夏の終わりに野良猫の声。
中学一年の夏休み、殺人事件がおきた。
そして一人の少女が消えた。
これは一人の少年が夏休みに経験した恋の終わりの物語。
注:この短編は同作者の『人殺しの野良猫さんと私』という短編と同じ舞台、同時間軸を別の人物視点で描いたものです。
この作品単体で読んでも問題ありませんし、どちらから読んでも問題ありませんが、オススメは人殺しの野良猫さんと私からになります。
僕の住む街で殺人事件がおきたのは今から二週間前、中学一年の夏休み真っ最中の事。
被害者は前科持ちでいろいろな悪事をはたらいてきたとかいう四十代の男と、その場に居合わせた二十代のお巡りさんらしい。
悪い人が殺されるのは自業自得とか因果応報だって両親は言った。
だけど罪もないお巡りさんが殺されたのは悲しい事件だったって。
僕には良くわからない。
人は皆平等じゃないの? 罪を犯した人は更生する為に罰を受ける。罪の重さによって変わるんだろうけれど、死刑になるってよっぽどの事だ。
僕が分からないのは、その悪人は死刑になるほどの事をしてきたのかって事と、仮にそうだったとして法的に死刑になるのと誰かに殺されるのでは全く違うって事。
死刑になるのは仕方なくて殺されるのは駄目。
殺した人が殺人という罪を背負うから。
罪を犯していても罪のないお巡りさんでも同じ人の命には変わりないのに、今までの素行次第で価値が変わって、また死に方によっても変わってしまう。
人の命ってなんだろう?
僕は良くわからない。
良いのか悪いのかも分からない。
事件があってすぐ僕のクラスメイトが一人行方不明になった。
そして、そこでも別の殺人事件がおきていた。
居なくなったクラスメイトは女の子で、ここだけの話だけど僕はその子の事が好きだった。
時々帰り道で一緒になるといろんな事を話したけれど、みんなの前では一切話す事は無かった。
その子はみんなから嫌われていたし、避けられていたし、なんならイジメだってあった。
僕はそれがとても気に入らなかったけれど、何も出来なかった。勇気が無かった。
本人は特に気にする素振りもなくただただ平坦に毎日を過ごしていた。
その姿がとても強く、それでいて儚く見えてなんだか野良猫のような子だなと思った。
その子の父親は昔子供を殺したとかの裁判で先日死刑になって、法的にこの世を去った。それがイジメの原因なのかもしれない。殺人者の娘だから。
そして彼女が居なくなった日、その家の二階で彼女のお母さんが殺された。
ごく短い期間にその一家全員が消えてしまった。
警察からは強盗、もしくは少女に乱暴目的で侵入し、母親を殺して娘をさらった可能性が高いと発表があったけど、犯人はまだ見つかっていない。
僕は見つかって欲しくないと思っている。
彼女には会いたいし、今までの事を謝りたいと思っているけれど、きっともう二度と会う事は無いだろうし会っちゃいけないんだと思う。
だって、彼女は母親を殺されて犯人にさらわれたんじゃないから。
母親を殺したのはきっと彼女だから。
彼女が居なくなる前の日、僕は偶然帰り道であの子を見かけて話しかけた。
その時彼女は、もうすぐさよならだと言っていた。
僕は彼女が引っ越しでもしてしまうんじゃないかと思っていたけれど、今になって思えば……。
もしかしたらあの時既に母親は死んでいたのかもしれない。
彼女が母親を殺したんじゃないかと思った理由はもう一つある。
悪い人が殺された事件……殺された悪人は銃で撃たれていたのに対し、お巡りさんは刃物で何度も刺された事が死因らしい。
警察は同一犯の方向で調べているらしいけれど、彼女の母親が殺された事件とは関係無いと思ってるそうだ。
なんで僕がそんな事を知っているかといえば、ただ単に僕の兄が警察官で世間話のついでに教えてくれたから。
兄は「内緒な?」と笑っていたけれど、確か捜査情報の漏洩って罪になるんじゃなかったっけ? どうでもいいけど。
そんな事より、どうして同時期におきた二つの事件を結び付けないのか謎だ。
だって……。
彼女の母親も刃物で滅多刺しだったのに。
死因が同じでも場所と状況が異なれば同一犯の線は薄れるんだろうけど、僕は思う。日本で銃による殺人がおきた事ばかりクローズアップされて、そこに焦点が当てられているけれどそれは違う。
むしろその銃殺された男だけが異質なんじゃないの?
彼女の話を聞いていた僕だから二つの事件に関係があると思ってしまうだけなのかな?
結局、その後も捜査は難航しているらしい。
銃殺された男、刺殺されたお巡りさんについては何も分かってないそうだ。
ただ、彼女をさらい、母親を殺した犯人はなぜか捕まった。
僕の考えは間違っていたのかな? 本当に彼女が犯人じゃなかったのかな?
分からない。でも、僕は彼女が犯人だと思いたかった。
なぜなら、捕まった犯人が本物だとしたら、彼女が酷い目にあわされ、もしかしたらもうこの世に居ないかもしれなくなってしまうから。
犯人は犯行を否定しているし、彼女の事も知らないと言ってるらしい。
だけど、警察が公開した映像に僕は震えが止まらなかった。
監視カメラ。
彼女の家の近くのコンビニ前にあった監視カメラが、少女を背負った背の高い男性を微かにとらえていたらしい。
映り込みは距離があり、背負われているのが彼女かどうか判別は難しい。
たけど、確かに逮捕された犯人は風貌が似ているように思う。
背が高く、髪は長め。
逆に言えば共通点はそれだけだった。
だけど、逮捕に至ったのには証拠がある。
逮捕された男は最近この街に越してきて、近くの金物屋で事件数日前に刃物を購入している。
そして、何より……。
男の娘は、以前彼女の父親に惨殺されていた。
当の父親は死刑になったが、恨みが消えずその家族を狙った犯行ではないかという事らしい。
確かにそう言われたらそうなのかもしれないと僕でさえ思った。
兄も、両親もそれを信じた。
でも、本当にそうなのかな?
引っ越して来たばかりだったら生活用品を買うのは当然と言えば当然だし、家族を狙った犯行にしても今更すぎる気がする。
更に数日後、未だ犯人は犯行を認めてはいない。
ただ、容疑は増えた。
お巡りさん刺殺事件との繋がりをやっと調べ始めたらしい。
今は犯人の周辺に暴力団とか反社会勢力とかの繋がりが無いかを捜査してるんだと兄が言っていた。
銃を手に入れる事が出来そうな繋がりが見つかったらきっとそちらの事件もその犯人のせいにされるんだろう。
もし、もしもお巡りさんを殺したのが彼女だったとしたら。
その場合銃で殺された男は何者で、その犯人は誰?
さすがに彼女に銃を用意する事なんて出来ないだろう。
僕は彼女の無事を祈り、そして真実を知りたくなった。
どうにかして彼女に繋がる情報を手に入れられないだろうか?
せめて、無事だけでも確認したい。
僕の中で諦めていた再会への気持ちが、安否確認という大義名分に後押しされているのを感じた。
こうなったら僕が彼女を見つけてやる。
僕はあの子が母親を殺していても気にしない。
仮にお巡りさん殺害の犯人だったとしてもどうでもいい。
きっと理由があったに違いないのだから。
理由があるのなら問題無い。
僕が受け止める。
僕なら受け止めてあげられる。
支えになりたい。
本気でそんな馬鹿な事を考えた。
きっと彼女への恋心と、自分だけが理解者になれるという優越感で熱に浮かされたんだろう。
僕は彼女の足取りを調べるためにいろんな方向から調査を開始した。
だけど中学生の僕にできる事なんてたかが知れていたし、兄から得られる情報も今捕まっている犯人に関しての事ばかりだった。
僕は諦めなかった。
夏休みが終わりに近付いても、まだその気持ちは冷めずむしろ強くなっていった。
それなのに。
とある記事を見つけた瞬間、僕は怖くなってしまって、全てを諦めた。
僕と彼女は住む世界が違った。
僕が受け止めてやれるなんて思い違いも甚だしい。
僕の本能が、恋心を押し潰した。
そうして僕の初恋は一瞬で終わりを告げた。
誰にも言えない嫌な予感を抱いたまま、僕はこの先生きていかなければならない。
こんな事なら気付きたくなかった。
知りたくなかった。
確認する事すら怖い。
これ以上、何も知りたくない。
確定しなければそれは『そうだったかもしれない』で終わりにできる。
真実を知る事が救いにならない事だってあるんだと僕は初めて知った。
図書館で見つけた過去の事件の記事にはこう書いてあった。
犯人の男性は幼い少女ばかりを狙って十五人を殺害。
その全てが、刃物による刺殺。全身を複数回刃物で刺された事による失血死。
性的虐待を受けた形跡は無し。
世間を騒がせた連続殺人事件だが、犯人が自ら通報、出頭した事で幕を閉じた。
どこかで、野良猫の鳴く声が聞こえた気がした。
夏が、終わる。
お読み頂きありがとうございます。
こちらを先に読んで、なんだこりゃとなった方は是非『人殺しの野良猫さんと私』を読んで頂けると有り難いです。
ウケ度外視で書いた自己満足系作品ですが少しでも読者様に何か残るものがあれば幸いです。