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公女殿下の影武者  作者: もののめ明
五人の影武者
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 一ヶ月が経ち、気がつけばヴァレンティナもリナもグレッチェンも、それなりに貴族らしい雰囲気が出るようになっていた。朝から晩までみっちり特訓すれば、案外、なんとかなるようである。

 とはいえ、教師役のイーラ、サーラ、ラウラ達の苦労は並大抵ではない。


 イーラは、ほぼヴァレンティナに掛かりっきり。

 サーラは、雲隠れした公女殿下の代わりに公務もしているらしく、朝、少し離宮に顔を出してはすぐに公宮へと戻り、その後も行ったり来たりを繰り返している。

 おかげでラウラは、教養講義に加えて、イーラ・サーラの代わりにリナとグレッチェンに貴族らしい振る舞いの実践講義まで行っている。


「わたくしはイーラ様やサーラ様と違って、公女殿下の動きのクセは存じません。でも、帝国の皇子もそこまで知りませんでしょう」


 いつもと変わらず、優しい笑みを浮かべながら言う。


「何も五人そっくり同じになる必要なんて、ありませんわ。公女らしい振る舞いが出来れば、充分です」


 そう断言するが……“公女らしい振る舞い”は、なかなか難しいものだ。

 この頃は休憩中の雑談さえ、公女らしさを求められて、平均的に成績の良かったグレッチェンでも疲れを見せるようになっていた。

 恒例となった三人だけの温泉での湯浴みでは。


「あああ、もうっ!」


 グレッチェンの叫びが浴室内に陰々と響く。


「公女様なんか、なるもんじゃないわ。庶民って、なんて自由なの!」

「ホントもう……ときどき、自分が何しゃべってるか、さっぱり分かんない……」


 リナもぐってりと湯船縁にもたれる。


「アルラ様、スーラ様。お言葉が乱れているようですが?」

「ティーナ?!イヤだ、元に戻ってぇぇぇ!」


 澄ました顔でヴァレンティナが言葉遣いを注意したら、リナが本気で泣いた。

 ちなみに、ティーナはヴァレンティナの愛称である。


「冗談だってば」

「今、その冗談はタチが悪すぎるわ」

「ごっめーん。でも、オレ、最近、夢の中でもお貴族様やってるようになっちゃってさー、めっちゃ怖いんだよ。なんか、公女様の霊?に乗っ取られた!!!みたいで」

「あたしは、夢の中にもラウラ様が出てくるわ。にこにこにこ~ってすんごい笑顔で“あら?ごめんなさい、今、聞き取れませんでしたわ。もう一度仰っしゃって?”って……」

「ひぃぃぃぃ…………!」


 グレッチェンが震え上がる。


「イヤ~、わたしまで夢に見そう」


 三人は顔を見合わせ、深い深い溜め息をついた。


「これだけ力を入れて準備してるから怖くて聞けないけどさぁ、もし……帝国の皇太子様に即効で偽物ってバレちゃったらどうなるんだろ」

「え……ヤダ、わたしだってそれ考えたくないのに。アロイスに斬られちゃうとか……?」

「うわぁぁぁぁん、せめて……せめて最期に、家族に会わせてぇぇ」

「ダメよ、リナ!失敗するって決めつけちゃ…!!」






 湯浴み後、ヴァレンティナは一度部屋に戻ってから、本を持って図書室へ行く。この一ヶ月のルーティンだ。

 図書室には、いつも通りアロイスが戸口に立ち、中にはサーラとラウラがいた。たまに、イーラがいる場合もある。毎日、その日の講義の成果や翌日の予定を詰めているらしい。

 相変わらず凛とした佇まいだが、サーラの目の下には薄いクマが見えた。


「失礼いたします」


 入口で、丁寧に膝折礼をして入室する。


「サーラ様。この本、とても面白うございました。特に北国の生活習慣が興味深くて……熱いお茶さえ一瞬で凍るような寒さは、正直、想像つきませんが」

「ふふ、そうね。わたくし、暑い国も苦手ですけど、自分の息まで凍るような国では、一日も耐えられないと思いますわ」


 本を返すとき、よく感想を聞かれるので、この頃は先に言っている。

 サーラが渡してくれる公宮図書室の本は、様々だ。自由時間はそんなにないので、まだ十冊ちょっとしか読めていないが、読みやすい薄めの娯楽本を選んでくれているようだ。その本と、離宮の図書室にある真面目な学術書を合間に少しずつ読み進めている。


「貴方は、冒険譚や旅行記が好みのようね」

「サーラ様は、恋愛小説がお好きなんですね」

「そ、そんなことはないわ。偉人伝も好きよ」


 最初に恋愛小説を一気に三冊も貸してくれたし、その後も「この中からお好きなものを選んで」と持ってくる中には必ず恋愛物が含まれている。だから、ヴァレンティナはサーラが恋愛小説大好きだと踏んでいた。

 くすくすとラウラが肩を震わせる。


「サーラ様は、お姫様と騎士が結ばれる話とか、お好きでしたわね」

「ラウラ様!」


 真っ赤になったサーラが叫ぶ。

 こんな取り乱した彼女を見るのは初めてだ。年相応の可愛らしさが垣間見えた。


「ラウラ様も恋愛小説はお好きですか?」


 とはいえ、あまり深く聞くのも気の毒に思って、ヴァレンティナは話の矛先を変える。

 ラウラは、可愛らしく首を傾げた。


「社交界デビューをした頃は、そういう本ばかり読んでいましたけど……今は、全く読みませんわね。どちらかといえば、怖い話が好きですわ」

「怖い話?」

「背筋も凍るような怖い話、大好きなのです。一人で夜に読んでいたら、ちょっとした物音でもビクビクしますのよ」

「……そ、それがイイんですか?」

「生きてる!って実感がしませんこと?恋愛物は甘すぎて、わたくし、胃が重くなってしまって」


 春の陽射しのような穏やかなラウラの好きな話が、背筋も凍るような怖い話とは。人の好みは分からない。


「あ、せっかくですから、明日、わたくしオススメの恐怖小説を持ってきますわね!眠れなくなること、請け合いです」

「や……申し訳ありません……わたくしはあまり怖い話が得意ではなくて……」


 思わず引きつりながら、慌てて固辞させてもらう。眠れなくなるほど怖い話なんて、その後、一生引きずってしまいそうだ。

 しかし、ラウラは目を輝かせて、ヴァレンティナの手を取った。


「首の無い騎士が、毎晩“俺の首は何処だ……”って彷徨ったり、毒殺された王女が犯人を探して血を吐きながら迫って来たり、そういうのがたくさん載っていますの。しかも、実話らしいですわよ?」

「ラウラ様、止めてくださいませ!」


 サーラが悲鳴のような声で制止をかける。

 止めなければ、目をキラキラさせてまだまだ語り続けそうな雰囲気だった。


(ラウラ様に怖い話を振るのは厳禁だ……)


 リナやグレッチェンはマナー実践講義でのラウラが怖いようだが、彼女の真の怖さは、まだ本当に表面には表れていないのかも知れない。






 帝国から、皇太子がやって来るまで後三日。

 現在、影武者修行は追い込み真っ最中である。


「ダンスは、もう完璧ですな」


 綺麗に揃えられた口ヒゲも髪も真っ白な老齢の男性が、満足そうに頷く。

 彼は、コンラート・ベック。執事だ。


 離宮と公宮を行ったり来たりするサーラに護衛としてアロイスが付き添うため、ダンスの相手が足りなくなり、急遽、ダンス要員として加わった人物である。

 女官長のベルタよりもだいぶ年上のようだが、背筋はピンと伸び、動きもきびきびしていて、年を感じさせない。何より、ダンスが非常に上手くて教え方が良い。おかげで、一番下手だったリナも、今は上手に踊れるようになっていた。

 また、明るくてユーモアがあり堅苦しくないので、ヴァレンティナ・リナ・グレッチェンの三人娘には大人気である。


「可憐な姫様方とのダンスの日々がもう終わりだと思うと、じいは心が引き裂かれそうな心地です……」

「ああ、コンラート。わたくしも淋しいわ」

「帝国の皇太子より、コンラートとのダンスがいい……」

「おお、勿体ないお言葉ですな。じい、あまりの幸せでコロッとあの世へ行きそうです」

「いやだ、そんな言い方は止して」


 爺さんを、同じ顔の三人が囲んでちやほやする図。


「何故、コンラートがあんなにモテるの……」


 理解出来ず、イーラとサーラは並んで呆然としている。

 そこへ、ベルタの厳しい声が飛んできた。


「まだ休憩時間ではございませんよ!もう一度、ダンスを……」

「ベルタ殿、ベルタ殿。そんな険しい顔をなさらず。眉間のシワが増えますぞ~」

「…………!」


 実は、コレがコンラートのモテモテ原因である。

 ベルタは、コンラートに弱い。ラウラも然り。長年、公宮に勤める彼は、ベルタの娘時代や、ラウラの幼少期をよく知っていて、二人は強く出られないようなのだ。つまり、コンラート無双なのである。

 そして、コンラートは三人娘に甘いので、おかげで前述のような光景がこのところよく繰り広げられるようになったという訳だ。イーラとサーラは、ダンス時間にはそれぞれの用事を片付けていたため、モテモテコンラートを見たのは今日が初めてである。想像もしていなかった図に、ただただ目を白黒させている。


「まあでも、もう一度、ダンスを踊りましょう。じいが姫様方と踊れるのも、あとわずかですからのう」

「はぁ~い!」


 元気良く声を揃えて三人は返事し、「わたくしがコンラートと…」「いいえ、わたくしですわ」と取り合いを始めた。

 ほっほっほ、とコンラートが嬉しそうに目を細める。


「意味が分からない……」


 心から呆れかえった呟きがサーラから漏れた……。

異世界[恋愛]ジャンルへ分類してるのに、いまだお相手が出てきません。おかしい…。

今週いっぱい、頑張って毎日更新しても、皇子様の出番が週末に間に合うかどうか。

皇子さまじゃなく、じーちゃんがモテてどうする!?

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