転生から始まる異世界生活
あるゲームの話をしよう、そのゲームは様々な神話伝承の世界観を取り込み、自由度の高いキャラクター育成や重厚で作りこまれたシナリオで人気を博した、世界でも熱狂的なファンが多いMMORPGだ。
自分もそんなファンの1人で友人たちと一緒に寝食忘れて熱中したもんだ・・・
そして今、自分はその世界にいる。
「いったいどうしてこうなった・・・」
今から13年前、いつものように友人とゲームをプレイしながら眠りに落ち、気づけばこの世界でアルト=イクティノスとして生を受けていた。
前世の記憶を思い出したのは、アルトが9歳の誕生日を迎えた夜だった。
その日、誕生日のプレゼントとして母から送られた手鏡を覗き込んだ瞬間に気を失ったらしい。
目を覚ますと、アルトとしての記憶と同時に前世の記憶が存在しており、アルトとしてのそれまでの記憶からこの世界がプレイしていたゲームの世界と酷似していることに気づいたのだった
「記憶が戻ってから4年か・・・まさかゲームの世界に転生することになるとはなぁ。」
アルト自身、元の世界の家族や友人そして前の自分がどうなったのかは気になるが、どうしようもなかった。
「それにしても、ゲームとは似てるようで違うところもあるんだよな。」
この世界では、[レベル]の概念があり魔物の討伐や日々の鍛錬等で上昇し、レベルアップごとにステータスの強化かスキルの取得を選ぶことができる。
[ステータス]と頭に思い浮かべると目の前にウィンドウが表示され、自身の身体能力等が数値化されて表示される。
前世のゲームでは、
STR(strength:筋力)
AGI(agility:敏捷性)
VIT(vitality:生命力)
DEX(dexterity:器用さ)
INT(intelligence:知力)
LUK(luck:運)
の6つのステータスがあったが、今の世界ではSTR/AGI/DEX/INTの4種類しか存在しない。
また、スキルを使用するSP(精神力)の表記はあるものの、HP(体力)の表記が無くなっていた。
ステータスの他に[スキル]の項目があり、現在取得しているスキルの確認や新たなスキルの取得をすることができる。
ゲームでは戦士や魔法使い等、職業ごとに取得できるスキルが限られていたが、今の世界では前提条件等はあるものの取得できるスキルにそのような制限は無いようだ。
武器や防具等に関しても職業ごとに装備できる種類に制限がかかったりはしないが、ステータスに補正がかかったりとゲーム的な部分も多かった。
「ゲーム的だったり、現実的だったり・・・結構ちぐはぐな世界だよな。」
アルトの産まれた国は北欧系神話等が土台となり、ゲームでは最初に降り立つ[ミッズガルド大陸]にあるミッズガルド王国であった。
アルトの家は騎士団に所属する下級貴族の家系だったため、それまでは騎士になるのに必要なステータスやスキルの取得を進めていた。
しかし、記憶が戻ってからは「せっかくこんな世界に転生したんだから、冒険者として世界を旅してみたい」という気持ちが産まれていた。
幸い、アルト自身は次男であり家督は長男である3つ上の兄が継ぐことが決まっていたため、両親も冒険者になることを承諾してくれた。
15歳から3年間通う予定となっているアカデミーでの卒業が条件として挙げられたが、元々アカデミー在学中に自身を鍛えなおす予定にしていたアルトにとっては何の問題もなかった。
「冒険者になるなら、一人で何でもできるようにならないとな。 幸い前世のゲーム知識もあるし剣も魔法も使えるようになっておこう・・・やることがいっぱいだな。」
気持ちを新たに、今後の方針を決めたアルトに兄ディアスが声をかけてきた。
「アルト、そろそろ剣術の授の時間だぞ。 遅れると先生に怒られるぞ。」
「了解、兄さん。 もう行くよ」
自宅に戻り、剣術の教師の指導を受けるアルトとディアス。
「冒険者になるって話だけど、どういうステータスやスキルにするつもりなんだ?」
と、素振りの最中にディアスが話かけてきた。
「騎士団みたいに常に味方がいるわけじゃないから、回復や支援も一人でできるようにするつもりだよ。 ステータスもAGIを中心に上げて素早く動けるようにするんだ。」
「確かに、いつでも誰かとパーティが組めるわけじゃないからな・・ちゃんとソロで動くことも考えてるんだな。 まだ先の事だけど、アカデミーで同じ冒険者志望の子でも探してみたらどうだ?」
「でも、俺達みたいな貴族出身者の行くクラスは騎士団とか大聖堂とか、決まった進路の人が多いんじゃないの?」
「そういわれてみれば・・・次男三男だったりしても家の後押しでそっち方面に行くのがほとんどだしな。
仲間もギルドで探せば問題ないだろうが・・・でも、友人知人は多いほうが良いぞ?騎士団と冒険者が組んで動くなんてこともあるみたいだしな。」
「だね、各方面に顔が利くほうが冒険者をする上でも色々便利そうだし。」
「お前・・・結構、打算的な考え方するんだな・・・」
その夜、家族で夕食をとっている時だった。
「アルト、明日はお休みだけれど・・・もう勝手に王都の外に出たりしては駄目よ?」
と、母シェリーが訊ねてきた。
以前、人の目を盗んで王都の外へ出て騒ぎになったことがあったのである。
「(レベルを上げるには外にでて魔物を狩るほうが早いんだけど・・・仕方ないか)大丈夫、もうあんなことはしないよ。 明日は少し王都の中を周ろうかなって思ってる、新しい武器とか見てみたいんだ。」
「そう、それならいいわ。 最近は王都も物騒になってるから、気を付けてね。」
父ヨハンが補足するように、
「最近の王都は何かと物騒な話題が多い、騎士団も治安維持に動いているが用事が終わったらすぐ帰ってくるんだぞ。」
騎士団で1つの部隊を任せられている父の言葉には実感が籠っていた。
翌朝、日課の鍛錬や朝食を済ませたアルトは市街地へ向かった。
予定していた武器/防具屋を見終わり、今は王都内をぶらついていた。
「なんか今日は、やけに騎士団の人たちが慌ただしいな。 父さんが言っていたように、なにかあったのか?」
騎士の数名が話してるのが聞こえてきた、
「あの方は見つかったか?」「いや、2部隊で探しているがまだ見つからないらしい。」「本当か!このままでは大目玉だぞ!」
どうやら、誰かが護衛中に姿を消したらしく、騎士団はその捜索で走り回っているようだ。
「どこかのお偉いさんか? まぁ、自分には関係なさそうだな・・・ん?」
理由がわかったところで散策を再開しようとしたアルトの目に、走っている自分と同じくらいの年齢の少女とそれを追いかけるような複数の男の姿が映った。
「おいおいおい、こっちのほうが事件じゃないか?」
少女と男たちは路地裏のほうに入っていった、そこは行き止まりになっている道であった。
「まずいな、念のため見に行くか」
「はぁ、はぁ・・・もう、しつこいわね!」
「へっへっへ、手こずらせてくれたな、もう逃げられないぞ。」
「身なりの良いガキだ、連れ帰って売ればいい金になるぞ。」
「親に身柄と引き換えに金を払わせるのもいいな、1人で出歩いたことを恨むんだな。」
「下種の発想ね、今に痛い目を見るわよ。(どうしよう、行き止まりとは思わなかったし・・どうにか逃げられないかな)」
少女が覚悟を決め、男たちに突撃しようとした時だった。
「やれやれ、こんなベタな展開があるかね。」
「「「誰だ!」」」
「そっちもテンプレ的な反応ありがとう、とりあえずそっちの子を解放してもらうよ」
アルトが到着し、どう聞いても知り合い同士とは思えない会話が聞こえてきた。
面倒事は避けたかったが、誘拐と聞いては無視もできなかった。
「(まずはあの子の前に出るか)助けも呼んだ、もう少しで騎士団も来る・・・観念してお縄についたら?」
「チッ!相手はガキだ、見られたからには容赦はするな!」
「「おう!!」」
男たちは短剣を構え、アルトに襲い掛かった。
「しょうがないか、スキル《速度上昇》使用」
アルトはスキル《速度上昇》を使い、瞬間的な速度を上げて迫りくる男たちの脇を抜けた。
「怪我はない?」
「う、うん・・・大丈夫」
「ならよかった、それじゃ逃げるよ。 と、その前に《氷固[アイシクル]》!」
軽く会話をし、少女の無事を確認したアルトは魔法を使い、男たちの足を氷漬けにした。
「それじゃ少し我慢してくれよ」
と、少女を抱き上げた・・・所謂お姫様だっこである。
「じゃ、おっさん達は騎士団が来るまでそこで大人しくしててくれ。」
背後の壁を使って飛び上がり、路地を抜けた。
その後ろでは、到着した騎士団が男たちを捕縛する様子が見えた。
「もう大丈夫か、一先ず人目の或るところに行こう。」
「よいしょっと、大変だったね。」
「あ、ありがとう助かったわ。」
路地裏から脱出しアルトは少女を下ろし、声をかけた
「まぁ、なんでこうなったかは聞かないけど、今日は早く家に帰ったほうがいいんじゃないか。 それか送っていこうか?」
「ううん、大丈夫。 迎えが来たわ。」
ヒタッ・・・アルトの首筋に剣が当てられた。
「貴様、姫様と何をしている、何をするつもりだ。」
「リアナ剣を離して、彼は私を助けてくれたのよ。」
「賊については先ほど確保致しました。 それとこの少年が繋がっていないとは限りません。 貴様、名は何という。」
リアナと呼ばれた騎士はアルトの首に剣を当てたまま問いかけてきた。
「俺は騎士団の2番隊隊長、ヨハン=イクティノスの次男、アルト=イクティノスだ。」
アルトは自身の名と家の紋章が刻まれたネックレスを見せた。
「これはイクティノス家の風を纏った剣を象ったレリーフ・・・ヨハン殿のご子息だったか、これは失礼した。
私は姫様の近衛騎士を努めているリアナ=ラングレーだ、姫様に変わり礼を言わせてほしい。」
「いや、自分もたまたま居合わせただけなので礼を言われるほどでは。(姫様?)」
「ちょっとリアナ、お礼くらい自分で言えるわよ。 こほん、では改めて・・・」
「私はミッズガルド王家の第二王女、リースリット=ロイ=ミッズガルドよ。 今日のことはありがとう、お礼を言うわ。」
「(え、王女様?まじかよ・・っていうかゲームじゃ第二王女なんていなかったぞ)王女殿下でしたか、失礼しました。」
アルトは膝をつき、頭を下げた。
「やめてよ、そんなつもりで名乗ったわけじゃないの。」
「アルト殿、今日のことは他言は避けてほしいのだが、頼めるだろうか。」
「わかっています、王女が街に出て誘拐騒ぎなんて一大事ですからね。 他の人には話しませんよ。」
「感謝する、では姫様そろそろ王城へ戻りましょう。」
「え~、でももうちょっと・・・うん、わかった帰るからそんな怖い顔しないで。」
「ではアルト殿、我々はこれで失礼いたします。」
「じゃあね、アルト。 後で改めてお礼しに行くから!」
「はい、それでは(改めて?)」
アルトは助けた少女、リースリットと別れ帰路に付いた。
その夜、今日の騒ぎについてシェリーがヨハンに問いかけていた。
「貴方、今日は街の中が騒がしかったみたいだけれど、なにかあったの?」
王都の騒ぎについて、シェリーがヨハンに問いかけた。
少し郊外にある、アルトの家にも騒ぎの報は届いていたようだ。
「あぁ、ちょっと貴賓が来られていて、その護衛に騎士団が着いたのだが、ちょっと目を離した隙にいなくなってしまってな。
その捜索で街中を駆け回っていたんだ。」
ヨハンは少し濁した形で、説明した。
「そう、大変だったわね・・・ディアスにアルトは? 何か変なことに巻き込まれなかった?」
「僕は特には、今日は友人の家でアカデミーの課題をしていたし、街には行ってないよ。」
「俺も何もなかったよ、確かに騒がしかったけどね。」
真相は知っているが、約束通り他言は避けたアルトだった。
そして翌朝、
-ダダダダダダダダダダダ-
「うぅ~ん、朝から五月蠅いな・・・」
けたたましく家の中を走る音でアルトは目を覚ました。
「アルトォォォォォォ!起きろ!!」
怒った様子では無かったが、珍しくディアスが慌てたようにアルトを起こしに来た。
「いきなり大声出す兄さんは・・・どうしたの?」
「冗談言ってないで、急いで着替えて下に来てくれ」
「???わかった、先に下へ行っててよ」
顔を洗い、身支度を整え下へ降りると、リビングには妙な緊張感が漂っていた。
父は既に騎士団へ行ったのか、不在だった。
「えっと・・・いったいどうしたの?」
「アルト、昨日は何もおかしなことはなかったと言ったわよね?」
いつも穏やかな母が困ったような少し焦ったような声色で問いかけてきた。
「う、うん・・・何もなかったけど・・・」
「ではこの方の言うことはどういうことなの?」
「この方?」
そう言われて、いつも食事をしているテーブルに目を向けると、
「このお茶美味しい、香りも良いし 王宮のメイド達にも引けを取らないわ。」
聞いたことのある声が聞こえた、その後ろで護衛と思われる女騎士が申し訳なさそうな顔で佇んでいた。
「あれ、王女殿下・・・? なんでここにいるんですか???」
「アルトおはよう、なんでって昨日改めてお礼するって言ったじゃない?」
「やっぱり昨日何かあったのね? 全部話して貰うわよ。」
「シェリー殿、ここは私が説明いたしますので、アルト殿を責めるのはどうか・・・」
護衛の女騎士、リアナがシェリーを諌めるように間に入って話始めた。
しばらくして、理解できたのか少し息を吐き
「昨日の騒ぎはそういうことだったのですね、この子が話さなかった理由も理解しました。 それで王女殿下がいらしたのはうちの子にお礼をしたいということでしたが・・・」
「そうなの、アルトに昨日のお礼も兼ねて王宮に招待しようと思って来たの。」
「姫様、それは初耳ですが王妃様はなんと?」
「御母様も賛成してくれたわ、是非会って直接お礼がしたいと言っていたわ。」
「(なんか大事になってきたな)いや、本当にそんな気にしなくても・・・」
「そうもいかん、アルト殿は姫様を救った恩人に当たるからな。」
「それは偶然居合わせたからで・・・」
「偶然でもなんでも、助けられたのは事実よ? それを無視したら王家の名折れよ。」
「ふふ、アルト貴方の負けよ。 大人しく招待を受けたほうが良いわ。」
「でも母さん・・・」
「お二人とも、招待を御受けします。 ただ、息子はそういった場に出るのが初めてで失礼をしてもいけませんので、主人も同席させていただけませんでしょうか?」
母はそう言って、父の同席を条件に王宮への招待を受けることを提案した。
「わかりました、そういうことでしたらアルトのお父様も一緒に来れるよう手配しますわ。」
リースリットもその案を承諾したようだった。
「それでは、準備ができましたら改めてご連絡いたします。 本日は失礼したします、姫様帰りましょう。」
そういうとリアナはリースリットを促し、帰路に付こうとした。
「しょうがないわね・・それじゃアルト、当日は楽しみにしててね!」
嵐のような朝が過ぎた・・・
リースリット達がいなくなったリビングでアルト達は席に着いた。
「朝から疲れた気分だわ・・・」
「その・・・昨日、話せなくてごめんなさい。」
「それはもう良いのよ、理由も分かったしね。 それよりも王宮へのご招待よ、どんな服装がいいかしら」
「いつもの服じゃだめなの?」
「公式な場では無いとはいえ、王宮に行くのだから正装して行った方がいいわよ。 後で父さんにも話しておかないと」
疲れたと言っていた母だったが、我が子が王宮に招待されたことは純粋に嬉しいようだった。
「それにしてもお前やるなぁ、どうやって助けたんだ?」
兄の関心は賊に襲われたリースリットをどうやって助けたのかに向いていた。
「えっと、まずは《速度上昇で》脚力を上げて・・・」
この日、アルトの家はリースリットを助けた時の話題が尽きなかった。
その夜、帰宅したヨハンに事の詳細を話し、王宮への同行を頼んだ。
「招待の件はリアナから話があったから分かっている、日程についても私が同行できる日をこちらから連絡するつもりだ。」
「浮かれていて忘れていたけれど、貴方が王宮に行っても大丈夫かしら? 他の貴族達から疎まれていたわよね。」
シェリーが思い出したかのように不安な表情をする。
「疎まれる?」
「アルトは知らなかったか。 うちって父さんの代から貴族になったんだよ、だから古くからの貴族には新参者って感じであまりよく思われてないんだよ。」
ディアスが説明するように、アルトの家[イクティノス家]は15年前に行われた大戦でヨハンが上げた戦功を評価された結果、爵位を与えられたのである。
新たな貴族の家が出来たことが古くからの貴族に取っては面白くなくヨハンに対する風当たりは強かったようである。
兄も詳しくは言わなかったが、アカデミーでは相当の扱いを受けたのかもしれない。
「そうなんだ・・・もしかして父さんって元は冒険者だったりするの?」
「ん? あぁ、そうだぞ。 昔は母さんや他の仲間たちと色んなところに行ったものだ。」
昔を懐かしむようなヨハンの表情は普段の父とは違って見えた。
「まぁなんだ、王女殿下の話を王妃様が承知しているというならば、国王様も恐らく知っているだろう。 他の貴族たちと鉢合わせにならないよう配慮をしてもらえるかもしれないな。 なんなら、服装はアカデミーの制服でもいいかもしれん。」
「それだったら、僕の入学時に来ていた制服がちょうどいいかもね。」
服の件は何とかなりそうだった。
王宮へ行く日はヨハンが休暇となる3日後となった。
そして招待された当日、アルトはヨハンと共に王宮に来ていた。
「うわぁ・・・遠目には見てるけど、近くで見るとやっぱり大きいね。」
「それはもちろん、王宮だからな。 色々と貴重な物もあったりするし、警備も厳重だ。」
「どこから入るんだろう?」
「今日のことは内密って事だから迎えもなかったしな、正門の兵に言えば良いとのことだが。 ん?あれは・・・」
「どうしたの?」
「いや、ちょっと見覚えのある門兵がいてな。 そういうことか」
1人納得したようにヨハンが呟くと、城門を守る兵士の1人に話しかけた。
「子爵家のヨハン=イクティノスだ、今日は約束があって来たのだが通してもらえるだろうか。」
「はい、話は聞いております、どうぞこちらへ。」
門兵に促され、王宮へと足を踏み入れた。
中庭を抜け、本殿へ向かうところを少し外れ、少し小さな建屋へと入った。
「さて、もういいか。」
そういうと案内してくれた門兵が兜を抜いだ。
「中々門兵の恰好も似合うじゃないか、アーク」
「茶化すな、他の物を介さずにお前たちを案内するにはこれが一番早かったんだ。 久しぶりだな、ヨハン。 それと初めましてかな?アルト君、この度は娘が世話になったようだね。」
「え・・・娘って王女殿下? えっと、それでは貴方が・・・」
「うむ、リースリットの父でミッズガルド王国の国王、アーク=ロイ=ミッズガルドだ、よろしく。」
「よろしくお願いします・・・え、国王様?あれ・・・?」
「おい、息子君が混乱しているぞヨハン」
「いきなり門兵が国王だと言われれば混乱もするだろう。 アルト、大丈夫だこの人は正真正銘、この国の国王様だ。」
急に自分が国王だという門兵とそれを肯定する父にさらに混乱するアルトだった。
だが、兜を抜いたその人は門兵の鎧を来ているとはいえ、確かな気品を感じられた。
「(まさかいきなり国王が出てくるとは・・・流石に焦るわ)申し訳ございませんでした、国王陛下。 アルト=イクティノスです、お会いできて光栄です。」
「ははは、君は真面目だな。 ここは公式な場では無いのだから、畏まらなくて結構だよ。 何より君はヨハンの息子だからね。」
「ではお言葉に甘えて・・・気になったのですが、父とは知り合いなのでしょうか? 随分と親しく見えるのですが。」
案内された建屋の中を進みながら、王宮に来てから疑問に思っていたことを聞いてみた。
「なんだ、話していないのか?」
「国王と知り合いなんて、冗談にしか取られないだろう。」
「そういわれるとそうか? アルト君、私と君の父上はね、冒険者時代の仲間なんだよ。 君の母上と私の妻も友人同士でね、今も変わらず仲良くさせてもらっているよ。」
「母さんも・・・うちの家が貴族になったのは父の代からと聞きましたが、それも関係しているのですか?」
「いや、ヨハンに爵位が付いたのは純粋に実力だよ。 私はもう1,2階級上でもいいと思ったのだけどね。」
「それは私情が入りすぎだろう。」
父だけでなく、母も王族と知り合いであるとは思わなかったが、互いに信頼しているのが見て取れた。
そんな話をしているうちに目的の部屋に着いたらしく、扉を開け中に入った。
部屋の中にはリースリットと護衛のリアナ、それともう一人女性が座っていた。
「貴方がアルト君ね、リースの母のアリシアよ。 今日はよろしくね。ヨハンも久しぶりね。」
「あ、リースっていうのは私のことね、家族の間ではそう呼ばれてるの。 アルトも次からはそう呼んでね。」
さり気なく自分の愛称をアピールするリースリットだった。
「今日は外から邪魔の入らないようにしてあるから、気兼ねなく楽しんでいってくれ。 リアナ、準備を頼む。」
「かしこまりました。」
リアナは一礼すると、お茶の準備を始めた。
「リアナさんは護衛の騎士ではないのですか?」
「王家直属の騎士はメイドや執事も兼ねているんだ、それに伴って訓練も受けている。」
準備をしながら、リアナは答えた。
「国外に行くときに騎士団の随行を許可しないところもあるからね、そんな場合でも王族を守れるようにということさ。」
「並みの騎士団員よりも腕の立つ者も多い、下手な団員が就くよりも安心なんだ。」
国王に続き、ヨハンも補足する。
「そうなのですね、始めて知りました。」
なるほどな・・・と、アルトは思った。
護衛に就いた騎士が実は潜り込んでいた敵国の暗殺者でした・・・では、目も当てられない。
普段からのお付きの者が腕利きであれば、その安心感はかなりのものだ。
「皆様、お茶が入りました。」
リアナが入れたお茶が人数分入ったところで、全員が席に着いた。
「それでは、リースの無事とアルト君の勇気を評して・・・」
国王が音頭を取り、全員がお茶に口を付けた。
適度な温度に茶葉の風味が感じられ、実に美味しいお茶だった。
「ふふ、やっぱりリアナの入れるお茶は美味しいわね。」
「本当だ・・・すごく美味しいです。」
「恐縮です。」
お茶に舌鼓を打つ中、国王がアルトに訊ねてきた。
「アルト君はアカデミーを出た後はどうするんだい? 確かお兄さんは騎士団に入るんだったね。」
「自分は冒険者として世界を見てみたいと思っています。」
「そうか・・・娘がえらく君を気に入っているのでね、護衛の騎士に推薦しようかと思っていたよ。」
「もー、お父様! アルトに変なこと吹き込まないでよ!!」
「ははは、では父はそろそろ政務に戻ろうかな? アリシア、後は頼むよ。」
「はい、後は任せてください。」
「それではアルト君、ヨハン、私は外すがこの後もゆっくりしてくれ。」
「はい、ありがとうございます。」
そう言うと国王は席を立ち、部屋を後にした。
「あ、私もちょっとだけ外すね。」
リースリットもリアナを伴い、席を立った。
「もう、あの娘は・・・ごめんなさいね、アルト君。 それと今回の事、改めて感謝します。」
「いえ、それについては国王様からもありましたので、気になさらないでください。」
「それから、これからのことも・・・あの娘、同年代の友達がいないの。 良ければこれからも仲良くしてあげて欲しいの」
「アリシア、仲良くとはいえ身分が違いすぎるのでは?」
「あらヨハン、イクティノス家はれっきとした貴族なのだから、問題ないわよ。 それにリースもアルト君と同じ年にアカデミーへ入るの、アカデミー内までリアナを伴うことはできないからそこで一緒に動ける人がいると心強いわ。」
「まぁ、うちの子も同年代の友達がいないからな。」
親同士の会話にアルトは居た堪れない気持ちになった。
実際、自身を鍛えることに夢中だったため、同年代の友達はいなかったのである。
「しかし、リースリット姫もアカデミーへ? 王族は専属の教育係がいるんじゃないのか。」
「それが、あの娘ゆくゆくは冒険者になりたいと言っていてね。 多分、昔から私たちの冒険の話とかしてたから、その影響かと思うのだけれど。 あの娘は第二王女だから、そこまで王族の役割に縛られる必要もないしね。」
王妃の語るリースリットの姿が自分と重なることにアルトは親近感を覚えた。
「もちろんです、自分もアカデミー入学時に顔見知りがいるのは心強いです。 しかし、その場合リアナさんはどうなるんですか? 確かアカデミーは基本寮生活のはずですが。」
「元々リアナは私のお付きだったのよ。 リースがアカデミーに入った後は戻ってもらう予定よ。」
その時、扉が開き席を外していたリースリットが戻ってきた。
「お待たせー、ちょっと時間掛かっちゃった。 何か話してたの?」
「そうね、アルト君がリースのお友達第1号になってくれるって話ね。」
「本当!?」
「では姫様、今回の件も含めて丁度良かったですね。」
「そうだね、それじゃアルト・・・今回のお礼とこれからよろしくを兼ねて、これをあげるね。」
そう言ってリースリットが差し出したのは赤い宝石が埋め込まれ、シンプルだが洒落た彫刻の施された腕輪だった。
「これって・・・王女のバングル?」
「う、うん。 私の部屋にあった中でアルトに似合いそうなのと、アルトは魔法を使うでしょ? だからそれの補助になりそうなのをと思って・・・」
王女のバングルはゲーム内で王族関連のクエストをクリアすると貰える装備の1つで、魔力への補正や火属性魔法の威力向上など、様々な効果がついていた魔法職には嬉しい装備だった。
「リースリット王女、ありがとうございます。 大切にしますね。」
「友達なんだから敬語は止めて、あとリースでいいわ。」
「わかりま・・・わかったよ、リースリット姫」
「姫もいらない! それからリ・ィ・ス!」
「・・・よろしく、リース。」
根負けしたアルトは親たちが生暖かい視線を向ける中、照れながらもリースリットを愛称で呼んだ。
「うん! よろしくね!!」
満面の笑みで手を握ってくるリースリットに不覚にも胸を高鳴らせた。
「さて良い時間ですし、そろそろお開きとしましょうか。」
「そうだな、アリシア今日はお招きありがとう。」
「あら、お礼を言うのはこちらなのだから。 アルト君、リースの事・・・これからもよろしくね。」
「はい、わかりました。」
「アルト殿、姫様はお転婆で突拍子もないことをするので苦労もあるかと思いますが、仲良くしてあげてください。」
「ぜ、善処します。」
アルトがリースリットを助けたことから開かれたお茶会は、国王との目通しや王族の友人が出来るなど、慌ただしくも楽しい時間が過ぎて行った。
そして2年後・・・
真新しい制服に身を包んだアルトとリースはアカデミーの正門に立っていた。
「さぁ!遂にやってきましたミッズガルド・アカデミー!! いよいよねアルト。」
「そんなに急がなくてもアカデミーは逃げないぞ、リース」
「いいじゃない、今日という日を楽しみにしてたんだから。」
「そうだな、それは俺も同じだよ。」
「3年後には冒険者デビュー! それから先も一緒だからね?」
「(当初の予定とは大分離れたけど・・・悪い気分じゃないな)わかってるよ、お前のフォローは俺しかできないもんな。」
「そういう意味じゃないんだけど・・・」
ぽつりとリースリットが零した言葉はアルトに届かなかった。
「ま、この2年間お互い友達もできなかったし、少しは増えるといいな?」
「そうね、友達100人できるかしら・・・」
「それはまた・・・壮大な目標だな。」
軽口を叩き、これから始まる色々な出来事への不安と期待に胸を躍らせながら、2人はアカデミーの門を潜るのだった。