王子が起こした断罪劇を王子の側近が逆に利用し成功した話
よろしくお願いします。
リリアーヌ嬢とはじめて話したのは、彼女を王太子殿下から助けた時だった。殿下が、彼女を襲おうとしているのを助けたのだ。側近として殿下を長年見てきたから女好きなのは知っていたが、学園内でそれはダメだ。殿下は娼館にも、行っているはずなのに。怯えているであろう彼女を見たが、いつもと同じようにニコニコとしていた。俺は、それがすごく怖かった。庇護欲を誘う愛らしい容姿をした彼女が笑っている。それだけなのに、とても怖かった。しかし、目が離せなかった。怖いもの見たさとでもいうのだろうか。しばらく動けなかったが我にかえって声を掛けた。
「リリアーヌ嬢。大丈夫ですか?」
「ええ。平気ですわ。ありがとうございます。」
そう言って去っていった彼女を忘れられなかった。
リリアーヌ嬢の事はもちろん知っていた。最近、殿下のお気に入りの子だからだ。しかし、俺は話したことがなかった。しかし、あれからどうにも彼女の事が気になって仕方がない。
だから、彼女について調べた。彼女は、伯爵とメイドの娘として生まれ、最近まで平民だったという噂があった。それにしては、マナーがしっかりしている気がするが、学園に入るまで誰も彼女の存在を知らない。謎の多い女性である。リリアーヌ嬢の成績は平均。いつも真ん中らへんだった。でも学園ですぐにわかる情報には限りがあって、彼女の後をつけた。殿下が、街にいるお気に入りの娼婦にあいに学園を休んだ日だったから、邪魔は入らない。罪悪感はあったが好奇心が勝った。彼女は図書館にいて本を読んでいた。気配を消して彼女を見る。すると、リリアーヌ嬢はこちらをむいてにっこりと笑っていたのだ。その仮面のような笑顔がこわい。
「何か御用ですか。」
「リリアーヌ嬢。気付かなかった。こんなところで会うとは奇遇ですね。」
俺はそう言うしかなかった。彼女はクスッと笑って
「そういうことにしておきましょう。」
と言った。気まずい。
「何の本を読まれていたのですか?」
「これですよ。」
そう言って彼女が見せた本はその道の専門家が読むような難しい本だった。
俺は、特進クラスだがその中でこれを理解出来る人はいるのだろうか。
ましてや、普通科なんて絶対にいてはいけないはずだった。彼女の成績も平均なのに理解できるのか!? テストで手を抜いているのかもしれない。
「これを?」
「ええ。面白いですよ。もし、良ければカフェでお話しませんか?」
そういう彼女の言葉にのせられた。
俺は、純粋に彼女に興味を持ったのかもしれない。
「いいですね。どこがいいでしょうか。」
「今話題のカフェに行ってみたいのですが。」
「では、そうしましょう。リリアーヌ嬢、帰りにでもどうですか。」
「ええ。ですが一度家に帰ってからでも?荷物をおきたいので。装いも変えたいですしね。」
「それはそうでした。では、時間を決めておきましょう。」
「ええ。承知しました。」
***
俺は、約束より少し早めの時間にカフェの前にいた。装いは、平民のものより少し上等な服だ。少し浮いている気もするが、変だろうか?
彼女も俺も、お互い婚約者はいないが、二人で会う所を王太子殿下に見られたらと思うと心配だった。
「おまたせしました。では、行きましょうか。」
「え、ええ。」
俺と違って、しっかりと平民にとけこむような服装をした彼女は、ニコニコと笑ってそういった。俺の格好を見て、貴族だと分かったのだろう。カフェの店員は、二階の個室へ通した。席につく。そして、彼女の顔から表情が抜け落ちた。無と表すしかないその顔はのっぺらぼうのようで俺は冷や汗が流れるのを感じた。その顔でこう尋ねてきたのだ。
「あなたは、第二王子派につきたいのでしょう。違いますか?」
何とも言えず返事につまった。
「とりあえず聞いてくれるださるだけで結構です。あなたは、本当は王太子の側近になりたくなかった。しかし、爵位の高い人々が理由をつけて側近の話を断りあなたにお鉢が回ってきた。爵位の低いあなたの家は王家に逆らえずに側近となった。そうですよね?」
「爵位の高い方々が健康上の問題などを理由に辞退されたのは事実です。」
「まあ、それはいいのですが。私は、あなたが私の存在を容認している理由について考えました。王太子のためを思うなら、私はいない方がいいはずです。筆頭公爵家であり、絶大な権力をもつサンズ家の娘セレーナ様は王太子の婚約者。サンズ家は王太子派の代表です。しかし、これが王太子の一派から抜けたらどうでしょう。その下についていた貴族達もぬけ、第二王子派が一気に有利になります。ですから、サンズ家が王太子の浮気におこって婚約を白紙にすれば王太子の地位は揺らぎます。王太子のためを思うなら私の存在はリスクしかありません。ちがいますか?」
「だとしたら、何ですか。リリアーヌ嬢。」
「続けましょう。あなたは私の存在で、セレーナ様と王太子が婚約破棄してくれたら嬉しいと思っているのでしょう。第二王子派につきたいあなたにとって王太子が失脚しても問題はありません。上手くいってくれれば、御の字。ダメで元々といった感じでしょうか。」
「…」
「沈黙は、是としてとらえますね。」
そう言って、彼女は笑った。それは彼女が自分と同い年なのだと分かる年相応のあどけない笑顔だった。そこから、彼女は表情豊かに話し始めた。
「一つの計画があるんですよ。これが成功すれば、それを手土産に第二王子の派閥へ入れてもらえるでしょう。」
そういう彼女の一言で、心は決まった。ずっと、王太子という泥船から第二王子の方へ移りたいと思っていた。第二王子に受け入れてもらうためにここ最近頑張ってきたといっても過言ではないのだ。
「そういうことなら。話を聞かせてください。」
「もちろんです。計画はいたってシンプルです。王太子に婚約破棄をさせる、これです。卒業パーティーで確実に婚約破棄をさせるんです。」
「はぁ。でも、それが出来ないんですよ。また、婚約破棄してもサンズ家をとりこめる可能性は少ない。良くて中立でしょう。傀儡にするには王太子ほどいい人はいませんから。第二王子は、操り人形にするには優秀すぎます。また、他の公爵家とは圧倒的に権力に差がある。娘を王太子に嫁がせなくても、王太子派の中での地位は高いでしょう。
それから、王と王妃は王太子を盲目的に愛している。廃嫡はしないと思われます。」
「あなたが、事前に第二王子に情報を流せばどうです?」
「なるほど。第二王子の手腕にもよりますが、取り込む作戦を立てておき、婚約破棄の後に行動に移せばサンズ公爵家を入れられる可能性はあると。」
「そうです。ゴタゴタの中で持ち掛ければ平時より勝算はあります。また卒業パーティーの出口を封鎖すれば、情報の拡散もほとんど防げるので、一時的にですが第二王子に有利な情報を貴族の間に流すことも可能ですね。」
「確かに…」
「しかし、今の話は一応です。計画についてちゃんと考えているよ、というあなたへの私からのアピールです。
サンズ公爵家は、王太子の派閥を抜けるでしょう。そして、中立か第二王子の派閥につくでしょう。」
「は?リリアーヌ嬢、どういう事ですか。」
「王太子を廃嫡させます。」
「そんなことが?」
「ええ。まあ、これは王太子が馬鹿だったらできる事ですけどね。
婚約破棄の書類に廃嫡するような文言をまぜて、王家の代表としてサインさせればいい話です。」
「あなたが敵だったら、恐ろしいですね。リリアーヌ嬢。」
「お褒めにあずかり光栄です。」
「リリアーヌ嬢。どのように王子に婚約破棄させるのですか?」
「あぁ、それは私に任せてください。確実に、卒業パーティーで婚約破棄するための断罪劇が起こるとだけ言っておきましょう。」
「……分かりました。
この計画がうまくいったら私からリリアーヌ嬢へできることはありますか。貸し借りは0にしたいたちなので遠慮なくおしゃってください。」
「いい人ですね。では、遠慮なく。あなたの名義を貸してください。」
「はい?どういうことですか?」
「実は、婚約破棄のときセレーナ様の慰謝料を受け取る人を検討しておりまして。」
「はあ。」
「サンズ公爵家名義にすると、お金がセレーナ様の元にいきません。公爵は、セレーナ様にお金を渡さないでしょうから。
ですので、あなたを受け取り先と記載しておきたいのです。そして、受け取ったお金をセレーナ様に渡してほしいです。」
「ですが、卒業パーティーを行うその日に成人したと認められます。卒業パーティー当日はセレーナ様ご本人の名義で受け取りが可能では?」
「諸事情で、国外にいる可能性がありまして。基本的に慰謝料の支払いは現金でしょう? ですから、国内で信用できる人に受け取ってもらい、都合のいいときに受け取ろうと思っております。」
「セレーナ様が了承されているのなら構いません。」
「ありがとうございます。では、後日セレーナ様もまじえて話し合いの場を設けましょう。」
「ええ。しかし、婚約破棄の話も全て、リリアーヌ嬢にメリットがあるのですか?」
「メリットはありますよ。親友のためと自分のためです。それと、この国のためでもあります。」
「この国のためになるのは、分かりますが…私には、リリアーヌ嬢が愛国精神の強い方とは思えない。」
「何だ、私の性格分かっていたんですか。親友が、
『私はねぇ、王太子殿下の事は本当に嫌いなんだよ。女を何だと思ってるんだろう、って感じ。あんな人に絶対に嫁ぎたくないし、あれがこの国の王様になるなんてねぇ。不安しかないわ。この国の事は好きなのに。廃嫡されないかな、とか思っちゃうんだ。私は、冷たいのかな?』
と言ってたんです。
親友が国のためを願っている。私もそれに応じたまでです。それから、私は旅をしたいのですが、あの王太子が王になれば私は犯罪者として手配されるでしょう。第二王子に恩をうっておけばそれはないかな、と。むしろ優遇してもらえたりするかな?と思ったんですよ。犯罪者として旅は辛いですから。まあ、なんだかんだ言って王太子のことが嫌いなのも大きな理由ですが。」
俺は、リリアーヌ嬢の親友がセレーナ様だと分かった。セレーナ様に友達がいて良かった。俺には、リリアーヌ嬢のように彼女のために行動する勇気はないけど、婚約破棄でセレーナ様が幸せになれるならそれでいい。婚約破棄でセレーナ様が傷つくのではないかと心配だったのだ。セレーナ様は優しいいい人だ。しかし、気恥ずかしくてそれはリリアーヌ嬢に言えなかった。
「そうですか。では、第二王子に情報を流す時リリアーヌ嬢の話もしておきますね。」
「いえ。それはやめてください。有能だと思われて、国に縛り付けられても困るので。官吏になんてなりたくないです。全てが終わった後に話してください。えっと、証拠にはあなたが持っている録音機を提出してくださっても構いませんよ。録音機なんてハイテクな道具があるなんて進化しましたね。最近小型化に成功したのでしょう?」
「え。リリアーヌ嬢何でそれを⁉しかも、録音機の情報は国家機密ですよ。何故知ってるのですか。」
「女は、秘密があるから魅力的なんですよ。ふふ。じゃあ、失礼。」
そう笑う彼女の顔は、とても綺麗だった。心のそこからの笑顔だった気がする。そして分かった。彼女は、いつも笑顔をはりつけていたのだろう。そして、心の内を見せないようにしていた。笑顔は彼女の鎧だったと思う。もう少し話がしたくて呼び止めようとしたが彼女はもういなくなっていた。それにしても、あの可愛らしい外見と中身のギャップに驚いた。国家機密がばれてたし。
***
卒業パーティー当日。第二王子にも、婚約破棄の情報をながし、あとは王太子がどう行動するかだけだ。リリアーヌ嬢ならめったなことは無いと思うが……これが失敗すれば自分はどうなるのだろう。王太子を溺愛する王たちに殺されるかもしれない。リスクは承知で話はのっていたはずなのに、悪いことばかり考えてしまう。今更ながら、婚約破棄をさせる方法を聞いておけばよかったと後悔した。不安で押しつぶれそうなときに、まとわりつく令嬢がうっとうしくて、部屋のすみに移動した。悪い汗がふきだしてくる。王太子といるリリアーヌ嬢はいつもと同じ顔をしていて、それに舌をまいた。リリアーヌ嬢は緊張を感じないのか?
「セレーナ・サンズ公爵令嬢。お前との婚約を破棄させてもらおう。」
ついに、王太子がそう言い始めた。よしっと出そうになる声を抑える。話を聞いていると、セレーナ様は平民、と言っていた。もしかして、リリアーヌ嬢はセレーナ様と旅に行くのか? でも、もう俺には関係のない事だ。俺はすっかり安心しきって、ただボーとしていた。
***
後日、王太子は廃嫡された。王太子がサインした書類に、慰謝料が払えなければ強制労働、とあったのである。強制労働のさい身分を全て捨てなければならないという決まりがあった。王はその決まりを捻じ曲げようとしたが、サンズ家を取り込み実質的に全ての貴族を味方につけた第二王子はそれに反発。結果、王太子は廃嫡になった。素行が悪かったのも、廃嫡の理由とされた。
そして、俺は功績から第二王子の側近となった。最初の仕事はサンズ家の不正を暴くことだった。完全にはさばけなかったが以前に比べればその力は弱体化したと思う。でもまだまだ、かなりの権力を持っている。
また、強大な後ろ盾を得た第二王子の発言力は王以上といわれ、実質的に彼が国を統治している。内々に、王と王妃が隠居することが決まった。
そうそう、俺には婚約者が出来た。普通の女の子だ。リリアーヌ嬢のような庇護欲を誘う容姿の女の子が最初の婚約者候補だったが、怖くて辞退した。また、かなりの美女も候補にいたが、元王太子が以前好きだった女性に似ていて、辞退した。同じ側近でも第二王子の側近になった途端見合い話が山ほどとびこんできたのだから驚きだ。しかし、結局俺は、可愛い女性にはトラウマを持っていて平凡な容姿の女性しか安心できなかったのだ。今の、婚約者はとてもいい子で優しいし大好きだ。普通が一番である。
余談だが、リリアーヌ嬢と話している音声を第二王子に聞かせたら、泣いて悔しがっていた。こんなに有能な人をみすみすこの国から逃してしまうなんてと。リリアーヌ嬢も、セレーナ様も消えたと一時期話題になったが、第二王子は二人が国外へ旅しにこの国を出ていったことを知っている。リリアーヌ嬢の予想通りなんて、彼女は本当にすごい人だ。彼女とは、セレーナ様の慰謝料を受け取りに来た時に会う機会はあるだろう。でも、彼女と話すのは少し怖い気がする。
取り合えず俺は、今の婚約者と仲良くしたいのものだ。
ありがとうございました。