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公女殿下の影武者  作者: もののめ明
五人の影武者
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 休憩後は、ダンスの練習になった。

 ここで一番苦戦したのは、リナだ。


「うっ、うっ、うっ……ごめんなさぁいぃぃぃ」


 もう何度目か分からないほど踏みまくった騎士・ジェイの足に、リナが縋り付いて泣く。


「だ、だいじょうぶですぅ、痛くないですから!」


 ジェイが頬を引きつらせながらも、必死に慰める。


「ボクのダンスが下手なせいもありますから……」

「いいんです、運動音痴なのは自覚してるんですぅ……」


 ううう、と床に座り込んだままのリナに、ベルタは深々と溜め息をついた。


「一日目ですぐ踊れるようになるとは思っておりません。焦る必要はないのですから、そんな情けない格好をせず、しっかりお立ちなさい!」

「はぁいぃぃぃ」


 厳しく叱咤され、リナはふらふらと立ち上がった。

 そちらをチラリ見ながら、アロイスが意外そうに自分のダンス相手・ヴァレンティナに話しかける。


「ヒールで歩くのにあれほど苦労していた割に、ウルラ様はダンスの基本をすぐ掴まれましたね」

「ウルラ様は、運動神経が良いですよ。コツを掴めば簡単でしょう。それにリッター様のリードも良いですから」


 隣でグレッチェンと踊っていたケリーが、口を挟む。ちなみに、ケリーは男役である。様になっていて、格好いい。


「いやー、でも、もう足が痛いです。ヒールを発明したヤツ、首締めたい……」

「ウルラ様……」

「昨日で、すでに靴擦れできまくりなんです。お説教勘弁してください~」


 咎めるアロイスに情けない声で訴えたら、彼の眉尻が下がった。予想外に優しい笑顔で、肩をすくめる。


「ふっ…、一日目でこれだけ踊れれば充分でしょう。今日はもう終了しましょう」

「やったぁ!」

「ウルラ様?!」


 思わず両手を挙げたヴァレンティナに、向こうからベルタの叱責が飛ぶ。

 しかし、ヴァレンティナは意に介さずヒールを投げ捨ててしまい、更に厳しいお小言を食らう羽目になったのだった。






 公女殿下の影武者修行が始まってから、一週間が経った。


 午前は貴族が身につけるべき教養知識等の講義、午後は貴族らしい振る舞いやマナーの実践講義が続けられていた。そして今日から、午後の実践講義でヴァレンティナだけ別枠が設けられることになった。講師は、イーラ。

 理由は簡単だ。

 ヴァレンティナに、女らしさが圧倒的に欠けているせいである。


「無理に女らしくしようと考えないでください。言葉遣いも、です。女も男もなく、ただ、丁寧な動作と言葉遣いを意識するだけで構いません」


 実践を始める前に、イーラが言う。


「丁寧な動作……」

「はい。そして、常に誰かから見られていると意識して、指先、足先まで神経を巡らせるのです」

「……イーラ様も公女様も、毎日、そんな状態で生活してるんですか?すっごい疲れませんか?」


 顔をしかめながら尋ねると、イーラは小さく笑った。


「慣れれば、それが普通になりますよ」


 そんなのが普通になるまで、年単位の日数が必要な気もする。ただ、それを今言っても仕方がないので、ひとまず実践を始めることにした。

 ヴァレンティナとイーラは向かい合ってテーブルにつき、更にイーラの横には鏡が置かれる。


「わたくしの真似をしながら、鏡で自分の動きも確認してください」


 なるほど。

 これならば、分かりやすい。


 ということで、まずは紅茶の飲み方からだ。

 イーラはカップを持ち上げる仕草だけでも、洗練されていて美しい。

 ヴァレンティナも同じように持ち上げたつもりだが、鏡の方を見ると、動きはぎこちないし、指先が全然美しくなかった。

 鏡で指の位置を確認しながら、イーラと同じような角度に調整してゆく。


「イーラ様も、こんな風に公女様の真似をしていったんですか?」


 たかが紅茶を飲むだけで四苦八苦しつつ、ヴァレンティナは疑問を口にする。イーラは、軽く首を横に傾げた。


「わたくしは……幼い頃から殿下と一緒にいましたから。いつの間にか自然と仕草が似ていたので、あまり殿下を前に練習することはなかったですね」


 無駄口を叩くなと言われるかと思っていたら、答えてくれた。なので、調子に乗って更に質問を重ねる。


「小さいときから、影武者をしてたんですね。すごいなあ」

「影武者を務め始めたのは、もっと後ですよ。一度、殿下が危険な目に遭ったので、二度とそんなことが起きぬよう、その時からわたくしが影武者になったのです」

「…………命の危険があるのに?」

「もちろん、殿下の命が危険だからです」


 大事なのは、公女殿下であって自分ではない。

 そう言外に断言されて、ヴァレンティナはらしくなく目を宙にさ迷わせた。


「でも……」


 続ける言葉に困っていると、イーラは驚くほど軽やかに微笑む。


「わたくしの命は、元々、殿下に拾ってもらったようなものなのです。殿下の身代わりが出来るなら、これほど幸せなことはありませんわ」

(……小さいときから一緒だった人が、身代わりになるなんて……自分だったらイヤだ)


 だけど、公女様ともなれば、そんなことは言ってられないのかも知れない。

 影武者修行を始めてから、きらびやかな偉い人達の世界の裏側がだんだん見えてきて、なんだか複雑な気持ちだ……。


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