20話 最愛
目の前が血で濡れる。
その血は、温かく感じるが、心は冷えつく思いだった。
何故なら、その血を流すのは自分の最愛の相手なのだから。
「ミア!」
倒れ込むミアを胸に抱くきこむ。
腕から滴り落ちる血は、何処までもこの状態の危険を知らせてた。
どうする、どうする!?
およそ冷静さを欠いた頭では、この状態をどうすることもできなかった。
いや、仮に冷静だったとしてもこの傷をどうにかするのは不可能だった。
今ミアは、背中を深く切り付けられている。
そして切り付けた相手は、自分の狙いがずれた事に、舌を打つ。
「たく何やってんだよ。
お陰で殺す順番が来るちまったじゃねえか」
男の言葉は、ラノスには届いていた。
しかし、それを気にしている余裕は今のラノスには無かった。
「ミア!ミア!!」
呼び掛けるラノスの声にミアは応えない。
切り付けられた後、ミアはその瞳を瞼で覆い隠してた。
死んではいない。
しかし、それも時間の問題だ。
今も流れ落ちる血は、勢いが止まらず人とは、こんなにも血が流れるものなのか。
時間は刻一刻と経ち、その間もミアの命の灯火は消えていく。
それでも尚、ラノスは何処までも無力だ。
この場から離れることも、男を倒すことも出来ない、ミアを救う、、こと、、、も
「う、ううぅ」
ラノスは泣いていた。
今は、そんな場合ではない事は分かっている。
分かっているが、ラノスの心は限界だった。
レンジが死に、次はルフレ、そして今はミアが。
大切な人が次々と死んでいく。
たび重なる不幸に、涙は止まらず、滴り落ちる雫はミアの顔を濡らす。
そんな光景を見た男は辟易した様な顔をしながら話す。
「おいおい、泣くなよなぁ。
全くよ〜女の方は後で楽しもうと思ってたのによ〜」
ひひひ、と下品に笑う男を前に、ラノスは睨みつける。
しかしその顔は、涙でグシャグシャになっており、何とも情けない顔だった。
男は、その顔がツボに入ったのか笑みをさらに深くする。
「睨んでんじゃねえぇよ!
その女が死にそうなのはテメェが弱ぇからだろ!!」
男の言う事は正しい。
ラノスに力が有ればこんな悲劇は起こらなかった。
そもそもが冒険に出たいなどと思わなければ、あの孤児院から出なければこんな事には。
あの時こうしていれば、この時こうしていれば。
たらればを考えても仕方がない。
今起きた事が、どうにかなる訳ではない。
「まあぁ良い。
テメェも仲良くあの世に送ってやるよ」
血のついた剣を引きずりながら男は近づく。
ラノスは腕に倒れているミアを胸に抱きしめ力を込める。
本来は、近づく男に対処しなければならないのだろう。
しかし、今この瞬間ミアを離したら一生戻ってこないんじゃないのかと。
漠然だがそんなふうに感じてしまった。
それに、仮に男と戦おうとしても勝てない。
仮に、本調子で挑んだとしたとしても勝てない。
ラノスと男にはそれほどの実力差があった。
ズズズ
男は後一歩というところで止まる。
地面から離し、高々と上げる剣はそのままラノスに振り落とされるのだろう。
何処かで、これから起こることを考える思考がある。
これから自分は死ぬのだろう。
(ああ、でもこれであいつ等に会えるのかな)
視線を下に移しミアを見つめる。
『強くなるたりたいんだ』
『強く?』
『そう、みんなやミアを守れるぐらい』
走馬灯の様に流れる光景。
かつて、ミアと立てた誓いは叶わなかった。
レンジ達は死んだ、ミアも長くは持たない。
「じゃあな」
男は、剣を振り下ろす。
(ごめんねミア、約束守れなかった)
心の中で、謝り俺はその目を閉じた。
「させませんよ!」
声と共に、ラノスの近くに風が舞う。
そして、
ーギィィン
剣同士ぶつかり合う大きな音にラノスは、その目をゆっくりと前へ向ける。
目線の先には、白い髪の偉丈夫が立っていた。
「ボ、ボルアーさん?」
「遅くなってすまなかった。
この男は私に任せなさい」
ボルアさんは装飾の施された槍を男に向ける。
そして、ボルアーさんが来たであろう場所から、『夜明けの星々』の団員達が現れた。
団員達は、ラノス達の元まで向かいラノス達の現状を見る。
ラノスが胸に抱くミアの傷を見て、ヒーラーとおもしき女性は即座に座り込み、その掌をミアの背中に向け魔法を流し込む。
『ハイヒール』
光り輝く暖かな光は、ミアに背中の傷を塞ぎ流れ落ちていた血が止まる。
助かった。
安堵共に力の抜ける俺を前に、ヒーラーの女性は大きく目を開きやがて魔法を解いた。
「えっ?なんで、魔法を解くんですか」
「落ち着いて聞いて下さい」
女性は、小さな声でラノスに囁きかける。
ラノスは嫌な予感がした。
女性は、黙る俺の瞳を見つめ残酷な知らせを伝える
「傷は塞ぎました。しかしこの方は、、もう長くありません」
「・・・」
まるで崩れ落ちる様な感覚をしたラノスは、目の前で女性が話す言葉を受け付けられなかった。
「嘘だ」
「嘘ではありません」
ぽそりと呟く俺の声が聞こえたのだろう、女性は首を振り否定する。
俺は、その言葉にカッとなり声を荒げる。
「嘘を言うな!!
傷は塞がった!血は止まった!
ただ目が覚めないだけだ!!」
「・・ッ!」
女性は唇を噛み下を向く。
今のラノスは、幼稚に見えるだろう。
現実を受け入れられずに、喚き叫ぶ子供。
だが、誰が責められようか。
泣き叫ぶ彼にとってその者がいかに大切な存在だったと、伝わったからだ。
団員達もまた悲痛そうな顔しながら下を向く。
ヒーラーの女性が言った様にミアは間違いなく死ぬからだ。
人が死ぬ姿を見るのは初めてではない。
仲間が目の前で、死んだ経験もある。
だからこそその痛みが、絶望が分かる。
「ミア!
起きろよミア!!
頼むから目を開けてくれよ!」
誰も止めたりはしない。
ラノス自身無駄だとも分かっている。
それでも、呼びかけ続ける。
呼びかけに続ける事で目を覚ますんじゃないかと。
しかしその願いが叶ったのか、ミアの瞼がゆっくりと開かれる。
「ラ・・ノス?」
「ミア!
そうだよ俺だよ!
良かった目が覚めて」
ミアが目を覚まし喜ぶ俺。
ミアもそんな俺を見て微笑む。
そして口を開き始める。
「ごめん、ね」
「何を言ってるんだよ。謝るのは俺の方だよ。
俺がもっと強かったらレンジとルフレは死なせなかった。
ミアは傷付かなかった」
「違う、よ」
首をゆっくり振り否定するミア。
腕を伸ばし手のひらを類に添える。
「私が、弱かったんだよ。
あの時私も強くなって、ラノスとみんなを守るって誓ったのに、ラノスを傷つけちゃた」
「そんなことはない、俺はミアのお陰でこうして生きてるんだから」
「それは、良かったぁ」
力無く微笑むミア。
まるで今にも命の灯火が消える様だ。
「大丈夫だよミア。
ボルアーさん達が来たんだ。
ミアの傷も治った。たすかるんだ」
俺は、少しでもミアを安心させる為に言葉を掛ける。
ミアは俺の言葉に、類に添えた手を少し動かし答える。
「ラノス、私もう長くないよ」
「なっ、何を言ってるんだよ」
「自分の、身体だもん、分かるよ」
「あっ、うぅ」
その言葉に、俺は再びその瞳から雫を溢れ落とす。
「ラノ、ス、、わた、し」
ミアから発せられる声は、途切れて途切れになっていく。
死期が近い。
誰もが、理解した。
ラノス自身もそれを感じ取るが、受け入れられない。
それが意味する事に、耐えられなかった。
心の何処かで、これは悪い夢なんじゃないのかとすら思う。
それでも、手に伝わる重さ、ミアの今にも消えそうな息遣い、どれもが残酷にもラノスに現実だと突き付ける。
「しあわ、、せ、だった」
「俺、もだ、よ。
俺も、、うぅ、ミアと、、一緒、にいれて」
上手く喋れない。
胸は苦しく痛い。
呼吸は乱れる。
頭は回らず、自分が発した声は何処か遠く聞こえる。
それでも、この瞬間何も答えない選択肢はない。
これが、ミアと最後の会話になるかも知れないから。
分かっているのだ。
どんなに否定しても、ミアは、ミアは、、
「ラ、、っ、ス」
「ああ」
ミアは、次の言葉が最後になる事を理解した。
最後。
ラノスと話せるのは、これが最後。
瞬間ミアは、過去の思い出が蘇る。
ラノスと誓い合った子供の頃。
レンジ、ルフレが仲間になり、ラノスと一緒に強くなっていった。
冒険者に成り色々なクエスト受けたこと。
辛いこと、嬉しかったこと。
あの時は、この時は。
そして最後に思い出すのは、満月の下でラノスと愛を誓い会った思い出だった。
昨日の事だ。
やっと両想いになったのに。
もっと一緒にいたかった。
結婚して、子供ができて、おじいちゃんおばあちゃんになるまで一緒に生きたかった。
だがそれは叶わない。
それなら、せめて一言最愛の彼に向けて声に出そう。
「ラノス、、だいすーー」
「ミア?」
声は、途中で途切れる。
ラノスの頬に添えられた手は力無く落ちる。
ミアの瞳からは光が無くなり。
体温からは暖かさが消えた。
「ミア?
なぁミア。
ミ、、アッ」
この日、ラノスはレンジ、ルフレ、そして、最愛を失う事になった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
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