第1話「スラッグ・オン・ステージ」
転生とはしかるに魂の再利用だ。
人間である必要性はない、保証もない。
だがまさか、私が私という感覚のままナメクジになるとまでは想像がつかなかった。
たぶん世界のバグだろう。
〜とある部族の文字より転載〜
宇宙は混乱に満ちている。
ある銀河の意味が消滅したことによって、概念の爆発、外的圧力を破壊して意味が流失したのだ。
だが、そんなものは日常だ。
静謐が宇宙の顔ではなく、荒らしい破壊と、絶対的創造の繰り返しが宇宙なのだから、これもまた自然の摂理といえばそうなのだ。
世界も宇宙もデッカイ!
だから宇宙に機動鎧を着込んだナメクジがいても、なんらおかしなことではないのだ。
雲が霞むような大壁は全て人工物であり、詳しく表記するのであれば、要塞惑星の一戦線、標高9000m級の防壁だ。
突破をはかるナメクジ種族は、核融合砲弾の集中砲撃で地形もろともこの防壁を破壊せんと、そして少々友軍も焼きながら攻囲を続けている。突破したいのだ。目障りなのだ。ならば破壊して蹂躙して、粉砕するのが作法なのだ。
本来ならば、惑星そのものが砕けるような火力だが、強化惑星は頑強なので問題ない。問題がなさすぎて軌道上からの爆撃で岩盤どころか地表構造物さえ薙ぎ払えないほどだ。
そんな戦場の最前列で、“使い捨て”スラッグは生きていた。同じ名前のナメクジは連日数百万産まれて、同じ数だけ死んでいる。
違いがあるとすれば、今、スラッグは他の兄弟姉妹よりも一時間長生きしていた。核融合砲弾で焼かれることもなく、防壁を守る貝殻状生物の浸透銛の猛射で射殺されるわけでもなくだ。ついでに頭上から光束で降ってくる高質量散弾にミンチされてもいない。
天文学的な幸運と言えた。
もっとも、スラッグにそれを考えることも実感する余裕もなかった。
「死んじゃうって!」
スラッグに叫びは、多くのスラッグの総意でありしかし決して届かない言葉だ。幸運なスラッグは、針の穴ほどの破砕口へ流れこむ群れに背中を押されながら進むしかない。
死が口を開き牙を見せていた。
破片銃が撒き散らした肉食の金属塊が装甲をイオン分解しながら中身の肉さえ焼いた。バタバタと先頭が倒れていく。それで数十万のスラッグが倒れて1m進むならば、数億のスラッグでもって蹂躙するまでとばかりに無私のスラッグが濁流となって攻め寄せた。
あっという間に、“使い捨て”スラッグがもっとも先頭だ。しかし敵の貝殻集団は目と鼻の先まで迫っていた。一飛びでかかれるほどに、だ。
「突撃」
叫ぶわけでもない何代目かの前線隊長の命令に、弾かれたように全力疾駆するスラッグどもだ。腹足で走る、機動鎧を着た個人に過ぎないということは集団という圧力に無力ということだ。
破片銃や銛銃との応酬が閃めく。
スラッグ、意識と魂をもつ、持ってしまったスラッグの唯一の悲鳴だけが残響するような無慈悲が空気へ混じる。
蛞蝓と貝殻が最新の兵器で武装して……激突。
悲鳴か雄叫びの区別もない金切り声の木霊が、物理的な衝撃をもっていた。スラッグのその一つに変わった。手は握手の形をしてはいない。武器を持ち、殺す拳の形になっているのだ。集団が個人へと変わり、細胞や神経のように端末がひしめいた。
怖い!怖い!怖い!
怖いと感じてもおーとまちっくに押し出されてしまえば戦うしかない。どんな臆病でも矢面に立てば死ぬか生きるか戦うか戦わないかだ。逃亡は不可能、戦わないなら死ね、戦っても死ね、ただ勝利を積み重ねるだけが生きる道に狭まる。
腹を決めたスラッグは、銛銃のグリップを掴む手、ハンドガードから伸びるフォアグリップを握る蛞蝓手に力を入れた。
貝殻状生物が、スラッグと同じように、しかし型式も形状もまるで違う機動鎧を着ていた。二重殻の合金だ。スラッグは破片銃のトリガーを固まった指先のままフルオートで撃ち尽くし、棍棒のように殴った。穴だらけになった貝殻状生物は、だからと言わんばかりにまだ死なない。銛銃のバイオロジックで組み上げられた有機銃も口がスラッグの頭を、向いていた。機動鎧の未来予測機が演算し脳へ伝導、勘として頭を動かさせた。銛銃が撃った浸透銛がかすった。溶融した熱が、機動鎧越しにも感じられる。
スラッグは生き残った。
機動鎧を流血の、透明な血液で色無く染め上がっていた。戦勝祝いの高級栄養バーを削り食べた。不味いものではないが、モソモソと食べるさまは、あまり美味しくはないのではないかと錯覚させる。
スラッグは、転生者だ。かつては人間だったが今は蛞蝓の姿をしている。転生で生まれ変わったからだ。死ねば、生まれ変われる、かもしれない。どこか救いを求めていた節がある。
だが、スラッグが本当に死んだ日。
転生して生まれ変わった日。
彼に待っていたものは、逃げた先の救いなどという現実だ。救いはどこにもないのだと痛感させられた。