴だ。うちの実家で扱ってる武器も昔からの
縁でウェルカー商会からだったからな」
ということは、このゼストンという人物は莫大な富の持つ商人ということになる。
カティルの感覚からすると彼もまた王族や貴族と同様、天上人にも等しいお方と
受け止められた。
そして意外にも、そんな面識のない人物に関する知識をある程度もっていた
ロックをユリは非常に驚愕して見つめていた。
「うわっ、びっくり。脳みそに精液以外も詰まってたのねアンタ・・・」
「・・・おいユリ。もしかしなくてもお前今、俺をバカにしてない?」
そう肩をワナワナと震わせるロックが怒りに任せてユリを睨みつける。
だがそんな彼を受け流すように、ユリは直ぐにプイとそっぽを向くのだった。
「その三者が、私達に休日をというメッセージをギルドに
送ってきたというんですね?」
全てを聞き終え、レルは最後のまとめに入り始める。
「はい、重要なご意見として受け取めさせて頂きました。
ただ・・・未だ報告の届いていない他国の王族や貴族の方からどういった反応が
来るのかまだ判別がつきませんので。
休日と言いましても皆様におきましてはこの三日の間、あくまでも警戒態勢を
維持して頂き、万全の状態で、予言にもない不測の事態に備えて頂きたいと
思いますので。できれば、国内にいて頂きたいのですが。
ご了承いただけますでしょうか?」
最後は少々弱弱しく、後ろめたさを感じているような調子で、
ルーは頭を下げていた。
その姿は分厚い書類の壁が立ち並び、カティル達には見えないのであったが。
その不確かで不透明な事態に真っ先に立ち会っているのが、他ならぬルーである
ことは勇者達にも十分伝わっていた。
「わかりました。ではそのつもりで、この三日間を楽しませて頂くことにいたしましょう」
あえて明るい調子を交えてレルが答えた。
彼はルーに背を向けて仲間達に向きなおると、腕を広げて説明する。
「いいですね?皆さん、幸運にも与えられたこの三日の猶予。
心から楽しんでください。
そして心も体をリフレッシュさせて、またお会いしましょう。
この場で解散とします」
レルの言葉を受けて、カティルやロック、ユリやベロニカの目が
キラキラと輝きだした。
「「ヤッタアアアアアあああああああああああああああああ!!!!!!!」」
あれが怪しいこれが怪しいと悩んでいたのがどこかへと吹き飛び、
四人は歓声を上げた。
「うひょひょひょひょ!!待っててね~レインさーん!!今から行きますからね~!」
まず最初に駆け出したのはユリであった。
「おいまて、一人だけで抜け駆けとかずるいぞ!!ポータルは一度起動させたら
再起動まで間が開くんだから、俺も乗せろ!!」
「イヤヨ!!」
ポータル室の前で、二人は取っ組み合いの争奪戦を開始してしまった。
その様子をカティルとベロニカが眺めている。
「おいおい、つまらないことで喧嘩すんなって。
来た時にみたいに皆で乗ればさ~」
「そ~よ~!みんなでなかよくなかよくー」
在り来たりな言葉で二人を止めようとするカティルだったが、その表情は非常に
朗らかで楽しげであった。
ベロニカに至ってはこれ幸いにとカティルの腕を掴んで、その肩に
頬ずりまでしている。
その様子を更に離れた所から、レルとイツカは眺めていた。
この二人だけは他の四人とは空気感が違い、まだ複雑な心境が抜けなかった。
「・・・レルさん、これからどうするの?」
「私はこれから一度、久しぶりに魔法省に顔を出してみるつもりです。
神獣対策本部で働く元弟子達の様子も気になりますし。私が見てくれば、
また違った情報が得られるかもしれませんからね」
「でしたら、お願いしますレル様。助かります」
タンタンと判を押す手を動かしながら、ルーは心からの感謝の気持ちをレルに向けて飛ばしていた。
やはりこの突拍子もない占いの結果や謎の外部からの反応などはルーとしも
気がかりだったのだろう。
そしてレルはイツカに視線を戻すと、彼はイツカの頭に手を乗せて優しく語り掛ける。
「イツカ、貴女はカティル達と共にこの三日間を楽しみなさい。
調べ事は私に任せてくれて良い」
「でも・・・」
「お前にも時間が出来た時、やりたいことが溜まっているのだろう?
お前に仕事を与えるとしたら、それらを一つでも多く消化することとします。
だから楽しんできなさい」
レルは珍しく、イツカに強いるような言い回しでそう語りかけた。
それは今までと違ってより身近な身内にいう時のようで、
父親が子にいうような語気が感じられた。
「・・・わかった。お願い、レルさん」
少しだがお父さん、と呼んだような余韻を残して、ほんのり笑みを浮かべて
イツカもカティル達の側に混ざりに行ってしまった。
〈さて・・・これが貴女にとって、どういう利が生まれるというんだろうね〉
心の中で強く、レルは一人の女性を頭の中で思い浮かべた。
その女性の名は、「セシリア・ウェルカー」
先代勇者「キッド・カッツ」の伴侶にして、先代魔王の力を受け継ぎし今代の魔王
「セシリア・ドラコー」の半身。
そして、今回の謎の件に関わる人物「ゼストン・ウェルカー」の先祖である。
アルベルト・アルゴアトス伯爵、神官アブダー・カブダ、
豪族ゼストン・ウェルカー。
この三者のとった行動は今のところ、何の意味があるのかどんな結果を求めての
ことなのか。
この時のカティル達には、分からないことだらけなのであった。
またまた意味不明な隠し事が増えてしまいました。
近いうちにこれらが全て明かされるシーンを持ってきたいと思いますので、今しばらくはお待ちください
ではまた次回。




