56話 勇者
「え?」
突如、胸を突き刺され倒れる男を前に少女は動けずにいた。
「貴様か。我が軍を滅ぼしたのは?」
その声は、地獄の底に突き落とされたかの様に圧のある低い声だった。
「あ、貴方、は?」
少女は、目の前にいる魔族の男に気圧されていた。
今まで戦ってきた魔族の誰よりも強い。
今も、目を離した瞬間自分は死ぬ。
「我は、デアル。魔王デアルだ」
「魔王、デアル」
少女は頭を悩ませる。
疲労しきっている今の自分では、この魔王を倒せない。
仮に万全の状態だったとしても倒せるかどうか。
それにーー
(今ここで戦えば、周りの皆んなに被害が及ぶ)
「何故貴方はこんな事を」
「ん?我が軍の者達に聞かなかったのんか?」
「聞いたわ、領土を奪う為でしょ」
「そうだ我はこの領土が欲しい」
「なんでこの領土なの?」
わざわざ、この地に来てまでこの魔王は何が目的なのだろう。
魔界大陸から人間の土地まで、あんなに大量の軍を率いて。
「戦争だ」
「戦、争?」
「そうだ」
魔王デアルは目的を語る。
「近頃、女神の動きが怪しくてな。それに備えて人間の領土に拠点を構えに来た」
「女神様」
この世界には神がいる。
偶像でも作り話でもなく、確かに神はいる。
邪神がいい例だろ。
その神に、怪しい動きがあるとデアルは察知した。
「お前は何か知らないか?なあ、勇者よ」
「!?」
「その反応やはり貴様は勇者だったか」
嵌められた。
少女は素直にそう感じざるおえなかった。
自分が勇者と知る者は多くない。
仲間、家族、教団のごく一部、そして自分を勇者に任命した女神様だ。
勇者
神々に選ばれし存在であり、神を祭る宗教団体からすればまさに神の化身。
その存在の力は強大であり、一振りで山を切り、魔法を放てば巨大な存在をも滅ぼし、1人で一国の軍を滅ぼせる程だ。
勇者が現れる時、それは世界に危機が訪れる時とされている。
いや、されていた。
「女神の戦闘兵器がここに何しに来た」
「それはあなた達を滅ぼすために」
「嘘だな」
「何を言ってーー」
「黒き英雄」
「・・・」
「それともこう言い換えればいいか、セレーー」
瞬間、少女はデアルに向け魔法を放つ。
その魔法はデアルの目の前で止まり消える。
「なんの真似だ」
「・・・な」
「なんだ」
少女は力強く魔王デアルを睨み付ける。
そこに激情を重ねながら。
「気安くあの人の名を口にするな!!」
「ふふ」
デアルは、手を口に添え笑う。
まるで、愉悦を抑える為に。
だが抑えるには、余りにも愉快な事を知ってしまった。
「ふふ、、ハハハハハ、アッハッハハハハ」
笑いは、高くなる。
その体に宿す圧力と共に。
「そうかそうか、あいつが来るのか!
いつだ?あいつはいつこの世界に来る!?」
少女は答えない。
デアルは特に不快な気持ちを抱いていなかった。
それ程までに、デアルは気分が良かった。
「この事を知れば、きっと“主“も喜ばれる」
「そうはさせない!」
「弱っている貴様に何ができる?」
デアルは、少女を下から上まで見つめる。
「見た所、勇者になって日も浅いのだろう。他の勇者ならばまだしも今の貴様に我は止められん」
「一つだけあります」
「何?」
「女神様使わせていただきます」
少女は、懐から水晶をを取り出す。
「何だそれは」
「貴方を封印します」
この水晶は女神から渡された物であり、あらゆる存在を封印する水晶だ。
『どうしようもなくなった時は、この水晶を使いなさい。この水晶は悪しき者を封じる事ができます。ただしとても貴重な物ですので、大切に扱ってください』
女神から渡された水晶は今この時のにあった!
そう確信し少女は水晶をデアルに向け作動させる。
直後、水晶から光が照らし辺り一体を包む。
光は、やがてデアルの集まり動きを封じる。
「くっ!この力まさか『魔封石』か」
「そうです。この『魔封石』で貴方を封じます」
デアルは、光から逃れようと動くが既に遅く、徐々にデアルの体は光と同時に『魔封石』に近づく。
そして、デアルが『魔封石』に触れた瞬間、『魔封石』に吸い込まれる様にデアルの存在は消えていく。
「なるほど、どうやら今回は我の負けみたいだ。しかしこの水晶にいつまでも我を封じ込められると思うな。いずれこの水晶から抜け出し、“主“と共にあの者に会うとしよう」
「させません。今度こそ必ずあの人は私達が守り抜く」
「守り抜く?ハハハ笑わせる。あの者を殺したのはお前達だと言うのに」
「黙れ!」
「ハハハ!」
大声を上げるが、デアルは気にせず愉快そうに笑うだけだった。
「さらばだ勇者よ」
その言葉と共に、魔王デアルは水晶に完全に吸い込まれれたのだ。
♢
「それから少女、いや勇者殿は国王に水晶を託し消えたとされます」
「そんなことが」
話を聞き終えた俺達は、暫しの間頭の中で先程の話を整理していた。
「なぜ、その時の国王様は魔王の封じられた水晶を預かったのでしょう」
「確かに」
アランさんの質問は俺も気になっていた。
何故、そんな危ない物を預かるのか?
「魔王によって崩壊の危機になってしまったアルタイル王国は、皮肉にも水晶に閉じ込められた魔王の漏れ出る魔力により発展していきました」
なるほど、それでそんな危ない物を預かったのか。
「しかしそれにも限界が訪れたのでしょう」
「限界ですか」
「ええそうです。あの水晶は遠くない未来その効力をなくし、魔王デアルが復活する事でしょう」
どうやら俺達は、とんでもない事に巻き込まれているようだ。




