第2話「無重力の茶」
スラッグは茶を飲みながら漂う。
穏やかな時間、まるで夢のようだ。
実際、それは夢だった。睡眠タンクの中で体が管理されているのだとスラッグはすぐにわかった。冷凍睡眠装置は空気や食料の節約になる。スラッグは基本的に眠らされていた。起きているだけ赤字だからだ。
重力発生装置をつけられない質量の小さい宇宙船だ。それでも多すぎる蛞蝓を載せられるのは覚醒していないからである。もっとも仮に重力発生装置などと言っても、原理はブラックホールだとか惑星と同じだ。質量をめいっぱい固めて空間を捻じ曲げる。単純なものである。
戦いの術は全て脳に焼かれる。大抵は睡眠中の片手間だ。新兵器の訓練時間なんて贅沢はない。消耗品にはそこまでの期待もない。スラッグは数十の記憶を焼いているが、この回数まで生き残っているのはとても珍しいことだ。
浮遊感の夢、非現実的な夢さえも取り上げられたのは直後のことだ。
目が覚めたということは……。
スラッグは溜め息した。新しい記憶をすでに焼かれていたからだ。冷凍睡眠からの目覚めのよい朝は、不吉な警報と一緒だった。
兵員輸送艦に異常が発生している。
襲撃を受けているのだ。
敵が乗り込んでいる。
「寝ても覚めても戦いか!」
抱き枕の代わりに握っている破片銃の感触が帰ってきた。オートメーションされた機動鎧の着せ替え装置が強制的にスラッグの体のコネクターを捩じ込む。脳に焼かれた作戦は簡単だ。時間を稼いで、敵を殺せ。
休眠区画から次々覚醒していくスラッグの仲間だが、全員が目覚める前に隔壁が吹き飛んだ。緑色の炎とともに肉食ナノマシンが注入されている。有機物を分解する微小機械が風に乗った。肺がドロドロのタールの溶けて溺死する兵器だ。
「アーマーの着用を急げ!」
下の階層から悲鳴があがった。スラッグはそんないつもを聞き流しながら、機動鎧の装着を急ぐ。
艦内防御システムが起動。壁面を変形させて展開する。大気が焼け焦げた。雷がはしり、肉食ナノマシンを焼き払う。
「あぁ! もう!」
転生してからロクなことがない!スラッグは毒を一〇〇は吐きながら、焼かれた記憶のままに本能と同じように機動鎧を最小で着込む。
「よし!」
装着完了、破片銃にデータ入力。真下のタンクから悲鳴がでた。這い上がってくる蛇が、両手に熱を帯びた曲刀を構えている。
「うおぉ!?」
驚き、だが脳は最善を選択して破片銃を向け、引き金まで押させた。破片銃から猛射された破片弾が、武装した蛇の首から上を完全に吹き飛ばして消した。
地上では半身蛇の種族がひしめいている。
スラッグは押し寄せる連中がなんという名前の種族なのかさえわからない。わかっているのは敵だということだけだ。破片銃をばら撒けばいい。
(いつも戦いがメインだ! 寝ている感覚もない! 起こされれば戦場! いらない記憶を焼かれて、こんな酷い人生てあるのかよ!?)
上から下への銃撃戦。頭を上げている蛇に向かって、スラッグは短く区切りながら破片弾を送り込んだ。蛇の機動鎧に少なくない傷を与えているが、砕いて肉に届くのはほとんどない。低出力とはいえ、エネルギーシールドが破片銃の運動エネルギーを相殺しているのだ。
スラッグはやけっぱちに、ガレキを投げつけた。握り拳よりはもう少し巨大なそれは、見事に蛇の頭に直撃してひっくり返した。
(よっしゃ!)
運が良い悪いともあれ、もしかすれば蛇の頭を砕いて殺していたのに、スラッグは喜んだ。それをおかしなことだとは、彼は気がつかない。